熱帯鳥温室
「あれ?」
「どうしたの?お父さん」
「いや。え?」
動物園を入って、モルモットやシカを見ながら歩いていくと、ほどなくしてちょっとした広場に出た。
広場のこちらには、主を失くした象舎があった。ここにはかつて、はな子という象が、66歳までその姿を見せていたらしい。
幼少期にはいつもそこにいた象の姿がないことは、父にとってなんらかの感慨があるに違いないと思ったけれど、はな子の逝去はテレビのニュースで当時取り上げられていて、ここに来たことのない私でも知っていた。
そして実際、父の驚きはそれとは別の所にあった。
「いや。まさか」
「どうしたの?」
「たしかここにあった。絶対ここ」
「何が?」
「熱帯植物園」
「え?何にもないよ」
父が指さす場所にはだだっ広い芝生の広場があるだけだった。
熱帯植物園の痕跡なんてなんにもない。
父は近くを歩いていた作業着の女の職員に話しかけた。
「あの。ここに植物園があったと思うんですが」
「ああ。熱帯鳥温室ですね」
「ちょうおんしつ?あ、鳥の温室」
「はい」
「そういう名前だったんですね」
「はい。熱帯の鳥と植物が観察できる施設でした。今も時々楽しみに来られる方がいらっしゃるんですが、閉園してしまいました。今はこの通り」
父は芝の広場を見て、言葉を失くしていた。
「すいません」
「いや。あなたが悪いわけじゃないですから。そうですか」
「象のはな子が亡くなったのと同じ年に閉園したんです」
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