第35話 酔い醒めの狙撃手(スナイパー)

渋谷のカラオケボックスで国貞くにさだ淑子としこ屋敷やしき美禰子みねこ清河きよかわ澄美すみの3人はそれぞれ得意のナンバーを披露、その思い切ったパフォーマンスで僕をドッキリとさせた。


いよいよ本格バトル開始!?と思った矢先、お店の手違いにより、清河はウーロンハイを一気飲みしてしまう事態に。


このカラオケデート、果たして無事に終わるのか?


「おい、大丈夫か、清河さん」


僕が顔を紅潮させた清河に尋ねると、彼女はトローンとした目つきで答えた。


「たいちょうぷれすよ、あいがくふぅん❤️」


「いや、全然大丈夫じゃないだろ、そんなしゃべりかたじゃ」


一方、スタッフさんは僕たちに平身低頭、謝りまくる。


「未成年のお客様に対してこのような不手際、まことに申し訳ございません。


まずは、このウーロン茶をお飲みください。


後ほど、店長からもお詫びの品と共にうかがわせていただきますので、ひらに、ひらにお許しを!」


「まぁまぁ、ミスは誰にもあることですから。


ろくに味も確かめずに一気飲みしてしまった彼女も、けっこううかつでしたし」


僕はそう言って、スタッフさんをフォローした。


彼は深く頭を下げて、部屋を下がっていった。



僕はスタッフさんの持ってきたウーロン茶を、清河に勧めた。


「清河さん、かなり酔いが回ってるみたいだから、しばらくラクな姿勢をとって休んでいるといいよ。


なんなら、寝ててもいいから」


僕がそう言うと、清河は頬をプーッと膨らませた。


「えー、そんなのイヤれすぅ。わらしが寝てしまうと、国貞しゃんや屋敷しゃんが好き勝手やるに決まってますぅ。


意地でもバロルは続行しますぅ」


あきらに、呂律ろれつが回っていない。だが、あくまでも、他のふたりへの戦意は捨てない清河だった。


そうして、さっそくカラオケのリモコンを手に取り、まるでメール打ち並みの猛スピードで操作、次の一曲を入れてしまった。


ディスプレイに映し出されたタイトルは「狙撃手スナイパー」。


こんな曲、あったっけ?


「おん年69歳の元祖セクシーハーフタレント、川上かわかみマリアさん、1973年の大ヒットよ、保志雄ほしお


左隣りの国貞が説明してくれる。


なんでそんな古いことよく知ってるんだお前、さっきのキャサリン・マクリーンの曲といい。


「フーレ フーレ フレフレで」


妙ちくりんなフレーズを唱えながら、身をくねらせ、腰を振りながら歌う清河。


動くにつれて、オフショルダーのリブトップスから肩がむき出しになって来た。


身体はスレンダーなのに、不思議とセクシーだ。


「すべてのおろこわらしのもの」


その回らない呂律のせいで、かえって歌が色っぽく聞こえる。


「これっておろこは 絶対逃のがさない


百発百中 わらしは狙撃手《スナイパー)」


キメの詞を唄いながら、そのひたすら熱っぽい眼差しを僕に直射する清河。これはヤバい。


隣りのふたりの女子は、ともにギリギリと歯噛みして清河を睨んでいる。怖っ。


曲が終わると、清河は高らかにこう言った。


「あー、完全燃焼レンショウしたわ。わが人生リンセイに一片の悔いなし!!」


どこかで聞いたようなセリフを吐いて、彼女は僕たち3人の方によろよろと歩み寄ってきた。そして僕の目の前に立った。


拍手することも忘れていた僕はハッと我に返り、こう清河に言った。


「いやー、凄かったよ、今の曲。


でも、そんな激しく歌って本当に身体、大丈夫?」


するといきなり清河は、僕の目前でガクッと膝をつき、崩れ落ちた。


その手を僕の腰に回し、顔を僕の股間に擦り寄せるというとんでもない姿勢で。


「た、たいちょうぷく、ない……」


そう力なくつぶやいた後、目を閉じ、静かな寝息を立て始めた。


「わーっ、今の曲で酔いが完全に回ってつぶれちまった!


