第5話 MP(マジックポイント)がMP(マジでピンチ)

「いいか、そーっと、そーっとだぞ」


 オレ達は今、アステルから離れた森にある深い渓谷にいる。


 ワイバーンの巣は渓谷の窪みや穴に作られているから、オレの<壁走り>を使えば問題無く巣まで近づけた。


 ソーエンが囮をやって無差別にワイバーンを引き付けている間に、オレとシアスタが<隠密>を使って卵を回収する作戦だ。シアスタには辺りの警戒と、もし発見された場合オレだと殺してしまう可能性があるから迎撃を頼んである。


「分かってます!!」


 オレとシアスタはこそこそ話しながら最後のワイバーンの巣へ侵入している。


 ワイバーンの巣は思ったよりあったので、見つけ次第卵を2個残して他は全て回収して回り、卵はアイテムボックスの中に仕舞う作業を続けていた。今は見つけた中で最後の巣にいるんだけど、そこは浅い洞窟になっていて奥にはワイバーンが鎮座していた。


 <隠密>で存在を隠しているとはいえ、巨大なワイバーンの近くに行くのは流石に慎重になっちゃうな。起きられたらめんどそう。


 洞窟の中を、そろりそろりと足を進めてワイバーンの奥にあるであろう卵を目指す。


「気づかれて無いようですね」


「みたいだな」


 暗い洞窟の中、ワイバーンをよく見ると卵を隠すようにしながら座ってすやすやと寝ていた。


 でも寝ていようが、そろりそろりはやめない。


 横まで来るとワイバーンの寝息が腹に響いて、内臓を揺らされている気分になる。


「卵ありましたね」


 ワイバーンの奥を覗き込むと大きくて丸いものが見えたので恐らく卵だろう。暗くてシルエットしか分からんけど、こんなところにある大きくて丸いものとか卵しかない。


「よし回収だ」


 回収係のオレがアイテムボックスに入れようと手を伸ばす。


 そして卵に触れた瞬間……。


 何かが抜ける感覚がしたと同時に、何故か<隠密>が解けた。


「ありゃ?」


「グル?」


 訳が分からなくて停止するオレ。


 そして、声を上げたワイバーンの様子を確認すると、オレ達に反応したのか目覚めたワイバーンと目が合ってしまった。


「オレ達のことは気にせず、寝ててください」


「グルル…」


 いけたか?


 ……数秒、オレとワイバーンは無言で見つめ合う。


 お互いにお互いの状況を理解していないし、ここは見逃してもらえないだろうか。


「ガーーーーー!!」


「ひん!!」


「ダメかぁーーーー!!」


 どうやら素直に眠ってくれないようで、ワイバーンは吼えながらオレ達を睨みつけてきた。


「撤収!!」


 右には卵を、左にはびっくりして涙を浮かべているシアスタを担いで、大急ぎで巣穴を出で真下に落ちる。


「<壁走り>!!」


 洞窟の外はすぐに崖なので<壁走り>を使って駆け上らなければ落ちてしまう。


 オレが壁を駆け出した瞬間に火が洞窟から溢れ出す。あれはワイバーンのブレスだ。


 真上に駆け上がらず穴を避けててよかった。じゃなきゃ今頃ゆで卵と溶けたシアスタを抱えているところだった。


「イキョウさん、何持ってるんですか!!」


 シアスタはオレが卵をアイテムボックスに仕舞わなかった事に対して文句を言っているのだろうか。


「だって仕舞う暇なかったんだよ!!」


「違います!!何を持っているのか聞いているんです!!」


 シアスタは何を言っているんだ?


「卵だろ」


 崖でワイバーンに追いかけられながら自分が担いできたものを確認してみる。


「なんだこれ?」


 卵かと思って担いでいたものは、卵と同じくらいの大きさがある水色の水晶だった。


「ガーーーー!!」


 下からワイバーンの吼える声が聞こえてくる。


「卵じゃないなら追っかけてくんじゃねぇよ!!ワイバーンに水晶なんて必要ないだろ!!」


 今オレが担いでいるものは一体何なんだ?でもワイバーンが執着するくらいなら相当な値打ちもんになるかも。


「捨てましょうよその水晶」


 せっかく金になりそうなものを手に入れたのに捨てるなんてもったいない。


「嫌だね。持ち帰って売る」


 今は何が何でも金が欲しい。というか余裕が欲しい。金がいつかなくなるかもとか迫られる生活をするのは勘弁だ。


 崖を登りきり、森を走りながらパーティチャットでソーエンに撤収の指示をしようと思考でUIを動かす。


「あれ!? MPが無ぇ!!」


 パーティの欄にあるオレのステータス表示のMPバーが空っぽになっていた。


 <隠密>をずっと使ってはいたけど、それだけでMPが空になるほどオレのMPはやわではない。


 <壁走り>が基本スキルで消費無しじゃなかったら、今頃気がつかずに崖を落ちていたところだった。危ねー。


 でもMPが枯渇するような大技は使っていないのに何で空になったんだ?


