第4話 脱獄か否か
ソウルコンバーションテールには様々なジョブがある。
ソーエンの職業ガンナーは文字通り銃を使うジョブで、主に攻略勢で見るのは近距離ショットガンビルド、中距離マシンガンビルド、遠距離スナイパービルドが存在する。しかしソーエンはというと、二丁拳銃ビルドと言ったロマンビルドにしている。このビルドはショットガンビルドより威力が出ず、マシンガンみたいなばら撒き性能が無く、スナイパービルドより射程距離が圧倒的に短いと言う理由で一般には使われていない。以前になぜ使っているかと聞いたとき、「かっこいいから」と答えた。コイツ、口調や態度は大人ぶっているが、マインドは昔からずっと純粋な子どもなんだ。
オレことイキョウの職業はとにかく人気が無い叛徒。何をやっても火力が出ないしスキルも地味。長所といえば搦め手が多いのと武器の装備制限は無いくらいだが、武器に関してはダガーくらいしかまともに使えるスキルがない。唯一無二といえば、相手にダメージやヘイトを与えずにドロップアイテムを盗むスキルが使えるくらいだが、レアドロップはほとんど成功しない。ビルドは盗みダガーと言われるドロップアイテムを盗みながら応戦するスタイルしか需要が無い。そもそもレイドや高難易度なクエストには入れる余裕が無いからあまり研究が進んでない職業。以前ソーエンにどうして選んだか聞かれたときに、「面白そうだから」と言った記憶がある。実際面白かったから選んで正解だった。
そんな異端なオレたちは今、脱獄か待つかを相談していた。
衛兵はまだ戻って来ない。ぜーんぜん戻って来ない。
「俺の魔法銃で鍵穴を撃ち抜くか、お前のスキルかツールで鍵を開けるか」
魔法銃とは弾丸の代わりにMPを消費して弾を発射する銃だ。リロードや弾の消費が無い代わりに威力が若干低い。
ソーエンは、弾アイテムの補充ができるか分からない今は、魔法銃をメインで使用すると言っていた。
スキル<解錠>は何の消費も無しに、確率で鍵を開けれるがMPを消費する。
ピッキングツールは盗賊系だけが持ってる耐久値設定無しの鍵開けアイテムだけど、解錠するまでどれくらいの時間が掛かるかは本人の腕次第だ。
「でもなぁ、情報が無い今脱獄してもなぁ」
「なら俺が引き金を引くまでに衛兵が戻ってくるなら待つ。戻ってこなければ脱獄だ」
そう言いながらソーエンは黒い銃身に金の刺繍が入った銃を鍵穴に向けて構える。
「なるほ……待ってくれ、それお前の気分で決まるじゃん。武器持ってると怪しまれるから仕舞えって」
「…」
ソーエンは無言で魔法銃を構えたままボックスに戻さない。
「なあ!! オレの主張聞いて!!仕舞えって!!」
良く見るとトリガーに指をかけている。と言うか力を込め始めている。
「壊すと怪しまれるから!!証拠残るから!!あっ、待って指にゆっくり力込めないで!!込めんなこのバカ!!」
「騒がしいな。仲間割れか?」
オレとソーエンが言い争っている声の間に、男の声が割り込む。この声は、オレ達をここまで連行してきたおっさん衛兵の声だ。
幸い階段を下りてきてすぐに喋ったらしく、まだ牢内の醜い争いは見られずに済んでいる。
「隠せ隠せっ」
衛兵がオレ達のいる奥の牢屋まで歩いて来る間に、ソーエンは銃をボックスへ仕舞う。そしてオレ達は大急ぎで何事も無かったかのように座り込んだ。
「なんだ、大声を出していた割には行儀がいいな。まぁいい。目撃者の証言を聞く限り、お前らが故意に噴水に入った訳ではないことが分かった」
衛兵は、昼飯と情報収集で思ったより時間が掛かったのだと続けて語る。
良かった。脱獄しようとした事はバレていないらしい。
昼飯か…言われるまで気がつかなかったが腹が減った様な気がするな。そのせいで、この身体は生身なんだなぁと改めて実感する。
「で、だ。もしかして、お前ら転移事故で飛ばされたんじゃないか?」
転移事故ってなんだ?初めて聞く言葉だぞ。
でもおっさんの口ぶりからして、乗っておけば無罪になる気がするな。よし、それとなく同意して見逃してもらう策で行こう。
「転移事故とは何だ」
おい、クソアホソーエン何ぶっこいてんだコイツ。それじゃ違うって言ってるようなもんじゃねぇか。
オレの心は焦りを覚えるけど、それをおっさんに悟られてはマズいので冷静に言葉を選び、おっさん衛兵に話しかける。
「すんません、オレ達魔法はあんまし詳しくなくて」
これは嘘ではないから言い分としては通るはず。魔法だよな?
