第六話 防御と狙撃


「ああっ、もう面倒くさいことになったわね……! ほんっとにもうシャンデリアのバカ……!」


 ブラキオン・ワイバーンの行動に注視しながら、ラピッドがひとりごちる。

 レベル80に到達していようが、プレイヤーのステータスで伸びるのはあくまで魔法の威力・効力に関わるもののみ。つまり、仮想体の防御力には何ら関与しないのだ。

 つまり――


「――ハルル! あんたも気をつけなさいよ、あたしたちだってまともに喰らったら一撃でお陀仏なんだから!」

「は~い」

「ほんとに分かってんの!? もう……!」


 この程度で敗けてられない。

 助っ人らしきちんちくりんはどうでもいいが、敬愛する先輩に良いところを見せる大チャンスなのだ。


(多少見栄は張ったけど、勝てない相手でもないはずだから……!)

「さっさと――倒れ、ろっ! 《トール・ブレイズ》!」


 何度目かの攻撃魔法を放つ。炎球は狙い違わず頭部に着弾し、紅蓮の炎をまき散らす。


「やった、っ!?」


 炎の向こうから、ブラキオン・ワイバーンの頭が突き抜けてくる。跳躍しての噛みつきだ――自身の攻撃が目隠しになってそれに気づかなかったラピッドの頭の中に、マズいマズいと警鐘が鳴り響く。

 避けられるタイミングじゃない。殺られる。

 そう思った、その瞬間。

 ラピッドの眼前に展開された六角形の障壁がその牙を阻んだ。しかし、ピキ、と嫌な音。突然現れた障壁が、あっという間に噛み砕かれる様を幻視して。


 直後にラピッドの視界の端で何かが閃き――それが、ブラキオン・ワイバーンの右目に直撃した。

 

「GOOOOOAHHHHH!!??」


 途端、それまでに上げることのなかった、明確なと共に攻撃を中断。ラピッドにその牙が届くことはなく、地上に落下したワイバーンがのたうち回る。


「――今のは!?」

「ラピッドちゃん! 大丈夫!?」

 

 箒に乗って近づいてきたクロワッサンに、ラピッドがぎょっと目を剥く。


「ちょっ、先輩なんでこっち来てんの! レベル低いんだから下がって!」

「手短に言うよ、私たちが隙を作るから、二人はどんどん攻撃して!」

「それちょっと無茶すぎるでしょ!?」

「ううん、大丈夫! 今ので分かったの、まだ攻撃を防ぐことはできなくても、一瞬阻むことはできる! それに、邪魔は可能みたいだから!」

「っていうか、私って――じゃあ、今のは!?」


 笑顔のクロワッサンの視線を、ラピッドも追う。

 彼我の距離、約一〇〇メートル。そこに杖を構えるちんちくりんの姿があった。


「あ、あんなところからワイバーンの目玉を狙い撃ったの? 嘘でしょ!?」

「ふふっ、リッちゃんの腕も中々でしょ!」

「……っ」


 クロワッサンが見せた、宝物を自慢するような笑顔。ラピッドはそれがどうしようもなく悔しかったが――大口叩いて敵も倒せず、守るべき相手に守られて、これ以上恥を重ねることはできない。

 この場でやることは間違えない。最優先は――ブラキオン・ワイバーンの討伐!


「《トール・ブレイズ》!!」


 動きの鈍ったワイバーンへ、ラピッドが八つ当たり気味の火球を叩きこんだ。



 ◆◆◆



 背筋に走る痺れるような快感。自分の攻撃でチームメンバーをサポートできたと言う事実に、魔女リティの頭が快楽物質を吐き出していく。


「……よし。レベル差があっても、急所への攻撃は有効なんだね。ゲーム次第じゃ急所だろうがなんだろうがステータス差で通じないとかもあり得たけど……WCOは、いいゲームだね」


