第32話 肉食女子、覚醒
そして第2ラウンドは全員の希望により、肉食ランチに決定した。
僕たち4人はリーズナブルな価格設定で、高校生のポケットマネーでも大丈夫と評判の「とびきりステーキ・センター街店」に向かうことにした。
マルキューから向かいに渡って歩くこと2、3分でお店に到着。ちょうどお昼どきに差しかかったこともあってか、店内はほぼ満席である。
4人席が空くのをしばらく待ったのち、僕たちはテーブルに案内された。店内は場所柄かカップル客がやたらと多いが、男性だけ、あるいは女性だけのグループ客というのもけっこういる。
でも1人の男と複数の女(しかもひとりはギャル!)なんて組み合わせは僕たちだけだ。心なしか、周囲からの好奇の視線を感じる。
「こいつらいったい、どんな関係?」、みたいな。
「さぁ、好きなものを頼もうぜ。とは言ってもここでステーキ以外のものを頼むヤツはあまりいないと思うけど」
僕がそう言うと、3人が口々に答えた。まずは国貞から。
「そうね。ご飯とか抜きでも構わないから、分厚いステーキを食べたいわ」
すると、屋敷がこう続く。
「わたしも。300グラムくらい、軽く行けそうな気がする!」
清河も負けじと、こう締めくくった。
「わたしなんか中学の修学旅行以来2年ぶりだから、このチャンスに食べまくるわ。
屋敷さんが300なら、わたしは400に挑戦してみる!」
おいおい、それはさすがに無理じゃないかなと僕たちが揃ってツッコんだが、清河は平気な顔でこう言った。
「楽勝よ。2年も我慢したんだから、ここで思い切り食べておかないと損ってもんだわ」
そして、それぞれが好きな量、好きな焼き方でお店のスタッフにオーダーを伝えた。
僕と国貞はともに250グラムで、ミディアム。
屋敷は300グラムで、ミディアムレア。
清河は宣言通りの400グラムで、しかもレア。柔らかいほうが喉に通りやすいから、ってのが選択の理由だ。
血も
肉食女子の本能がついに目覚めてしまったって感じだな、清河。
本当に大丈夫かなって気がするけど、まぁ途中でギブアップしたら、僕や国貞たちが加勢してやればいいか。
ちなみに、4人ともとりあえずライスは抜きにしました、はい。
ペーパーエプロン姿になってしばらく待っていると、ジュージューと音を立てて猛烈な熱気を放っているステーキが4皿、運ばれて来た。僕たちの食欲もいやがうえに高まる。
と、僕の左隣りに座っている清河が、食べる前に手を組んで、ぶつぶつと祈りを捧げるようにつぶやいている。
耳をそばだててみると、彼女はこんなことを言っていた。
「お父さま、お母さま、申し訳ありません。わたしは今から、おふたりの言いつけにそむく悪い子になります。
でも、後悔はしていません。きょうからわたしはお父さまたちとは別の、わたし自身の道を歩くことに決めたのですから」
清河も彼女なりにいろいろと葛藤を抱いた末に、「いい子」であり続けることをやめ、
ここはご両親の価値体系に決別した清河の「旅立ち」を祝してやらないとな。
ビールで乾杯、といきたいところではあるが、僕たち全員未成年なのでドリンクはノンアルコール。
ウーロン茶やジュースやジンジャーエールで、4人は乾杯をしたのだった。
さっそく、ナイフとフォークという武器で、巨大ステーキ退治に取りかかる。
僕や国貞の250グラム、屋敷の300グラムは通常サイズよりかなり大きめではあるが、征服不可能というほどではなかった。
ちょっと時間をかけて、休み休み食べればなんとかいけそうなレベルの量だった。
しかしさすがに400グラムの肉塊は、小柄で細身な清河には強大過ぎる敵に見えた。
だがそれでも清河は臆することなく、目の前の
国貞たちも、これには驚いたようだった。
「痩せの大食いとかよく言うけど、本当なのね」と国貞。