だから休んでって言ったのに……」


そのまま、清河は深い眠りへと落ちてしまったのである。


このとばっちりを食らったのは、僕に寄り添っていたふたりの女子だった。


僕の腿にかけていた足も、彼女が僕に飛びついた勢いで見事、はじき飛ばされてしまったのだから。


おかんむりとなったふたりは、口々に言う。


「不慮の事故とはいえ、清河さんにも困ったものね。


こんな状態じゃ、カラオケを続けようがないじゃない。テンションもダダ下がりだし」と国貞。


「キヨスミも、ウーロンハイ一杯くらいで人事不省にならないで欲しいもんだわ。お酒、弱すぎない?


わたし、このまま彼女が意識を取り戻すまで待ち続けるなんて、ゴメンだよ」と屋敷。


それを聞いた僕は、ふたりをさとすようにこう言った。


「淑子に美禰子、ふたりとも腹にすえかねる気持ちはよく分かるけどさ、少しは清河さんの身体の心配もしてやれよ。


それに、悪いのは彼女じゃない。スタッフさんが間違えて運んできた、お酒だ。


とりあえず僕は、彼女が目を覚ますまではこの状態で待つよ。仲間がこんなトラブルに巻き込まれてしまったのに、見捨てて帰るわけにはいかないからな。


もっともきみたちがどうしても待てない、帰りたいというのなら、引き留めはしないけど」


その言葉を聞いてふたりはしばらく沈黙していたが、国貞がまず口を開いた。 


「分かったわ。ごめんなさい。わたし、自分勝手だったわ。


清河さんも仲間だったわね。彼女が正気を取り戻すまで待つわ」


続いて、屋敷もこう言った。


「ホッシーの言うことが正しいと思う。わたしも残るわ。


せっかく滅多に来ないカラオケに来たんだから、もう少し唄っていかないと。キヨスミにはしばらくお休みしてもらいましょ」


ということで、僕たちのカラオケ合戦は、残る3人で再開となった。


再開に当たって、さすがに今のエッチな体勢のままではいろいろとアレなので(そのうちに店長も来るだろうし)、3人ががりで清河を彼女が座っていた席まで動かして、寝かしつけた。そして僕の着ていたパーカを、その身体にかけてやった。


その後は1時間あまり、3人で代わりばんこにカラオケを唄い続けた。


とはいうものの、最初の30分足らずの異常に高いテンションには、戻ることはなかった。


国貞も屋敷も、清河の目が届かなくなったからやりたい放題モードになったかというとむしろ逆で、一種の罪悪感からか、あるいは強力なライバルを突然失って緊張感を欠いてしまったためか、しっかりと自己規制して慎み深く行動するようになっていた。人間って皮肉なものだ。


僕の左右に女子ふたりが座るスタイルこそ変わらないものの、僕の腿に足をかけることもなく、その密着度はいつもより大幅にマイナスだった。そしてその体勢のまま、立ち上がることなく、めいめいが歌った。


深く眠り続ける清河を横目に、僕たちはいまイチ盛り上がらない祭りを続けたのだった。


      ⌘ ⌘ ⌘


眠り姫がようやく目を覚ましたのは、退室予定時間のぎりぎり5分前だった。その少し前には、店長が五千円分のカラオケ利用券を持って謝りに来た。僕たちはそれを快く受け取ったのは言うまでもない。


