第27話 土曜の朝、何かが起きる
土曜日の朝、8時過ぎ。
僕は家族とともに、平日よりは遅めの朝食をとっていた。
一昨日、昨日と2日連続、よその家で夕食をご馳走になり、帰りが遅くなったものの、食卓ではその話題が出て来ることはなかった。
小4にしてはませたところのあるわが妹
その結果、近々僕は妹に、ファミレスよりはグレードの高い食事をおごってやらねばならなくなってしまった訳だが。
葉月は何を食べさせてもらえるのか楽しみなのだろう、いたって上機嫌で僕の方を向いてはニヤニヤしていやがる。
ともあれ、いろいろと波乱の多かったこの5日間が終わって、実に平和で波風のまるでない土曜朝だった。
理由は明白。ここには
彼女たちそれぞれの自宅に比べると、僕は高校からかなり離れた地域に住んでいることが幸いして、彼女たちはまだ僕の家までついて来たことがない。
他の生徒の住所情報など簡単に入手できたひと昔前ならいざ知らず、最近は個人情報保護法のおかげで、僕の住所は彼女たちには知られていないはずだ。
ふたりには自宅の最寄り駅がどこであるかも話さずに済んでいるし、携帯電話の番号さえも知らせていない。
要するにガードはバッチリ、週末の安らかな生活が完全に確保されている。
いるはず。
だったのだが……。
「トゥルルル……」
リビングルームにある電話が鳴った。
例によって電話担当を自認する妹が、すすっとそれに出た。
「はい、
やけに大人びた口調で応対している。そんな言葉、いつのまにマスターした?
「かしこまりました。少々、お待ちくださいませ」
そう先方に伝えると妹は、僕にうやうやしく受話器を差し出した。
「お兄さま、ご友人の国貞さまからですわよ」
その
オイオイ国貞、どうやってここの電話番号を知った?
「代わりました、
国貞さんだよね? 一体どうしたの?」
「ダメよ保志雄。昨日約束してくれたじゃない。淑子って呼んでくれなきゃ」
「うっ…ここじゃ妹に聞かれちまうだろ、勘弁してくれよ」
「分かったわ。じゃあ、1ポイント貸しということで」
まるでわが妹のようなことを言ってくれる。女ってヤツはどいつもこいつも……。
てか、ポイントって、貯まると何に交換出来るんだ?
「ところで、今どこからかけているんだ、きみは?」
「あなたの家から50メートルあまり離れたところに公衆電話ボックスがあるでしょ。そこから」
それって目と鼻の先ってことじゃねーかよ!
「わたしって、携帯とか持たない主義だから。
この辺りコンビニとかもないし、公衆電話を見つけるのにえらく苦労したわ」
いや、問題はそこじゃねー!
「も、もしかしてきみ、これから僕んちに来たいってことか?」
「そのもしかしてよ。昨日のようなことがあった以上、ご両親や妹さんにも早くご挨拶をしなくちゃと思ってね。
あ、ご心配なく。わたしは朝の散歩をしている途中に保志雄の家をたまたま見つけて、ついでだからご挨拶をしておこうかと考えただけだから。長居することはないわ。
ご両親にもそうお伝えしてちょうだい」
「そんなわけ、あるかい!
きみの散歩は、片道5キロぐらいカバーしてるのかよ。
とにかくすぐにうちに来るのは勘弁してくれ。
今からそこに行くから、じっと動かないでいてくれ!」
僕は電話を切ると、ジャスト10秒で上着をはおり靴を履いて外へ飛び出した。
電話ボックスまでかけつけると、果たして白のパーカーにブルーのロングスカートという私服姿の国貞がその前に
「どうして、
僕が近づいていくと、少し不満気に国貞は口を開いた。
「どうもこうもないだろ。時間を考えてくれ、まだ八時過ぎだぜ。
こんな時間に、アポなしでいきなりやって来られたら、誰だって困惑するに決まっているだろ」
「そうかしら。赤の他人ならまだしも、未来の家族にそんなことを言うなんて、つれなくない?