「この食欲でこのスリムな体型。憧れるぅ」とは、屋敷。
さすがに僕、国貞、そして屋敷が食べ終えた後も、清河の死闘は続いた。
が、まったく弱音を吐くこともなく、結局清河は400グラムのステーキ、そして付け合わせの野菜類もすべて食べ尽くしてしまったのだった。
「すげーな、清河さん。男の僕でもたぶん無理な量だというのに、よくぞ最後まで」
僕がそう称賛すると、清河はちょっとだけはにかんだような笑みを見せた。
「さすがに最後の4分の1ってところからはしんどかったわ。気力だけで食べ切ったって感じね。
肉類はあと何年も食べなくても大丈夫ってくらい、堪能したわ」
他のふたりの女子は口を開けてボーッとしたまま、ひとことも発せずにいた。
『清河、末恐ろしい子……』
『キヨスミ、敵に回したくない……』
ふたりは、まるでそう感じているかのようだった。
そういうわけで渋谷デートは第2ラウンドも、清河が他のふたりの度肝をぬいて、さらに1馬身差をあけたのだった。
⌘ ⌘ ⌘
さてランチも終わり、
厳格な家庭環境のため一度もその手の場所に行ったことのない清河の、たっての希望である。
「カラオケに行くのはかまわないけどキヨスミ、あんた唄える歌とかあるの?」
屋敷がかなり無遠慮で鋭いツッコミを清河にかます。
それは僕も少し気になっていたことだけに、内心『グッジョブ、屋敷!』とサムアップする。
「得意とは言えないけどね、少しは唄えるわよ」
そう言って、OKサインを指で作ってみせる清河。
「キヨスミ、唄えるんだ。こう言っちゃ失礼だけど、ちょっとビックリ」
「昔からガナちゃんに憧れていたから、わたし」
ガナちゃん、僕も知ってる。ガナちゃんとは、ギャルたちに絶大な人気を誇る沖縄出身の女性シンガー、
彼女のフォロワー、ワナビーの少女たちは「ガナラー」という通称でよく知られている。
「彼女が先日引退した時は、本当にショックで。
でも今も一番よく聴くわ。
さすがに家で音を出して聴くわけにはいかないけど、実はスマホにダウンロードしていつも通学の時に聴いているの」
そう言って、清河はスマホの画面を見せてくれた。
「チャンスをつかめ」とか「CELEBRATE OUR LOVE」とか、たしかに我那覇ナミの曲名がずらりと並んでいる。
自分が生まれるよりはるか昔の曲が好きなんて、ある意味すげーな。ガナちゃんの偉大さ、影響力ががよく分かる。
「ふぅん、清河さんは隠れガナラーだったというわけね。ギャルスタイルに憧れたのも、これで納得がいったわ。
実はわたしも、ひそかに練習している歌い手さんがいるんだけど、お店に行ったらそのひとの曲、披露するわね」
「おぉ、それは楽しみ。クニクニが好きな歌手って誰なんだろう。興味あるー。
わたしもとっておきのレパートリー、聴かせちゃおかな」
カラオケ店に到着する前からすでに盛り上がりを見せる3人だった。
「ところで、
清河が僕に尋ねて来た。
「いやー、とくに得意というほどじゃないけど、一応自分の声に合った何人かのシンガーの曲を持ち歌にしてるよ。
それもまた、店に着いたら披露しよう。今はお楽しみってことで」
そうこう語らっているうちに、僕たち4人は次の目的地、「J《ジェイ》サウンド」の巨大なビルの前にたどり着いていた。
女子は三者三様、第3ラウンドへの期待が高まっている。
これまで有利に戦いを進めて来たのは清河だが、彼女がダメ押しの加点をするのか、あるいは他のふたりが逆転ゴールを決めるのか。
この戦い、嵐を呼ぶこと間違いなし?!(続く)
(お断り)我那覇ナミは架空のシンガー名です。また、その曲名も架空のものです。ご了承ください。
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