第2話 ここはどこ? オレはイキョウ

 急に視界が白む。


 普段だったら日差しが強いな、と思うかもしれない。しかし、今はそんなことを感じる余裕なんてなかった。


 どうしてかって? だって……白むと同時に水に落とされたからだ。


「おぼぼぼぼ!!」


 手足を動かし必死に溺れないようにする。


 力いっぱい水を掻いているせいか、ガボガボとくぐもった音が水を伝わり耳に入ってくる。あぁ、オレはこのまま死んでしまうのだろうか。さようなら人生、さようならみんな。


 すぐ来る出あろう結末を予想して、別れの挨拶を心の中で済ませていると。


「なにバカなことをやっているんだ、イキョウ」


 名前を呼ばれながら誰かに襟首を掴まれ、強引に水面から引き上げられる。


「ソーエンすまん。オレ……死ぬわ」


 眼には一人の男が映る。黒フードを深く被り赤マフラーで口元を隠してるせいで、ほとんど顔が見えていない、親友『ソーエン』の走馬灯だ。ここでオレは終わりか…。


 こんな時くらいゲームのキャラグラじゃなくて現実の顔を思い出させてくれよ。まぁ、どっちもほとんど変わらんけどさぁ。どっちも顔隠してるけどさぁ。


「バカかお前。足元を良く見ろ」

「……わーお、オレがたくさん飲んじゃったのかな?」


 落ち着いて足元を見ると、水は膝下くらいの深さで溺れるようなものじゃなかった。


「元から浅いんだバカが。それより辺りを見てみろ」

「…あれ? ここどこよ」


 ソーエンに言われて辺りを見渡してみると、周囲は建物に囲まれていて町のようだった。そして、オレ達はその建物に囲まれた広場の噴水の中に立っている。


 こんな拠点、見覚えが無いぞ。


「知らん。新しいイベントのマップに飛ばされた可能性がある」


 ソーエンの言葉を聞いてから、もっと辺りをよく確認する。


 天気はよく晴れていて、日差しが気持ちいい。この暖かい陽気の中、黒コートにマフラー、赤手袋にブーツとか、ソーエンは暑くないのかよ。


 逆にオレの、緑と白のコントラスト輝く超クールな盗賊装備はずぶ濡れで若干寒い。


人が大勢いてみんな足を止めている。てか大勢の人たちからめっちゃ見られてる。見られている?何か違和感が…。


「なあ」


 オレは覚えた違和感をソーエンに伝えようとしたところで。


「何してんだお前ら!!」


 言葉は遮られた。


 遮った主は、衛兵のような装備を身につけている、口ひげが立派に尖ったガタイのいいおっさんだった。


 こんなNPCいたっけか?


「こいつらです!黒ずくめコートに赤マフラーと、茶髪に緑バンダナで目が死んでる緑外套の怪しい男二人組!」


 おっさんの横にいる同じ格好をした若い男が、怒号を飛ばしたおっさんに報告をしている。


「この都市『アステル』の噴水に入ることは代表によって硬く禁じられている!!即刻上がれ!!」


 アステル?聞いたことない拠点名だ。それにNPCがこんなに表現豊かなのも何かおかしい。


 疑問はさておき、オレとソーエンは衛兵風のおっさんに従い噴水から出て、石のタイルへと足を移動する。


 横目でソーエンを確認してみると何かを言いたそうにこちらへ横目を送ってきた。


「とりあえず衛兵詰め所で詳しい話を聞こうか」


 おっさんが脅すようにオレ達に言ってくる。


 オレの予想通りおっさん達は本当に衛兵だったようだ。


「待ってくれオレ達は」

「話は詰め所で聞くと言った筈だが? いいから早く着いて来い」


 言い訳をしようとしたけど、衛兵が出す圧に負けてしまう。もうオレ達に残されているのは素直に付いていくという選択肢だけだった。なんでNPCの圧に負けるんだろ…。


 イベントが次から次へと起こりすぎてもう訳が分からん。一体オレ達の身に何が起きてるんだ。


 ヘルプミー皆、ヘルプミー神様。


 * * *


「で、なんでオレ達は牢屋に入れられんのよ」


 衛兵詰め所に連れてこられたオレ達は、そのまま地下にある牢屋に問答無用で連行された。


 辺りは静かで、今いるのはオレ達二人だけということが伝わってくる。


 この空間は、真ん中には降りてきた階段から続く一本の通路があり、両脇に三つずつ牢屋が並んでいた。


 各牢屋の上部にある、鉄格子がはまった窓から漏れる日光と蝋燭の灯りで辺りは十分明るい。


 オレ達が二人そろって入れられている牢屋は、階段からみて左の一番奥の部屋だ。


 連れてこられた途端に衛兵2人は昼ご飯の時間だと上階に上がって行って、まだ戻って来ない。仕事よりも飯優先かよ。腹減ってたら仕事できないししゃーないんだろうけどさ…オレ達放置かよ…。


