第7話 夜の時間はみんなのもの

 町についてすぐカフスに連絡を取ろうと思ったが、オレ達はカフスに接触する方法を知らなかったので、ギルドで卵の納品をするときにギルドからカフスに水晶を届けるように頼んでおいた。厳重に布に包んでおけばMPは吸収されないことが分かったので、水晶は布でグルグル巻きにしておいてあるから安全安心だ。


 ギルドを後にしたオレ達は、色々な店から料理をテイクアウトして家の食堂に並べ、パーティの準備をする。買い物には意外と時間が掛かったので、途中でシアスタに受付さんの迎えを頼んだ。そろそろ来る頃合だろう。


「ただいまです」


「お邪魔します…」


 玄関のベルがなると同時にシアスタと受付さんが入ってくる。


 ベルは元々は付いていなかったが、誰かが帰ってきたときに分かるように取り付けた。


「ようこそ受付さん。どうぞどうぞ」


 オレはいつもの隅っこにあるテーブルにもう一つテーブルをくっつけた即席のパーティテーブルに案内する。


 受付さんの指には審議師の指輪は無かった。レイラの話し通り、プライベートでは外しているようだ。


「今日はよろしくお願いします」


 なんだか受付さんの顔が固い気がするが、今日でそれも解きほぐして見せよう。


「それじゃ早速始めよう。受付さんはお酒飲む?」


「…飲みます。ワインはありますか?」


「もち」


 テーブルに準備してある酒瓶の中からワインを取って受付さんに見せる。


 席に着いた大人組はそれぞれ好きなお酒を注ぐ。


 受付さんは、何かを決心したような顔をしているが、別に取って食べるわけじゃないのでどうかリラックスして欲しい。


「いいな~私も飲んでみたいです」


「お前はこっちのジュースで我慢しろ」


「大人になったら絶対飲みましょうね。ローザさんもですよ」


 なんだろう。このくすぐったい感覚。娘が大人になった時の約束をした父親もこんな気持ちなんだろうか。


「ふふ、わかりました」


 変に浸りそうになるが、今はそんな時ではないので気持ちを切り替える。


 皆がそれぞれ好きな飲み物を注ぎ、始まる準備が整った。


 よし、早速お祝い会を始めよう。


「挨拶とかいる?」


 一応オレはこのパーティのリーダーなので確認をしてみる。


「やれ」


「へい…」


 無慈悲なソーエンの言葉で挨拶するのが決まった。


 オレは異世界っぽくて気に入っている木のジョッキを持って立ち上がり、挨拶を始める。


「オレ達<インフィニ・ティー>はこの度全員4等級となった。パーティ結成からまだ1ヶ月くらいしか」


「乾杯!!」


 唐突にシアスタが乾杯の音頭を取りやがった。


「シアスタてめぇ!!」


「長いんですよ!!つまんない挨拶する暇があったらお話ししましょうよ!!」


「一理ある。乾杯」


「お前がやれっつたんだろが!!」


「えっと、乾杯?」


 オレ以外がジョッキやグラスを合わせて乾杯している。


「…乾杯」


 オレは一人でジョッキを掲げて乾杯をして椅子に座る。


 一体何に乾杯したんだろうな…。


「ほら、乾杯」


「乾杯ですよ」


 二人が乾杯の為にオレにジョッキとグラスを向けてくれる。


 なんて優しいやつらなんだ。良い仲間を持ったなぁ…。


「お前ら、乾杯。……待てよ?何でオレが情けを掛けられてるみたいになってんだ」


「細かいことは気にしないでください。今日はお祝いなんですから」


「…そういうことにしといてやるよ。受付さんも乾杯」


「はい、乾杯です」


 思い切って受付さんにも乾杯をお願いしてみると、予想外に返してくれた。嬉しい。


 乾杯したオレとソーエンは早速一気に酒を飲む。


「「ぷあぁ!!」」


 この喉に抜ける感覚が堪らない。酒は心の燃料だ。


「2人ともお酒でお腹いっぱいになりますよ。ね、ローザさん」


「…シアスタちゃん、お酒はね……止められないの」


 受付さんのワイングラスはもうほとんど開いていた。


「受付さんもいける口か。ささ、どうぞどうぞ」


 お酒が切れるのは悲しかろう。満足するまで飲んでもらって楽しいパーティにしよう。


「あ、ありがとうございます」


「遠慮しないで飲んでよ。まだまだあるからさ。さぁて、何から食べようかな」


 肉、野菜、つまみ何でも揃ったこの食卓に死角は無いのだから好きに選んで好きに食べて問題は無い。


 今夜は食べて飲んで騒ごう。


 全員が思い思いのものを皿に取って食べ始める。


 そこからはシアスタがオレ達との出会いから4等級に上がるまでの苦労や嬉しかったこと楽しかったことを話し、オレとソーエンがちゃちゃを入れ、受付さんがしていた心配や裏話を話してくれて楽しい時間が流れた。シアスタが中心に話してくれたおかげで受付さんの緊張もほぐれ楽しんでくれていた。