「冒険者なら知っているものだと思ったが…違うのか。転移事故とは転移のスクロールに記す座標が間違ったり、スクロール自体の劣化によるもので起きる転移の失敗だ。大抵は少しずれるくらいで済むらしいが、まれに大きく変化してしまうこともあるらしいぞ。酷いと空に投げ出されてそのまま落下死したやつもいたとか」
冒険者?転移?スクロール?
言葉としては知ってるけど、そんなものが存在する世界なのかここは。
話を聞く限りオレ達がここに飛ばされたの理由もそれっぽいし、マジで死ななくて良かった。いや死んでも復活するから大丈夫だろうけど。でも、上空から落ちて死ぬのは経験したくないからやっぱり良かった。
「あーそれです。まさにそれです」
ソーエンを肘で小突いて同意を促す。
「そうだ。まさにそうだ」
ソーエンも気づいた様でオレに合わせてくれる。
「そうかそうか。そういう事情ならば、代表から不問にして良いと仰せつかっている」
「代表と言うのは一体なんだ」
オレも気になったが、知らないとおかしいのでは? と思って聞かなかったことをソーエンは聞きに行く。コイツすごいな。
「急にここに飛ばされたんだ。何も知らなくちゃ不安だろ、説明してやるから良く聞くんだぞ。まず、種族間交易都市アステルって知ってるか?」
オレとソーエンが首を横に振ると、おっさん衛兵の口ひげが光り説明を続けてくれる。
おっさん衛兵の話によると、ここは種族問わず様々な者が集う独立交易都市で、名前を『アステル』と言うらしい。
元々この土地はどこの国にも属さず、一頭のドラゴンが統治していた。数十年前、理由は不明だけど争いの無い平和な国を作りたいと各種族に声を掛け実現させたのが今の種族間交易都市アステルだそうだ。人族が住人の大多数を占めるが、年々他の種族も増えているらしい。
「そして代表とは生きとし生けるものに慈愛を注いでくださる偉大なるドラゴン、カフス=スノーケア様だ。決して周囲に王とは呼ばせず、あくまでこの都市の代表という立場であらせられる心優しきお方である!!」
そう語るおっさん衛兵の目は尊敬とも崇拝とも取れるキラキラした光が輝いている。髭も輝いている。
「ほえー、教えてくれてあんがと」
「いいってことよ。それよりお前らはこれからどうするんだ」
「どうするって?」
「そりゃ滞在料払ってこの都市に留まるか、出て行って元の場所に帰るか、だ」
おっさんから選択肢が二つ提示された。
元の場所に戻るって言われてもなぁ、そんなこと簡単に出来たら苦労はしない。だから滞在の方向で行きいたけど…。
「滞在料って、金…だよな?」
「もちろん」
ですよねー。
今のオレ達は覚醒極武器の作成で、懐がほとんどすっからかんだ。具体的に言うと俺は6ゴールド、ソーエンは9ゴールドしかない。そもそもゲームの金がこの世界でも使えるのか?
