魔王との食事は波乱の幕開け

「……できまし……ぉ分後に……」


 何か声が聞こえる。コンコンと木を指で叩く音も聞こえた気がする。


「ふぁーーー」


 私は口を大きく開けてあくびをする。とても良く眠れました。こんなに柔らかくて包み込むような布団初めてだったからかな。世間で有名な、人をダメにするソファもびっくりですよ。私基本的には寝付き悪い方だったのにすごい。


 そういえば、夕ご飯が準備できたら呼びに来るって言ってたけど、それがさっきのうつらうつら聞こえてきた声なのかな?


 魔王城で夕ご飯を食べるなんて、私ってばリッチ。


 そういえば、これ『令嬢に転生しました』に近い状況じゃない? よくよく考えてみれば、とても私の欲……ゲフンゲフン、理想に近い形で進んでるんじゃない?


 それにしても我ながらさっきはうまくやったな。


 大切なところを隠して、嘘をつかず、二人を説得する。自己採点は満点だ。えっ? 採点基準が甘いって? 採点ミスは点数が上がる場合しか申告しないって相場は決まってるんだって。満点をつけた時点で、私は満点なの。


 心のなかでノリツッコミをする私であったが、再び扉をノックする音が聞こえてきた。


「ルシア様、晩餐の用意ができましたので、お呼びに参りました。それから、こちらで動きやすい黒のワンピースドレスを一着用意させていただきましたが、お召しになりますか?」


 やはりさっきの声は魔王が下僕と言っていた者なんだろう。


「呼びに来てくれてありがとうございます。ドレスに着替えるから扉の前に置いててくれるかな?」


「いえ、その必要はございません。既にテーブルの上にドレスは空間転移で移しておきました。お着替えなさったら、私が食卓へと案内いたします」


 魔法ってすごい! Amaz○nもびっくりな配達速度だよ。最高です。


 そういえば、私、スーツの状態で召喚されてたんだな。上がブラウスに下がパンツスーツ。確かに上半身が天使で下半身が悪魔と言われても違和感ない気がする。服装 is 大事。


 テーブルの上に置かれていたドレスは、黒を基調としたドレスで、真紅に染まったレースがとてもいいアクセントになっている。


 私が悪魔だと思われているからか、もしくはこれが魔王たちの正装なのか。もしくはそのどちらでもないのか。答えはわからなかったけれど、非常にシックでおしゃれなドレスであった。


 私はゆっくりとドレスに着替えて部屋をでると、そこには一人の初老の男性が畏まって私のことを待っていた。


「これはこれはルシア様、お綺麗であられます。魔王様もさぞ喜ぶかと。それではこちらでございます」


 先程聞いた声の持ち主が、私を案内する。身分の高い人の暮らしは、身の回りの仕事を全て他人が率先してやってくれるので、本当に居心地がよい。だって何もしなくて良いんだからね。


 いやーこれは、私を満足させなさいなんて言った甲斐があるってもんよ。


「そういえば、執事さん? 名前は何ていうの?」


「誠に失礼しました。私はルノーと申します。吸血鬼兼執事をさせていただいております。この城で困ったことがあれば何であれ私に聞いていただければ、尽力いたしましょう」


 名前を聞いたり、先程までの経緯を喋ったりしながら、私は食卓に腰を下ろした。隠したいことは隠せてますよ。少なくともミスはしてないと思います。私失敗しないので。


 すでに主賓席には魔王が座っており、私に話しかけてきた。


「ルシアよ、よく眠れたみたいだな。余程疲れていたのだろう。我の召喚に応えてくれて感謝する。今日の晩餐はコース料理にしておるから、時間をかけて味わうといい」


「ソヴィアさん、ありがとうございます。お食事楽しみにしてます」


 いやー、やっぱりこの魔王様は懐が深い系男子なんだな。王と名を冠するだけはある。


「ルシア様、横から失礼いたします」


 横から声をかけてきたルノーは、小鉢を一つ、目の前に差し出した。


「こちらは、バロンオークのプロシュット~ヒアル草添え~でございます」


 美味しそうだな……ん? 今なんて言った?