 狙い違わず、ブラキオン・ワイバーンの目を撃ち抜いた魔女リティが小さく頷く。

《鷹ノ目》の奥の幼女らしからぬ涼やかな目は、さながら獲物を狙う狩人のそれだ。

 再び動き始めたワイバーンの動きを注視する。

 距離は一〇〇メートル弱、《ライトニング》が届くギリギリの射程。狙う的は十センチにも満たない眼球、おまけにラピッドたちへの攻撃を再開し、縦に横にと動き回る。


「距離一〇〇、角度プラス……照準良し。空の捕食者 雷雲の翼」


 しかしそれを、魔女リティは冷静に狙い澄まし、詠唱を済ませる。

 そして動き回るワイバーンの目が狙う一点に重なった瞬間、魔女リティは雷を放つ。


「《ライトニング》」


 宙を奔った一閃の稲妻。わずかでも狙いを違えれば瞼や顔の鱗に弾かれるその攻撃は、吸い込まれるように眼球へ到達。またも右目に雷を叩きこまれたワイバーンが、先よりも一層大きな悲鳴を上げた。

 雷属性の魔法が誇る、威力の高さと射程の長さ。それも有用な特徴ではあるが、魔女リティにとって最も有用と考えるのは別の点にある。

 それは、だ。

 狙ったポイントへ、放って即座に届くスピード。それが50mだろうが100mだろうがほぼ変わらない。

 攻撃範囲こそ狭いものの、狙われれば回避は困難を極める。

 そしてさらにもう一つ、この神業を支えているのが魔法陣鷹ノ目だ。


「説明文に書かれてない、副次効果の命中補正――着弾箇所のブレを小さくしてくれる。検証サイト様々だよ」


 隙を突いたラピッドとハルルが攻撃を叩き込む。それを嫌ったブラキオン・ワイバーンが体をよじると、振り回される尾がハルルへ迫り、


「――《リフレクション》!」


 それを察したクロワッサンが障壁を展開。本来であれば、ワイバーンの攻撃を防ぐには出力不足ではあるが、ただ振り回されただけの尾を止めるには十分だったようだ。


「さっき助けてもらったときも思ったけど……クロワッサンの視野の広さは変わらないね。さて、眼、眼、と来たら次は――《ライトニング》」


 三度の雷条。狙った先は――口腔内、その舌先。クロワッサンたちに噛みつこうと大口開けたところを狙う。電撃を口の中に流されて、ワイバーンがおかしな動きと共に咆哮。雷属性の魔法の副次効果、麻痺の状態異常も手伝って、ワイバーンの動きが目に見えて悪くなる。その隙を突いてさらにラピッドたちが攻撃。

 度重なる攻撃に、ブラキオン・ワイバーンにも傷が目立ってきた。魔物の体力を表示するものはないが、明らかにダメージは大きい。

 もう一押し――そう思った瞬間、ブラキオン・ワイバーンの目がぎょろりと動く。

 怒りすら感じる血走った目に映ったのは――


「……えっ、もしかして僕狙われてる?」


 魔女リティが呟いた瞬間、ブラキオン・ワイバーンが跳躍――否、した。全身をバネのように跳ね上げ、さらに腕力で飛びあがった勢いそのままに翼膜を広げ、魔女リティの下へと滑空してくる。


