第3話 ゼロから考えても分からないモノは分からない
オレたちが気持ちの整理をしていた時間はどれくらいだったろうか。時計が無いから分からない。
でも多分10分もかかってないわこれ。自信あるわ。
皆もこの世界に来てるだろうし、さっさと合流して帰る方法を探そう。
あんなあっさり異世界に飛ばされたんだ。帰る方法も意外と簡単に見つかるかもしれない。
オレ達が気持ちの整理をしても、結論を出しても、衛兵はまだ戻って来ないから好きにやらせてもらう。
「とりあえずUI出して持ち物確認するか」
「そうだな」
目の前にUIを出現させる。といっても実際に出ている訳ではなく、自分の視界内だけに表示されるため、他人からは見ることができない。
「確認開始。手持ちのアイテムー!!」
「変わりなし」
「装備ー!!」
「異常なし」
「倉庫機能ー!!」
「問題なし」
「ステータスー!!」
「変わりなし」
「……あれ?オレのHP若干減ってる…。なぁさっきのアイアンクロー」
オレの種族は人間で職業は盗賊の上級職「叛徒」。ソーエンは種族がヴァンパイアで職業がシューターの上級職「ガンナー」だ。オレは職業的に防御力が低いといっても、武器を持っていないガンナーの攻撃はそこまで強力ではない。種族によるステータス補正は無いので、貧弱ガンナーは本気で力を込めない限りはダメージなんてくらわないはず…あいつマジでやりやがったな。
「フレンドリスト…異常有りだ」
「え?マジで?」
怒りはソーエンの言葉で吹き飛んだ。
慌ててフレンドリストを開いてみると、登録してあったはずのフレンドが0/500の数字だけを表示して全て空っぽになっていた。。
転移前はもっとたくさんいたはずなのに、空っぽなウィンドウになってしまっている。
「これじゃチャット機能が使えないじゃん!!」
チャット機能とはフレンド同士で音声や文字によるやり取りを可能にする機能だ。これで仲間と連絡とろうと思ってたのに…。
「仲間の状況が分からないのは問題だ。とりあえず今すぐイキョウに申請送る」
「あいよ」
フレンド申請が来たときの通知音が頭の中に響き、申請の許可/拒否ウィンドウが現れる。オレは迷わず許可を押した。
ここら辺は変わりなくシステマチックなのね。
「ついでにパーティも組んでおくか」
間をほとんど置かずにパーティ申請が着たので、そっちも迷わず許可しておく。
「あんがと。にしてもどうやって皆を捜したもんか……お?ログアウトボタンあんじゃーん」
UIにはいつもと変わらずログアウトボタンが表示されていたので、反射的、というか何も考えずに手を伸ばす。
「おい待てバカ!!」
ソーエンが焦った顔をしながら大声を出し、オレを止めようとしてきた。
「急に大声出すな!!びっくりすんだろアホ!!」
こんな静かな空間で、しかも普段大声を出さないソーエンが不意打ちをしてきたから、思わず驚いて体が跳ねる。
「「あ」」
オレ達二人はオレの指先を見て声を出してしまった。
何故かと言うと、プレイヤーならイヤでも分かるログアウトの位置に手が当たっているから。
直後視界が暗転した。
今日は白くなったり暗くなったり眼に負担をかける日だな。
[蘇生をします 2/3]
「…い…おい、イキョウ!!」
強烈に肩を揺らされる。
どうやらオレは仰向けになりながら揺らされているようだ。
霧散しそうな全身の感覚が戻されるのを感じる。
「うるせぇぞソーエン」
喚くな喚くな。まだ頭が少しボーっとしてるから大声が煩わしく感じる。
「起きたか……お前死んでいたんだぞ」
「んなこったぁ身に染みて分かってるよ。いいから手離せ」
なんで異世界なのにログアウト出来ると思ったんだろう。
いつもならもう少し考えて行動するんだけど、この短時間で色々あったせいで疲れてんのかな。それとも…いやそんなことより。
「良いんだか悪いいんだか、とにかく死んでみて分かったことがある」
「蘇生のことか」
「当たりだ。しかも元のシステムと変わりなくオレたちは一日三回は死ねるぞ」
