第12話 受付ローザの、心配とすれ違い

 今日はとても疲れました。


 朝はシフトに入ってないから、夕方さえ乗り切れば後はいつも通りだったはずです。


 仕事が終わったら、家に帰ってお酒でも飲みながらゆっくりのんびり過ごす予定でした。


 なのに、ペンを沢山おる謎の二人組、近郊の森で起きた爆発の調査クエストの作成、おまけに夜のマザーファングボア襲撃。何故かお昼を過ぎてから、急に色々な事が起こり始めました。


 退勤する寸前に、謎の巨大な影が町に迫っているとの事で、冒険者全員に緊急クエストが発注され、私を含めた何人かのギルド職員は冒険者が泊まってそうな宿屋を片っ端から回り、クエストを伝えました。町中走り回ってもうヘトヘトです。


 しかも、宿屋を回り終わってギルドに戻った時に聞いた話では、今日冒険者登録した3人全員が戻って来ていないというではありませんか。気が気じゃありませんでした。


 審議師として、今日見た全員は冒険者として登録をしても問題ないと判断しました。


 登録の際にイキョウさんがレベルを320と言ったときには、突拍子も無さ過ぎて思わず笑ってしまいそうになりましたが、我慢はしたのでバレてはいないでしょう。


 指輪は反応しなかったですが、冗談の言い方によってはそういう時もありますし、何よりありえないので指輪を使わずとも簡単に見極めることが出来ます。


 受注したクエストは、シアスタちゃんが薬草採取で初心者向けのクエスト、二人の方は遭遇することすら難しいファングボアの討伐で、イレギュラーさえなければ安全に帰ってこれるクエストでした。


 ですが様々なイレギュラーの報告があったため、安心が出来なくなりました。だからせめて私なりに頑張ろうと思い、夜勤の人に無理を言って代わってもらいました。


 イキョウさんは私に行って来ますといってくれました。だから私も見習って新人3人全員にお帰りなさいを言うために待っていようと思い、一晩中待つつもりでした。


 どうやら私は先ほど遠くの方から聞こえてきた勝利の歓声にホッとしてしまい、油断して寝てしまったようです。


「……さん……受付さん」


 カウンターを叩く音と私を呼ぶ声で、虚ろだった意識は段々とはっきりしていきます。


「起こして悪いけど、換金お願い」


 意識とは違い、まだぼやけている眼は声のする方を向きます。


 ぼやけた視界が段々とはっきりしていくと、怪しい二人組のイキョウさんとソーエンさんということが分かりました。


「あ、あの!!」


 聞きたいことが沢山あるせいで焦ってしまった私は、思わず立ち上がりながら声を張り上げてしまいます。声は、私達以外誰もいないギルド内に反響して私の耳に戻って来てしまい、少し恥ずかしくなりました。


「落ち着いて、オレ達はお化けじゃない」


 イキョウさんが私を落ち着かせるためか、冗談を言ってくれます。むしろ私はそれが恥ずかしくなってしまいました。


「報告をする。ファングボアを討伐してきたから換金をして欲しい」


「え!?」


 私の見立てではファングボアに遭遇することすら難しかったはずです。運よく遭遇しても討伐なんて不可能と予想していました。


 しかしその予想を裏切るように彼らの後ろには大量のファングボアが積み重なっていました。


 ギルドは24時間、何時でも完了報告を受け付けています。これはクエストによっては鮮度が大事だったり早急な解決を要するものがあるからです。


 ですが、大抵の人たちは朝のクエスト貼り出しに参加するため、クエスト完了の報告は早めに済まして次の日に備えます。


 でも、お二人は明日のことを考えず、受けたクエストをちゃんとクリアするために、こんな時間まで森の中で一生懸命頑張っていたのでしょう。


 もう一度彼らをよく見ると装備が血や土で汚れて、一生懸命頑張ったことが感じられました。


 私は思わず泣きそうになりました、彼らはこのクエストに全力を尽くして挑んだのだと。本当に頑張ったのだと。でも涙は我慢します。


「これどうすればいい?」


 イキョウさんが質問を投げかけてくれて、我に返ります。


 そして私は自分に言い聞かせます。私は今、受付なのだから仕事をしなければと。


「こちらで状態を確認をした後、通常では奥の解体所に運びますが…今は解体の出来る職員がいないので、倉庫にて保存をさせていただきます」


 カウンターから見て左側の通路奥は解体場になっていて、解体専門のギルド職員がモンスターの解体を行います。


 しかし今は誰もいなく、だからといって解体場に置いて放置をすることも出来ないので、ギルドで管理している地下の倉庫に運ぶ必要があります。


 倉庫は解体場の奥にあり、氷の魔石によって内部は冷たくなっています。解体が追いつかない場合や深夜の納品はそちらに保存をしておきます。深夜の納品は朝の引継ぎの際に報告を行うので、管理体制は万全です。


「数を数えますので少々お待ちください」


 カウンターからラウンジにでて、ファングボアの数を数えます。1…5…10…すごい!!20頭も討伐出来たみたいです。褒めたい気持ちが溢れますが、浮かれた冒険者のたどる末路は何度も見てきたので、心を鬼にしします。


 でも、一体どうやって狩ってきたのでしょうか?


