第30話 着せ替え人形の反乱
呉越どころかライバル三国同舟状態という前代未聞のデートを、僕は果たして無事乗り切ることが出来るのか?
舞台は4人が再度集合することになった、渋谷109前に移る。
約束の午前11時少し前、僕がマルキューの正面入り口でスマホを見ながら時間をつぶしていると、まずは屋敷、次いで国貞が姿を現した。
ともに、先ほどの私服姿は変わっていない。
最後に定刻ギリギリ、清河が姿を現わした。
現わした、のだが……。
なんと彼女はカジュアルに着替えることなく、先ほどの制服姿のままだった。
さすがに手ぶらではなく、地味な色の小さなポシェットを肩から下げてはいたが。
僕が清河になんと声をかけたものか困惑していると、一番最初にゴスロリ黒ワンピ姿の屋敷が彼女に向かってこう言った。
「キヨスミ、あんたどうして制服のままなのよ。
これから天下のマルキューでショッピングだというのに、そんな格好で来て恥ずかしくないの?」
わぁ、ストレートに指摘しちゃったよ、屋敷。
おまけに、さっそく「キヨスミ」なんて馴れ馴れしいあだ名呼びをしてるし。まぁ、国貞が陰口で言っていた「キモカワ」よりは100倍マシか。
清河は屋敷のツッコミにまったく反撃できず、顔を赤らめてモジモジしている。
その様子を見て、国貞がこう言った。
「まあまあ、屋敷さん。清河さんにもいろいろとご事情があるのかもしれないから、責めちゃダメよ。
でもね清河さん、TPOを考えたらさすがにその服装はアウトね。
そうね、ちょっとした出費になっちゃうけど、いい機会だからここマルキューで新しい服を買って、そのまま着替えるといいわ。手持ちが足りなかったら、私たちが貸しても構わないから」
すげー仕切りだ。残りのふたりに同意を求めるでもなく、ガンガン話を進めている。勝気な国貞らしいと言えば、らしいのだが。
それを聞いた屋敷は、こう続けた。
「それがいい。せっかく渋谷に来たのだから、記念にお洒落な服、買っちゃいなよ。
なんなら、わたしたちがあなたの服、見立てても構わないから。
それでいこっ、ね、ホッシー」
屋敷も国貞に負けじと、グイグイと事を進めている。
僕もその勢いに押されて、屋敷に同意する。
「あ、あぁ、そうだな、美禰子。
清河さん、これからの時間、それにふさわしいスタイルをしたほうがより楽しめると思うよ。
僕も、カジュアルな服の清河さんが見てみたいな」
清河もそれを聞いて、頬を心なしか染めながらうなずいて答えた。
「分かったわ。
結局、僕のひとことが決め手となったようで、清河は国貞たちの意見にしたがってくれた。
4人はさっそくマルキューの館内に入り、清河に合うブランドは何か、探索を開始した。
「清河さんは髪がショートだから、大人っぽいスタイルが似合うんじゃないかしら」
「そうかな、キヨスミは小柄でスリムだから、甘ロリなんかも十分イケると思うけど」
本人そっちのけで
僕がその間に入り、仲裁役を務めざるを得なくなる。
「まぁまぁ、おふたりさん。着てみないことには、本当はどちらが似合うか分からないじゃないか。
両方試着してみて、最終的には清河さん本人が判断すればいいんだよ」
「それもそうね」「だね」と国貞たちの意見が揃い、一軒ずつあたってみることが決まった。
まずは、少し大人びた雰囲気のある、リゾートカジュアルのブランド「コート・ダジュール」からだ。
女性は三者三様のバラバラなファッション、おまけにひとりは学校の制服姿というカオスな集団の登場に、ショップのスタッフさんの目は点になった。
スタッフさんがあれこれ勧めるよりも先に、国貞と屋敷がこれとこれのコーデがいいわとアイテムを電光石火で選び、清河の手を引いてあっという間に試着室の中へ消えていった。
狭い試着室の中に女性3人。男性の僕はしかたなく、その外で着替えが済むのを待つことになる。
いやでも中の声が聞こえて来る。もう国貞と屋敷のはしゃぐこと、はしゃぐこと。とんでもないハイ・テンションだ。
聞き耳を立てているとかなり強引に清河を脱がせている感じだな。戸惑う清河のなまめかしい声が聞こえて来る。「あっ、待ってください」とか「あぁん」とか。
もしかして国貞と屋敷って、「隠れ百合」なんじゃないの?
