第7話 魔力の扱いにはご注意を

 受付さんから近郊の森を探すといいと教えてもらったので、オレ達は東西南北の4つある門のうち、ギルドから一番近い東門から歩いて町を出ようとする。森も東にあるのでちょうど良かった。


「そこの二人、滞在証を見せて」


 門から出ようとしたところを、おっさんと同じ格好をした衛兵に止められる。


「ほいよろしく」


 オレとソーエンは首から下げた二つの首飾りの一つ、滞在証を衛兵に見せる。


「ん?お前ら噴水のか。ずぶ濡れには気をつけろよ」


 笑いながら衛兵は通って良しという意思を見せるように手を門の外へ向ける。


 どうやら衛兵の間でオレ達は噂になっているようだ。


「へーへー肝に銘じておきますよ」

「俺は膝下だけだ」


 ソーエンは違うと訴えるような捨て台詞を吐き、門を出た。


 アステルの外は穏やかな草原に囲まれていて肌で自然を感じられる。


 そんな自然を感じながら少し歩いたが、森はまだ見えて来なかった。近郊という割にはそこそこ遠いらしい。


「まだ距離があるな」

「急ぐもんでもないし、のんびり行くかぁ」


 移動の間は、さっき食った物の中で何が美味かったとか、受付さん怖かったなど適当な話をして時間を潰しながら歩く。


 東門からは広い街道がまっすぐに伸びていて、その途中にいくつか枝分かれした道が繋がっていた。森へ続いている道は見当たらなかったため、適当なところで道を外れて歩みを進める。


 森と街道の間は草原になっていて、陽気に包まれながらその緑広がる草原を歩くと、オレ達を心地よくしてくれる。


 陽気のせいかソーエンとのバカ話に花を咲かせていると、いつの間にか森の目の前まで来ていた。


 クソ、会話が楽しかったわけじゃねーし。


「もう着いたのか」


 ソーエンよ、お前も楽しかったのか。じゃあオレも楽しかったわ。


「森に入ったらスキルチェックしようぜ」

「賛成だ。武器の確認もしたい」

「あいあい。あと、方角の確認を忘れないようになー」


 この世界に来てからMAPは機能していない。でも、方位磁石機能はなぜか正確に働いているから、読み間違いさえしなければ町には問題無く戻れそうだ。


「うっし。じゃあ、異世界初探索開始だ」


 軽く気合を入れてオレ達は歩き出す。


 森の木は背が高く生い茂っているから日当たりが悪く、踏み入れた瞬間から少し涼しさを感じた。 


 森には道など無く足元が悪い。普通に歩くよりも体力を使うはず…そう思っていた。


 でこぼこした地面を歩き、茂みを掻き分け、たまに木に登って辺りを確認しながら進む事二十分くらい。


 全然身体に疲れというものを感じる気配が無い。


「この体は人でいいんだよな?」


 おかしくないか?普通だったら足腰に疲れが来ても良い頃合だろ。どうなってんだこの身体。


「俺はヴァンパイアだから違う」

「そういうことじゃねーんだよなぁ。日光は大丈夫なのか?」

「確かに、どれ」


 ソーエンは躊躇いも無く手袋を外して、透き通るような白い手を日光に晒す。


 そして、そのまま5秒くらい様子を見てみたけど……ソーエンは何のリアクションもしてない。


 パーティUIでもHP減ってないしなぁ。


「問題無いようだ」

「お前本当にヴァンパイアかよ…」


 確かにゲームの頃でも日光によるダメージやステータス低下はなかったけどさぁ…。


 ゲームの設定まんま引き継いじゃってんじゃん。


「日光を克服したヴァンパイアってデイウォーカーって言うんだっけ?」

「そうだ。ふむ…。決まりだ、今から俺の種族はデイウォーカーヴァンパイアに変更だ」

「そもそもヴァンパイアなのかも怪しいけどな」


 飯を食べながら町を歩いているときに、血を飲みたくはならないのか聞いてみたら、「不味そうだ」とだけ答えやがった。コイツは似非ヴァンパイアだ。


「ならば種族はデイウォーカーだ」


 オレにヴァンパイアを否定されたからって、デイウォーカーヴァンパイアからヴァンパイアを抜くな。それじゃただの日の下を歩くものになっちまうだろ。


「大抵の生物はデイウォーカーだ。そんなことより確認始めるぞー」


 これ以上馬鹿には付き合ってられない。本来のやるべきことをやろう。


「分かった。まずはそれぞれ確認でいいか」

「そうしよう。こんなところで模擬戦やったら町の四方を平地にしちまうかもしれん」


 ゲームの頃の模擬戦は用意されたマップから選択して行うというものだった。そのマップではオブジェクトの破壊は無く、模擬戦に参加したプレイヤー以外に敵や生物は居なかったから存分に力を震えた。


