水族館

「たまごの木な、急に思い出す。なんの前触れもなく。それでそのまま忘れちゃう」

「そういうことってあるよね」

「すぐ忘れちゃうから、それ以上調べない」

「ああ」


私たちはJRと井の頭線が連絡する駅を通って線路の南側に出た。

丸井の脇から井之頭公園に続く細い道は、おしゃれな小物を扱うお店や古着屋さんが軒を並べている。平日とはいえ夏休み。その日は涼しい風も吹いていていつもより過ごしやすかった。家族連れやカップルでいっぱいだ。


「子供の時は、いつもここを通って動物園に行ったな」

「にぎやかな道だね。楽しい」


私が生まれた町田市に移ってくるまで阿佐ヶ谷に住んでいた父は、よくここに連れてきてもらったらしい。


「私は初めてここに来るよ。お父さんはいつ以来?」

「ええと。ああ、淳が生まれる前にお母さんと一緒に来たのが最後かな」

「15年以上前」

「うん。あ。ここの焼き鳥屋さん、まだある」

「おいしそう」

「帰りに寄る?」

「うん」


公園に入って湖畔の遊歩道を二人で歩く。まだ私にそういう機会は訪れていなかったけれど、もし男の子とのデートだったらとてもロマンチック。

お父さんとでも全然悪くはないけど。


「ね。なんでさ、私にここの女子校、勧めたの?詳しく聞いてない」

「ああ。お母さんが若いころ、入りたくても入れなかった。助成金制度なんてなかったしね。私立の学校は高かった。今日も見学に来たがってたけど、仕事がね」

「そっか。じゃ、親の夢を子供に」

「そう言うなって」

「ま、入るか決めるのは自分」

「そういうこと。で?どうだった?学校」

「うん。あ、お父さん、水生物館だって。あれ、何?」

「ああ。水族館」

「水族館?入りたい」

「入ろう」

「うん」

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