第19話 穏やかな登録

 カウンターには昨日の受付さんはいなかったが、昨日見かけた顔が2人いた。


 シアスタが選んだ受付は、その見かけたうちの女性職員の方だった。


「すみません、パーティ登録をしたいのですが」


「あっ、シアスタちゃん…ゲッ」


 書き物をしていた女性職員が顔を上げてシアスタを見たあと、後ろにいるオレ達に目を向けたとたんに変な声を上げやがった。


 見た目はオレより明るい茶髪で肩まで伸びている。年は高校か大学生くらいだろう。


「なんだよ」


 そんな初対面で何もしていないのに声をあげられちゃ敵対心が芽生えるってもんだ。


「そのー……ペンはご容赦してください」


 なるほど、昨日の一件を見られていたのか。


 一生懸命笑顔を作っているようだったが引きつっている表情をしていて、昨日の受付さんとは大違いだ。


「今日は大丈夫だから」


「大丈夫って、持たないって意味ですよね?」


 しつこく聞いてくるな。


「使えるって意味だ」


「あ…わっ、かりましたー」


 受付の顔は全然分かってなくて、オレを疑っているような顔だった。


「あの、パーティ登録を」


「あ、ごめんなさい、登録ですね。かしこまりました」


 シアスタが声を掛けて受付はお仕事モードに入る。


 クエスト受付のカウンターは座りながら仕事をする職員に合わせてか、食堂のカウンターよりも低く作られていたのでシアスタの肩くらいの高さになっていた。


 受付がカウンターの下から紙を取り出して、カウンターの上に置く。


「こちらがパーティーの登録用紙です」


 パーティ登録用紙は冒険者登録用紙の半分くらいの大きさで、パーティ名とメンバーしか書くところがなく、簡素な作りとなっている。


「はい、ペンです」


 受付はシアスタにペンを渡す。


「おいコラ、なんでオレ達に渡さない」


 大人を無視して一番小さい子に迷わず渡すのはおかしいだろ。


 受付は「だってー、」といいながら視線を逸らしている。


 やっぱり信じて貰えていなかったようだ。


「では、書き終わりましたらまたカウンターにお持ちください」


 受付は遠ざけるように話を切り替えてきた。


 これ以上絡んでもお互いの利益にならないようだし、おとなしく引き下がるか。怖がらせるのも悪いしな。


「いえ、もうパーティ名は決まっているのでここで書きます」


 シアスタは受付がオレ達を遠ざけたいのに気づいていないようで、空気の読めない発言をした。シアスタ良く見ろ、受付苦笑いしてんぞ。


「イキョウさん」


 シアスタが手を広げてこちらを向いてきた。


 カウンターはシアスタが文字を書くのには少々高いから、持ち上げろということだろう。


 そんなことするくらいならオレが書くのに。とは言わずシアスタの無言の命令に従う。


「はいよ」


 腰をかがめてシアスタを持ち上げる。


「ありがとうございます」


 食堂で持った時と違って、重みを感じる。能力値低下の効果が思わぬところにも現れたみたいだ。といってもシアスタはメチャクチャ軽いので一切負担を感じない。


 そのままシアスタは登録用紙を書き始める。


「あらー、意外と面倒見がいいんですねー」


 ニヤニヤとしながら受付がこちらを見てくる。


「意外は余計だぞ」


 この受付なんか急に馴れ馴れしくなったぞ。


「てっきり、怖い人達なのかと思っていましてー」


 顔を隠して無愛想なソーエンはともかく、オレまでそう思われるのはとても心外だ。怪しいだけで怖くは無い。むしろさっきまで、見た目だけは怖い人達に絡まれてた側なんだけど。


「仮にオレ達が怖い人だったら、この幼女とパーティ組ませんなよ」


「幼女じゃありません」


 シアスタが文字を書きながらさらっと反論をしてくる。


 内情を知らない人から見れば、怪しい男二人と幼女がパーティを組む姿は奇妙に見えるはずだ。そしてシアスタは氷の精霊だ。オレ達が何かたくらんでいるとしか思えないだろ。実際、平和の旗印はそれを危惧してオレ達に問い詰めてきたし。