 でも今はもうゲームじゃなくて現実なんだ。物は壊れるし、専用のステージなんて無い。だからオレ達は慎重にスキルの確認を行わなければならない。


 お互いに攻撃が当たらないよう距離を取り、オレ達は確認作業へと入った。


 * * *


 慎重に事を進めた分時間は掛かったけど、作業は順調に進み、危ないスキル以外は全て問題無く発動できることが分かった。


 確認作業自体は終わったけど、お互い確認したことを踏まえてやってみたいことがあったのでまだ距離を取っている。


「おぉーすげー」


 離れているソーエンを他所に、オレは木陰に座り込みながら煙草を咥え、右手の指を見て感動していた。


 叛徒は魔法の属性に縛りが無い。五大魔法の火・水・雷・風・土全てを使える。でも、どれだけ鍛えても威力は弱いし、超級以上は覚えられない。だから、実質死に要素に近い。


 煙草の火を点けるときに使った<ローヒート>は魔法の中でも最下級魔法に位置づけられている。


 一般に<ローヒート>はアイテムの着火くらいにしか使えず、<ローウォーター>は水鉄砲くらいしか飛ばない。<ローサンダー>は近づいてスタンさせることくらいは出来るけど完全には止められず動きを鈍くするくらいだ。<ローウィンド>はまさにそよ風。<ローストーン>は小石を飛ばせるが、そこら辺の石を投げたり、投げナイフを使ったほうが比べ物にならないくらい強い。


 だからこの最下級魔法は、巷ではお遊び魔法なんて呼ばれている。


 そのお遊び魔法が…まさか全部同時に使えちまうとは…。


 オレの右手、そこにはそれぞれの指にそれぞれの魔法を発動して状態を維持するという、ゲームではありえないことがおきていた。


「やろうと思えば出来ちまうもんなんだなぁ」


 これは遊んでいるわけではなく、可能性の研究をしているんだ。

 ゲームでは出来なかった魔法の同時発動。これは面白い事を発見したぞ。

 今すぐソーエンに自慢してやろう。アイツは魔法使えないから悔しがるだろう。


 ソーエンの方は、ガンナーはスキルが少なく確認自体はすぐ終わっていた。でも、今後メインで使っていく魔法銃の調整が必要との事で試行錯誤を繰り返している。


「おーい見てくれソーエン、これかっこよくね?名付けてエレメンタルフィン…」


 ソーエンに見せ付けるために顔を上げて立ち上がると……この開けた場所の中心でソーエンが発光していた。


 あいつ…あんなスキル持ってたっけ?全身で<ライト>使ってんの?


 …いや、ソーエンが発光してるんじゃない。あいつの魔法銃が光ってんだ。


 どうみたって普通じゃないだろ!!絶対やベーじゃん!!


「何やってんだあのバカ!!」


 驚いたオレは煙草を急いで消してアイテムボックスにしまいこみ。


「おーい!!どうしたんだそれ!!」


 遠巻きから大声を出して聞く。


 見るからに危なそうだから近づきたくは無かった。


「魔法銃は自分で魔力を込めれば撃てることが分かった!!」

「なるほどー!!」


 システムがやっていたことを自分でやる必要がある訳か。


「だが、少なすぎるとモデルガンみたいな威力しか出ない!!」


 ソーエンは撃ち出す魔力を調節して威力を調べていたようだ。


「それでー??」


「ありったけ詰め込んでみた」

「バカヤロウ!!」


 幸い銃に上限があったらしく、パーティUIを見るとソーエンのMPを全部つぎ込んでいないことが分かった。でも1/3くらいは減ってる。


 普通の魔法でも、魔力を1/3も使う魔法なんて聞いたことが無いぞ!!


「今すぐ魔力を抜け!!なんか分からんがヤバそうだ!!」

「抜き方なんか分からん」

「だったら試すんじゃねぇよこのバカ!!」


 銃身が、発光に加えて電気みたいなものを発し始める。今すぐにでも暴発しそうな勢いだ。


 どれくらいの威力があるかは分からないけど、あんだけ魔力吸ってんだから絶対に碌なことにはならないって分かる。


「上に向けて撃て!!一番被害が無い!!」

「重くて水平まで上げるのが精一杯だった」

「この貧弱筋力!!」


 魔力って重さがあるのか?いや今はどうでもいい。それよりもこの事態を解決させるのが先だ。


「オレも手伝うから待ってろ!!」


 あいつが水平まで上げられたのなら、オレが手伝えば上に向けられるはずだ。


 急いで駆け寄ってソーエンの腕の下に入り、身体全体を使って持ち上げようとする。


 そして、オレとソーエンが力を込めていざ銃を空に向けようとしたとき…。


「「あ」」


 一際大きな光が放たれた。


 仕方ない一か八かだ。


 生存本能なのかゾーンなのか、瞬間で思いついた方法を必死に実行する。


 銃から手を離し、代わりに地面に付けてありったけの魔力を消費する。後はなるようになれ!!