 楽しいせいかお酒もぐいぐい進み、空き瓶がどんどん増えていく。


 ある程度時間が経ち、盛り上がっていた空気も一旦落ち着きを見せる。


 そんな落ち着いた空気の中、受付さんはシアスタを膝の上に乗せて抱えて可愛がっていた。


 この世には酒飲みが2種類いる。飲んでもあまり酔わない人種と酔っても飲み続けられる人種だ。オレとソーエンは前者で受付さんが後者だった。


「私はですね~お二人に怒られるかと思ってずっと怖かったんですよ」


 唐突に受付さんがありえない事を言い出す。


「怒る?なんでオレ達が受付さんを?」


「訳が分からん」


「怒られるのはこのお二人の方ですよ」


 シアスタが生意気なことを言うけど、事実だから何も言えない。


「ふふふ~、シアスタちゃんはかわいいですね。ほら私、初めてのときにレベルや羽ペンやはングボあや~」


「?」


 シアスタは何を言ってるのか分からないようで、頭に?を出していた。


 ファングボアの事は分からないが、レベルと羽ペンの事はシアスタに教える。


「レベルの事は私も信じませんでしたよ!!ローザさんは悪くないです!!」


「ふふふ~シアスタちゃんはいい子ですね~。それで怒られると思っていました」


「そんなことで怒る訳が無い」


「そうだよ、オレ達がそんなに短気だったらここにいるシアスタはどうなっちまうんだ」


「私いつも間違ったことは言ってませんからね!!」


 プンスコと怒るシアスタを見て大人組は全員笑う。


「楽しいですね~」


「なら良かった。受付さん最近オレ達によそよそしかったから悲しかったんだよ」


「悲しいですか?」


「そうそう、前みたいに接して欲しいなって思ったり。怒られるのはいやだけどさ」


「なにもしなければ怒りませんよ~」


 今日も怒られるような代物を持ち込んでしまったような気がするが、今は気にしないでおこう。


「今日は昇級と受付さん和解記念日だ。あれやるぞ、ソーエン、シアスタ」


「よし、いいだろう」


「しょうがないですね」


 オレとソーエンは立ち上がり2人で騎馬戦の体勢を作り、言葉とは裏腹にウキウキのシアスタは受付さんから降りてオレ達が作った騎馬に乗る。


「これぞ!!」


「おみこシアスタ」


「です!!」


「「「わっしょいわっしょい!!」」」


 オレ達はおみこしアスタで食堂を練り歩き、それを見ていた受付さんはずっと笑っている。


 丁度一週し終わり騎馬戦を解いたところで玄関のベルが鳴る。


「こんばんは」


 玄関を見ると高そうなゆったりとした服装をしたカフスが大きな卵を抱えて立っていた。


「カフスさんです!!」


「カフスさんじゃないですか~」


 シアスタと受付さんが迎えに行ってテーブルに引き連れてくる。


「よお、カフスも一緒に飲もーぜ」


「分かった。一緒する」


 受付さんとシアスタの間にカフスが座って新メンバーを加えてまたパーティが再開される。


「かんぱーい」


「「「「乾杯」」」」


 ドラゴンだから大丈夫だろうと思って酒を注いだけど、少女の見た目で飲まれると違和感がものすごい。


「この家カフスさまも来るんですね~」


「たまにな」


 眷属の一件以来、カフスはちょくちょく家に来るようになった。


 ふらっと現れては世間話をして帰っていくもんだから威厳なんてもう全然感じて無い。オレからしたらただの遊びに来る知り合いにしか思わん。


「ローザふわふわしてる。こっちのローザも好き」


「私もカフスさまが好きですよ~」


 カフスはオレ達にも普段通りに接するように言ってくるし、堅苦しいよりも砕けた態度で接してもらう方がいいようだ。


「ところで、さっき持ってた卵なんだどさ。見覚えしか無いんだけど……もしかして」


 カフスは床に置いていた卵を持ち上げて皆に見せるようにする。


「これはワイバーンの卵。とっても美味しい」


 だよな、やっぱり。日中散々見てきた物だ、忘れるわけが無い。


「依頼主お前だったのかよ。てかなんでファングボア取り下げた。金ねーんじゃ無かったのかよ」


 てっきりファングボアの取り下げは金欠によるものだと思ってたけど、ワイバーンの卵の依頼をしているところをみるとそうじゃ無いらしい。


 ファングボアといい卵といい、オレ達のクエスト報酬の大半がカフスのお金なんだけど?


「急にワイバーンの卵が食べたくなった。ファングボアはあなた達のおかげで余裕が出来たから取り下げた。お金はまだある。はいシアスタ、クエストを受けてくれた御礼」


 どうやらカフスはオレ達がクエストを受けたと知っているようだった。受付さんから教えられたのだろうか。


 シアスタがワイバーンの卵を受け取って抱える。座っているシアスタの顎が丁度乗るので、改めてみると大きく感じる。


「カフス、なぜワイバーンを殺してはいけないと指定した。仲間意識か」


 ワイバーンとドラゴンって何が違うんだろ。でも、下手したらソーエンの聞いたことってくっそ失礼なんじゃないか?