「この水晶か!!」


 <隠密>が切れたのはこの水晶に触れた瞬間だった。つまりこの水晶にオレの残りMPが全部持っていかれた。そうとしか考えられない。


「ソーエン緊急事態!!早く戻ってきてくれ!!」


「分かったすぐ行く」


 パーティチャットの事はシアスタに魔道具だと伝えてあるので隠すことなく使える。


 とにかく、アステルまでダッシュで逃げ切るかここでワイバーンを撃退しなければ。


「シアスタ、魔法を!!」


「なら抱っこしてください!!」


 今のシアスタは顔が進行方向側にある状態で担いでいるからワイバーンを狙えずにいた。担ぐときに焦っていたので、向きまでは気にしていられなかったから仕方がない。


 左手でシアスタを支えて抱っこし、迎撃の態勢を整える。


「当たってください、アイスランス!!」


 後ろで不安になる言葉と魔法の発動音が聞こえる。やったか!?


「ダメです、避けられました!!」


「あんなでかいのに器用なやつだな!!とにかく撃ちまくれ!!」


「アイスランス!!アイスニードル!!アイスエッジ!!」


 その魔法何が違うんだろう。森を走る為に前を見る必要があって後ろを見れないので余計気になる。


「ダメです!!空を飛んでる相手に氷魔法は相性が悪いです!!」


「まずいぞ、また火を吐かれたら森が火事になっちまう!!」


 そうならないためにもどうにかしたいのは山々だが、オレのスローイングナイフじゃ殺してしまう可能性があるし、魔法はMPが切れていて使えない。このまま走り続けるしかないのか。最悪火を噴きそうになったら石でも投げるか。


「楽しそうなことになってるな」


 手詰まりかと思っていた矢先、ソーエンが空から降ってきて合流を果たす。


「おお!!よくここが分かったな!!」


「森にワイバーンが見えたからな」


 急いでいたからソーエンに位置とか方向を伝えるのを忘れていたので、今連絡しようと思ってたところだった。


 3人そろったし、ワイバーン一匹程度どうにかできるだろ。


「ワイバーンが3体に増えましたよ!!」


「なんで!? どっから沸いてきたんだ!!」


「俺のワイバーンだ」


「なに引き連れてきてんだ!! 撒いてから来いよ!!」


「緊急事態と言っていたから急いできたのに文句か?」


 まさか緊急事態だって言ってるのにそこに問題を追加するとは誰も思わないだろう。


「まあ見ていろ」


 そういうとソーエンは<空歩>で空に駆け上がって行く。


「シアスタ、報告頼む!!」


「今ソーエンさんがワイバーンに向かって飛んでいます、あ!!ワイバーンの顔を蹴りました!!」


 後ろから何かが落ちる音と木を薙ぎ倒す音が聞こえてくる。


「そのまま2、今3体目を蹴って落としました」


 2回、3回と背後からさっきと同じ音がする。


 周囲が静かになったので、立ち止まって後ろを確認するとワイバーンの姿は見えなかった。


「これでどうだ」


 戻ってきたソーエンが誇らしげに言ってくる。


「殺してないよな?」


「当たり前だ」


「なんでこれを2体引き連れて来る前にやらなかったの?」


「銃以外にも出来ることがあると証明するためだ」


 コイツ、今まで銃が使えないときは逃げることしか出来なかったのを気にしていたのか。


「そっかぁ…ソーエン、この水晶持ってくれ」


 小脇に抱えた水晶をソーエンに見せる。


「重いのか? 貧弱なやつだ。どれ貸してみろ」


 ソーエンは手袋をはめた手で水晶を受け取る。


 これは検証だ。布越しでもMPを吸うかどうか確認をするためだ。


 別に、「火を噴くワイバーンを森に不用意に引き連れてきた罰だ。オレも受けたんだからお前も受けやがれ」とか思ってはいない。


「なんだ、何か抜ける感覚が……MPが無い?」


 水晶は薄い布越しでもMPを吸収する出来るみたいだ。検証完了。


 そしてソーエンもこの水晶の効果に気づいたらしい。


「これでアステルに戻るまで散々お前がやれる証明できるぞ。良かったな」


 ソーエンは銃弾が補充できないこの世界では、MPを消費して撃つ魔法銃をメインに使っている。だからMPが切れると実質銃が使えない。


「イキョウ、お前」


「なんだよ、文句があるならその水晶に言えや」


「いいから早く逃げますよ!! ワイバーンがいつ起き上がるか分からないんですから!!」


 このまま睨み合ってワイバーンに見つかったら元も子も無いからオレ達はお互い引き下がり、逃げるのを続行することにした。


 逃げる間、ソーエンはオレに何か言いたそうな目を向けて来たが、こちらから聞いてやるほどオレもお人好しでは無いので無視させてもらった。

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