第37話 彼女はステルス機?

新宿のカフェ「アンテナ」で、僕は恋愛の達人こと茂手木もてぎ先輩と朋友の仲真なかま友樹ともきに、金曜日お昼からの女子3人との出来事を報告した。


茂手木先輩と金曜の昼休みに会ったことで、毎日校舎の屋上でとるランチに大幅に遅れてしまったこと。


そのせいで国貞くにさだ淑子としこ屋敷やしき美禰子みねこの態度はエスカレートし、まるでキャバクラのキャストのように僕の足に自分の足をのせてくるようになったこと。


その「両手に花」のイチャイチャぶりを、どこから聞きつけて来たのか、風紀委員の清河きよかわ澄美すみが突然やって来て、校内での破廉恥行動は一切ダメだと警告して来たこと。


国貞・屋敷との取り決めにより、その日の放課後は僕が国貞を家まで送って行くことになっていたので、バスに乗り彼女の実家「うさぎや」前まで行ったところ、屋敷の時と同様に国貞の計略にはまり、家に上がる羽目になったこと。


その後、国貞の父親と一緒に風呂に入り、彼から娘のことを強力にプッシュされたこと。


国貞、その母親や弟と一緒の夕食をごちそうになったこと。


その夕食の場で、国貞の僕への執着ぶりを母親が暴露してしまったこと。


それが原因で自室に逃げ込み落ち込んでしまった国貞をなだめようとした結果、彼女を下の名前で呼ぶことになり、ハグまではしたこと。


明けての土曜日は、いきなりわが家に国貞が電話をかけてきたことに始まり、家の近所であれこれやり合っていた僕と国貞の前に、屋敷も乱入してきたこと。


なんとか和解して3人で近くの公園に行ったところ、今度は清河までが出現して、例によって国貞と屋敷の行動を強く非難するも、ふたりの猛烈な逆襲にあって意気をそがれてしまったこと。


結局、僕は3人の女子への対策として、全員で渋谷デートをする羽目になったこと。


最初のショッピングでは清河がギャルに変身し、次のランチでは彼女がベジタリアンの禁を破って肉食に挑戦、健啖けんたんぶりを見せつけたこと。


最後のカラオケではギャルの格好でガナちゃんナンバーを熱唱した清河が、国貞と屋敷の対抗意識に火を付けてしまい、すわ大乱戦かと思いきや、清河が誤ってウーロンハイを飲んで泥酔、昏睡したため、三者の勝負は尻すぼみに終わったこと。


僕が目が覚めた清河を気遣って桜新町さくらしんまち駅まで送って行ったところ、突然彼女からハグされ、交際を申し込まれてしまったこと。


ほんの1日半の間にえらく沢山の出来事があったもんだなと、僕は話をしながら痛感していた。


「ふーん、この短期間にそこまでこと﹅﹅は進展していたんだ。


実に、いい感じじゃないか」


僕の報告を聞き終えた先輩は、開口一番、そう語った。


「うん、ホッシーのモテプロジェクトはおおむねいい方向に行ってると思うよ、僕も」


先輩の隣りでうなずきながら、仲真もそう言った。


「『バランスをとる』、これが複数の女性とお付き合いする上では一番大切なことだと僕は思っているし、相賀あいがくんにもそう伝えたはずだが、きみはそこはきちんと押さえているなと思った。


いまのところどの女性ともハグまではしても、それ以上にはまだ踏み込んでいないあたりに、それを感じるよ。デートも平等な扱いだしな。


女性のうちの誰かひとりを立てようとして、別の女性を後回しにしてしまっては、このモテ状態は終わりになってしまう。きみはそうならないように、極力気を配っている。そうだよな?」