「違う。卵は食べたかったけどワイバーンは食べない。必要なときに必要な分だけ」


 カフスは平然と答えているので別に失礼ではなかったようだ。


「そうか」


「カフスさまはお優しいですね~」


 受付さんはカフスを見ながら微笑んでまたグラスを空ける。カフスも空いていたので、注ぐのもめんどくさしあちら側のスペースに酒を何本か渡しておこう。


「ワイバーンの卵は高級品なんですよ~」


「聞いたことあります、食べてみたいです!!」


 カフスに酒瓶を渡している間にシアスタが狂気の提案をしてきた。


「食べるって言っても、なぁ?」


「そうでした…」


 卵を抱えながらシュンとしたシアスタを見て受付さんが?を浮かべている。


「食べないんですか?」


「う~ん、食べないんじゃなくて食べられないんだよな」


「どうして?」


 カフスと受付さんが疑問を感じているので、オレ達の料理の腕を見せてやろう。それで分かるはずだ。


「付いてきな、理由を見せてやるよ」


 なんでこうなるこかを説明が出来ないから見てもらうのが手っ取り早い。


 ってなわけで、皆でぞろぞろとキッチンに移動してオレとソーエンの謎技術を披露してみせる。


「ふふふ??? 野菜切ってましたよね?」


「このカレーとカロメって言うの美味しい」


 オレ達の作ったものはカフスが処理してくれた。でもカレーはオレが食べたかった。


「というわけでオレ達に料理は無理だ」


 何をしても同じものしか作れないオレ達の体じゃ、どんな高級品も同じ味のカレーとカロメに早変わりしてしまう。


「私は単純に料理が下手なので高級品を使うのはもったいないです」


「なら私と一緒に作りましょう。ね?シアスタちゃん」


 受付さんが落ち込んいたシアスタに思いもよらないことを言ってくれる。


「いいんですか?」


「ええもちろん。他の皆さんはテーブルで出来上がりを楽しみにしててください。何を作るかは出来上がってのお楽しみで~」


「ほほう? 分かった。期待して待ってるよ」


 受付さんの嬉しい提案に乗ったオレ達は席に戻って、酒を飲んで料理の出来上がりを待つ。


 その間にカフスに聞くべきことを聴いてみよう。


「なぁ、カフス。渡した水晶ってなんなんだ?」


 クエストの納品のときギルドに水晶をカフスに渡すよう頼んでおいたから、ワイバーンの卵を持っていることだし水晶ももう受け取ってるだろう。


「まだ分からない。魔力を吸うって聞いたから迂闊に触ることも出来ないし、時間が掛かる」


 危険そうだから魔力を吸うってことはギルドに渡すときに伝えてある。


「そっか。なら分かったら教えてくれ」


「分かった」


「にしてもなんでワイバーンがあんな物騒なもの持っているんだ?」


「ワイバーンは光るものが好き」


「カラスか」


 酒を飲んでいたソーエンがボソッと突っ込む。


「ソーエン、それどうやって飲んでるの?」


 今のソーエンはマフラー越しにジョッキを傾けていて、傍から見るとマフラーに酒をしみこませているようにしか見えない。しかも隙間から飲んでいるんじゃなくてマフラーの面にグラスをつけている。


「秘密だ」


「聞いても無駄だ。オレにも教えてくれないんだ」


「そう。それ脱がないの?」


「そのうちな」


 シアスタはソーエンの顔を見ても大丈夫だったけどドラゴンはどうなのだろうか。でもここには受付さんがいるからどちらにしろ無理か。


「お待たせしました~」


 キッチンの方からシアスタと受付さんがお盆を持ってくる。


 料理が出来たらしい。思ったより早かったな。


「待ってました…ってスクランブルエッグ?」


 卵が大きかったからか、5人それぞれに一枚ずつ皿が配られる。


「そうですよ~、今の私は包丁を持つと危ないですし、シアスタちゃんでも作れる簡単な料理にしました」


「マスターしましたよ。今後はスクランブルエッグを食べたいときは私に言ってください!!」


 席に座ったシアスタがドヤ顔ダブルピースをしてくる。


「味を見てから判断するわ」


 流石に卵を焼いただけの料理だ。不味いわけが無いだろう。大丈夫なはず。


 不味いとは思っていないが、一応覚悟を決めてスプーンで掬って一口食べてみる。


「こ、これは!!」


「美味い」


「やっぱりワイバーンの卵はいい」


 口に広がるまろやかな甘みと程よい塩気とふわふわで口当たりのいい食感は、オレの知っている卵がかすんでしまうほどの美味しさだった。


「でかしたぞシアスタ!!」


「またあれをやるか」


「シアスタ乗れ!!」


「「「おみこシアスタ」」」


 またオレ達はおみこシアスタで食堂を一周して喜びの乗馬を披露した。


 まだまだ続くぞ楽しい夜は。

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