勇者と寝落ち電話をします

「勇者さん、さっきは素直に引いてくれてありがとうございました」


『いえいえ、僕は天使様のお力を借りるためにはなんでもしますよ。成功するかどうか際どい術でしたので、あなた様がここに降臨なされたことは奇跡なのですよ』


 勇者さんはとっても謙虚な人だね。実は腹黒勇者でしただったら私泣こうかな。


「そういえば、私勇者さんの名前を聞いていなかった気がするから、教えてくれるかな?」


『それは失礼しました。私はミアレイド・フォン・トライニカと申します。ミアやミアレ、レイドなどと呼ばれているのですが、好きに呼んでください。あの……もしよろしければ天使様のお名前も教えて頂けますか?』


「じゃあミアレにしようかな。私の名前はルシアよ。よろしくね、ミアレ」


『ルシア様とこのように会話できるのが本当に僕にとって一生の光栄です。僕の期待に応えてくれて感謝しかありません』


 なんかさっき同じようなやりとりを魔王とした気がするな。実は腹を割って話せば、勇者も魔王も似た者同士で仲良く出来る可能性あるんじゃない?


 名付けて『勇者と魔王、仲良くさせちゃおう大作戦』


……ネーミングセンスがないって馬鹿にするのは良くないと思うよ。なに? 安直すぎって? ほ、ほら、い、意味が伝われば……ね。


『る、ルシア様?』


 また私の悪い癖発動してしまったよ、この自問自答からのだんまりコンボ。これから気をつけないとな。


「ごめんなさい、少し考え事をしてて……」


 嘘はいっていない。重要性? ナニソレオイシイノ?

「ミアレさんって今年でいくつなの?」


『僕ですか? 僕は今年で20歳です。歴代勇者の中では最年少と言われましたね』


 私の二つ上か。相性はいいんじゃないかな? 魔王は年齢不詳だしよくわからないな。


『る、ルシアさんはおいくつで…‥?』


 女の子に年齢を聞くなんて、いい度胸してるじゃない、さすが勇者……いや、声震えてるね。もしかして、女性関係で何かトラブったことでもあるのかな?


 女の子同士のドロドロした関係に巻き込まれたことがあるとかなら、ご愁傷様ですと心のなかで伝えておこうかな。あれは、正直男子が首を突っ込んでうまくいく世界の話ではないからね。見た目が美しい白鳥も、水面下では必死に足で水を掻いているというのは有名な話だが、女の子の関係も似たようなものだよね。


 表面上みんな仲良しに見えるけど、実際裏では少人数グループがいくつもできて陰口が飛び交ってるのが女の子の生体だからね。


 あーあー、また余計なことを考えちゃったよ。


「一応18歳ということにしておこうかな」


 一応でもなんでもなく18歳なのだが、ちょっとだけ何かを醸し出しておこう。何が醸し出されているかは私も知らない。


『僕と年齢は近い気がしていたのですが、やっぱりそうでしたね。これから仲良くしてくれたら嬉しいです。僕、田舎にいるときは友達いたのですが、勇者として王都に移ってからは、周りは大人ばかりであまり友達がいなくて……。騎士団の方からお見合いを勧められて、一回その流れで彼女がいたりしたのですが、別れてからは音信不通ですし……。田舎の友達も今は何しているかわからないです……。なにせ十年も経っていますから。そんなところです』


 あーちょっとシリアス展開入っちゃって、私返事しづらい空気になっちゃった……。ミアレさん、もしかしたら勇者をする代わりに、大事な友人関係を三千世界に置いてきたのかもね。


 よし、ここは私が一肌脱いで友達になろう!


……関係ないけど眠いです。寝たいです。


「そういえば、ミアレさんは何故魔王と戦いを?」


 寝ぼけて聞いちゃった。これ良くない展開かも。


『話せば長くなるのですが、よろしいでしょうか?』


「もちろん大丈夫よ。だけど、途中で寝ちゃったらごめんね。なにせ今ベッドの上で寝転んでる状態だから」


 本音は寝るつもりまんまんだ。

 私の眠気×魔王のベッドに君の子守唄をかけ合わせたら、最高の寝心地になりそうだ。


『ルシア様がご就寝になったと思ったら、そこで魔力通信は切りますね。ではまずこの国の状況から。僕はトライニカ王国の平民として生まれました。両親は何の変哲もない農民で、僕も幼い頃は畑を耕すのを手伝ったりしていました。しかし、ある日突然、我が家に王国騎士団守衛隊――通称『クレイ』――が訪れました。当時僕は10歳でした。そのクレイによると、僕は百年に一度生まれる『勇者』なのだと。『勇者』の伝承は王国には脈々と受け継がれているのですが、その内容は『魔王の制圧』となっているそうです。僕は読み書きもまともに出来なかったので後から知ったことなのですが。魔王はなんでも、死を超越したこの世界最高の魔法使いで、力を削ぐには勇者の力が必須だそうです。おそらく、百年に一度というのは魔王の力を取り戻すと、因果が巡って勇者が人間界に誕生すると考えられているみたいです。両親は心配する反面、僕が勇者となることも名誉だと思っていたようで、勇者として僕が歩むことを許してくれました。だから、僕は両親を裏切らないためにもこの世界の魔王は必ず抑えなくてはならないのです。ですから、私は自分の死を覚悟してでも天使を召喚することにしたのです。それがルシア様あなたなのです。ですから、両親への恩返しを込めて僕は全てを尽くして、あなた様のお力を借りたいと願っています。きっと僕の力だけでは魔王なんて倒せないと思います。今回、死力を尽くしても、魔王と引き分け、いや、若干魔王が有利な状況で幕が下りようとしていたわけですから。僕の力不足が一番の理由なのは恥ずかしい限りで、両親にも申し訳ないのですが、本当にお願いします』


「……スゥー、スゥー」


『……ルシア様、既に寝ていましたね。僕の話は冗長だと騎士団長に言われたこともあるから治したほうがいいのかな』


 寝息が聞こえてきたミアレは、小声でつぶやく。


『……ルシア様。もし僕があなた様に一目惚れしてしまったと伝えたら、僕とともに生涯を……いや、天使様に限ってそんなことはないな。現実を見るんだ僕』


 既に深い眠りに落ちてしまったルシアに、ミアレのくぐもった声は聞こえることはない。


 勇者はその後しばらくして通信を切り、寝台に横になった。


~~~~~~


 ルシアは今日、意図せずして勇者と魔王両者のハニートラップに成功してしまった。明日からどんな生活が待っているのか、ルシアには知る由もない。


 この世界で最強と呼ばれる二人である、勇者と魔王。その両者を手のひらで踊らせるのか、それとも両者の争いに再び巻き込まれていくのか。


 未来を知るものは誰もいない。


 しかし、一つ言えることがある。それは……


「……いがいと……このせかいもたのしいにゃ……」


 寝言を言いながら寝返りをうつ、ルシアの寝顔はそれはそれは綺麗であった。

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