第二十五話 大地を叩く灼熱の掌(音速)


「なんだったんだ、さっきの……! 使い魔全員持ってかれたぞ」

「あれさぁ……勘違いじゃなければ、フレーズヴェルグの背中にベリースライム乗ってたような気がするんだけど」

「ベリースライム? そんなのいたっけ」

「いるんだよ、レアなスライムだと思えばいい。でもレアってだけで別に強いわけじゃないから、わざわざ使い魔にする奴がいたとはちょっと驚きだな……」

「でも、使い魔は放っといていいのか?」

「……戦力的に削られるのは痛手だけど、追いかけた先にいるのは他のプレイヤーたちだ。戦闘になるリスクを考えると使い魔は諦めるしかない。それに、ウチだけが使い魔持ってかれたわけじゃない、他の奴らも同様だ。だったら今は使い魔絡みの騒動が落ち着くまで動かない方がいい」

「はー……これ考えた人は相当性格悪いね」


 そう結論付けたチームだが、少し考えが甘いと言わざるを得ないだろう。

『相当性格悪い』プレイヤーが、使い魔を奪っただけで満足するような者であるはずがないのに。


「ごきげんYO!」

「えぁ?」


 透明化高速奇襲によって一人の首を斬り裂いたシャンデリアが礼儀正しく挨拶する。状況と行動の乖離具合でプレイヤーたちの思考に空白が生まれ、シャンデリアが接近する隙を生む。


「っ! 《トール・リフレクション》!」


 しかし、閃く刃への対処は早かった。詠唱破棄による、無属性の中級防御呪文。ナイフは所詮ナイフでしかない。多少の攻撃力補正はあれど、プレイヤーの身体能力では魔法ほどの破壊力は出ない。攻撃さえ防げば、距離を取って魔法で撃ち落とす。

 ――そんな魂胆を嘲笑うように、ナイフの刃が障壁を砕いた。

 透明化前に使っていた《腕頑尖爪》によって、シャンデリアの腕力は五倍以上に強化されている。

 そして超強化された腕で振るうのは、“鱗裂”という銘のナイフ。

 使われた素材は骸竜鉱晶。上級フィールドのさらに奥、生態系最上位のドラゴンたちが棲まう聖域でのみ採集が可能な鉱石アイテム。骨が化石となるように、古き竜の骸が魔力と結合して結晶化したものだ。

 その装備攻撃力は、なんと八〇〇を越える。

《腕頑尖爪》と“鱗裂”。二つが合わされば、どのような障壁も紙に等しい。


「ユニユニはいいよ!」

「いやなんでユニユニ――きゃあっ!」

「……、了解っ!」


 返す刃で障壁を張ったプレイヤーを斬り捨て――目的を達成したシャンデリアは、その場をすぐに離れる。


「あっ……! このっ、待て!」


 仲間二人をあっさり倒した少女を追って、三人の魔女が箒を飛ばす。

 それを止めるリーダー格の魔女がすでに斬り捨てられており、仇を討つことを目的とした三人が止まるはずもない。


「――ちょっと! 後ろから誰か来てる!」

「はぁ!? こんな時になんだよ!」

「ま、待て待て! 俺たちもお前たちと同じだ、あのやたら速いプレイヤーに仲間を削られたクチだ」


 飛びながら両手を広げて戦意無しとアピールするプレイヤーが、シャンデリアを追いながら話す。


「今俺たちが争ったって得るものはない、大方こうやってカチ合わせて戦力を削ろうってハラだろう。律儀に相手の思う壺にハマってやる義理はない――どうだ、今だけでも同盟組むってのは?」

