勇者と魔王と私の三角関係~私は天使か悪魔か人間か~
井村つかさ
勇者と魔王の間に「私」
私はとんでもない場所に来てしまいました
――ねえ、ここはどこなの?
私がそのように思うのも許してほしい。だって、誰とも知らない二人が肩で息をするほど争っている、その渦中に放り出されているんだよ?
さらに付け加えると、そのどちらともが私のことを希望の眼差しで見つめているんだよ?
夢? 夢だよね? 誰か夢だと言ってくれ……お願い……。
「召喚に応じてくれた貴方様は天使ですね? 魔王との決着をつけるためにも、この僕に力を貸しては頂けませんか」
「何の戯言だ、勇者よ。これは貴様が召喚したものではなく、我輩の力で地獄から呼び出した悪魔に決まっているではないか。さあ、我に力を」
――は、はああぁぁぁ??
待て待て待て。百歩、いや千歩譲って異世界召喚は認めよう。少しだけアニメにハマったことがあるから、知識は少しならある。でもね、魔王と勇者の戦闘中に、両者の中央に召喚される、か弱い女の子がいてたまるか!
女の子の異世界転移は、主人公の隣でヒロインになるか、令嬢に生まれ変わるかのどちらかって相場が決まってるんだよ! いや、これは偏見というか、自分の欲というか……。コホン。
それは良いとして、二人は私のことを天使だの悪魔だの言っているけど、私のことをどう見てるんだよ!
どこからどう見ても、正真正銘の18歳の女の子、湊るしあでしょうが!
いや、もしかしたら、本当に私は天使か悪魔か、もしくはもっと強大な力を持った存在に生まれ変わったとか? もしかして、私、めっちゃ強くなっちゃったとかある?
――何か力を宿しているなら来い!!!!!!
心のなかで念じるけれども、何も変わらない。いつもどおり、いや、いつもより精神が削られた私が佇むだけだった。
そりゃそうだよね。だって私は、かよわいおんなのこだもの。るしを。
「天使様、代償でしたら僕が責任を持ってお支払いしますので、この魔王を倒すためにどうか……」
「有象無象と違い、そこの勇者とやらは力を持っていてな。少しばかり悪魔の力を貸してくれれば褒美をやろう」
――どうしよう。どうしようどうしよう。
ほら、こういうときのために脳みそが存在するのよ、私。
頭をフル回転させなさい、私。
あなたならやれるわよ、私。
だんだんと支離滅裂になっているが、いくつかパターンを想定してみる。
パターン1。「私には力なんてない、ちっぽけな人間です」と言ってみる場合。
勇者は、優しい性格をしていそうなので、見逃してくれそうだが、こんな窮地で藁をも掴む勢いで信じた頼みの綱が、実は劣化した輪ゴム並みの耐久力だと知ったら、自暴自棄になる可能性もゼロではなさそうだ。
反対に魔王は、まだ余裕はあるようだが、私の知識では魔王とは魔法を行使できる最上位の生命体?のはずだ。だから、きっと体力面で有利に見えても満足に魔法を行使できない可能性が高そう。とはいえ、私に何の力も無いことが知られてしまったら、指一本であっさりと殺されかねないな。
ということでパターン1はだめですね。
続いて、パターン2、「私には強大な力があると嘘を付く場合」……却下。一瞬でバレます。騙せる可能性はゼロです。確率論にはゼロはあります。はい。
――あれ、これ詰んでるよね?
私、頭脳明晰なので気づいてしまいました。……ごめんなさい、誰でも気づきます。これ、完全に八方塞がりですね。
もし私が正直者と嘘つきしかいない村出身だったら、きっとここで人生の最後を迎えていたんだろうね。ああ、でも、私は地球の日本出身だから解決方法なんていくらでも思いつくんだよ。だって私は天才だからね。
……失礼しました。現実逃避に勤しんでおりました。
というわけで、どうしましょう。
「天使様、もしかして僕の召喚に不都合がありましたか? どうも僕のお話が聞こえていないようなのですが」
「それは、貴様に聞き耳を持っていないことの証明だろうよ。我こそ、悪魔の力を得るにふさわしい者よ」
あーあー、これ以上黙ってたら色々バレて、今まで考えてきたことも、自分の人生もおじゃんになってしまうよ。……あれ、なんで私って死が間近だというのに落ち着いて考えていられるんだろう?
――考えたことなかったけど、もしかして私って意外と逆境に強いタイプ?
また思考が脱線してしまった……。こういうときにどうすれば良いのか。うーん。
とりあえず、一番避けなければならないことは戦闘が続くこと。これさえなんとかしてしまえば、逃げたり逃走したり脱兎のごとく走り去ることもできるんだけど……。
――恋愛ゲームみたいに暴力のない世界に召喚されたかったな。
!?
恋愛!?