「ブラックリストに載っていない限りパーティ登録を拒否する理由なんてないです。それに今朝シアスタちゃんが一生懸命パーティについて聞いてきたんですよ。もう可愛くて可愛くて止めることなんて出来ませんよ!!」


「ちょっと、レイラさん!!」


 シアスタが文字を書くのを止めて受付、レイラって言うらしい、にプンスコと怒っていた。


 シアスタが登録についてギルドの内情を知っていたのは、今朝聞きに来ていたからなのか。ずいぶんと入念に準備をしていたんだな。


「ごめんねシアスタちゃん、でも可愛かったからもう、もうっ!!」


 レイラは思い出し身悶えをしながらニッコニコの笑顔をしていた。


 昨日のいつも笑顔で冷静な受付さんとは大違いだ。


 シアスタはシアスタで恥ずかしくなったのか俯いて顔を真っ赤にしながらペンを握って文字を書くのが止まってしまっている。よく見たら泣いてた。


 このままでは登録が終わらなくなっちゃうし、涙が紙に垂れたら書き直しになって時間の無駄だ。可哀想だし一つ助け舟を出してやるか。


「シアスタ、オレはいつでもお前の敵の敵だから安心しろ」


「味方にはなってくれないんですね…」


「登録用紙の続きはオレが書いてやる」


「ストップ!!それだけはやめてください!!」


 レイラは身悶えを止めて、こちらに食いかかってくるように手を突き出しオレの動きを止めようとする。シアスタは?を浮かべながらそのレイラの姿を見ている。


 これでさっきの空気はなくなっただろう。


「レイラ、さっさと終わらせたい」


 ソーエンが受付カウンターに来て初めて口を開いた。


 シアスタを助けるというよりはさっさと登録を済ませたいから口を出したのだろう。


「はい…すみませんでした」


 それが止めとなり空気は元に戻った。


 オレとは会話して、多少なりとも人となりが伝わったようだけど、ソーエンとは話していなかったからまだ怖いんだろうな。


 シアスタはほとんど書き終わっていたのだろう。書くのを再開してから程なくして登録用紙は書きあがった。


「あの、リーダーはどなたですか?」


 登録用紙を受け取ったレイラが尋ねてくる。


「リーダー?」


 そうか、パーティだし必要になるのか。


 誰がなるんだろう。さっきからオレ達を引き連れてるしシアスタかな。でもシアスタが顔をこっちに向けている。そうか、後ろのソーエンを見ているのか。あいつは黙って入ればこの中で一番威圧感があるしな。


 なら、なんでソーエンはオレを見ているんだ?


「「イキョウ(さん)で」」


「はいイキョウさんですね」


 レイラが登録用紙に書いてあるオレの名前の横に黒い丸を書き足す。


「おい待てお前ら。めんどくさそうなのをオレに押し付けるな」


 この三人パーティにおけるリーダーの役割なんて大体は矢面に立たされるだけで、言うこと聞くやつなんて誰もいないだろうが。


「私みたいなよ・う・じょがリーダーでもいいんですか?」


 少し怒ったような口調でシアスタに言われる。


 くそ、シアスタのやつさっきのこと根に持っていやがったのか。さらりと流されたからなんとも思っていないと思ったのに、ここに来て意趣返ししてきやがった。


「俺はリーダーに向かん」


 確かにソーエンはまとめる人についていくか、一人で行動するタイプだからリーダー気質とは真逆の存在だ。


「消去法で決まるリーダーとか威厳のかけらもないですね」


 ぷぷぷとレイラが笑ってきやがる。


 それでいいのか受付、あとで他の職員に怒られちまえ。


「はぁー……」


 なんか文句をいう気力も無くなってしまったし、登録用紙にはもう書かれてしまったから異議を唱えるのは諦めよう。


「めんどくせー」


 どうせ、コイツらは言っても聞かないだろうから名ばかりリーダーで行かせてもらおう。


「パーティ名<インフィニ・ティー>、リーダーはイキョウさんで登録しました」


 ニコニコしながらレイラが用紙に書いてあることを読み上げる。


 なんでシアスタといいレイラといい、ティーのアクセントが強いんだ。


「それと、イキョウさんとソーエンさんに渡すものがあります」


「渡すもの?」


「あれ? ローザ先輩から聞いてません?」


「ローザ先輩?」


 誰?


