第13話 ゴスロリと朝食とフランシング
なにやら騒がしい声が聞こえてくる。
「昨日の緊急クエストの報酬だしてくれ!!」
「クエスト貼り出しまで暇だな」
「あっちで暇つぶしの賭けやってるってよ」
「起きてください」
うるさいな。お願いだ。こっちは疲れてんだよもう少し寝せてくれ。
「てめぇーら今日は稼いで美味い酒を飲むぞ!!」
「あのー起きてください」
ダメだ、もう一度寝ようとしても、うるさくて段々意識が覚醒に向かってしまう。
「おい!!バンダナが起きそうだぞ!! ボボカルチョもってこい!!」
「起こすのはいいのか?」
「ルールなんてねぇよ!!当てたもん勝ちだ」
「あのー」
「へいへい…起きます起きます」
上半身だけを起して伸びをすると、全身からパキパキと音が鳴り響く。床で寝ていたからか所々痛い。
大きなあくびが我慢できず、大口を開いてしてしまうが生理現象だ仕方が無い。
まだ少し眠い目をこすりながら辺りを見渡すと、なにやら冒険者たちが盛り上がっていた。どうやらクエスト貼り出しまでの暇な時間にオレとソーエンのどっちが先に起きるかで賭けが行われていたらしい。
ボボカルチョってなんだよ。でも、そんなことオレ達には関係ないから、視線はオレを起こした主に向ける。
主はしゃがみこんで起こしていたみたいだ。
「あー、シアシア?」
確か昨日名前を聞かせてくれた気がするが、その後の血を被った事件の印象が強すぎて正確な名前が思い出せない。
そして、寝起きに全身真っ白い少女は目に悪すぎる。
「シアスタです。私とあなたはそこまで仲良くありません」
どうやら親しみを込めて呼んだと思われたらしく、拒絶の言葉を投げられる。
「ですが、感謝をしているので御礼を言いに来ました。あと、私が気絶しているときの話を聞きにもです。お時間大丈夫ですか?」
お時間も何もオレ達はこの世界に来て具体的な予定を立てたことが無い。昨日はその場その場の行き当たりばったりで一日過ごしていた。そんな日の次の日に予定なんてある訳が無い。
「多分大丈夫だと思うけど、ちょっと待ってて。ソーエン起きれ、お客さんだ」
一応無いとは思うけど、勝手に決めるのはアレだから、横で寝てる黒フードの頭を叩いて目を覚まさせる。
「今は留守だ」
「居留守使ってんじゃねぇよバカ、バレバレだよ」
ここ家じゃないし、そもそも姿見られてっから。
ソーエンはまだ寝たりないのか、絶対起きたはずなのにまた寝ようとしていた。
「さっさと起きないと顔晒すぞ」
「それだけはやめろ」
あまり使いたくは無かったが、このままでは話が進まないため無理やりにでも起きてもらう。
「おはようゴスロリ。寝起きには辛い見た目をしているな」
ソーエンも上半身だけ起こして挨拶をする。
「寝起き一番に言うことがそれですか…」
オレが言わなかったことをソーエンは口にし、シアスタは少しむすっとした顔でソーエンに文句を言っていた。
「予定は?」
「ある訳無いだろ」
「りょ。で、話を聞きたいんだっけ?」
「会話が早すぎです……えっと、そうです。何やらおかしなことになっていたので」
おかしなことか……心当たりしかない。
「それであなた達から直接話を聞こうかと」
「その前に。オレ達のことって周りに話した?」
話されていたら困る。
昨日、暗闇で姿は見えていなかったとはいえ、何者かに攫われたって思われているシアスタがオレ達のことを誰かに話したら、白も黒になってしまう。
こんなどこから来たか分からない大人より、いたいけな少女のほうが世論は傾くのが世の常だ。
仮にシアスタが本当のことを話してもどうせ歪んだ解釈をして、ショックで記憶が曖昧になってるとか、記憶を操られたのか。ってな感じな事態になるに決まってる。
「いえ、犯人について聞かれましたが、気絶していて覚えていないと答えておきました」
この子見た目に違わず頭がいいのか?めちゃくちゃ有能だ。
とりあえず必要な事は聞けたから、後はシアスタが知りたがってることを教えてやろう。
気絶した間にどんなに悲惨なことが起きたかを聞いて欲しい。
「腹が減った」
唐突にソーエンが腹を鳴らしながら自己主張を始めてきた。でも、言われて見ればオレ達は昨日の昼から何も食べていなかったので、オレも空腹感を感じている。