 オレが一か八かの手段を取った後、少し遅れて爆発が起こった。


 せめて銃なら発射してくれよ……爆発って……。


 オレは光に包まれながら、目論見が成功することをただ祈った。


 * * *


 光と衝撃で意識が飛んでいたようだ。復活回数は減っていないし、HPは残っている。結構ギリギリだけどな。身体中痛いんですけど。


 ソーエンは…HP0、つまり一デスだ。


 辺りを見渡すと高い土の壁に包まれて、壁の内部、つまりオレが今居る場所はクレーターのように抉れている。


 ソーエンの死体は土の壁に綺麗に埋め込まれていた。手足が開いてXみたいなポーズをしているので、このままスクショをとっておきたいくらいだ。


「あれが死の暗闇か」


 オレが、体やクレーター内部の確認をしている間に復活が終わったようで、壁のオブジェクトもといソーエンが声を出す。


「な、経験したく無いだろ?」

「ああ、二度とごめんだ。ところでこの壁は一体なんだ」

「お前が一体化してる壁?オレが作った」

「<アースウォール>か」

「ご名答」


 魔法<アースウォール>。土属性の魔法で、地面や壁に土の壁を作り出す。


 地面や壁に触れている状態なら射程距離内のどこにでも自由に作ることが可能だ。


 足場から目隠し、壁と利便性が高くてよく愛用してる魔法でもある。


「だが一度に作れるのは一枚までだろ。こんな周りを囲むほどの壁など」

「それより早く降りて来いよ」

「待て。体勢が悪くて力が入らん。手伝ってくれ」

「丁度いい、罰だ。そこで反省してろ」


 こんな事態を引き起こしたんだ。面白オブジェクトとしてもう少し晒しものになってもらおう。周りにオレしかいないのが悔やまれるな。クラメン皆と見て笑い倒したかった。


 せめて頭には残しておこうと思い、放置して脳のメモリーに焼き付ける。


 HPとMPの自然回復を待ちながら煙草を吸っていると、しばらくして、もがいていたソーエンが落ちてきた。


「くそ、装備が土まみれだ」


 ソーエンは装備に付いた土を手で払うけど全部は落ちず、所々に汚れが残ってしまっている。オレはコイツみたいに土に埋まってた訳じゃないけど、倒れてはいたから前面に所々土が付いていた。


 やっとこさ抜け出したソーエンと二人して装備を叩きながらクレーターの中心に座り、先ほどの続きを話す。


「<アースウォール>をたくさん使えた理由はこれだ」


 オレはソーエンに、五属性の最弱魔法を右手の指に同時に発動させる、命名エレメンタルフィンガーを見せる。


「モーションや詠唱を必要としない、もしくは邪魔をしない魔法やスキルは同時に発動できるらしい」


 詠唱といっても魔法名をやスキル名を叫ぶだけだけど。

 ちなみに最下級魔法は詠唱しなくても使うことが可能だ。


「かっこいいな」

「だろ? それで、同じ魔法ならモーションも邪魔しないし詠唱は同じだ。そしてMPは注ぎ込むことで威力を上げることができる。だからありったけのMPを使って土壁を作った。ただそれだけ」


 そのせいでMPはほとんどすっからかんになったが。


「MPを使う…魔法銃に魔力を込めたときの感覚か」


 ソーエンにも思う所があったようで魔法銃を握っていた右手に眼を落とす。


「たぶんそれであってると思う。ぶっつけ本番だったから上手くいくか分からなかったけど、成功してよかった」

「それにても綺麗なクレーターがよくできたものだ」

「これは偶然だ。壁が思ったより強固に作れたからこうなった。周りに被害が出なくてよかったわ」

「…悪かった」


 ソーエンが、急に謝ってきた。まぁそれもそうだよな。無事に済んだとはいえ、結構危険なことをしでかしたんだし当たり前か。


「初めてだったんだからしゃーないだろ。幸い被害はないみたいだしな。オレも牢屋で考えなしにログアウトボタン押して心配かけたし。考え無しに銃に魔力を込めたバカヤロウのオオマヌケと、考えなし同士これでチャラって事で」