とりあえず聞いてみよう。
「おっさん、これって使える?」
ポケットから取り出す振りをしてボックスからゴールドを取り出し、牢屋の柵越しに恐る恐る見せてみる。
「おっさんではない私はまだ30だ。どれどれ…刻印が無いな」
そういや貨幣って、その国ごとの刻印がしてあってそれが価値の証明になるんだっけ。
ソウルコンバーションテールのゴールドは何も刻印の無い小銭みたいなものだから、もしかして無価値になるのか?なら無一文のオレ達はこの都市に滞在ができない。できれば色々な情報が手に入り易そうなこの都市を拠点に、仲間を捜したかったから、滞在できないのはちょっと困る。
「安心しろ、アステル貨幣に両替してやる。秤を持ってくるからちょいと待ってな」
そう言っておっさん衛兵は階段の方へ上がっていった。
「この金貨、ってかゴールドに重さあんのか?」
「一応重量感は感じるが、これが本物の金かと言われると分からん。だが、この都市で仲間の情報収集を行いたい。最悪手持ちのアイテムを売って金にする」
ソーエンの考えには同意だ。
でも。
「お互い武器作成の為に要らない物ほとんど全部売っちゃったから、アイテムに余裕無いだろ。しかも補充が利かない可能性高いから、あんま売りたくねぇなぁ」
「最悪この煙草を…」
「お前そこまで…分かったよ親友。オレも」
オレ達の命と仲間と食事と睡眠と武器と金の次に大切なものを売るなんて、オレも覚悟を決めなくちゃな。
「一本売ろう」
「未練たらたらじゃねーか!!せめて一箱売れよ」
「お前のを合わせれば二本」
「二倍になったじゃん…時代が違えばお前はコロンブスの卵を差し置いてソーエンの煙草を逸話に残せてたよ」
「コロンブス? 何だそれは」
いつの間にかおっさん衛兵(30)が量りを持って立っていた。
「オレ達の地元の有名人」
説明したところで分かって貰えないだろうから適当に答える。
「人の名前だったのか。ほれ、量るからさっきの金貨を貸してくれ」
そう言いながら、見張り用と思われる椅子の上に天秤を置く。
「ここで量んのか? こう言っちゃ悪いけどさ、見えないところで量ってちょろまかそうとは思わないの?」
おっさんに金貨を渡しながら思ったことを口にする。
冗談半分だけど、本気半分も混ざっている気持ちを込めて。だって、オレだったらそうするもの。
「馬鹿なこと言うな。この都市の衛兵にそんな不正を働く輩はいない。それに、お前らは代表が直接罪を許した者達だ。なら住民と同じ様に接するのが衛兵ってもんだろ?」
ニカッと笑いながら渡した金貨と歯と髭を光らせる。
なんだこの人、めっちゃカッコイイ。最高にクール。この人に守られる都市に、オレもなりたい。
「おじさまぁ…頼もしい」
「気色悪い声を出すな。あとまだ30だって言ってるだろ」
おじさま衛兵はゴールドとアステル金貨を天秤に載せて量かる。
僅かにアステル金貨の方が軽いくらいだが天秤はほとんど水平になっていた。
「これでこの金貨はアステル金貨1枚と交換できると証明された。他にあるなら交換してやるから出しな」
オレは5枚、ソーエンは8枚の金貨を渡す。お互い一枚は手元に残しておきたらしい。元の世界の思い出だもんな
「若いのにこんなに金貨を持ってるのか、金持ちだな」
「金貨が偽物とか疑わないのか」
ソーエンが疑問を投げかけるが、おっさん衛兵はそれを笑い飛ばす。
「大丈夫だ。触ったら偽物か本物か分かる」
何者なんだおっさん。
それともこの世界では普通のことなのか?
