第二十六話 逃げろや逃げろ


「うっわ……ここでも耳鳴りするって相当ね、あの魔法陣」


 やや顔をしかめながら、ラピッドがぼやく。


「何合成したらあんなのになるわけ?」

「上級魔法陣の《ラーヴァ・ゴーレム》をベースに、ハルルから譲ってもらった大量の《レギオン・バット》を束ねたモノを九つ合成したらああなったんだ。ちょっとした兵器を作っちゃった気分だよね」

「あんなの渡しちゃったら、あんたとしちゃサポートのし甲斐がないんじゃないの?」


 ラピッドのからかうような言葉に、魔女リティは笑顔で否定する。


「まさか。援護狙撃だけがサポートじゃないかんね。僕が作った魔法陣で大活躍してくれたら、製作者冥利に尽きるってやつだよ――ラピッドに渡した魔法陣も、有効活用してくれると嬉しいな」


 魔女リティとしては、魔法陣の他、装備やアイテム製作にもそれなりに興味はあるのだ。それで誰かをサポートできるなら。


「ま、アレ使うかどうかは戦闘の流れ次第じゃないかしら――ところで、キルスコアも結構稼げたんじゃない?」

「まあ、結構リードは奪えたと思うけど……大変なのはここからだよ」


 上位十チームの選定法は、第一に生き残り順。第二にキルスコアだ――どれだけスコアを稼ごうとも、先にやられては意味がない。


「上位を狙う他のチームからすれば、キルスコアトップ10に入りかねない僕らを野放しにしておく理由がないから、がっつり的を掛けられたと思った方がいいね。さて、今の状況は……わぁ、僕たち大人気」

「どういう意味よ?」

「まず森フィールドだけど、生き残ってるプレイヤーが僕たちを探してる」

「まあ、そうでしょうね」

「で、岩場と平原から複数チームがこっちに向かってる」


 ハルルの《火の手の掌》は、他のフィールドからも耳目を集めたらしい。


「まあ、あれだけ派手にやればね……けど勘弁してほしいわね。私たち、か弱い一チームに過ぎないのに」


 欠片も思ってなさそうな言葉に魔女リティとラピッドがケラケラ笑っていると、クロワッサンたちが合流した。


「ただいまー!」

「戻ったよ、リッちゃん」

「あんな感じでよかってん?」

「最高だったよ、三人とも――さて、じゃあ作戦の第二段階、ハヤテくんの背に乗って逃げ回るよ。シャンデリア、ハヤテくんを呼び戻してもらえる?」

「あいあいさー」

「さて、周囲の状況だけど、生き残ってるチームが森林伐採を始めてるんだよね」


 ズズン、と響く音は、木が倒れる音――あるいは、炎をぶちまける音。ミツメの視界には、範囲攻撃に優れる魔法や魔法陣で森を焼き払い、薙ぎ払う魔女たちの姿が見られる。


「うちらを炙り出すため?」

「間違いないね。もうちょっと環境に優しくしてほしいよ」

「あんたの指示で森の一角消し飛んでるんだけど」

「尊い犠牲だったけど、所詮ゲーム環境だし」

「あんたの舌何枚あるの?」

「まぁそれはさておき――ここでもう一つ、作戦があるんだ」


 ウィンドウを操作しながら、魔女リティはどこか影のある笑みを浮かべた。



 ◆◆◆



「……! おい、アレ!」

「フレーズヴェルグ……! 俺たちの使い魔攫ってった奴じゃねえか! おいおい、あいつの主人と灼熱波をぶちまけた奴ら、同じチームかよ……!」

「焼き打ちで炙り出される前に逃げようってか! 追え、追えーっ!」


 森を焼き、あるいは薙ぎ払って魔女リティたちを探していた複数のチームが、森林伐採の手を止めて巨鳥の背を追う。フレーズヴェルグの背中に魔女五人が乗っているのを確認し、いよいよ逃すまいと追いすがる。

 しかし追いつかれる様子は全くなく、その差は広がるばかり。ゆえに背中に乗る面々はどこかのんきに言葉を交わしていた。


「いっぱい追って来とるなぁ」

「ふふん、注目の的ってことでしょ。目立つからいいじゃない」

「その分滅茶苦茶狙われてるってことだけどね……」

「ハヤテくん、ファイトー!」


 しかし、シャンデリアがふと気づいた。


「――あれ? なんか後ろの人たちと距離詰まってる? ハヤテくん疲れちゃった?」

「……! 違う、これデバフだよ! ハヤテくんのスピードが落とされてる!」


 見れば、ハヤテの翼に紫色の光がまとわりついている。恐らく、このままでは追いつけないと感じた後ろの魔女たちが使ったものだろう。

 これを好機とばかりに、逆に追手たちは速度バフを掛けて追ってくる。このままでは追いつかれるのも時間の問題だ。


「――かえるぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ、合わせてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ。重ねてぴょこぴょこ九ぴょこぴょこ、全部でぴょこぴょこ十二ぴょこ!」