「悪いけど、飯を食いながら話してもいいか?」
「大丈夫です、私も一緒します。それで、どこで食べますか?」
オレ達はこの町に詳しくは無いので、昨日受付けさんから聞いたギルドの二階にある食堂へ行くことを提案する。
「食堂なんてあったんですか」
「らしいぞ」
シアスタはギルドに食堂があったことを知らなかったらしい。オレ達も受付けさんから聞くまで知らなかったから、もし聞いていなかったらここまでスマートに行き先を決められなかった。あの人はここまで見越して教えてくれていたのかもしれない。
「オレ達も行ったこと無いから試しに行ってみようぜ」
「分かりました」
オレ達三人はカウンター横の階段を上って二階へと向かう。
上るにつれていいにおいが鼻をくすぐり、空腹の身体はより空腹を感じてしまう。
階段を上りきると、一階と似た配置で受付が調理場、それ以外が飲食スペースになっていた。フードコートみたいな感じだ。
オレ達以外は人がちらほらとしか居らず、席は十分に空いていた。
席を確保する必要は無いので、そのままカウンターに向かう。
「おばちゃん、注文いい?」
「いいよ、じゃんじゃん頼みな!」
恰幅のいいオバちゃんが対応してくれる。奥に眼をやると、仕込みや皿を洗っている料理人のような人達の姿が見えた。
オレとソーエンは金に糸目を付けずに、注文表に書いてあるパンとスープ、それに肉や魚、パイを適当に注文した。串焼きとかなら分かるけど、そのまえに付いている固有名詞の部分が分からんので一か八かで注文をしている。あとせっかくだから新しく挑戦してみたい。食堂で出してるんだ食べられないものは出てこないだろう。
「朝からよく食べるね。よく食べる子はよく育つ、感心感心。二人で金貨一枚ね」
嬉しそうな感じでオバちゃんが感心している。
「もう随分育ってるよ。思ったより安いね」
屋台で食べたときは、食堂ほど注文していなかったのに金は食堂より多く使ったから、昨日と比べるとずいぶん安上がりだ。
「ギルドから直接食材を卸してるからね」
へー、ギルド産ギルド消だから安いのか。ならオレ達の狩ったファングボアもここに並ぶのかもな。
注文表にはファングボアの文字が無かったけど、討伐してきたのは昨日の今日だ。解体がまだ終わってないんだろ。ちょっと食べてみたかった。
オレとソーエンはそれぞれ銀貨を5枚オバちゃんに渡す。
「あの、私も育ちますか?」
シアスタがオバちゃんに質問をする。
シアスタはカウンターが高いのか、背伸びをしてようやく顎がカウンターに載るくらいだった。オレの身長と比べてみると130~140くらいか。
ちっちゃい事を気にしているのだろうか。
「育ちたかったらまずはお腹いっぱい食べな。何にするんだい?」
オバちゃんは子供を見る笑顔でシアスタにそう言った。
オバちゃんがシアスタに注文を聞くけど、シアスタは顔を覗かせるのに精一杯でカウンターに置かれた注文表が見えていないようだった。
仕方なくシアスタの脇を抱えて持ち上げ、注文表が見えやすいようにする。
「わわっ!!あ…ありがとうございます」
そのままシアスタは注文表を食い入るように見る。
「どれもおいしそうで悩みます。もう少し持っててください」
まだ決まらなさそうなので、オレは注文表に見えたあるものをソーエンに聞いてみよう。
「なぁソーエン、オレさ、注文表にフランスパンて見えるんだけど」
「ああ、俺も気になっていた。この世界にフランスはないだろ」
翻訳機能がバグっているのか正常なのかは知らないが、明らかにおかしいものがそこにはあった。
シアスタは悩んでまだ決まらないようなのでオバちゃんに聞いてみる。
「オバちゃん、このフランスパンってさぁ、フランスのパン?」
「なに言ってんだい。そりゃ当たり前だよ。小麦粉を使ってフランスをしてオーブンで焼いたパンさ」
フランスをするってなんだよ。英語にしたらフランシングか?追及するのもばかばかしくなったのでもう深く考えないようにしよう。ソーエンも理解するのを諦めているようで黙ってシアスタが注文するのを待っていた。
