第20話 望まない戦いは戦わなければいい
三日目の朝、ギルドにてオレ達三人、というかオレとソーエンは周りから睨まれていた。
「なんでこんなに視線集めてるんですかぁ……」
シアスタもオレ達二人が睨まれていることに気づいているようで、またオレ達が何かやらかしたのかと聞いてきた。
「さぁ? ソーエンこのクエストどうだ」
「報酬が少ない却下だ」
ランクが低いクエストはあまり人気が無く取られる心配が無いので、貼り出しの時間にわざわざ来る必要は無い。だから時間をずらして、人が少ないクエストボードの前でオレ達は実入りが良いクエストを探していた。
「気にならないんですか?」
シアスタはどうにも居心地が悪いようで、クエストを探さずにオレの外套の裏に隠れている。
睨まれているオレ達から離れるよりも、近くにいるほうが安心するようだ。
「だって睨んできてるの、全部6等級と5等級だぜ」
「ああ、そんな雑魚放っておけ」
「私達も一応その括りに入っているんですけど……」
低ランク連中から睨まれるような心当たりは一つしか無い。どうやらオレ達がパーティを組んだという情報がどこからか漏れたようだ。
大方、シアスタをぽっと出のやつらに取られたのが悔しいんだろう。
自分のパーティに強いやつを誘いたいのは分かるが、どこに入るかは本人の意思が一番大事だろうに。
「ソーエンこっちの「おい」クエストはどうだ」
「ファングボア「おい!!」に比べるとどれも安いな」
「やっぱ今日も「おいって言ってんだよ!!」ファングボアか?」
「だが生態系が「なぁ!!」心配だ」
さっきから聞こえてくる「おい」はオレ達を呼んでいるようだった。
シカトしよ。
「ちょっと、呼ばれてますよ」
せっかくシカトしてたのに、シアスタが報告したせいでオレ達が認知したことになった。
それにしてもよく外套の中から分かったな。
「怖いのか腰抜け!!」
「うるせぇなぁ、何だよもー」
シアスタを外套から出さないように振り返ると、2~30人くらいの6等級と5等級に囲まれていた。まぁそんな気はしてたよ。
年齢はバラバラだがほとんどが子供だ。
「氷の精霊の子を解放しろ!!」
「脅すなんてさいてー!!」
「俺達のところに来なよ!!」
何をどうしてか、オレ達が脅してパーティに入れたことになっているらしい。
事実が歪みすぎだろ。
「脅されてなんか」
「その子を放せ!!」
「脅され」
「それでも冒険者か!!」
「…」
うちの子、声かき消されて説得するの諦めちゃったじゃん。
ソーエンなんて、まだクエスト探してボードの方見てるし。
「おーい、ギルドしょくいーん」
何故かカウンターにはレイラしかいなくて、なんか忙しい風にカウンターに向かってるけどあれ、見てみぬ振りしてんだろ。
他の冒険者は皆クエストに行ったのか、誰もいないし。
あーもー、うるさいなぁ。そんな騒いだら不味いだろうが。
心の中でため息をつく。
「おいお前ら」
ようやくオレがしゃべったからか、子供達が静かになってオレを見てくる。
「中庭に出ろ」
オレは、そんな睨みつけて文句を言ってくる連中を中庭に移動させる。
ギルドの中でこんなことになってるって受付さんにバレたら怒られちまうだろうが!!
