第31話 ギャルと菜食主義

国貞くにさだ淑子としこ屋敷やしき美禰子みねこ清河きよかわ澄美すみの3人とのデートの第1ラウンド、渋谷マルキューでのショッピングは、国貞・屋敷が清河をもてあそぶ「着せ替えイベント」の様相を呈してきた。


だが清河はふたりの推奨スタイルではなく、自分の好みの服を着てみたいと言い出した。


彼女が選んだブランドはなんと、ギャル系ファッション最後の牙城「ワンダー・ガール」!


清河は制服姿で、勇猛果敢に魔界てんないへと踏み込んだ。


ド派手メークにウェービーな茶髪、そして超ミニスカと、いかにもいかにもな外見のカリスマスタッフのおねーさんが、目を丸くしながら僕たち珍客の一団を迎えてくれた。


「わたし、自分のイメージを一変したいんです。


頭のてっぺんからつま先まで」


清河がそう言うと、おねーさんはニヤッと笑って「かしこまりました。当店イチ推しのコーデを揃えましょう」と言い、さっそく各種アイテムを見つくろい始めた。


「トップスはオフショルダー、つまり大胆に肩を出したニット素材のリブトップスがいいですね。当店でもいま一番人気です。


成人女性向けにアーシーなカラーのものもありますが、お客さまは高校生のようですから、もう少し若々しいイメージのパステルカラーがお似合いかと思います。レモンイエローとかいかがでしょうか」


「それ、いいですね。ピンクとか甘めな感じのはちょっと苦手なので」


清河も、なんか乗り気だ。


スタッフさん、さすがにチューブトップとかは勧めてこなかったのは、ギャルファッション未体験の清河にはヘソ出しスタイルは抵抗があるだろうと踏んでのことだろうか。


「このリブトップスは、袖がうんと長くて手が隠れるのがチャームポイントです。萌えキャラっぽくって、いいでしょ?」


たしかに着たらほとんど手が見えなくなるぐらいの長袖だ。それにしてもファッションブティックで「萌えキャラ」なんてオタク用語を聞くとは思わなかったよ。急にスタッフさんに親しみが湧いてきた。


「このトップスには、ボトムスにレザーのタイトスカートを合わせることが多いですが、かなりのミニなので初めてのお客さまには、ちょっと抵抗があるかもしれません」


その言葉に、清河は無言でうなずいた。やはり超ミニには抵抗があると見える。


「そこでお客さまには、お色気より若さで勝負ということでデニムのショートパンツをおすすめいたします。


それもウォッシュやダメージなどの加工は控えめですので、わりあい上品なイメージのパンツです。


そして、リブトップスの裾は、パンツの中に入れます。


シンプルですが、一分のすきもないコーデの完成です。


よくあるJKスタイルとはひと味違った、今風にシックなギャルですね」


「これで上下は揃いましたけど、あと靴はどうしたらいいですか?


今わたしが履いている黒のローファーじゃ、さすがに合わないでしょうし……」


「そうですね。シューズは、これまでのギャルスタイルですと定番のロングブーツでしょうけど、パンプスでも意外とイケますよ。予算的にも、そちらがリーズナブルですね」


「わたしはどちらも履いたことはないんですが、パンプスの方がいい、かな?」


「分かりました。シューズの方も、さっそく選んで参ります」


清河の足のサイズを聞いて、スタッフさんはお店の奥から靴の入った箱を出して来た。


「ではこちらへどうぞ」


清河はスタッフさんに誘われて、試着室の中へと消えた。


意外や国貞と屋敷はそれに「ヒャッハー」と続くことなく、おとなしく外で着替えが終わるのを待つことにしたのだった。


要するに、予想だにしなかった展開に、完全に毒気を抜かれてしまったのだ。


「清河さん、とんでもない変身願望があったのね。これには参ったわ。脱帽だわ」


「わたしも。これは想像の斜め上を行く展開だね。


わたしたちが出来ない、絶対しようとはしないことを平気でやろうとしてる。うーむ、キヨスミ恐るべし」


みょうに感心しているふたりだった。


国貞と屋敷は、たしかにこれまでにいくつか大胆な行動をとることはあった。国貞の突然のハグとか、屋敷の湯女ゆなプレイとか。


だがそれも、ある一定のハードルを超えるものではかったような気がする。必ず、あるところで我に返って、自分にブレーキをかけていたとも言える。


だが、清河には自分で自分のリミッターを完全に外しかねない「あやうさ」があるような印象を受ける。


ふだん、国貞や屋敷以上に自分を抑圧しているぶん、それが解除されたときの反動がハンパないのかもしれない。



やや時間の経過があって、試着室のカーテンが開く。


ギャル姿の清河が、そこに立っていた。


僕と国貞、屋敷の視線が一斉にそちらに向く。


全員に注目されて、さすがに顔をパッと赤らめる清河。


両手で顔を押さえながらも「ど、どうかな?」と僕たちに尋ねてきた。


ギャル清河の立ち姿は、なかなかの破壊力だった。


ふだんは校則を守って紺のハイソックスを履いている清河のあしは、それを脱ぎ捨てて上から下まで完全なナマ脚。


これがすっと見事な流線形を描く予想以上の美脚で、それだけでも眼福だった。


そして、オフショルでむき出しになった肩の線が、まぶしいことこの上ない。


さらによく見ると、スタッフさんが気を利かせてやってくれたのだろうな、先ほどまではすっぴんだった彼女の顔にはやや控えめながらもメークが施されている。これもなかなかいい感じだ。


僕が思わず無言で見とれていると、両隣りの女たちからいきなり小突かれた。


あわてて僕は「うん、ベリグッドだよ、清河さん」と言って、指でOKサインを作って見せた。


「ありがとう、相賀あいがくん。


思い切ってチャレンジした甲斐があったわ」


そう言って、清河はにっこり微笑んだのだった。ご機嫌の様子だ。


隣りの女どもは、何も言おうとしない。


どうやら彼女に水を開けられて、いたくくやしがっているようだ。


「ところで、わたしは髪がショートなんですが、このままでもいいんでしょうか?