 レイラがしゃべるたびに疑問が増えていく。


「昨日、冒険者登録をした金髪の受付職員です」


「あー!!聞いてる聞いてる、あの人の言葉を忘れるわけないだろ!!うん、ローザさんねローザさん!!しっかり脳に焼き付いてるよ!!」


 知らないって言って、それがあの人の耳届いてしまってまた怒られるような内容だったらまずい。


 ここは知っているふりをして物を見てから思い出そう。


「あらら? その反応……確かにローザさん綺麗ですもんねー。ちょっと待っててください」


 そういってレイラは奥の事務スペースへ何かを取りに行った。


 …何か勘違いをされたような気がする。何なんだ。


 シアスタを床に下ろしてからソーエンに話しかける。


「渡すものってなんだろな」


「分からん。金は昨日受け取った。他に心当たりはない」


 オレ達は昨日ギルドに登録したばかりで何か頼みごとをしたり、物を預けているわけが無いし報酬も貰った。だからギルドから渡されるようなものなんてないはずだ。


「お待たせしました」


 奥から戻ってきたレイラが、椅子に座りながらカウンターの上に何かを置く。それは青くくすんでいる金属の首飾りだった。


「こちら、5等級のプレートです」


 思い出した。昨日の夜眠すぎて何を話したかおぼろげだけど、たしか昇級について受付けさんが言ってた…気がする。


「どうも?」


「どうして疑問系なんですか?」


 シアスタが質問してくるが、あっさり上がったもんだから達成感が無いんだよなぁ。


「普通の冒険者なら喜んで受け取るんですけどねー」


 苦労して取ったわけでも、昇級したかったわけでもないので特に喜びの感情がわかない。


 ソーエンも何のリアクションもせず受け取っている。


「今夜はお祝いですね!!」


 シアスタは喜んでくれているが、お祝いされるほど嬉しいことでも無い。でも断るのも悪いし別な機会にしてもらおう。


「シアスタが昇格して皆5等級になったら祝おう」


「それがいい」


「分かりました!!私もがんばります。みんなで昇級しまくりましょう!!」


 シアスタが手を胸元でグーにしてフンスと気合を入れる。


「いいパーティですね」


 レイラがそんなシアスタを見てニコニコしながらパーティを褒めてくれる。


 お祝いの先延ばしの言い訳は、結構効果的に働いたっぽいな。


「どーも」


 オレはレイラに返事をしながら6等級のプレートを外し、5等級のプレートをつける。


「外したプレートはどうすればいいんだ?」


「そのまま持ち帰って大丈夫ですよ。いらなければこちらで回収して処分します」


 記念品として持つか、捨てるか、か。


「どうするソーエン」


 どっちでもよかったのでソーエンの真似をしよう。


「処分でいいだろ」


 ソーエンがそういうならオレも捨てるか。


「え!?捨てるくらいなら私にください!!」


 シアスタがオレ達のプレートを欲しがっている。


「別にいいけど、プレート好きなの? 変わった趣味持ってるんだな」


「そんなわけ無いじゃないですか…」


 またシアスタに呆れられてしまった。趣味じゃないのか…。


「ならなんで欲しいんだ?」


「なんでもです」


 理由伏せられちゃった。まぁ、どうせ捨てるもんだしあげてしまおう。


「ほれシアスタ」


「ほら」


「ありがとうございます」


 オレとソーエンはプレートを渡し、シアスタはそれを腰のポーチに入れて仕舞う。


「登録と受け渡しも終わりましたし、クエスト受けていきますか?」


 レイラがオレ達に次はどうするか聞いてくるが、オレ達は予定を決めるのを忘れていたためどうするか迷う。


「どうする?」


「俺は昨日の疲れが抜けん。町でゆっくりしたい」