「GOOOOOAHHHHH!!!」

「うわうわうわ、ほんとにこっち来た! そんなにヘイト集めるような真似……もしかして執拗な急所狙いって滅茶苦茶ヘイト溜まる感じ? 勉強になるなぁ……」


 プレイヤーの行動によって溜まるヘイト――憎悪値などとも呼ばれるそれは、端的に言って「溜まるほどモンスターから狙われやすくなる数値」だ。

「お前だけは必ず殺す」と言わんばかりに腕を振り被って迫るブラキオン・ワイバーン。逃げるにも速度が足りない。撃ち落とそうにも攻撃力が足りない。

 しかし、

 それは射程が短すぎて、この戦いで使うタイミングはないと思っていたが、的から近づいてくれるなら好都合。

 ギリギリまで引きつけて、魔女リティはその名を高らかに唱えた。


「《突撃牡丹とつげきぼたん》!!」


《ワイルドボア》。猪型の魔物であるワイルドボアから獲得できる魔法陣であり、ごく短射程ではあるが、仰け反りノックバック効果を持つ衝撃波を放つ。

 そして魔女リティが製作し、《突撃牡丹》と名付けた魔法陣は、《ワイルドボア》十個を束ねた代物だ。

 消費MPは65。基礎術式中級相当の消費量ではあるが、射程もダメージも一切伸びていない。

 一方で、同種の魔法陣十個を重ねた結果、純粋に強化されたのがノックバック効果。

 その効力は、上級魔法にも匹敵する。

 魔女リティの眼前に直径2mはあろうかと言う魔法陣が出現。

 そこから放たれたのは、猪の形をした衝撃波。ブラキオン・ワイバーンが振るった腕に、衝撃波の鼻先が激突し――拮抗は一瞬。

 ワイバーンの腕が弾かれるに留まらず、勢い余ってその巨体が仰け反った。その絶好のタイミングを見逃すはずもなく、


「《トール・ブレイズ》!」

「《トール・アクア》!」


 追いついたラピッドとハルルが放った炎塊と水流が、翼竜に直撃――ビクン、と体が大きく痙攣した。

 自分のアシストで勝利の手助けをできた。その手応えに心地よさを感じていたが、


「! リティ、避けなさい!」

「えっ――やばっ」


 それは、ブラキオン・ワイバーンの執念か。

 死ぬ直前に振るった尾が迫っていることに、ラピッドの警告で一瞬遅れて気づいた魔女リティ。それより先に気づいていたクロワッサンが魔女リティの前に滑り込んだ。


「――《リフレクション》!」


 展開された防御魔法。しかし、やはり出力不足――死にかけとはいえ殺意剥き出しの翼竜の一撃に堪えられるはずもなく、激突した瞬間、障壁にヒビが入る。

 

「――――んまぁぁぁぁぁぁぁにあっ、たぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

「へぎゅぅ!?」

「んぉう!?」


 その時、二人をかっさらう一陣の風。

 障壁を砕いた尾は空振りに終わり、今度こそブラキオン・ワイバーンは絶命した。

 

「いやー、今のは危なかったね! まぁそもそもはわたしが引っ張ってきちゃったせいなんだけど! ほんとごめんね!」


 魔女リティたちの首根っこを掴んだ風の正体は、魔女だった。

 翠の髪、小柄な体躯。屈託のない笑顔を浮かべた少女。その名を、シャンデリアという。しかし、魔女リティにとって不可解だったのは――


「えっと、さっき強制送還されてなかった?」

「されたよ! だから復活したあと全速力で戻ってきたの!」

「人力ゾンビアタックじゃんそれ……デスペナルティでステータスちょっと下がってるはずなのによく間に合ったね」


 若干の呆れを交えて魔女リティが言う。

 とはいえ、集落からそう遠くないこの場所だからこそ間に合ったのだろう。速度特化の面目躍如である。

 改めまして、とシャンデリアが笑う。


「ちっちゃい子ははじめまして、わたしはシャンデリア! 先輩が連れてきた助っ人さんだよね? これからよろしく!」

「あはは、元気いい子だね……魔女リティです、どうぞよろしく」


 直後、視界にリザルト画面のアナウンスが割り込んだ。


【レベルが22に上がりました】

【称号:【急所特攻・Ⅰ】を獲得しました】

【アイテム:翼殴竜の翼膜(上)、翼殴竜の爪(上)を獲得しました】





※※※※※


 本日はここまでです。

 明日からは一日一話、18時に投稿となりますので、よろしくお願いします!

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