「全部金貨に交換するか? 当たり前だが、アステル貨幣は金貨銀貨銅貨に対応しているぞ。もちろん、持っていないだろうが白金貨もな」
この世界の貨幣は全く分からない。でも、金のことを聞いて怪しまれたくないから、とりあえず渡した内の一部を銀貨にしてもらおう。
「じゃあオレは金貨3枚と銀貨で」
「金貨4枚、それ以外は全て銀貨だ」
「バンダナが金貨3枚と銀貨20枚、フードが金貨4枚と銀貨40枚な。よし、上で渡すから出ていいぞ」
牢屋の鍵が開けられ、オレたちは自由の身となる。
鶴の一声であっさり釈放されるなんて、現実じゃ考えられないな。いやありえるのか?捕まったことが無いから比べられないなぁ。
「壊さなくて正解だった」
ボソッと後ろでソーエンがつぶやいた。
牢屋壊すルート選ばなくて良かったな感謝しやがれ。と心の中で悪態をついておこう。
「あ、そうだ。この町に滞在することに決めたよ」
まだ滞在することにしたのを言ってなかったので。おっさんに伝える。
「おお!!それは良かった。なら簡単な調書と滞在証の発行、両替が終わったら町に出れるからな。滞在料は大人だったら一週間で銀貨一枚だ」
滞在と聞いて、おっさんは大層嬉しそうな顔をした。よっぽどこの町のことが好きらしい。
「じゃあ、とりあえず4週間でお願い。ちなみに子どもの滞在料は?」
「半分の銅貨5枚だ」
銀貨一枚の半分が銅貨五枚ってことは、銀貨一枚と銅貨十枚は同価値になる。
さらに、さっき交換した金貨と銀貨の枚数の関係を考えると……。
どうやらこの世界の貨幣レートは金貨100:銀貨10:銅貨:1らしい。
こんな単時間で計算が終わるとは…。オレの脳は何て優秀なんだ…まるでスパコン並みじゃないか…。
自分の隠れた才能に酔いしれながら、オレ達は階段を上り、廊下を少し進んでから部屋に通される。そして、そのまま木の椅子に座らせられた。
おっさん以外の衛兵も一人部屋にいるけど、警備的な存在かな?
それからおっさんから色々質問された。
名前はお互い見た目がゲームキャラのせいか癖でハンドルネームを呼んでいたけど、調書の深刻の際にもハンドルネームのイキョウとソーエンを申告した。なぜだか分からないけど、こっちの名前のほうが不思議とこの身体だとしっくりくる。
UIにもハンドルネームが表示されるし、間違いではないはずだ。といっても、オレもソーエンも現実の見た目とほとんど変わらないから、気分の問題なのかもしれない。
ソーエンは顔を見せてくれと言われたけど、事情があるといって頑なに見せなかった。
ヴァンパイアがバレるのを恐れた訳ではない。理由を知っているこちらとしては、むしろヴァンパイアごときで済むなら安いものだ。
おっさんも悪意から顔を隠している訳では無いと感じたようで見せずに済んだ。
本当に良かったぁ。
年齢は秘密にすることでも無いし、オレもソーエンも22と答える。出身は、ずっと旅をしていたと言って適当にはぐらかし、目的は仲間捜しと答えた。
ある程度必要な情報を伝え終わったところで、別の衛兵が滞在証とお金を持ってきた。
滞在証は、小さな木札に滞在期間と名前が書かれているネックレスタイプで、常に首から下げておけとのこと。
金は滞在料を引いた分をゴールドと交換して、全ての手続きが終わった。
いよいよ数時間ぶりに外界へ進出だと意気込み、椅子から立ち上がろうとしたところでおっさん衛兵の言葉により動きが止められる。
「イキョウとソーエン。仕事はどうするんだ?」
しまった、詰め所から出ることばかり考えていてその先は全く考えていなかった。完全ノープランだ。
立ち上がるために少し傾けた上半身を元に戻して、横のバカに顔を向ける。
「どうるよソーエン」
「今すぐ仲間を捜しに行きたいところだが、バカな俺達がこれだけ順調なんだ。とりあえずは、自由の利いて割りのいい仕事先を見つけ、まずは生き延びることを目的とする」
「理に適ってはいるけど……そんな都合のいい仕事ある訳無いだろぉ」
「あるぞ」
その一言で丸くなった眼をおっさんへ向ける。
ソーエンも内心はありえないと思っていたらしくオレと同じ眼をおっさんに向けていた。
「というか、そんな不思議な格好をしてるから最初見たときはそうなんだと思ってたぞ。やる気があるならなってみな、冒険者にな」
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