第二十七話 ”光条砲”


 別に『魔法少女ユニユニ』シリーズが好きなわけではないが、ウィッチクラフト・オンラインを楽しむ一人のプレイヤーとしてイベント上位は狙いたい。今フレーズヴェルグを追っているプレイヤーたちはほとんどがそんな意思の下に動いている。


「……! こいつら、隙がない……!」


 しかし、フレーズヴェルグを追うプレイヤーが呻く。後ろから追いすがれば範囲攻撃が、右から迫ればシャンデリアの空中殺法が、左から迫れば炎の連射が、そして攻撃が届いてもそれを防ぐ盾役がいる上に、もう一人まだ手の内を明かしていない五人目がいるのが不気味だ。


「これだけの人数に追われてまだ余裕があるってか……!」


 だが、上位を狙うからにはこいつらをどうにかして落とさねばならない。デバフを掛け続けて攻め続ければ、勝機はなくもない。

 その動き、隙を見逃すまいと、そのプレイヤーはフレーズヴェルグに注視する。

 故に気づかなかった。

 地上で展開された、魔法陣の輝きに。



 ◆◆◆



 逆に、ミツメの視界から戦場を見下ろす魔女リティにはそれが見えていた。


『――クロワッサン! 下! ハヤテくんに回避命令!』

「!? ハヤテくん、避けて! 下から何か――」


 クロワッサンが言い切る前に、ハヤテくんの後方を通り過ぎたもの。

 クロワッサンたちを追って後方にいたプレイヤーたちを巻きこみ、同盟軍の約三分の一を消し飛ばして灰にしたそれは――極太の雷による砲撃だった。


「……っ! 危ないっ……!」


 完全に指示が間に合っていなかった。少し狙いが外れていれば、消し飛んでいたのは間違いなくこちらだったと、クロワッサンは戦慄する。


「ちょっ――何今の、リティが何かしたの!?」

「あんな秘密兵器があるなら教えといてもらわんとなぁ」

「えー、リティがいたとことは全然違う方向から来なかった?」

『クロワッサン、すぐにその場から離脱しよう。の攻撃範囲にいちゃいけない』

「彼女って?」

『レイドボスバトル、総合ダメージランキング第三位――ヒバリービルズ……ぶはっ!』

「リッちゃん!? どうしたの!?」


 すわ攻撃でもされたのかと不安になったクロワッサンだったが、魔女リティはどうやら噴き出しただけらしく、笑い声がちょくちょく挟まる。


『い、いや、ごめん……ふふっ、見ながら真面目な話してるこの状況が、ふっふ』

「ど、どういうことか分からないけど……とにかくここから離れればいいんだね! ハヤテくん、逃げるよ! ……ハヤテくん!?」


 しかし、なぜかハヤテくんの動きが鈍い。全身がスローモーション化したように動きが鈍く――それでいて、なぜか落下する気配もない。


「あのー、ハヤテくんに【鈍化】って状態異常ついてるんですけど……」

「――呪い!? 闇属性の状態異常攻撃……後ろのプレイヤーが!?」

『いや、だったら今まで使わなかった理由がない。それも多分、ヒバリービルズのチームの仕業だよ』


 渋い声で魔女リティが推測する。このタイミングで動きを縛ったということは――ヒバリービルズの次の狙いが、ハヤテであると宣言されているようなものだった。



 ◆◆◆



 ――その五人は、フレーズヴェルグの遥か下方、水辺フィールドのど真ん中に堂々と浮いていた。

 その中でも最も特徴的なのは、目を疑うような恰好をして箒に仁王立ちする一人のプレイヤー。

 三つ編みおさげがキュートな、筋骨隆々の女子アバター。

 身長と肩幅のせいでマントにしか見えないローブの下に着込んだぱつんぱつんの衣装コスプレは、『魔法少女ユニユニ』のコスチューム。

 そんなトンチキな恰好をしたプレイヤーは他におらず、それ以上の理由で彼女の名は誰もが知るところだ。

 レベル200未満にして、レイドボスバトル総合ダメージランキングにおいて、三位に食い込んだ怪物。

 人呼んで、“光条砲キャッスルバンカー”ヒバリービルズ。

 その彼女が目をカッ開いて大音声で宣言した。