「決めました。ロールパンとお肉のシチュー、森の果物の盛り合わせでお願いします」
「あいよ、銅貨4枚ね」
アレだけ迷った割りに普通の量と内容だったな。
シアスタはオレに抱えられながら器用にポーチから銅貨を取り出してオバちゃんに渡していた
「量が量だね。今は人が少ないし、出来上がったらテーブルに持っていってあげるよ」
「ありがとうオバちゃん。ところでいつもこんなに少ないの?」
「何言ってんの。朝は宿屋で食べるのが普通だよ。朝から来るのは貼り出しに寝坊して食べ忘れたり、宿の朝食が少ない人くらいさ。夕方から夜はいっつも満員、昼は町の人や職員が食べに来るし、人が少ないのは朝くらいだよ」
「なるほどなぁ」
「じゃ、待ってなさい。すぐ作るからね」
そういってオバちゃんが厨房にいる人たちにオレ達の注文を伝えにいく。
このままカウンターの前に立っているわけにも行かないので、後ろを振り向いてテーブルの方を見る。
テーブルは長方形のものが規則正しく並んでいて、どこに座っても同じようだった。
奥に座るのは、料理を持ってくる際に申し訳ないので、オレ達はカウンターに一番近い手前の席を選んで、オレとソーエンが並びその向かいにシアスタが座る。
「で、話が聞きたいんだっけ」
全員が座ったところでオレが話を切り出す。
「はい、私が気絶した後何があったんですか? 気づいたら衛兵の詰め所にいましたし、あの大きなファングボアは町の皆さんで倒したことになっていますし、何よりこれです」
矢継ぎ早に質問された後、テーブルに2枚の紙が置かれた。
「何これ?」
オレとソーエンはその紙を覗き込んで確認する。
一枚は赤黒く染まった人型の絵の下に血濡れの悪魔と書いてある。もう一枚は顔全体が口になっていて長い舌を垂らしている真っ黒な人型の絵の下に大口の悪魔と書かれていた。
どちらも手配書のようで、上にWANTEDと書かれている。英語が気になってこっそり翻訳機能を切るとミミズと記号の羅列にしか見えず、読めなかったので元に戻す。
「これもしかしてオレ達か?マジ? こんな風に見えてたの?」
「何故この姿がこうなる」
血濡れの悪魔はもちろんオレだ。
大口は、暗かったせいでソーエンのフードとマフラーがそう見えたんだろう。
確かにこう見ると衛兵達がオレ達に敵意を向けている理由が分かる気がする。こんなやつらがマザーファングボアを引き連れて子供を抱えながら町に何かをしようと思ったらたまったもんじゃない。
「この紙が町中に配られていましたよ」
えぇ……とんでもなく大事になっちゃってんじゃん…。
「今から全て燃やしに行くか」
「また牢屋にぶち込まれそうだから絶対するなよ」
コイツなら冗談じゃなく本当にやりかねないから、言葉で釘を刺しておく。
「まだオレ達だってバレてないっぽいから、このまま風化するのを待とう」
作戦に参加したであろう冒険者達が、寝ていたオレ達に何もしなかったのがその証拠だ。賭けはされていたけどな。
もしばれていたら、目覚めたのはギルドではなく牢屋の中だったろう。
「隠れる必要が無いのはよかったけど…」
「あのバカでかいファングボアを失ったのは痛い。今後の活動資金を失ったようなものだろう」
ソーエンが怒っている様な、残念がっている様な、負の感情の声を出して腕を組む。
「ほんとだよ。でもここまで大事になると盗んでも売れないしなぁ」
オレもマネをして腕を組もう。
「ゴスロリが事情を話せば取り返せるのではないか」
ソーエンが真っ当な意見を出してくる。
「無理です。外はお祭りムードで、町の皆は悪魔とファングボアを撃退したことを信じています。どうせ悪魔に騙されているか混乱している子供の戯言で終わります」
「オレ達3人の真実より、この町全員が見ている夢の方が強いわけか」
そうなります。とシアスタが答えると、全員考え込んでしまう。
「泣き寝入りするしかないかぁ……」
ひっじょーに悔しいけど…平和的にやり過ごせる手段が思いつかないからそうするしか無い。
ひっじょーに悔しいけどな!! 悔しいけど平和的に終わらせないと一部クラメンと合流したときにどやされる。
あいつらから怒られるのだけはやだからなぁ。