わたし、悲しいわ。えーんえーん」
国貞は手を顔に当てて、泣く仕草をした。
「嘘泣きは、やめてくれないかな。
それより、どうやってうちの場所を突き止めたんだ。正直に話してくれわ」
そして一呼吸おいて、僕はこう付け加えた。
つとめて冷ややかな口調で。
「その答えいかんでは、きみとの縁を切るかもしれないからな」
さすがにそれを聞くと国貞は泣きまねを辞めて、真顔になった。
「分かったわ。正直に話すから、怒らないで聞いて。
わたし、担任の
「1、2回、見たことあるよ。プリントとか運んでいるところ」
「進藤先生は、わたしが部長を務めている文芸部の顧問でもあるのよ。
その縁で、わたしにはいろいろ頼みごとをしやすいんでしょうね。
これでだいたい察しがついたかと思うけど、1学期が始まって間もないころ、先生の指示でクラスの生徒全員に連絡先を書かせたことがあったじゃない?
あの回答用紙をわたしがまとめて進藤先生のところに持って行ったのだけれど、その途中でどうしても見たいという誘惑に勝てなくて、ついあなたの回答を見てしまったの。
運ぶ途中でメモとかする余裕はなかったから、あなたの住所と電話番号を暗記したわ。
もちろん、それをすぐに使うつもりはなかったわ。
ろくに話をしたこともない女子から電話が来たって、ドン引きされる、そんなことぐらいは分かっていたので、きょうのきょうまでかけることはなかったわ。
ただただ、あなたの電話番号を手帳に書き付けて、それを宝物のように持つことだけで満足していたの。
でも、ようやくお付き合い出来るようになって、わたしもちょっと舞い上がってしまったのね。
いまこそ、
そういうことだったの。ごめんなさい」
国貞は僕に向かって、深くその頭を下げた。
「そうか。もっととんでもないやり方で調べたんじゃないかと思っていたけどな。分かったよ。
きみのやったこと自体はアウトに違いないけれど、こうして僕に正直に話してくれたし……」
僕はそこで一瞬、口ごもった。
国貞は「ん?」という表情になった。
「電話番号を手に入れた理由がほかでもない、僕のことを好きだから、ということなんだよね」
国貞の顔が、たちまち
「そして、何か月もの間、それを使うことをずっと我慢してくれていた。
そのことに免じて、きみと縁を切ることはなしにしよう」
僕がそう言うと、国貞はパッと明るい表情になった。
そして、いきなり僕に飛びついてハグしてきた!
「うれしい! ここまでやって来て、ホントによかった!」
僕は彼女の勢いにたじろぎながら、こう言った。
「おいおい、天下の公道だぜ。
誰が見てるか分からないから、堪忍してくれよ」
そうたしなめられて、国貞は僕から身体をすっと離した。
「そ、そうね。妹さんとか、様子を見に来てるかもしれないわね。油断してたわ」
落ち着きを取り戻した国貞に、僕はさとすようにこう話した。
「とにかく、きょうはいきなり家じゃないほうが僕としては助かるな。
淑子をうちの家族に引き合わせるには、もう少し心の準備が必要なんだ。
まぁ、せっかくここまで来てくれたんだから、このまままっすぐ帰ってくれなんて酷なことは言わないよ。
近くの公園にでも行って、お茶でも飲みながら話すってのはどうだい?」
ここで僕はようやく会話の中に「淑子」という名前を自然に入れることが出来た。
そのせいだろうか、国貞の表情がトローンと柔らかくなって来た。
「それでいいわ。お茶ぐらいなら、わたしがご馳走してもいいわよ」
「サンキュ。実はあわててここに出て来たから、持ち合わせがないんだ。家に戻らずに済むから、助かるよ」
「じゃあ、公園に行きましょうか」
国貞がそう答えた矢先、聞き覚えのある女子の声が僕たちにかけられた。
「待ちなさいよ、あんたたち。
さっきから聞いていりゃ、わたしのことを完全に忘れてるよね、ふたりとも」
電話ボックスのすぐ隣り、とある一軒家の玄関の陰からひとりの女子が現われた。
顔の半分をおおう、長い前髪。ゴシックなデザインの黒いワンピ姿。
紛れもなく、屋敷美禰子その人だった。(続く)
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