「…………………ああ。そう言うことにして置こう」


 渋々認めやがったなコイツ…。


「とえりあえず隠蔽工作始めるぞ。この壁とクレーターはバレたらヤバイ」


 受付さんに怒られそう。いや怒られるくらいで済むなら良いけど、また賠償問題になったら金の無いオレ達には払えない。


 ソーエンもその事を理解してるから、喧嘩はせずに渋々認めた。


「俺に任せろ。試したいスキルがある」


 ソーエンは立ち上がり、壁の上を見つめながらそう言った。


「なら任せるわ」


 今のオレはHPもMPもほとんどないから、コイツがやるってんんなら任せちまおう。


 オレも立ち上がって、ソーエンと同じように壁の上を見て距離を測る。

 改めてみると7、8メートルくらいか?ありったけのMPをつぎ込んだせいか結構高いな。ゲームの頃は2メートルくらいしかなかったのに。


「先に行く」


 ソーエンはその言葉を残し、スキル<空歩>を使って飛んでいく。これは空中を5回まで蹴られるスキルだ。着地判定で回数はリセットされる。


 それを使って、この高い壁を軽々と越えるもんだから感心してしまうな。


 オレはオレで<壁走り>で壁を蹴って越える。<壁走り>は足場さえあれば、そこからどの方向でも飛べるスキル。垂直に上る姿が気持ち悪いと評判だ。


 どちらも職業の基本スキルで何の消費もなしに発動可能。


 ソーエンの後に続いて壁を飛び越え、外側へ落下しようとして気がついた。


 ……高くね?


 アイツが軽々飛んで飛び越えたから、オレも何も考えずに飛び越えたけど、これじゃ足場無いじゃん。<壁走り>使えないじゃん!!


 後悔は先に立たないことを実感ながら、身体は勝手に自由落下を始めてしまった。


「ソーエン、受け止めてくれ!!ヘルプ!!オレHPギリギリ!!」


 先に着地していてオレを見上げているソーエンに救援要請を出す。先に下りてるなら受け止めて!!


「大丈夫だ。この身体を信じろ」


 受け止める気一切無いじゃん!!もう地面すぐそこだよ!!


「アイビリーブマイボディィィイイイイイイイイ!!」


 大声で死なない事を祈りながら、足に力を込める。

 落下を止められるものは何も無い。そして誰にも止められない、どうにも止まらない。


 普通の身体なら、この森に入って2回死んでいることになる。爆発と落下だ。どっちもソーエンが原因でな。


 地面がオレへ急速に近づいて来る。気がつけばもう目と鼻の先だ。


「ッアオ!!」


 思いっきり高いとこから落ちた着地の衝撃で奇声を上げてしまう。


 奇跡的に足から着地出来た。即座に体中のチェックをする。足は、腰は、身体は。


「…おぉ……どこも痛くない」

「もういいか。壁を壊す」


 感動しているオレを無視して、ソーエンが<空歩>で空へと跳び、壁と同じ位の高さまでまで上がったところで、二丁魔法銃を構える。


「オーバーリロード」


 <オーバーリロード>とは…ん?そんなガンナースキルあったか?


「連射」


 直後、ソーエンの目の前にあった土壁が、落下に合わせてどんどん破壊されていく。


 連続して壁を撃ち抜き、着地した後は足元に残った壁の一部を蹴って壊した。


 一枚目の壁を破壊し終わったソーエンは、オレのほうを見て自信満々そうな目をすると。


「な」


 と、その一言だけをオレに向けて放った。


「どれに対しての「な」だよ。あとオーバーリロードって何?」

「魔法銃のMP過装填で思いついたスキルだ。過剰にMPを装填して威力を上げることができる」


 ドヤ顔、というか顔が見えないのでドヤ眼をしながら説明をする。


 コイツさっき爆発を起こしたくせに懲りてねんじゃねぇか?


「お前、『コイツさっき爆発を起こしたくせに懲りてねんじゃねぇか』と思ってるだろ。安心しろ、細かい調整はまだだが、装填限界はもう覚えた。二度と爆発は起こさない」


 お前の言う通りだよ。


 長い付き合いのせいである程度ならお互いの考え読めるからなぁ。


「へいへい、なら他の壁もさっさとよろしくな」

「任せろ」


 この感じなら多分大丈夫そうだし、他の手段も考えるのはめんどくさいから任せちまおう。


 爆発の影響なのかMPを使い果たした影響なのかは知らんが、なんかすごい疲れた。


「オレは少し休憩してるから頑張れー」


 そしてオレは木陰に腰を下ろし、ソーエンの証拠隠滅作業をのんびりと見守ることにした。

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