第五話 クロスカウンター
「ちょっ、バカバカバカ! シャンデリアあんた! なんてもん引っ張ってきてんのよおバカ――――っ!!」
「ごめーん! ちょっとぶつかっちゃったらものすごく怒っちゃった!」
「あんたこれ一種のMPKよ!? 狙われたんならちゃんと撒いてきなさいよぉぉ!」
「あらぁ~、おっきなトカゲさんやわぁ」
「トカゲっていうかあれ……空飛んでないけど、多分ワイバーンだよね? リッちゃん」
「あ、肘あたりから突き出してるのって畳んだ翼膜? 空飛ばれると厄介だなぁ」
「揃いも揃ってのんきか!! ――いや、でも……!」
呼応したわけではないだろうが、その魔物の咆哮によって、ビリビリと平原が振動する。
ワイバーン。ファンタジーにおけるドラゴンの一種で、前脚が翼と一体化している種をそう呼ぶことが多い。
空を飛んでいるイメージが強いが、迫りくる個体は地上を進撃している。その強靭な前脚――人で言えば肘に当たる部分から伸びた突起は、魔女リティの見立て通り畳んだ翼膜だ。
頭上に表記された名前は、ブラキオン・ワイバーン。推奨プレイヤーレベル100以上の上級フィールドを生息域とする、発達した前脚での格闘戦に特化した竜種だ。
それを見ていた魔女リティとクロワッサンの前に、ウィンドウが表示される。
「っと……パーティ申請?」
「クロワさんはリティとここで見てなさい、あんなのあたしたちが畳んでやるわ! パーティ組んどけば経験値も入るでしょ――行くわよハルル!」
「了解や~」
飛び去る二人の背中を見ながら、クロワッサンがぽつりと呟く。
「今さらだけどクロワさんって……なに?」
「クロワッサンさんとは呼びづらいからじゃない? 先輩」
「か、からかわないの」
「ま、そのあたりについてはあとにするとして……ラピッドとハルル……あとシャンデリアだっけ。あの三人って、先に始めてたプレイヤーなんだ?」
「五日ほど前って聞いてるよ。でも、レベルは八〇ぐらいのはず」
「えっ、早くない? 上限三〇〇じゃなかったっけ。このゲームってそんなにレベル上がりやすいの?」
「あー……あの子たち、課金アイテムで経験値ブーストしてるらしいから」
「お小遣い削ってまで……」
「削るって表現が正しいかは分かんないけどね」
「? でもまあ、そういうことならちょっとお手並み拝見といこうか? 僕らレベル低いかんね」
「……そうだね」
「あれ、不安?」
「うーん……なんていうか」
歯切れ悪く、クロワッサンが言葉を選ぶ。
「あの三人って割と脳筋だから……」
「ああ、そういえば電話でも言ってたね」
「まぁ……とりあえず見てようか。私も、WCOであの子たちの戦闘見るのは初めてだし」
ブラキオン・ワイバーンを囲んだ三人の少女たち。一番槍を務めたのはラピッドだ。
「《トール・ブレイズ》!」
杖の先から放たれたのは、直径五十センチほどの炎の塊。
しかし、ブラキオン・ワイバーンは怯むことなく、迫る炎球を殴り飛ばし――直後に飛んできたもう一つの炎球がワイバーンに直撃。その巨体がぐらついた。
「まだまだぁ!」
続けざまにラピッドが二つ、三つと炎球を放ち、ワイバーンの体を焼いていく。その光景に、クロワッサンが驚きの声を漏らす。
「わっ、すごいね。でも魔法ってあんなに連発できる? 魔法陣はクールタイムがあるし、基礎術式は詠唱しないといけないよね?」
「いや、基礎術式に関しては、熟練度が上がると詠唱破棄とかできるらしいかんね。けど、
感想を言い合っている間に、ハルルが詠唱を開始。
「なまむぎなまごめなまたまご、なまむぎなまごめなまたまご――《
ハルルが杖を振ると、ブラキオン・ワイバーンの真上に青い光を放つ、文字列の魔法陣が出現。そこからずず、と這い出るように落ちてきたのは――ブラキオン・ワイバーンすらも呑み込みかねない超巨大な水の塊だった。
どぱぁん、という音と共に、ワイバーンが一時押し潰される。
「……今のは魔法陣みたいだけど……個性的な詠唱文だね」
魔女リティが苦笑気味に呟く。
魔法陣は基礎術式と違い即時発動が可能だが、自分で設定した詠唱文を読み上げることで威力を上乗せすることも可能なのだ。
「あはは、ハルルちゃんは早口言葉得意って言ってたからなぁ。言いやすいのを選んだのかな?」
「あんなにのんびりした話し方なのに……? でもあれ、範囲攻撃だよね。体勢こそ崩したけど、ダメージはあんまり入ってなさそう」
言っている間に、体勢の崩れたワイバーン目がけて高速で突っ込む一人の魔女。緑の髪のシャンデリアである。
「えっ、はやっ。何あれ」
「風属性……なのかな? いやでもよくあんな速度で飛べるなぁ……私流石にあの速度は怖いよ」
二人揃って、そのスピードに感心する。
ステータスが飛行速度に偏る風属性を選択しているのは間違いない。
だが驚くべきは速度のみならず。その手に握られているのは、杖ではなく――
「あの巨体に対してナイフってありなの?」
「そもそも鱗とか斬れるのかな……あっ」
「あっ」
クロワッサンが疑問を呈した直後、体を跳ね上げたブラキオン・ワイバーンのパンチが、カウンターよろしくシャンデリアを正面から捉えた。
景気よく吹き飛ばされたシャンデリアは、ダメージによりMPが全損。戦闘不能と判断されたシャンデリアの体が、灰と化して魔女集落へ強制送還された。
「おっ、おバカ! 引っ張ってきた張本人が真っ先に死んでどうすんのよぉ!」
「うーん、置き土産にしては厄介すぎるもんを遺していかはったなぁ~」
「ちっ……! とにかく攻撃よ! 殺される前に削り切る!」
「は~い」
ラピッドとハルルの対応を聞き、魔女リティは納得した。
「……なるほど、脳筋ってそういう」
「うん、攻撃一辺倒なんだよね。あのワイバーンにしても、もう少し役割分担すれば勝てない相手じゃないと思うんだけど……」
実際、ラピッドたちの攻撃はそれなりに効いている。しかし、敵は本来レベル100前後のプレイヤーが五人でパーティを組んで立ち向かうような相手だ。そのレベルに届かない三人が正面から殴り合っても、勝つのは難しいだろう。まして、一人欠けた状態ではなおのこと。
――しかし、そこに援護があるなら?
「ワイバーンの注意を引きつける役目がいるね」
「あるいは、攻撃を邪魔する役目かな……リッちゃん、やれそう?」
「もちろん。今の僕は、援護狙撃が生業だかんね――鱗や体は硬そうだけど」
小さな手で杖を抜き、魔女リティはブラキオン・ワイバーンの動きを注視する。
その顔に、ゾクゾクとした笑みを浮かべながら。
「目玉も硬いかどうか、試してみようか」
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