 が、後ろから固まって追ってくるなら、それはハルルにとって格好の獲物である。


「《大津波》!」

「ちょわーっ!? 全員散れーっ!!」


 運悪く逃れ損ねた数名の魔女が津波に呑まれて流されていく。見た目ほどの威力はないので即退場とはいかないだろうが、敵の数は減らせた。


「おいおいおい……これじゃまともに近づくこともできないぞ……!」

「いや……近づくなら今がチャンスだ! さっきの攻撃は魔法陣、あれだけの範囲攻撃ならクールタイムも相当のはず!」


 その言葉に同盟軍がいきり立つが、それを挫くための刺客が既にフレーズヴェルグの背から飛び立っていることに気づいていない。


「ごきげんYO!」


 挨拶と共に首を滑ったのはナイフの刃。シャンデリアが暗殺者の如き滑り込み方で敵を抉る。《大津波》を目隠しにしてハヤテくんの背中から離脱。上空を回って集団の後方につけてから、一気に加速して背後から刺した。常識外れのスピードがなければできない芸当である。

 周囲からの反撃を驚異的な空中機動で躱していくシャンデリアに注目が集まる。


「速っ――なにこの娘!?」

「こいつだ! 間違いなくこいつがフレーズヴェルグの契約者だ!」

「――その娘を逃がさないで! 契約者を倒せば使い魔も同時に強制送還よ!」

「初めまして、シャンデリアでーっす! 好きなものはユニユニ、お勧めはユニユニ全般! みんなもユニユニオタになろうよ! 《隠レ蓑術》!」

「ナイフが武器なら近づけさせなきゃ――って消えたんだけど!? どこ行っぐわっ!?」

「ぎゃあっ!?」

「ぃいっ!?」

「――見えた! 全員、魔法を叩きこめーっ!」


 透明化している間に三人ものプレイヤーを斬り捨てたシャンデリアだが、透明化が切れた瞬間に全方位から魔法が飛んでくる。スピードだけでは逃げ切れない物量攻撃。流石のシャンデリアでも逃げ切れない。簡易障壁で防げる攻撃でもない。《ブラックボール》によって防御力を上げているが、それでもこれだけ喰らえば強制退場は確実。


「――《トール・リフレクション》」


 しかし、突如シャンデリアを守るように現れた障壁が攻撃を防ぎ、そこを穴として致死領域から抜け出したシャンデリアに、驚愕の視線が集まる。


「嘘だろ、《トール・リフレクション》!? これだけのスピードしといて、こいつ無属性の魔女だったのか!?」


 その推測は外れだ。

 防いだのはフレーズヴェルグの背に乗るクロワッサンの防御魔法。しかし、本来であれば届く距離にない。

 そのカラクリは、シャンデリアの胸に止まっている淡い光を放つ蝶――クロワッサンの使い魔たる月光蝶のカグヤ、その分身である。

 その能力は、本体を通して分身先で魔法を発動させるというもの。本来射程が短く、遠隔発動などできない無属性の呪文でも、遠くの仲間を守ることが出来る。

 速い上に、攻撃も防ぐ。接近を許せば斬り捨てられる。レベルが下なだけで、厄介にもほどがある敵――だが落とせば、敵の足を奪える。そう考えるプレイヤーがいる一方で、シャンデリアではなくフレーズヴェルグを狙うプレイヤーも現れ始めた。

 フレーズヴェルグの横につけた一人のプレイヤーが杖を構える。


「的のデカいこっちを狙う方が合理的でしょう!? 今すぐ叩き落としてあげる――私の《風塊フーガ》を喰らいなさい!」


 放たれたのは風属性の魔法陣による攻撃。名前通りに巨大な風の塊がハヤテに迫る。


「《トール・リフレクション》!」

「《トール・ブレイズ》!」


 しかし風の塊は、クロワッサンが張った障壁に防がれた。入れ違いに炎の塊が飛ぶ。


「っ、《トール・ウィンドウォール》!」


 泡を喰ったプレイヤーが基礎術式による防御魔法を発動、相手の攻撃を防ぐのではなく、突風によって攻撃を逸らすことを目的としたものだ。

 炎をわずかに逸らし、回避に辛うじて成功した――しかし、ラピッド・ファイアーの攻撃は一撃では終わらない。


「《トール・ブレイズ》《トール・ブレイズ》《トール・ブレイズ》《トール・ブレイズ》!!」

「ちょっ、ちょっと待っ……!」


《トール・ブレイズ》による弾幕。詠唱破棄による威力減少があったとしてもそれは確かな脅威であり、風の基礎属性魔法による攻撃呪文や防御呪文では防ぎきれない。あと一歩のところまで迫ったプレイヤーは丸焼きにされて灰となった。



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