 確かオークだのヒアル草だの……。オークは確か豚みたいな存在だったはずだけど……。


「こ、こちらでは魔物を食べ物として……?」


 少し動揺してしまって心の声がつい口に出てしまった……。さっきの召喚よりも動揺している自分が恥ずかしい気がするよ。でも仕方がないじゃん。私、食べ物には目がないから、得体のしれないメニューがいきなり目の前にでてきた日には、それこそ気になって夜も眠れないよ。寝付きが悪いだけなんだけどね。


「ああ、すまない。我ら魔族は家畜用動物として様々な動物を飼っているのだよ。基本的に望んで意思疎通が叶わない物に限るがな。そのあたりは気にせず食してほしい」


 魔王にこんなこと言われてしまっては、食べずに逃げる選択肢はない。


――えーいままよ、きっと美味しいはずよ。


 私は出された料理を一口分、口元に運ぶ。


「!? これは美味しい。この香草の香りがまた絶妙ですね」


 三流リポーターのような食レポを口にしながら完食する。いやいや非常に美味しかった。地球では味わうことの出来ない香りと食感、それから味覚。18歳であるがゆえ、舌が肥えているとは思わない。でも、これは地球でもきっと高級料理として振る舞えるほどだと確信していた。


「ヒアル草は人間界では『回復草』の名で呼ばれているそうです。しかし、こちらではあくまで料理のアクセントに用いる香草でございます。少しばかり癖の強いバロンオークの肉を非常にまろやかに仕立ててくれるので、私ルノーが好んで使う香草になります」


 ちょ待てーい! 人間の回復草をハーブ代わりにするんじゃない!

 いや、地球でも昔はアロエを傷口に塗ったりしてたらしいけど、今はアロエヨーグルトとして食べたりしてる。それと同じことか、なるほど納得。


 ルノーさん、待たなくて結構です。配膳をお続けくださいませ。


 それからも、魔王と雑談しながら様々な料理が運ばれてきた。


 熟成ワイバーンのマリネ

 カブチャのスープ

 クラーケンの触手のパスタ

 キングゴブリンのフィレステーキ

 モモスライムのゼリー


 ……情報量が多すぎて頭がいっぱいなのです。どの料理もすごく美味しかったんだよ、美味しかったんだけど……何か心の中の靄が晴れないまま食事をしていた感が否めないんだよ。


 どうしてなんだろうね、人間、初めて体験することには弱いのかもね。


 数時間前の逆境に強い私は、いずこにか去ってしまわれましたとさ。めでたしめでたし。


「表情を見るにご満悦じゃないか、ルシアよ。それでは唐突だが今を持ってルシアを第一夫人となす。よろしく頼む」


 心の中の迷いとは裏腹に満足しちゃった自分もいたんだな……ってええー!? 展開早すぎない? え、え、どうしよう。わ、私プロポーズされちゃった?


 こういう時って「まずは友達から……」とか「あなたに一目惚れしたんです。付き合ってください」とか「君のことが好きなんです」ってなる場面だよね?


 記憶を辿ってみる。だんだん地球時代の自分のほうが夢の世界なんじゃないかと思えてきました。うん、確か元カレに告白されたときも「もしよかったら俺と……」で顔を真っ赤にしていたな。中学時代だしそんなものか。それはいいとして、この状況はやっぱり魔王がおかしいのだ、そうに決まってる。


 とはいえ、これは突飛すぎるよ。確かにさっきはハニートラップを仕掛けるなんて考えていたけど、少しずつ二人に近づいていく作戦だったのよ。なのにいきなり先制攻撃をかましてくるなんて……こやつやりおる。


「お言葉は嬉しいのですが、今は勇者との兼ね合いもありますし……。少し待って頂けませんか」


「それなら妾でも愛人でも閨をともにするだけでも我が下僕になるでも構わんぞ。……だが今はよい。勇者との戦いしばらくは起こらないと我は見ているから、焦って籠絡する必要もなさそうだ。そもそも結果なんて火を見るより明らかである。ルシア、今日は自由にしてくれ」


 う、うん。怒涛の立場候補があったけど、それに関してはノータッチの方向で。そうだよね、勇者と三角関係を申し出た時点で抜け駆けするのは良くないよね。


 というわけで私は、食卓を後にし、風呂に入り、部屋に戻った。


 お風呂も非常に気持ちよかったのだが、それはまた後日。私はもう眠いんです。さっきも眠ったばかりなんだけど……細かいことは気にしないの。


『……天使様、聞こえていますか?』


 耳元から聞こえてきたのは、先程の勇者の声だった。

 ……寝落ち電話でもするか。

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