 ちなみに、連行されている最中に町を見ていたが、昔の外国風?の町並みで似たような建物ばかりだったせいか、いまいち道は覚えられなかった。


「噴水の次は牢屋か。おいやめろ、ここで服絞るな。跳ねた水がうっとうしい」


 オレがびしょびしょに濡れた服を脱いで豪快に絞っていると、ソーエンが文句を言って来た。


「おーそれは」

 ビシャビシャ。

「すまんすまん」

 ビシャビシャ。

「善処しよう」

 ビシャビシャ。

「おい」


 急にソーエンがオレの顔にアイアンクローを突き立ててきやがる。


「なぜ謝れば絞っていいなんて思っているんだ」

「こちとら寒いんじゃ!! お前は膝下、オレは全身だぞ!!優しくしろや!!風邪引いちまうだろーが!! ……てかそんなことより」


 文句をもっと言いたかったけど、それより優先しなくちゃ行けないことがあったからソーエンのアイアンクローを無理矢理外す。


「そんなことでは」

「まぁいいから聞けって」


 ソーエンが不満そうな顔をしながら手を下ろす。まぁ、顔といってもフードの闇に潜んでいる本当に薄ぼんやりとした目元しか見えないけど。その目がはっきり見えて、感情が分かるのは長年の付き合いの賜物だ。


「おかしいんだよなぁ。溺れるし、服は濡れるし、絞れるし」


 オレの言葉でソーエンの顔が不満そうな目から真剣な目に変わる。

 コイツにも思うことがあるらしく、オレの発言を黙って聞き始めた。


「だってオレ達がやってたソウルコンバーションテールじゃ、こんなことありえないだろ」


 ソウルコンバーションテール。完全没入型VRMMORPGで高クオリティなグラフィックと高度な演算でリアルな体験ができるゲーム。しかし、それでも現実には程遠く、演算が優秀といっても服は濡れないし絞れないし跳ねた水は感じない。溺れるといったリアルな死の体験は危険として規制されている。

 あくまで現実に似ているだけで本当の現実ではない。


「俺も薄々は感じていた」


 だが…と言ってソーエンの言葉が詰まる。

 何で言葉に詰まったかは分かるよ。オレだって信じられないもん。


「そういやさ、噴水に落ちる前の事って覚えてる?」

「当然だ。皆で覚醒極武器を作っていた」


 覚醒極武器とはソウルコンバーションテールの最新アップデートで追加された、膨大な金とレア素材を要求する最新武器だ。


「クラメン全員で協力してようやく作成したんだ。忘れるわけが無いだろう」


 そう。オレ達はクランメンバー7人全員で覚醒極武器を同時に作ろうと約束して、今日ようやくその日を迎えた。だから今日はめでたい記念日になるはずだった。


「完成して、全員並んでスクショしたもんな」

「ああ、嬉しかった…」


 二人してさっきの出来事を思い出し、感傷に浸りそうになる。


「…じゃなくて、スクショ撮った直後に魔法陣が出たじゃん。しかもオレたち7人の足元だけに」

「光に呑まれたことは覚えている。だが、足元は見てなかったから分からん」

「まぁ、あったんだよ魔法陣が」


 オレ達がスクショを取った場所はとあるプレイヤー拠点の一角に聳え立つ大聖堂前で、かっこいいスクショが撮れるとプレイヤーから人気のスポットだった。


 スクショを撮るときにも周りにはプレイヤーがいたが、魔法陣が出たのはオレたちの足元だけだったのを覚えている。


「で、光に呑まれた後、オレ達は急に噴水へダイブした」

「俺はしていない」


 ソーエンは不服気味に反論してくるが話を続けたいので無視をする。


「つまり、光と噴水の間で何かが変わった」

「何か、か」


 多分、恐らく、もしかしたら、今から言う言葉はお互い思っているが口にするのは避けてきたワードだ。言ったらそれを認めてしまうことになる。でも言わなきゃ先に進まないので言わせて貰おう。


「世界だよ。つまりオレ達は別の世界に飛ばされたんだ」

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