「私も昨日は疲れたのでゆっくり体力を回復したいです」


 二人の意見にはオレも賛成だった。体もそうだが心の方がとても疲れた。何か癒しがひつようだ。


「このまま町に出るから今日はいいや」


「分かりました」


「そうそう、それとお願いがあってさ」


「なんですか?」


 レイラに、というかギルドに事情を説明して仲間を捜していることを伝え、目立つところにオレ達の名前と仲間を捜している旨を書いた紙を貼って貰えないか聞いてみる。


「なるほど転移事故ですか。分かりました。クエストボードと受付の横に紙を貼っておきます」


 問題はなかったようであっさりと承諾して貰えた。


 レイラから紙を貰い、さっき言ったことを書こうとするが……まーたレイラはオレ達にペンを渡したがらなかったので、シアスタに頼んでオレが言ったことを代筆してもらった。


 今仲間捜しで出来ることはこれくらいなので、あとは町で英気で養うとしよう。


「張り紙のこと、お願いな」


「任せてください」


 レイラが胸をポンと叩いてお願いを聞いてくれる。


「またなレイラ」


「またですレイラさん」


 オレとシアスタが挨拶をし、またソーエンはお辞儀をすると思いきや。


 何もせず立っていた。


「レイラ」


「はいっ!?」


 ソーエンが名前を呼ぶとレイラはびくっとしながら返事をした。


 どうしたんだソーエン。もしかしてさっきのこと怒っているか?そんな訳無いと思うんだけどなぁ。


「さっきは怒ったわけではない。それだけだ」


「は、はあ」


 レイラは怒られると思っていたのだろう。ソーエンの予想外の言葉で呆気に取られて曖昧な返しをしていた。


 驚いた、あのソーエンが初対面のやつにそんなことを言うなんて。


 この世界に来てあいつの中で何かが変わり始めたんだろう。もしかしたら、そのフードとマフラーを取れる日が来るかもしれないな。


 そのいつかを少し楽しみにしながら、オレは二人と一緒に町へ出た。






 町にはいろんな店が並んでいる。昨日は屋台しか見ていなかったが、もっと周りに目を向けてみると、武器や防具、服、日用雑貨、中には魔道具店や何を売っているかよく分からない店もあった。


 平和の旗印が教えてくれた宿屋はギルドからそう遠くない場所にあり、すぐに借りることが出来た。その後はオレ達は町を適当に散策することにした。


 シアスタもオレ達と同じで、アステルに来てまだ2日目らしく3人揃って町を良く知らない。だから気が赴くままに町を巡る。


 途中でモヒカが教えてくれたパンケーキ屋に入り、シアスタはパンケーキとホットミルク、オレとソーエンはパンケーキとコーヒーを頼み甘味を堪能した。シアスタは熱い物飲んで平気なのかよと思って聞いてみたら「体の半分は人間なので」とだけ答えてまたパンケーキを美味しそうに食べ始めた。だからそれ以上は聞かなかった。


 町は広く、一日では探索が終わらずに夕日が沈んだ。


 夜は町にある大浴場に行った。この町は水が豊富で、都市で経営している大浴場がいくつかあり、その中で宿屋から一番近いところを選び一風呂浴びた。混浴かと期待したが、ちゃんと男女が別れていて少しガッカリしたのは内緒だ。分かれる前にシアスタに熱いお湯に入って平気なのかよと聞いたら「体の半分は人間なので」とだけ答えて中に入って行ってしまったので深くは聞けなかった。あとソーエンは風呂に入っている最中頭をタオルでグルグル巻きにしていたので他の客からものすごく見られていた。


 風呂に入らなくても浄化の杖というアイテムを使えば体や服を綺麗にできるが、やはり風呂には入らないと体と心の疲れは取れない。


 そして飯を食って宿屋に戻りオレ達は爆睡をして二日目を終えた。

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