中庭に移動すると、血気盛んな子供達は決闘でもすると思っているのか、オレ達と距離を空けて各々の武器を手に持ち始めている。
ちなみに移動中シアスタはオレの背中に張り付いていて、外套がこんもりとしていた。
「なんで武器持ってんの?」
「え、なんで?」
「だって、戦うんじゃ…」
やっぱりそう思ってたかぁ。
「じゃあ、戦ったらオレの話聞いてくれる?」
どうしよどうしよとざわざわする声が聞こえる。
「ええっと、はい」
「聞きます」
オレと子供達で温度差があるせいか、子供達の怒気はさっきより納まっていた。
それでも武器は構えているので、やはりまだ勘違いの怒りをオレに向けているのだろう。
「任せたぞ、リーダー」
「ソーエンてめぇ、こんなときだけ」
だからこのパーティのリーダーなんてやりたくなかったんだよ。
後ろでソーエンが煙草を吸い始めた。コイツ本格的にやる気ないな。
「開始の合図は私が出します」
後ろからくぐもったシアスタの声が聞こえる。
「お前らーうちのシアスタが合図を出すってよー!!」
うちのと言った瞬間、子供達の顔が怒りで歪んだ。
「氷の玉を作るのでそれが落ちたら開始です」
シアスタが言っていることをそのまま子供達にも伝える。
「いきます」
丁度オレと子供達の間に拳くらいの氷が作られる。あいつよく見えてんな。
右肩に違和感を感じて横を見るとシアスタが外套を被りながらオレの肩に顎を乗せて顔を覗かせていた。
「なんです?」
「…いや」
若干涙の跡が見える。怖くて泣いてしまったんだろう。背中に冷たさを感じる部分があるのは涙のせいか。
「落とします」
その言葉で子供達に緊張が走る。
今頃子供達は、落ちていく氷がスローモーションに見えているのかもしれない。
そして氷が落ちて割れる音がする。
子供達が一斉にこちらへ走ってこようとするが、その前にオレは地面に手を付く。肩のシアスタには申し訳ないが、ちょっと速めにしゃがませてもらった。
「<スワンプ>」
<スワンプ>とは指定した範囲に、足をよく取る沼を作りだすスキルだ。移動阻害スキルであって攻撃力は一切無い。それを子供達全員の足元に沼を出現させて動けなくした。
直接戦っても難なく倒せるとは思うが、こっちの方が手っ取り早い。あと怪我させたくない。
子供達は騒ぎながらうねうねと動くが、<スワンプ>はよほどの筋力バカではないと抜け出すのに時間が掛かる。うちのクランには一人だけスワンプを平然と歩く筋力お化けがいたがアレは例外中の例外だ。
「魔法だ!!魔法を撃て!!」
子供の一人が大声で指示を出す。
魔法を使うったって子供達は重なり合っている。そして魔術師は前に出ないから後ろの方にいるので前衛が邪魔になって魔法を撃つことが出来ない。つまり詰みだ。
「決着はついた。オレの話を」
「<サンダーボール>!!」
丁度子供達の隙間を縫って一人が魔法を放っていた。
オレに当たるのは問題ないのだが、軌道がまずい。無理に通したせいか肩のシアスタへ向かって飛んでいる。
シアスタは魔法防御力がどのくらいあるのか分からないので、怪我でもするような攻撃だったら危ない。
「あわっ!!」
雷魔法に驚くシアスタ。
寸でのところで魔法を左手で受け止める。
「うそ、そんな…」
魔法を撃った子供は驚愕の表情を浮かべていた。
「危ないだろ。いいから話を聞けって」
オレが魔法を容易く防いだからか子供達は意気消沈していたので、ようやく冷静に話し合える。
「あのな、オレ達は」
「何やってるんですか!!」
次から次へと。今度は何だよ誰だよ。
ホールから中庭に出る扉の方から声がしたので、誰が大声を出したか確認してみる。
「…やばいぞソーエン!!」
「ああ、まずいことになった」
声の主は受付さんだった。
小走りでこっちに近づいて来ている。
やばいやばい今からなにか言い訳を考えないと、沼、沼。…沼だ!!
「よーし!!これで沼地探索の訓練を終了するぅ!!」
子供達は全員ぽかんとしていた。
こんなことになっているのは、元はといえばコイツらのせいだが、傍から見ればオレ達が子供を苛めているようにしか見えない。どうにか煙に巻かないとオレ達が怒られる。
オレは急いで外套の中に手をやり
「ひゃ!!」
うるさいぞシアスタ、お前に構ってる暇は無い。
外套の中からキャンディーボックスを取り出した風に見せて手に持ちながら、スワンプを解除して子供達を自由にする。今は一分一秒が惜しい。
<スワンプ>は解除すると埋まっていた足が地面の上に戻るので、子供達の足が地面に埋まりっぱなしになることは無い。
「よーし、ご褒美のアメちゃんをあげよう!!」
わざとらしく大声を出して、こちらに向かってくる受付さんに聞こえるように言う。
「ソーエンくん!!アメ配っておいてくれるー!?シアスタちゃんも手伝ってあげて!!」
受付さんに聞こえるように大声を出しながら、ソーエンにキャンディボックスを渡して耳打ちする。
「シアスタとソーエンで子供を説得してくれ。オレは受付さんを何とかする」
シアスタはオレの肩にいたので、この耳打ちの内容は3人に共有された。
受付さんが近くまで来ていたのでそれぞれ行動を開始する。
「あっれー?受付さんじゃないですかー?」
なるべく子供達に近づかれないようにオレがダッシュで受付さんに向かっていく。
「あのー…本当に何をしていたんですか?」
オレが超特急で接近したせいか、受付さんの顔は若干引きぎみたった。
どうやら決闘騒ぎは気づかれていないようで、受付さんはここで何があったのかを純粋に聞いてきた。
「いやー子供達に沼地の歩き方を教えて欲しいと頼まれちゃってー」
「アステルの周囲に沼地なんてありませんよ?」
しまった。ここら辺の地形情報を加味していなかった。
「ほら、冒険者って備えあれば憂いなしってところがあるから」
「確かに!!そうですよね。準備は何時いかなる時でも怠ってはいけません。子供達が自ら訓練なんて、感心感心」
うんうんと首を頷きながら子供達を褒め始めた。
これは…いけたか?