そう思わざるを得ない僕だった。
しばらく経つと、試着室のカーテンが開いた。
そこには、パステルカラーのブラウスとスリットの入った白いスカート姿の清河が、ドヤ顔の国貞と屋敷と共に立っていた。
そのショートカットともあいまって、往年の銀幕スター、オードリー・ヘップバーンが現代に降り立ったかのようだった。
制服の清河のイメージしか知らない僕には、とても新鮮に感じられた。
「清河さん、なかなかいい感じだよ。まるで女優さんのようだ」
僕がそう言うと、清河は顔を紅潮させてこう言った。
「そ、そうかしら。なんか、わたしじゃないみたい……」
再び彼女たちは試着室に引っ込み、元の服装に着替えた。
お店のスタッフさんには「他の店も回ってみて、ここが一番よかったらまた買いに来ます」と伝えて、お店を後にした。
スタッフさんの「本当にここに戻って来てくれるのだろうか?」という不安に満ちた、心もとない表情が僕の目には焼きついたのだった。
続いて、僕たちは屋敷ご推奨の甘ロリブランド「アリス・イン・ネバーランド」のお店に入った。
ここでも僕たち4人組は、スタッフさんから好奇の目で見られたことは言うまでもない。
おまけに店内はほぼ異世界。ピンクと赤と白、フリルとリボンがオンパレードだ。ごくごく普通の格好をしている僕などは、居づらいったらありゃしない。
だが、そんなことなどまるで意に介さない国貞と屋敷は、アイテムの選択に余念がない。
ヘッドドレスを手に取りながら、屋敷が言う。
「わたし、ここみたいな甘ロリ系も好きなんだけど、わたしってわりと大柄だからまるで似合わないんだよね。白って膨張色だから。
小柄なキヨスミだったら似合いそうだから、わたしの代わりにぜひ着て欲しいよ」
もう、完全に「着せ替え人形」扱いだな、清河は。
コーデがひととおり決まると、3人はまた試着室へ入っていった。
僕はもちろん、その外で「待ち」である。
ここでも国貞と屋敷は、大はしゃぎ。「尊いわぁ」「
10分あまりが経過、ようやく試着室のカーテンが開く。
清河がまとっていたのは、いかにも甘ロリの見本のようなフリフリのピンクロングドレス。頭には同系色のヘッドドレスを
正直言うと、僕は内心こう思っていた。
『ショートカットの清河にロリータファッション?
ちょっと似合わないんじゃないの』
しかし、清河の甘ロリ姿を目の当たりにすると、その考えが誤りだったと認めざるを得なくなった。
屋敷のアイデアによりあしらわれたヘッドドレスが見事に彼女のショートカットをカバーして、ロリータらしさを醸し出していた。
本来ならばうちの妹、
僕はただただ見とれていて、言葉を発することが出来なかった。清河がおずおずと感想を求めて来るまでは。
「どう、かな? 相賀くん」
僕はふと、我に返った。いかんいかん、意識が異次元に飛んでた。
「いやぁ、こちらもいいねぇ。本当に甲乙つけられないくらい、いいよ。
どちらかを取るかは、清河さん自身の判断にまかせるよ」
そう言うと清河はしばらく沈黙して考え込んでいたが、口を開いてこう言った。
「今までのとは別にわたし自身、もうひとつ試してみたいブランドがあるんです。
最後はそこに行ってみてもいいですか?」
清河は上目遣いで、僕に了解を求めてきた。
「もちろん、構わないよ。きみが買うんだから、着たいものを着る、それでいいに決まってるさ」
僕がそう言うと、清河は曇らせていた表情をパッと明るくして叫んだ。
「ありがとう。じゃあ皆さん、もう一軒、付き合ってね」
国貞と屋敷は、どうやら自分たちのプレゼンがうまく通らなかったことを悟ってどこか不満気な感じだったが、僕の言葉にしたがって口々に「分かったわ」「オッケー」と言って清河の発言を了解した。
いったい、どんなスタイルをやってみたいのだろう、清河は。
僕は勝手に「彼女のことだからたぶん、これまでのよりはかなりコンサバなブランドを選ぶんじゃないか」と思っていたのだが……。
清河の案内で連れて行かれたのは、地下1階にある「ワンダー・ガール」だった。
そこにはマイクロミニだのショートパンツだのチューブトップだのと、いかにもいかにもな「ギャル系ファッション」がところ狭しと咲き乱れていた。
ギャルブランドの凋落は僕たち高校生の中でも以前から話題にのぼっていたがが、その絶滅寸前のギャル系ファッションの「最後の
これには僕はもとより、国貞や屋敷もあっけにとられるしかなかった。
清河がギャルファッションを着る? 驚天動地とはまさにこのことだった。(続く)
(お断り)作品内に登場する渋谷109内の店舗名は、すべて架空のものです。ご了承ください。
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