ソウルコンバーションテールでは一日に三回復活が可能で回数の補充は日付が変わった瞬間に行われる。
「もっとも、ゲームのときと違って周りは見えなくて暗闇に包まれてるし、その場復活みたいだけどな」
ゲームの頃は死ぬと俯瞰視点になり復活の確認が行われ、許可をするとその場で全快状態の復活ができる。拒否もしくは復活回数が0の状態で死ぬとクエストは失敗とみなされ、最後に訪れたプレイヤー拠点に戻される。
「できれば二度と体験したくない感覚だったよ。虚無の暗闇だった」
あの虚無の暗闇は死を模倣しているかの如く、終わりを感じさせるものだった。
進んでもう一度あの暗闇に行きたいとは絶対に思えない。それくらいの冷たさがあった。
「俺としても復活できるとはいえ、死んで欲しくはないな」
「今度はほんとに善処するよ」
ログアウトを押したら死ぬということは肝に銘じておこう。
「分かればいい。一つ、気になることがあった。お前が死んでいるときにパーティメンバーのステータスを確認したのだが、お前のHPが残っているのにも拘わらず死亡表示になっていた」
「HPが残ってんのに?」
「ああ」
本来ならHPが0にならない限り死亡判定は起こらないはず…。この世界は違う法則でもあるのか?
オレはそのまま腕を組んで少しばかり頭を動かしてみる。
…………
………
……
…
考え込んだ結論としては。
「だーめだ、考えてもこんな牢屋じゃ何にもわからねーって」
「そうだな。何せ情報が全く無い」
知らない世界にゲームの体。分からない事だらけなのに、牢屋でただ考え込んでたって結論なんて出るわけが無い。
「一服して待つとしよう」
そういいながらソーエンはアイテムボックスから、趣向品アイテムのノーマル煙草を右手に出現させる。
嗜好品アイテムとはゲーム内で何の効果も持たない完全お楽しみアイテムで、アクセサリーやティーセットなど様々なものが存在する。現実の体験をゲームでもという面白いコンセプトで実装されているアイテムだ。
ソウルコンバーションテールではアイテムを選択し決定すると、自分の手が届く範囲だったら任意に出現させることができる。
「お前天才かよ」
オレもその意見に賛成してアイテムボックスから取り出す。ちなみにオレはメンソール煙草。
嗜好品アイテム煙草は現実世界と同じで、一箱20本入りで一つのアイテムとして登録されており、箱はソフトタイプ、味はノーマルスタイプとメンソールタイプの二種類が設定されている。といってもソールコンバーションテールでは味はぼんやりとしかしないし、あくまで仮想だから煙草の成分は含まれてない。それは嗜好品アイテム全般に言えるが、あくまで仮の嗜好品であって本物って訳じゃない。
その煙草はお互い倉庫に999×99スタックを保存してある。
昔、オレ達二人が泥酔した状態でログインして寝落ちし、朝起きたら二人して手持ちのお金をほとんど使って買っていた名残で、泥酔記念日の証だ。二度と忘れねぇ。補充できるか分からない今となっては、あのときのオレ達に感謝だ。
二人ともそれぞれ煙草を咥え、ソーエンは慣れた手つきでアイテムのライターを出す。
「<ローヒート>」
オレは人差し指に火属性最弱魔法<ローヒート>で小さな火を熾して煙草に火をつける。
「なんとなくいつも通りやったけど、普通に魔法使えちゃうのな」
「新しい発見しかないな。この世界は」
そう囃しながら煙草の煙を二人して吸い、吐き出す。
ソーエンは器用なことに、マフラーに煙草を埋め込むように吸って煙を吐いているから一切口元は見えていない。
煙草を何回か吸ってお互いやれやれとしている顔を見合わせる。
「なぁこれ」
「あぁ」
「本物のたばこじゃね?」
「本当に新しい発見しかないな」
もうここまで来ると自分の当たり前を捨てるしかないのかもしれない。
だってここは未知の世界なんだから。
そんなことを思いながら、牢屋の窓から逃げていく煙を二人で眺めていた。
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