「私はてっきり、人気のシアスタちゃんがお二人にとられた挙句、悪い噂が広まって決闘騒ぎになっていたのかと思いました」
これは…本当にばれてないよな?
「違います」
「そうですか、安心しました」
セーフ!!あっぶねー!!受付さんの勘が鋭い。
一応、念のためもう一押し確認してみるか。
「オレ達が嘘をついてたりー…なんちゃって」
さすがにわざとらし過ぎるか?
「ふふっ、審議師の私にそんなことはありえません」
目をキラーんと輝かせながら宣言してくる。
しんぎし?なにそれ?
「嘘はこの指輪が教えてくれます」
そういって右手の人差し指にはめてある指輪を見せてくる。
何、この人嘘発見器持ってたの? もしかしてさっきのカマかけられてたのか?
「審議師って、嘘を見抜く人?ですよね?」
審議師とは何か知らないが、知っている風に確認してみる。
「そうです」
胸を張って自慢してくる。どうやら受付さんの誇りらしい。
何でそれはオレにそれ効かなかったんだろう。
指輪…魔道具か。だったら嘘を見抜く魔法をオレの装備がレジストしているのかもしれない。嘘を見抜く指輪は相手の嘘に反応して発動するわけではなく、相手に何かの魔法を飛ばして嘘を見抜いているのか?
「どうしたんですか?」
しまった考えこみすぎた。
「いやーなんでもないなんでもない…………私はシアスタ…です」
興味本位でつい試してしまう。
「……えっ!!イキョウさんてシアスタちゃんだったんですか!?」
受付さんは指に填めている指輪を見て、オレを見てからもう一度指輪を見て驚きの声を上げた。
まずいよ、指輪が反応しないせいで信じちゃったよ。受付さんよく見て、シアスタはオレの後ろでアメ配ってるじゃん!!
「小声で、じゃない、ってつけたから。指輪がどこまで反応するのかなーって思って」
「そうだったんですか」
ほっとした顔をしている。これも嘘なのに、また指輪が反応しないせいで信じちゃった。
「でも大丈夫です。審議師協会発足以来、この魔道具を欺いた人なんて一人もいません」
今、目の前に1人目出てきちゃったよ。
それか、嘘つかれても指輪が反応しない人は見抜けないから見つかってないだけでは…?
「仮に、そんな人が出てきた時用に、本部にはもっと強力な魔道具があるのでご心配なく」
どうやら一応保険はあるようだった。
でもこの人の前じゃ、とんでもない嘘は今後絶対つけないな。信じちゃうもん。
「イキョウさん、終わりましたよ」
後ろからシアスタの声が聞こえる。
どうやらあっちも説得が終わったようだった。
子供達がぞろぞろこっちに来る。
「あの、今回は本当に」
子供達はアメを舐めている者と舐めていない者がいるが、両者とも全員申し訳なさそうな顔をしている。誤解は解けたので、後は純粋な嫉妬しか残っていないだろう。
だが、子供達の言葉は遮らせてもらう。
「あー!!いいってことよ、ほら受付さん戻りましょ」
「え、あっ」
ここで子供達にしゃべられると非常にまずい。オレの嘘と、レジストのことが全てばれてしまう。
急いでオレは受付さんの肩を押してカウンターに戻すように促す。
受付さんを優しく押しながら、ボイスチャットを使い小声でソーエンに子供達に今回の件を受付さんに言わないよう、どんなことをしてでも説得しろと伝えてオレは受付さんと一緒にギルドの中へ入っていく。
受付さんはギルドの中に入ると、「強引です」と少し怒りながらカウンターに戻った。
……結局怒られてしまった。
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