 方法は気になりますが、詮索はご法度なのでしません。


「はい確認が終わりました。20頭でしたので、報酬は金貨10枚です」


「やったなこれで大分楽になる」


「ああ、やっと次に進める」


 ソーエンさんが次と言いましたが、5等級のことでしょうか。


「ええ、昇級は確実です」


 ギルドの昇給規準は公にしていません。公にすることで無理なクエストの受注や討伐を防ぐためです。しかし、これだけファングボアを狩ったなら5等級に上がることは確実です。


「明日の引継ぎのときに上に報告をしておきますね」


「え?うん」


「ああ…?」


 本人達も本当に上がれるとは思っていなかったらしく、面を喰らった表情をしています。


「ではこちらを倉庫に運びます」


 私はファングボアを持ち上げようとしました。しかし、当たり前ですが非力な私では持ち上げるどころか動かすことすら出来ませんでした。普段は解体職員にお願いするか冒険者の方に直接持っていってもらうのですが、失念していました。


 どうやらこのなかで一番浮かれていたのは私のようでした。恥ずかしさで顔から火が出てしまいそうです。笑われてないかとちらりと二人の顔を見た後、思わず顔を背けてしまいます。


「ソーエンどう見る」


「恐らく遠まわしにギルドの作法を教えてくれているのだろう。俺達に恥を掻かせないために気を使ってくれているようだ」


「たしかに。明らかに持ち上げる雰囲気を出した後にこっちを見たもんな」


「つまりファングボアを視線を向けた通路の先に持って行けという意味だ」


「それが花丸100点満点の答えか。よし早速取り掛かろう」


 二人がなにかこそこそとお話をしています。私を笑っているのでしょうか。


 恥ずかしい気持ちを抑えて心を切り替え、二人に運ぶお手伝いをお願いしようと二人のほうを向くと、両手にファングボアを抱えて立っていました。


「オレ達が」


「運ぶ」


 見るに見かねてお手伝いをしてくれるようです。


「申し訳ありません。ではこちらにお願いいたします」


 私は先導して倉庫へと案内を始めます。


「あくまで自分に非があるように見せて気を使ってくれてるぞ」


「コイツは女ではなく恩人にカテゴリーした。今後俺達はコイツに逆らう行動は慎むべきだな」


「それが最大の恩返しだな……コイツよばわりは辞めない?」


 なにやらまだこそこそとしています。そんなにさっきのことが面白かったのでしょうか。 私はあまり気にしないようにして解体場への通路に向かいます。


「ソーエンの予想は当たっていたな」


「当然だ」


 あぁ、本当に顔から火が出そう。ギルドが薄暗くて助かりました。


 無言では気まずいので何かお話をすることにしましょう。


「そういや、ギルドの中ってどうなってんの?」


 イキョウさんが良いタイミングで疑問を投げかけてくれました。チャンスです。


「解体所への通路は、入ってすぐ曲がったら全ての部屋が解体部屋になっています。中は繋がっているのでどの扉から入っても大丈夫ですよ。


 キルドの建物はロの字型になっていて、受付からみて左側の一階は解体部門のスペース。右側は冒険者の方々が使用する会議室が並んでいます。使用の際は受付にお申し出ください。


 二階は食堂と倉庫で三階は全て職員用の仕事場になっています。


 受付と反対の一階部分はアーチ状に切り抜かれていて、中庭へ自由に出入りできるようになっております。中庭はご飯を食べたり模擬戦をしたりと自由にお使いください」


 倉庫は通路の奥で、ギルド大きさも相まって歩くだけでも少し時間が掛かります。私は恥ずかしさをごまかすように、長々と話をしてしまいます。


 イキョウさんは口数が多く、反対にソーエンさんは口数が少ないようです。だから、イキョウさんと離すようにしながら運搬作業を進めます。


 倉庫への道を案内して、戻り運搬を繰り返して5回。思ったよりも早く作業が終わりました。


 私達はカウンターに戻って、報酬の受け渡しを行います。


「こちらが報酬となります。確認をお願いします」


 金貨を十一枚重ねてカウンターの上に置きます。二人は喜ぶと思っていましたが、疑問の表情を浮かべています。ソーエンさんは顔が見えないので、予想ではありますが。


「受付さん、一枚多い気がすんだけど」


 そういえば、そのことをまだ話していませんでした。


「実は羽ペンの件ですが、反省していただくために虚偽の値段を言いました。金貨一枚はそのときの差額です」


 この件に関しては本当に反省して貰う必要があります。最初の二本はもしかしたら劣化していて仕方がなかったかもしれませんけど、後の二本はお二人がふざけてわざと折っているように見えました。


