第29話 デートは4人で

土曜日の朝、国貞くにさだ淑子としこ、ついで屋敷やしき美禰子みねこが僕の家の近所まで押しかけて来た。ふたりの全面戦争をすんでのところを食い止めた僕は、近くの池ノ上いけのうえ公園で彼女たちを相手に即席デートをする羽目になった。


一難去ればまた一難、例によって密着状態となっていた3人の前に立ちはだかったのは、堅物風紀委員の清河きよかわ澄美すみだった。


「たとえ休日、学校を離れた場所であっても高校生としての節度ある行動をとるのが、わたしたち生徒の務めでしょ。


公衆の面前で、しかも3人でイチャコラ密着するとか、ふしだら極まりないわ。恥を知りなさい!」


清河は眉を吊り上げて、マジで怒っていた。


「清河さん、こ、これにはいろいろわけがあって……」


僕が言い淀んでいると、左隣りの国貞がやおら立ち上がって、こう言った。きっぱりと。


「清河さん。あなたこそ、どうやってこの場所を突き止めたのよ。説明してもらえるかしら。


たしかにわたしと屋敷さんは、保志雄ほしおの住所や電話番号を入手し、休日の彼にコンタクトを試みた。そのことは否定しないわ。


けど、あなただって同じことをしないと、この場所にたどり着けなかったのではなくって?


いえ、わたしたちは保志雄と同じクラスだから、彼の住所をたまたま見てしまっただけなのに比べると、あなたは明らかに風紀委員の職権を乱用してやっているでしょ。だとしたら、もっとタチがわるいわ」


うわっ、清河をあおりまくってるよ、この人。しかも、僕のことも保志雄呼ばわりだし。やり過ぎてない?


清河の方を見やると、顔面蒼白だ。明らかに動揺している。


「そ、そんなことはないわよ。


わたしは生徒の暴走行為を未然に防止するために、教務課の生徒連絡係の先生にかけあって相賀あいがくんの住所を入手していたのは事実だけど、きょうはたまたまちょっと散歩をしていて、たまたまこの公園に立ち寄った、それだけのことよ。まったくの偶然だわ」


「しっかりホッシーの住所、手に入れてるじゃない、清河」


屋敷が鋭いツッコミを入れた。グッジョブ!


それに「語るに落ちる」ってヤツで、清河は僕の名前をしっかり覚えていることまで分かっちまった。


国貞がさらに追い討ちをかけた。


「たまたまというのも、実に怪しいものだわ。


清河さん、あなた、どこに住んでいるのよ。言ってごらんなさい。


この近所じゃなかったら、たまたまなんてありえないでしょ。


あなたはわたし同様、5キロくらい平気で散歩する人なのかしら」


そう詰問されて、清河の顔は焦りの現われかあおくなってきた。


「そ、それは……。個人情報だからお教え出来ないわ。ごめんなさい」


「自分に都合のいいときだけ、個人情報の保護を求めるんじゃないわよ。


保志雄の情報は、平気で収集するあなたが」


これには、清河もグウの音も出なかった。


明らかに、国貞の攻撃が優勢だった。


そして彼女は、トドメの一撃を放った。


「清河さん、もっと自分に正直になったほうがいいんじゃない?


本当はあなた、わたしたちのことがうらやましいんじゃないの?


実は保志雄のことが好きで、お近づきになりたいのにそれが堂々と出来ないものだから、その腹いせにわたしや屋敷さんをふしだらとか言って攻撃しているんじゃなくって?」


それを聞くと、これまで真っ青だった清河の顔色は一転、茹でダコのように真っ赤になった。


「そ、そんなこと、絶対にありえないわ!