清河は、僕が電グルの「シャングリラ」を歌っている最中に、うっすらと目を開けた。そして、身を起こした。


「なんでわたし、寝てたの? いったい何が起こったのかしら?」


彼女のきょとんとした表情は、そう語っているように見えた。


僕たちはようやく安心して、祭りの終わりをむかえたのだった。


「清河さん、立てるかい?」


僕にそう尋ねられて立ち上がってはみたものの、清河はまだ意識がボーッとしているようで、いかにも心ない感じの立ち方だった。


「きみらふたりには悪いけど、きょう僕は清河さんを送って行くよ。この埋め合わせはまた後日、ということでいいかな」


僕が国貞と屋敷にそう伝えると、ふたりともさすがに「それはイヤ」とか「ダメ」などと返すことはなかった。


このまま清河をひとりで帰したのではまた別の事故に遭いかねない、そう彼女たちにも感じられたのだろう。


「すみません。相賀あいがくんをお借りします」


清河はそう言って、国貞と屋敷に頭を下げた。


渋谷駅前で国貞たちとは別れ、僕と清河は彼女の住む方向、田園都市線に乗り込んだ。


「ごめんね相賀くん、わたしのせいでいろいろ迷惑かけちゃって」


電車の中で、清河は僕を見上げながら謝ってきた。


「気にしないで。別に清河さんが悪いわけじゃないんだから」


「ありがとう。そう言ってくれると、気が楽になるわ。


やっぱりわたし、初めてのカラオケでテンションがおかしくなっていたのかもね」


「そうだな。ちょっとビビったよ、あの怒濤の勢いには」


思わず、ふたり同時に笑いが湧き起こった。


「そう言えば清河さん、マルキューのブティックで着替えた格好のまんまだけど、このままおうちに帰っても大丈夫なの?」


僕は彼女の代わりに持っていた大きな紙袋を掲げて、そう尋ねた。その中には、彼女の制服一式とローファーが入っている。


「そうだったわね。うーん、どうしよう。


わたしはきょうから、両親の考え方すべてに合わせるのはやめようと考えたんだけど、だからといっていきなりこのギャルスタイルで帰ったら波乱を呼ぶこと必至ね。間違いなく、家族会議招集よ。


とりあえずもとの格好に着替えてから、帰宅することにするわ。革命を起こすには、ちょっと時期尚早。当分は準備期間とするわ」


清河はそう言って、にっこり微笑んだ。ようやく、いつもの彼女に戻ったようだった。


彼女が降りる桜新町さくらしんまち駅まで、あとひと駅になった。


「もうちゃんと歩けると思うから、駅からはついてきてくれなくて大丈夫よ。


でも、駅に一緒に降りて、ちょっとだけ待っててくれないかしら?」


僕は黙ってうなずき、一緒に桜新町駅に降りた。


清河は構内にある洗面所に入った。


4、5分後、彼女はもとの制服姿で再び現われた。メイクもしっかり落とした素顔で。


そして、僕にギャル服とパンプスの入った紙袋を見せて、こう言った。


「これ、わたしがギャルスタイルを堂々と着られる日まで、預かっていてくれませんか?


今のわたしにはこの格好は、まだまだ借り物なんだと思うの。コスプレみたいなもの、かな?


そうじゃなくて、ちゃんと自分自身のスタイルだと胸を張って言えるようになったら、相賀くんから返してもらうということでいいかしら」


とてもふだんの強気な風紀委員姿からは想像もつかない、いたって柔らかい物腰でお願いをされてしまった。


こうなると、断れないんだよなぁ、僕という人間は。


「う、うん、いいよ。そのくらいの頼みなら。


僕が預かっておくよ」


「ありがとう、わたし、うれしい!!」


そう言って、清河はいきなり僕に抱きついてきた。甘い匂いが鼻腔をくすぐって来る。


そして、僕を強くハグしながらこうささやいた。


「ねぇ、わたしも相賀くんの3番目の彼女になってもいいかしら?」


思いがけない提案、いや実質的には告白だった。


僕はそれに返す言葉もなく、あんぐりと口を開けたままだった。


その様子を見て、清河はこう言った。


「いえ、いますぐに返事してってことじゃないの。


答えはゆっくりでいいから」


それから彼女は僕からすっと離れて、「じゃあまた来週、学校でね!」と言いながら、改札へ向かって足早に去って行った。


清河澄美からのストレートな求愛行動にひとことも答えられず、僕は大きな紙袋を持ったまま、呆然と駅のホームに立ち尽くすのだった。(続く)



(お断り)川上マリアは架空のアーティスト名です。また、「狙撃手スナイパー」という曲名も架空のものです。ご了承ください。

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