「――恨みはないザマスが、わたくしたちの射程範囲に入ったからにはここで脱落してもらうザマス!!!!(超ハイトーンボイス)」


「毎度言ってっけどその語尾何とかなんないんすかー?」

「ならぬザマス!」

「うん知ってた、言ってみただけー。あの使い魔に呪いは掛かってる。効果が保ててる内に倒しちゃってね」


 苦笑と共に返すそのチームメイトは、初期の選択で闇属性を選んだ魔女だ。

 闇属性を選んだプレイヤーのステータスは著しく低い。八属性の中で最低と言ってもいいだろう。おまけに魔法の一つ一つに消費MP以外の代償を求められる。

 だがそれらのデメリットと引き換えに、闇属性の魔法は凶悪極まりない性能となっている――闇属性の魔法すべてに付与されている“呪い”と総称される状態異常は、対象に極めて厄介なデバフを付与する。いまフレーズヴェルグを縛っている【鈍化】の呪いは、行動のみを遅延化する呪いだ。

 そしてもう一つの特徴が“射程無視”。闇属性のほとんどの魔法が、姿が見えてさえいれば届いてしまう。

 強力な呪いが射程を無視して飛んでくるのだ。その恐ろしさは推して知るべしだ。


「了解ザマス! 《光条砲》のクールタイムももうすぐ終わるから間に合うザマス!」

「じゃあこっちも、ぼちぼち支援を掛けとくぞ」


 レイドボス戦ダメージランキング、総合第三位――ヒバリービルズのその戦績は、一人ではなし得なかったものだ。

 ――複数人で挑むのが前提のレイドボスとの戦いで、より大きなダメージを出すにはどうすればいいか?

 個人の火力を上げる。これは大前提と言える。

 だが、どれだけ火力を伸ばそうとも、個人の力では限度と言うものがある――魔法陣という外付けの要素があったとしてもだ。

 ならばどうするか。簡単だ、仲間に助けてもらえばいい。

 エースへの攻撃バフ、相手への防御デバフ、敵の攻撃を防ぐ盾役――これらの要素によって、より強力な攻撃を、より安定して叩きこめるようになる。

 ヒバリービルズのチームはつまるところそう言ったチームであり、ヒバリービルズというエースを、他のメンバー全員で補助・援護することで回している。

 そして仲間たちの支援を受けて放つのが、ヒバリービルズの代名詞でもある魔法陣 《光条砲》。

 ヒバリービルズの選択属性と同じ雷属性の魔法陣であり、破壊力・射程・到達速度の全てで馬鹿げた数値を叩き出す、ヒバリービルズの最高傑作。問題は消費MPが三〇〇〇を超えることだが、これは仲間のおかげで解決している。

 ともかく、プレイヤーに当たれば消し飛ぶのは間違いなく、たとえそれがフレーズヴェルグ相手でも貫くだけの自信はあった。


「でも【鈍化】の対象は一体だけだから、乗ってるプレイヤーには逃げられるよ」

「構わぬザマス。あれを放っておけば上位に必ず食い込むザマスが、だけ奪っておけば周りが勝手に倒してくれるザマス。さっきの不意打ちは外したザマスが、今度は撃ち落とすザマス」

「なるほどね……あれ? なんか上に動きが――」


 姿さえ見えれば届く闇属性の呪い。その条件を満たすため、フレーズヴェルグに呪いを掛けた闇属性の魔女は、魔女リティの《鷹ノ目》に似た視界補正の魔法陣を持っている。

 補正された視界でフレーズヴェルグを見ていた彼女は、敵チームが妙な動きをしていることに気づいた。


「えっ……ローブを捨て、は?」


 五人目がローブを脱ぎ捨てたと思ったら、その内側にはなぜかスライムがいた。

 このタイミングでそれを明かした理由が分からないし、それが意味することに思い至るまで、彼女の思考に空白が生まれる。

 彼女の言葉を聞いていた周りのメンバーも同様に。


 ――魔女リティは、その空白をこそ狙い澄ます。


「――っ! 五人目、あそこにいな」


 全てを言いきる前に、呪いの魔女の頭を雷撃が撃ち抜いた。



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