「このクソアマ」


 ソーエンさんが何かボソッと言いましたが声が小さすぎて聞こえませんでした。


「お前、心変わり速すぎだろ。いや、ほんとすみませんでした」


 慌ててイキョウさんが謝るところを見るとソーエンさんが先に謝罪をしたようです。


「いえ、もう気にしていませんから」


 その返答を聞いて安心したのか二人は金貨を分配して受け取り、残った一枚の金貨はソーエンさんが取ってイキョウさんに銀貨5枚を渡していました。無言でこんなにスムーズに分配を終わらせるなんて、お二人は長い付き合いなのでしょうか。


「あの、お二人はどこの宿に泊まるご予定ですか?」


 本当はこんな当たり障りない質問じゃなくてもっと聞きたいことがあります。でも怖くて、聞けなくて、時間を延ばしてしまいます。お二人も眠いはずです。私はなんて失礼なことしているのでしょうか。


「「………」」


 質問に答えが返ってきません。どうしたというのでしょう。


「受付さん……ギルドで寝ていい?」


 想定外の答えに、返事が思いつきません。冒険者は冒険に行く前に必ず宿を取っています。新人の頃、帰ってきた後ではダメなのか気になって質問したところ、帰れる場所があるから安心して冒険にいけるからと教えてもらいました。全員そうとは限りませんが、誰しも帰れる場所があると安心するものです。この二人は帰れる場所が要らないのでしょうか。


 宿屋は、深夜に宿泊の受付をしているところは少なく、今から探すとなると骨が折れます。


 それにイキョウさんは今すぐ寝たいようで顔が段々虚ろになっています。


「え…っと。一応…規約には冒険者が寝ることを禁じるような項目はございません……けど」


 初めてのことなので、なんて答えればいいのでしょうか。でも、ずっと開いているわけですし、クエストから帰ってギルドで休んでいたら寝てしまったという体だったらいいのかも?


 ……本当に大丈夫なのでしょうか。


「多分、恐らく、クエストボードと反対の壁なら大丈夫かと思います?」


 二人が壁を間違わないように左手で何もない壁を指します。


 このような事は初めてなので、思わず疑問形になってしまいます。


「なるほど。怒られたときの言い訳はこっちで考えとくよ」


「ああ、世話になっているからな。迷惑はかけない」


「申し訳ございません、ありがとうございます」


 私が言い終わる前に二人はふらふらと移動しながら壁際に向かって移動し始めていました。どうやらもう限界のようです。


「身体洗うのめんどくせぇ。このまま寝るか」


「それなら考えがある。浄化の杖だ」


「おお!!なんだこれ綺麗になった!!」


「俺にも使えば、これで完了だ。もう寝よう」


 二人は壁際でふらふらしながら何か小さい棒を振って遊んでいます。覇気の無い声と薄暗さで何をしているのか何を言っているのか分かりません。


 私は最後まで聞きたいことが聞けませんでした。


「そうだ、受付さん!!」


 急に大きな声を出されて体が少し跳ねます。元気になったり萎んだり忙しい人たちです。


「新人の子、無事だよ」


 私が怖くて聞けなかったことを、聞きたかったことをイキョウさんが言ってくれました。ソーエンさんはこちらになにやら人差し指と中指を立てた手を向けています。


 嬉しくて、安心して泣いてしまいそうです。


 というか限界です泣きます。


 思わず立ち上がり、私は戻ってきたら言おうと思っていた言葉を言います。


「お帰りなさい」


 二人は一旦見合わせこちらを向きました。


「ただいま」


 イキョウさんの返事とともにソーエンさんが軽くお辞儀をします。


 そしてそのまま二人は倒れこむように寝てしまいました。


「私も頑張ろう」


 残りのお帰りは、シアスタちゃんが帰ってきたら言おう。幸い明日…今日?途中で寝てしまったので、日付の感覚が曖昧ですが、とりあえずは、夜番が終わればお休みだから、引継ぎの後も少し残って待ってみよう。


 そう思いながら、今度は寝てしまわないように気合を入れて椅子に座りなおしました。涙が止まったらお手洗いでお化粧直しをしてシアスタちゃんを迎える準備をしましょう。

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