わ、わたしが相賀くんのことが好きで、国貞さんや屋敷さんのことをいているなんてこと、絶対にないんだからね!!」


「ふん、まったく分かりやすいツンデレ表現ね。


顔を真っ赤にしてそんなテンプレなセリフ吐くなんて、今どき流行はやらないわよ」


国貞がドヤ顔でそう返した。


清河はしゅんとなった。


これまでの発言から察するに、清河は僕たち3人のことをかなり深く調べて知っているようだった。


その証拠に、用心深い性格なのか国貞はこれまで一度も自分の名前を名乗らなかったのに、清河は国貞を名前で呼んでいるじゃないか。


僕のことも、単に「けしからん女たらし」として敵視しているだけじゃなくて、国貞が言うように実は憎からず思っているのかも……。


いやいや、そんなこと考えるのはやめておこう。今は国貞と屋敷のふたりで手一杯の僕だ。正直、これ以上の厄介ごとは背負いたくない。


僕はようやく気持ちにゆとりが出て来たのでベンチから立ち上がり、こう言った。


3人の女子を見回しながら。


「まぁ、いさかいごとはこの辺にしておこうよ。僕たち、そろそろ仲直りしようぜ。


でないと、せっかくの休日が台無しだ」


そして、清河の顔を注視した。


「清河さん、たしかに僕たち3人はちょっと羽目をはずし過ぎていたかもしれない。それは反省してる。


ここは天下の公園だしな。やるなら、人目のない家の中でしろってことだよね」


「いえ、家の中でもちょっと問題はあると思いますけど」


清河はさすがにさっきの赤面こそ収まっていたものの、少し不満気に口をとがらせてそう言った。


「そう? でも家ならとりあえず誰にも不快感を味わわせずに済むじゃない。


当人同士だけならウィンウィン、だろ?」


「そ、それはそうだけど……」


急にトーンダウンした清河だった。なにか、思うところがあるらしい。


実のところ僕も、国貞と屋敷、ふたりとの板ばさみ状態にいささか辟易へきえきしていたところだったので、清河の「介入」はある意味助け舟だった。


清河の登場をきっかけに、先ほどのカオス状態を脱出できたのだから。


この際、この「三すくみ関係」をさらに利用しない手はない、そう僕には思えた。


「じゃあ、せっかく3人がここまで足を伸ばしてくれたんだから、おたがいの親睦を深めるためにも、この4人できょうは過ごそうじゃないか。


どうだい?」


そう言って僕は、3人の女子の反応をひとりずつ確認した。


国貞、屋敷、清河、ともに異議はなかった。「それならわたしは降ります」という者もいなかった。


満場一致で可決、である。


清河は僕と一緒にいたいからというよりは、たぶん、国貞と屋敷の暴走を見張るためにこのまま残るということに決めたのだろう。


むろん、そういう理由で構わない。というか、彼女の存在により他のふたりの暴走を食い止めることこそ僕の意図なのだから、むしろ好都合なのだ。


「では、どこに行こうか。リクエストを出してくれないか。


その中で、僕がこれというのを決めるから」


いつのまにか、僕が会議の議長みたいになっていた。


これはいいぞ。リクエストを女子に募り、でも決めるのは僕。


イニシアティブは我にこそあり!


「そうね、わたしの希望としてはね」


口火を切ったのは、屋敷だった。


「マルキューあたりにショッピングに行かない?


買わなくてもいいから。綺麗な洋服を眺めているだけでも満足なの、わたしは」


ゴスロリ風味の黒ワンピに身を包んだ屋敷らしく、ファッション関係のリクエストをしてきた。


「美禰子はそれか。なかなかいいね。


淑子は?」


ようやく、女子の名前呼びが板に付いてきた僕だった。


「うーんと、わたしはね……。お食事に行きたい、かな。


いつも家でばかりだからから、たまには外でお食事したいわ」


「それも、悪くないな。美禰子と淑子の案、甲乙つけがたいよ。両方、採用でもいいかも。


じゃあ、清河さん、きみは?」


清河は少し間をおいてから、思い切ったようにこう言った。


「わたしは……、カラオケに行ってみたい」


真面目いっぽうの女子と思っていた彼女にしては、意外な答えだった。


思わず、僕は聞き返してしまった。


「カラオケ、かい?」


「うん。わたし、恥ずかしいけど、そういうことを一緒にできる友達がいなくて、カラオケ、行ったことないんです。


一度行ってみたくて……」


「そうなんだ。じゃあ、いい機会だから、それも行こうか」


結局、ひとつに選ぶというよりは、全部の案を通してしまった僕だった。


まぁ、誰もガッカリさせていない、オールウィンな選択だからいいんじゃないかな。


ただひとつ、問題はあった。


僕は、再び3人に向けて議長発言をした。


「こうなると、軍資金もそれなりに必要になってくるので、僕もこのまま丸腰で行く訳にはいかないな。


どうだろう。この集まりはいったんここで解散して、改めて11時に渋谷マルキュー前で待ち合わせということにしても構わないかな?」


それは僕にとって、軍資金を家に取りに帰るというだけでなく、いったん時間をおいて精神的な余裕を取り戻したいという理由もあった。


そしてもうひとつ、清河の制服姿がずっと気になっていたことも理由としてあった。


休みの日も、彼女はずっとそれで通しているのか?


うちの高校は、どこかのハイソな私立高校とかと違って休日も制服姿でいろとか、外出時は父兄が同伴しろとかいうキツい縛りはない。


にもかかわらず、清河が制服姿でいるのはどういうことなのか、不思議だった。


いくらなんでも、クラスメートとともに繁華街に出かけるとなれば、いったん家に帰ってカジュアルな格好に着替えてくるだろう。


そういう配慮もあって、僕は11時渋谷での現地集合を提案したのだ。


採決の結果、女子は全員異議なしだった。


拡大版4人デートの議案は、無事可決したのだった。(続く)

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