たまごの木

味噌醤一郎

牛丼

「何?それ」

「わからないんだよ。お父さんも」

「たまごの木って、何?」

「うん」

「ホントに見たの?」

「見たと思うんだよね、多分。本物の白い卵が実るのかな、って思ってたから、すごく小さいころ。「たまごの木」っていうプレートの字は読めたから、お父さんが小学校一年生とか、その頃だと思う」

「でも」

「そうなんだよ。実際見たかどうか確証がない。それから、そんな植物がホントにあるのかどうかもわかんない」


中学三年生のその夏、私は父と、吉祥寺にある私立の女子校の高校見学に行き、その帰りに駅の近くの牛丼屋さんに寄ったのだった。昼過ぎの牛丼屋さんはほぼ満席だったけれど、私たちは丁度空いたテーブル席に座ることができて、丼が来るのを話しながら待っていた。


「その熱帯植物園さ、そのあと何回も親に連れられて行ったんだけどね。その時だけ、それきり。「たまごの木」っていうプレート見たの」

「ふうん」

「だからなんての、幻を見たような。そんな植物、実際あるのかな?」

「調べりゃいいよ。スマホで一発」


私は制服のスカートからスマホを取り出そうとして、止められた。


「淳さ。ここから近いよ、そこ。歩いて行ける。熱帯植物園。見に行く?」

「え?」

「井之頭動物園の中にある。行ったことないよね、淳」

「ない。行ってみたい」

「動物園はでっかい井之頭公園の中にある」

「井之頭公園自体、行ったことない」

「じゃ、これから行こう。ところでさ、どうだった?高校。今日、見学してみて」

「うん。ええとね」


「お待たせしました」

店員が牛丼を運んできて私たちの会話は途切れた。


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