「……分かった、目標はさっきのナイフ女でいいんだな?」

「助かる――じゃあ、見失う前に急ごう!」



 ◆◆◆



「よしよし……ありがとう。作戦通りだね」


 その様子をミツメの視界越しに見ていた魔女リティは、思った通りに動いてくれた敵にお礼を述べた。

 シャンデリアの奇襲は見る度に冴え渡り、三人だろうが五人だろうが見事に敵を削っては引っ張っていく。


「モンスタートレインならぬプレイヤ―トレインだね――よし、ハルル。そろそろ準備しようか。シャンデリアにも戦場に向かうよう言ってもらえる?」

「了解や~」

「私も補佐役で同行するんだったよね?」

「お願い、クロワッサン。道中万が一狙われたときは頼むよ」

「任せて!」

「あ、ラピッドちゃん! バフかけてくれへん?」

「ここでかけて間に合うの? まあいいけど……竜の心臓 滾る骨の炉 炭はいずこと咢を開く――《トール・イグニッション》」

「よし、これで準備万端や! いってきます!」


 飛び去る二人を見送ったラピッドが、ぽつりと呟く。


「……いいなぁ、派手な見せ場があって」

「大丈夫、その内すぐに出番は来るよ……おっ、ちょうどいいや」

「何があったのよ?」

「追手がシャンデリアを狙って攻撃魔法を撃ったけど、シャンデリアはそれを避けた」

「それで?」

「その攻撃が、戦場に着弾した」

「うわぁ……」


 今森の一角は、使い魔を取り戻そうとして戦わざるを得なくなったプレイヤーたちの悲鳴と怒号の坩堝と化している。

 そんな場所にそんな場所に足並みそろえたプレイヤーが十人以上も現れて、あまつさえ攻撃魔法を叩き込まれれば、誰だってこう思う。「疲弊した自分たちを狙いに来たのか」と。

 坩堝で争っていた組が流石に手を組み始め、追手組への攻撃を開始した。こうなってはシャンデリア狙いの追手組も対抗せざるを得ない。


「うひゃー。カオスっていうのはまさしくこんな感じかなぁ」

「その状況を作った張本人の癖に何言ってんのあんた」


 シャンデリアを狙って攻撃する追手の一団。それを躱しつつ、敵を戦場から遠ざけないように立ち回るシャンデリア。そして追手に対して攻撃を開始した者たち――目的が入り乱れ、魔法も飛び交う。

 その混沌としてきた戦場の上空に、辿り着いた魔女が二人。


『リッちゃん、こっちは到着したよ』

「了解。それじゃあ、ハルルに伝えてくれる? あの戦場を更地に変えちゃってって」



 ◆◆◆



「ハルルちゃん、戦場を更地にしちゃってってさ」

「んふふ、リティちゃんも見かけによらず過激やねぇ。あ、シャンデリアちゃん? 今から五秒後に全速で離脱してな――ほな、いこか!」


 戦場の遥か上空から降下するハルルに、防御役のクロワッサンも周囲を警戒しながら追従する。

 戦場に近づきながらハルルが唱えるのは、早口言葉の詠唱文。


「――バスが爆発 バスガス爆発 バスがばかすかガス爆発 バスが爆発 ばかすか爆発 バスコ・ダ・ガマも大爆発! 《火の手の掌ナパーム・パーム》!」 


 魔法陣の名を唱えた瞬間、巨大な文字列の魔法陣が宙に描かれた。燦然と輝く赤色の文字は、それが炎属性の魔法であることを示す。

 戦場で上空を見上げたプレイヤーたちがぎょっとし、慌てて逃げようとする――中には先にハルルを撃ち落とそうと魔法を放ってきた者もいたが、


「《トール・リフレクション》!」


 それを見逃すクロワッサンではない。きっちり攻撃を防いでみせた。

 文字列の魔法陣がその並びを変え、一つの巨大な大砲のように変貌。

 しかし、放たれるのは砲弾でなければ炎でもない。


――避けれるもんなら避けてみぃ!」


 砲口がひと際大きく光った直後、木が燃え、地面が溶け、熱されたことで超膨張した空気が大爆発を引き起こした。

 それに巻き込まれたプレイヤーたちの半分以上が、強制送還の憂き目にあった。

《火の手の掌》。灼熱の巨人たるラーヴァ・ゴーレムから獲得した魔法陣をベースに、魔女リティが製作した超広範囲超威力攻撃魔法だ。

 その範囲は円形にして直径約百メートル。威力は一発でブラキオン・ワイバーンを半殺しにするほどだ。いかに上位のプレイヤーとはいえ、まともに食らって生き延びることは難しい。


「んっふふふふふ! これ気持ちえぇなぁ!」

「消費MP度外視で魔法陣を作ろうと思うと、こんなこともできちゃうんだね……ところでこれ、消費MPいくつだっけ?」

「二〇〇〇オーバーや~。今の一発で最大MPの五分の一近く使ってもうた」

「ロマン砲とはよくいったものだね……あ、でも流石に全員は倒せなかったみたい。防御魔法が間に合ったのかな?」

「みたいやねぇ。じゃああっつ~いのを生き残ったプレイヤーには冷た~い水をプレゼントや~」


 かえるぴょこぴょこ3ぴょこぴょこ――と早口言葉を唱えれば、今度は青い文字列の魔法陣が形成。それを見た生き残りのプレイヤーたちが顔を引きつらせた。


「《大津波》!」


 具現化した大質量の水が、生き残ったプレイヤーと焼けた木々を押し流し――魔女リティの指示通り、戦場を更地に変えたハルルとクロワッサンは仲間の下へ帰還した。


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