なるほど、恋愛に持ち込んでしまえばいいのか。勇者も魔王も偶然にも男性だし。ここはハニートラップをかけることにしよう。そんなこと18年の人生で一度も実践なんてしたこと無いけどやるしかないの。私なら出来る。
「あ、あーあーあー、マイクテストマイクテスト」
うん、背水の陣だけど声はちゃんと出るみたい。小声でつぶやいただけなんだけどね。
よし、ここは勇気を振り絞ろう。
「私は勇者にも魔王にも召喚された、とある……まあ、うん。私の種族は選ばれしものにしか伝えられないのだ。真名が伝えられないのと同じようなものだ。しかし、困ったことがあるのだ。私はお二人のうち、どちらかにしか力を貸すことが出来ない。そこでだ、私をより満足することが出来たほうに力を貸すことにしよう。期限は……」
あれ、ここって日にちっていう概念あるのかな? 半年と伝えておいて、実はこの世界で半年とは一日という意味でしたとか言われたらシャレにならないな……
「……うん、私が決める。どのみち、二人が戦っても千日手で今回と同じ状況になるのだろう? それでどうだ?」
勇者と魔王は、「ふぇ!?」って顔をしている。まあ、そりゃそうだよね、だって切り札を切ったと思ったらいきなり「私を満足させろ」だよ!? いや、それをさせたのは私張本人なんだけども。
それでも、二人は現場を打破するための駒が私だけのようなので、困りながらも私の申し出を受け入れることにしようとしている雰囲気を感じる。
あれ? こんなに雰囲気が感じられたっけ? ま、いっか。魔王は人みたいだけどホモサピエンスではないんだろうし、勇者も勇者で何かイレギュラーな存在なんだろうしね。
「僕はそれでいいよ。幸いなことに彼女も今はいないし、何でもするよ」
あー、これどっちだろう。優しいイコール正直者とは違うからな。3通りくらい彼女事情が思い当たるけど、まあこれは後々で。
「我も構わん。女一人のご機嫌取りなど、手で水を掬うよりも容易いわ」
あー、これは女侍らせてるパターンかな。いや、それとも逆に誰も理想像に届かなくて、機嫌をとって終わりって可能性も?
「うん、それじゃあ、まずは一旦二人の争いをやめてくれるかな? 召喚で精神が削られて疲れてるのよ。どちらかが寝床用意してくれたら、私さらに喜ぶけどなー」
さっきまでの威厳とした態度をバッサリと捨てて、いつもの私の戻る。
「ふむ、良いだろう。都合のいいことにここは我が城の中だ。この勇者のせいで所々崩壊しているが、客間は無事だ。ゆっくりしていくといい」
魔王さん、最高です! 実は力が無いことを告白しても大目に見てくれる可能性あるかも? いや、ここは慎重に行こう。
「天使様がそうおっしゃるなら、僕は一旦引きましょう。しかし、その前に一つお渡ししたいものが」
そう言って、勇者は紺碧の宝石が輝きを放っているイヤリングを片方渡してくれた。
「これは、僕と天使様の連絡手段となります。魔力を通していただけると、僕との会話をつなぐことが出来ます。では、僕はここで失礼します」
そう言って、勇者はこの城を離れていった。
――このイヤリングすごく可愛い!
18歳の私にとって、まるでサファイアのような宝石のイヤリングを身につける日がくるなんて思ってもいなかったから感激。寝る時以外つけておこう。
あ、でも魔力を通せば連絡できるって言われたけど、私魔力なんてないよ? 連絡なんて無理だよ?
……うん、向こうから連絡してくれるのを気長に待つことにしよ。
「ふむ、それで其方の名前を聞かせてほしい。ああ、真名でなくて構わんよ」
「私の名前はルシアよ、ルシア。魔王さんよろしくね」
「はっはっは。我を目の前にしながらその態度。やはり本物だな。我を前に恐怖で怯えなかったのは、ルシアが歴代勇者を除けば初めてだ。これは是が非でも力を手に入れるしかあるまい」
えーっと、確かに怖いのは怖いんだけど、これしか生きる道なかったからな。昔はお化け屋敷で泣き叫んでたことを考えると、大きな進歩だよ進歩。私って成長してるじゃん!
「我は魔王ソヴィアだ。望むことがあればなんでも聞いてやろう。が、まずは客間に案内しよう」
魔王が奥の廊下へと歩みを進めていくので、私はトコトコ着いていくことにした。
しばらく歩いて、客間に到達した。通り道の廊下があまりにも豪華絢爛で愕然としていたら、既に客間だったのだ。
「ルシアはここでゆっくり休むが良い。晩餐の用意ができ次第、我が下僕にここを尋ねるように言っておこう。では」
そういって、ソヴィアは来た道をゆっくりと引き返していった。
私は案内された部屋に足を踏み入れる。正直、どれだけの部屋なのかが怖い。廊下にシャンデリアが吊るされてるんだよ? 窓は全部ステンドグラスなんだよ? 中世の宮殿かよ! いや、本当に城なんだけど。
扉を開けた先は、凄まじく広くきらびやかな部屋だった。高級ホテルのスイートルームに対してさえ嘲笑っているような雰囲気さえ感じられる。
「魔王ってすげー」
語彙力がゼロになりました。脳内辞書がアンインストールされました。
「うん、考えるのをやめよう。私は寝る」
キングサイズのベッドに体ごとダイビングして、私は深い眠りに落ちた。
この時点でルシアはまだ気づいていない。いや気付かないようにしている。
私の選択はただの先送りに過ぎず、修羅場を必ず迎えることを。
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