エクステとか、着けたほうがいいかしら?」


少し気になったようで、清河がスタッフさんに尋ねた。


「特に必要ないでしょう、お客さまの場合は。


小顔できれいな顔立ちでいらっしゃるので、ロングヘアの力に頼らなくても、十分に素敵です。


もちろん、これから伸ばされても結構ですが、その場合もショートボブやセミショートで十分でしょうね」


スタッフさん、営業トークではあるのだろうけど、清河をベタぼめなのだった。これもまた、清河のテンションを上げ、後のふたりを押し黙らせる結果となった。


「このコーデ、このまま着ていかれますか、お客さま?」


会計をする前にスタッフさんにそう聞かれて、清河は「はい、もちろん」とうなずいた。


そしてスタッフさんに大きな紙袋をもらって、これまで着ていた制服と靴一式をその中にしまったのだった。


これにて、清河の買い物は終了。


あとは国貞、そして屋敷の買い物になるはず、だったが……。


今のふたりのテンションは、傍目はためで見てもえらく低く、何か買いたいという意欲が感じられなかった。


最初にショッピングに行きたいと言い出した本人、屋敷でさえ「きょうのマルキューは、特に買いたい服が見つかんないな」と言い出す始末だった。


実際、どんな服装に着替えたとしても、肩と脚をむき出しにした清河の無敵なギャル姿には、それこそチューブトップとミニスカでもなければ、勝てそうにない。


日頃の保守的な服装を見るに、人前で肌をむき出しにすることに抵抗があるに違いない彼女たちとしては、清河に完敗だ。


僕にはそんな国貞や屋敷の気持ち、というか敗北感が手に取るように分かった。


『こりゃ完全に、清河の勢いに呑まれているな』と判断した僕は、「分かった。ショッピングはこの辺でおしまいということにしよう。時間もそろそろお昼だから、食事に行こうじゃないか」と言ってみた。


この提案には、3人とも諸手もろてを挙げて賛成したのだった。


「では、なにが食べたいかな? 提案してみて」


僕がそう言うと、国貞はこう答えた。


「わたしはさっきも言ったけど、外食でないと食べられないような、凝った料理がいいわ。いつも食べている家庭料理とは対極にあるような。


もっとも、屋敷さんは毎日料亭のような豪勢なご馳走をお食べになっているようだから、あなたには『いつもレベル』かもしれないけど」


ん、国貞はなんでそんなこと、知っているんだ? 屋敷家に行ったわけでもないだろうに。国貞の情報収集能力、ハンパないな。ひょっとして、うちの毎日の献立も知ってる?


これには屋敷が、口をとがらせるようにして反論した。


「クニクニ、それは言い過ぎというものだよ。たしかにうちには料理人がいるけど、ハイカロリーな美食はどちらかといえばお肌の美容によくないというから、カロリーの高い食材は控えめにしてもらってる。


まぁきょうは久しぶりに、食べたいものを食べたいって気分だな。


血のしたたるようなステーキとか」


国貞が目を輝かせるようにして、その提案にうなずいた。


「お肉ね。それ、いいわね。


清河さんはどう?」


「わたしも、肉には心かれるものがあるわ。


実はわたし、両親の方針でベジタリアンな食生活を送っているの。物心ついたときから、肉らしい肉を一切口にしたことがないの」


このカミングアウトには、あとの3人はさすがに驚きを隠せず、口をポカーンと開けてしまった。


いることは知っていたが、こんな身近に菜食主義者がいたとは。


「それって清河さん、宗教上の理由からってこと?」


国貞が尋ねると、清河は手を振ってこう答えた。


「違う違う、むしろ動物愛護が理由ね。


うちの両親、ボランティアで動物愛護団体の理事も務めているの。だから、わたしも子供の頃から、動物の肉が食卓に上ったことがないわ」


「それはまた、いろいろと大変そうだな。外食に行った時とか、修学旅行の時とか」


「その通りよ。外食では適当なお店がなかなか見つからなくていつも苦労しているし、修学旅行の時はしかたなくて家の決まりを破ったけど。別に悪いことしているわけじゃないのに、罪悪感があったわ。


それでも、わたし個人としては菜食主義を遵守するつもりはないから、全然ノープロブレムよ。いつまでも、親の主義に合わせていられるないわ」


「ふーん、そうなんだ」「いいんじゃない、それで」


女子ふたりは清河の話を聞いて、口々に同感の声をあげていた。


屋敷が、僕の方を向いて尋ねた。


「ホッシー、あなたも肉で異存はないよね?」


「あ、あぁ、もちろん」


そう言うことで、僕たち4人の昼食は満場一致で肉を食べることが決定したのだった。(続く)

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