「不満だが仕方がない。報復するチャンスがあったらやるがな」
「オレも手をかしてやろう」
「私の目の前で物騒な話をしないでください」
寝不足と疲れと昨日の事で心が荒んでいたのかついついソーエンの意見に乗ってしまった。
ダメだダメ。薄っぺらい博愛主義と絶対に怒られたくないってのがオレ達の今の規準なんだから。そこは遵守しておこう。
「それで、どうしてこんなことになっているんですか?」
シアスタはようやく本題に入れるというような口ぶりでオレ達に質問を投げかける。
「あー……うん。それは」
オレとソーエンで、シアスタが気絶した後のことを話す。
シアスタはオレ達の話を聞いていくうちに段々呆れた顔になっていった。
「そういう事だったんですね。目覚めて衛兵さんから聞いた話と私が知っていることが全然違っていたのでおかしいと思ったんです。急いでお二人を捜して正解でした」
「よくオレ達がギルドに居るって分かったな」
昨日ギルドで寝ることになったのは唐突だったので、誰にもそのことは知らなかったはず。もしかしてギルドで寝ているやつがいるとかで噂にでもなっていたのかもしれない。
「いえ、あなた達も冒険者だったので、ギルドに情報を聞きに来たんです。まさか本人が床で寝ているとは思っていませんでしたけど…」
どうやらオレ達を見つけたのはただの偶然だったらしい。
「ギルドに住んでるんですか?」
シアスタは首を傾げて尋ねてくる。
「んなわけあるか。宿を取るのを忘れただけだ」
「えぇ…。宿は冒険者が重要視するものの一つですよ……というか、冒険者では無くても普通新しい町に着たら真っ先に宿をとりますよ…」
めちゃくちゃ非常識なやつを見る目でオレを見てくる。
オレが言ったからオレを見ているわけで、ソーエンが言ったらソーエンもその目で見たのだろうか。
「忘れたのはオレ達二人だ。オレだけをそんな目で見るんじゃない、ソーエンにも目を向けろ」
「そちらのフードの方もですか」
「やめろゴスロリ、その目を俺に向けるな。おいやめろと言ってるだろ」
この大人たち信じられない、みたいな顔をしてオレ達を見てくる。
「さっきからゴスロリゴスロリ言ってきますけど私の名前はシアスタです」
そういや、オレはファングボアの時や今朝にシアスタの名前を聞いていたがソーエンはまだ聞いていなかったな。ソーエンが起きてからここまでシアスタの名前を呼んでいなかった気もする。知らないのも当然だろう。
「お互い自己紹介でもするかぁ」
オレ達一応同期だし、お互いの事を知っておいて損は無いだろ。
「話してるとこ悪いね、料理の第一弾できたよ」
オバちゃんが両腕に沢山の料理を乗せてテーブルまで持ってきていた。
オレ達は話を一旦中断してオバちゃんから料理を受け取ろうと手を伸ばすけど、オバちゃんは「いいから座ってな」と言ってオレ達の手を拒否してきた。
オバちゃんの両手は料理で塞がっているのにどうするつもりなのだろう。
「そー、れっ!!」
オバちゃんが身体を波のように動かしながら料理を載せた腕をテーブルの上に乗せると、身体の勢いで料理が腕からテーブルの上を滑り、一つも零さずに全てほどよい位置に配置される。しかも、ちゃんとそれぞれ注文した品が目の前に並べられていた。
「うおっ!?魔法か!?」
「私に魔法なんて大層なものは使えないよ、これはただのテクニックさ。残りは今作ってるから待ってな」
配膳が終わるとオバちゃんはまた厨房の方へ戻っていった。
シアスタの前には注文していたものが全て揃っていたので残りとはオレ達の分だろう。
「なんですか今の……」
シアスタも驚いているので、今の出来事はこの世界でも普通ではないことが分かる。
「何者だ、あのババア」
ソーエンも驚いいてて、このテーブルの話題はオバちゃんに持っていかれそうになる。
気持ちを切り替えて自己紹介を続けよう。
「腹減ったし食べながら自己紹介でもいいか?」
「私は構いません」
「俺も同じく」
「なら早速食べよう」
オレは、何故か元の世界ではあまりしなかったいただきますを言って食べ始めた。
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