先輩の言葉に、僕は無言でうなずいた。


「もちろん、きみがすでにひとりの子を格別に気に入っていて、その子だけでいい、ほかの子はいらない、という判断に至っているのなら、それはそれで全然構わないぜ。


ハーレム路線からあっさり純愛路線に切り替える。それもきみの自由だ。


けど、そういうことを別に望んでいるわけじゃないんだろ、きみは?」


「その通りです」


僕はしっかりとした口調で、その言葉を肯定した。


「ならば、当分はこのやり方、どの子も立てながら、かつどの子も選ばない、というやり方を続ければいいんだと思う。


とはいえ、だ」


先輩は、そこでひと息おいた。そして僕の目をじっと見た。


「清河さんの出現は、ちょっとというか、かなりのイレギュラーだったよな。


彼女の扱いをどうするべきか、今回、きみは相談したくてここに来たんだろ?」


実に鋭い視線、そして鋭い指摘だった。


僕は軽くため息をついた。


「はい、おっしゃる通りです」


僕は、まるで僕の心を見透かすような切れ長の目を見つめ返して、そう答えた。


「そうなんだよ。彼女は一昨日突然、きみの前に出現するまでは、きみ自身まるで意識することのない「伏兵ふくへい』だったと言える。


仲真くんだって、彼女はまったくノーマークだったろ?」


「もちろんです。だって僕、顔すらろくに知りませんからね、清河さんって」


仲真は大きく首を縦に振った。


「このコミュ力のかたまりのような仲真くんでさえ知らなかった清河さんは、いわばステルス爆撃機だな。


ふたりの子については、仲真くんの協力もあってかなり情報がつかめているから、対応策も立てやすいと言えるが、清河さんはまだまだ謎が多い。


相賀くんへの好意も、おそらく本物なのだろうと思う一方、いつから、そしてどういう理由できみのことを好きになったのかは、まるで分からない。


ちょっと意地の悪い仮説を立ててしまうなら、彼女は『ひとのものを横取りすることで、快感を得るタイプの女性』なのかもしれない。


他の女性からもぎ取ってその男を落としたら、後は興味がいっぺんに冷めてしまう、そんな『男たらし』でないという保証はないんだぜ」


「ええっ……さすがに彼女みたいなお堅い子で、その可能性はないと思うんですが……」


「ハハァッ、きみは実に幸せな人生を送ってきているんだねぇ。


いや、それは悪いことじゃないよ。人生、イヤな目にあわないに越したことはないし、ひとに疑いを持つよりは持たないほうがいい」


先輩は乾いた笑い声を上げて、そう言った。


「でも、僕は実際、過去に少しばかり痛い経験を味わっているのでね。


清河さんのような話を聞くと、自分のケースに引き当てて、彼女が一種のトラップのように思えてしまうのさ」


そう言って、先輩は遠い目をしたのだった。


先輩って恋愛経験豊富なだけに、僕の知らないトラウマをいくつも抱えているみたいだな。


こちらはマジに好きで付き合っていたら、相手にいいように遊ばれていただけだったとか。


けっこう気にはなるが、あまりそこに踏み込んだ話はしないほうが良さそうだ。クワバラ、クワバラ。


僕が微妙な表情をして黙っているのを見て、先輩は頭を掻きながらおどけた調子で言った。


「いやー、ごめんごめん。つい、余計な憶測をしてしまって。


今の発言は忘れてくれ。


ともあれだ、清河さんについては、きみの彼女として加えるかどうかは、彼女自身も『急ぎません』と言っていることだし、すぐに返事をする必要はないな。


つまり、当分放置でも構わないってことだ。


その攻撃的なキャラクターから考えるに、そのうち清河さん自身が再びアクションを起こしてくるだろうが、それも含めて彼女をよく観察し、吟味することだ。


もし、清河さんがマジできみのことを好きなのなら彼女に加えてもいいが、ただただきみの周辺をかき回してしまうだけの迷惑キャラ、あるいは妙に独占欲を発揮して他の子との付き合いを妨害してくるわがままキャラなら、バッサリ切ったほうがいい。


大切なのはやはり、ひとを見る目、なのさ」


「分かりました。


たしかに、国貞や屋敷と違って、清河の気持ちにはまだ不透明なものを感じますので、しばらくは彼女のことをリサーチしてみます。


仲真も、僕に協力してくれるかい?」


僕は、朋友の方を向いて尋ねた。


「ああ、もちろんさ。ホッシー本人が目立った動きをしてしまうと、国貞さんや屋敷ネコも快くは思わないだろうから、ここは僕の強力な情報網を活用してくれよ」


「ありがとう。そう言ってもらえると、百人力ひゃくにんりきだぜ」


僕の感謝の言葉に、仲真は音がしそうなぐらい大げさなウインクで返してきた。


「じゃあ、これで今後の針路はおおよそ決まったという感じかな。


何かほかに、聞いておきたいことはあるかい?」


先輩の発言に、僕はしばらく考えてから、こう答えた。


「ほんの3日で、僕と国貞、屋敷との関係はここまで進展してしまっています。


そして、彼女たちそれぞれがライバルを強く意識して、勝ちを急ごうとしています。


となると遠からぬ将来、ふたりのどちらか、いや下手すると両方から、その上の﹅﹅﹅﹅ステージへの移行を求められる可能性が高いのですが……。


僕が望んでいなくても、向こうから強行突破をしかけてくるかもしれないのです。 


これまでは、向こうから求めるものは可能な限り差し出す、というやり方も出来ましたが、さすがにこれ以上は別次元です。


果たして僕は、それにそのまま応えていいものなのでしょうか?」


僕がそう問い尋ねるときの表情が、思いのほかシリアスなものだったのかもしれない。


先輩も仲真も一様に返す言葉を失い、しばらく僕を見つめていたのだった。(続く)

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