第20話 達人に聞く乗馬術

翌日、金曜日の朝。


僕は教室で授業を受けている。


この2日足らずのうちに、僕相賀あいが保志雄ほしお屋敷やしき美禰子みねこ国貞くにさだ淑子としことの間には、実にさまざまな出来事があった。


中にはかなりヤバい、エローい展開もあったが、それはなんとかギリギリのところで切り抜けられた(と思う)。


このあたりで一度「恋愛の達人」こと茂手木もてぎ先輩に経過報告をしておくべきであろう、そして今後の方策を彼に伝授してもらったほうがいいんじゃないかと、僕は考えていた。


さしあたってやるべきこととして、僕は先輩との仲介役をやってくれた仲真なかま友樹ともきに、LINEでメッセを送った。


「なぁ仲真、茂手木先輩にまた会って、いろいろ報告と相談をしたいんだ。


出来ればじかに連絡を取りたいんだが、先輩のLINEアドを教えてもらえないか?」


「分かったよ。いよいよ、第2フェーズに突入したってことだね。


お安い御用だよ。先輩に了解を取るから、しばしお待ちを」


そういう返事が来てから10分後には、再びメッセが来た。


「いいってさ。次のIDで検索して承認をもらってくれ。


IDは…(以下省略)」


「ありがとう。連絡してみるわ」


「どういたしまして。健闘を祈る」


その後まもなく僕は、茂手木先輩にメッセでこう伝えることが出来た。


「茂手木先輩のアドバイスのおかげで、あっという間にふたりの女子から言い寄られるようになりました。


ありがとうございます。


でもこんな経験は初めてなので、正直言ってふたりを少々持てあまし気味です。


やり方にもいろいろ不安がありますので、ご報告とご相談をさせていただきたく。


つきましては、昼休みにお時間をいただけませんか?」


数分後、返事があった。


「相賀くん、その後好調とのこと、ご同慶の至りです。


昼休みの件、了解です。


こないだの場所に来てください」


よかった。


これで気持ちを落ち着けて、今後の展開を考えることが出来る。


ひとつだけ問題があるとすれば、昼休みになると屋敷と国貞がふたりして屋上に連行しようとすることだが、そこはうまく知恵を巡らして、くしかあるまい。


      ⌘ ⌘ ⌘


昼休みのチャイムが鳴った。


僕はその瞬間、あらかじめ手にしていた弁当の包みをわきに抱え、教室のドアを開けてビックリ箱人形のように外に飛び出した。


見事なスタート・ダッシュだった。


時計を終業数分前から確認して、今か今かと待ち構えていたのだ。


これには屋敷や国貞もあっけに取られた(はず)。


後ろから、


「待って、ホッシー!」


「相賀くん、待ってよ!」


口々に叫んでいるのが聞こえる。


僕は階段を脱兎のごとく駆け上がり、次の階に行ったところで、いつも使う屋上への階段ではなく、すぐそばの教室へと駆け込み、ドアを閉めた。


そこにはまだ何人も生徒がいて、飛び込んで来た僕を見ていかにもビックリした表情をしていた。


僕は彼らに向かい、人差し指を口の前に立てて「お静かに」のポーズをした。


教室の外では、


「おかしいわ。ホッシー、もう上に行っちゃったのかしら」


「とりあえず、屋上まで行ってみましょう」


と、騒がしい声がする。


それがんだのを確認してから、僕は、


「ご協力、ありがとうございました」


と一礼、その教室を後にしたのだった。


僕は一目散に階下に降りて、旧校舎への道のりを急いだ。


ほどなく僕は月曜日放課後に訪れた、3階の演劇部部室へとたどり着いた。


僕がドアをノックをすると、すでに茂手木先輩は中におり、こういう返事があった。


「なんのご用で」


今回も同じセリフだ。


僕はこう返事をする。


「暗闇の中抱きしめても、心の逃げていく女の話をしたいんです」


「どうぞ」


そう言って、ドアが開いた。


先輩、よっぽど好きなんだな、あの﹅﹅バンド。


次はどんな、合言葉を用意してくることやら。


僕と先輩は月曜日同様、部室の奥のソファに向かい合って座った。


「4日ぶりだね、相賀くん。


その後あちら﹅﹅﹅のほうは、おおむねうまくいっているそうじゃないか。


仲真くんから、手短かには聞いているよ」


「そうですか。では僕の方からもご報告を。


仲真には月曜日夜からPR活動を始めてもらいましたが、特に火曜日、彼が何人かの女子に直接話をしたのが一番効果的だったようです。


翌日の昼休み以降、これまではろくに会話をしたこともなかったふたりの女子からモーションをかけられるようになったのですから。


ひとり目は昼休み、僕が屋上にひとりでくつろいでいると、突然話しかけて来ました。


彼女は同じクラスではあったのですが、一度も話したことはありませんでした。


でも彼女は、1年のときから同じクラスだった仲真経由で、僕のことを少し聞いていたようでした。


それで少しずつおのおののプライベートな話題もしたのですが、一緒に教室に戻ったところを隣りの席の女子に見られてしまい、彼女に筆談であれこれ探りを入れられたのです。


そして終業後、ふたりから同時に、一緒に帰ろうと迫られてしまったのです。


それでもその時は、ふたりのどちらとも親しくなるようなことはせずに、うまく振り切って帰宅することに成功しました。


先輩もおっしゃっていた「等距離外交」ってやつです。


ですが、明くる木曜日からはそうもいきませんでした。


昼休み、最初の子と一緒に屋上で食事をすることになるのは覚悟していたのですが、予想外のもうひとりの子まで参戦してきまして、もう大変。


二食分の弁当を、食べさせられる羽目になりました。


そして困ったことに、きょうからもそれが続きそうなんです。


その日の放課後、僕はスピーチ部の活動日だったので、帰宅時もふたりをうまくかわせるだろうと楽観していました。


ところが、ふたりは先回りしてスピーチ部に入部していたのです、こともあろうに。


そのため、僕は彼女たちと帰宅も一緒にせざるをえなくなりました。


水曜日の時点でふたりには、週に1回ずつ一緒に帰ってあげると約束していたので、その日はジャンケンで勝利したふたり目の子と帰ることになりました。


彼女の自宅は学校の近所だから、楽勝だと僕は思っていましたが、その考えはまったく甘かったようです。


その子の家に着いたら「お茶でもいかが」と誘われてなんの気なしに受けてしまったのが間違いの始まり、その後もずるずると彼女とその母上の接待を受けてしまい、結局その子と少しだけですが関係を深めてしまいました。


これは明らかに失敗でしたね。


ちょっとした気の緩みが、命取りになりかねない、そう反省しています」


「そうかー、いろいろとおいしい思いをしているようじゃないか。


いい話、ごちそうさま。


まぁ、少々の脱線は人生につきものだから、あまり気にしなくていいと思うけどね」


「ありがとうございます。


そう言っていただけると、少し気が楽になりました」


「それよりむしろ、これからどうしていくか、それを考えた方がいいだろうな。


念のため聞いておくけど、きみはふたりのうちどちらかを選ぶか、すでに決めているわけじゃないよな?」


「もちろん、まだです。


ふたりとも、まだまだ未知の要素が多過ぎるんです。


ひとりなんかは前髪が長過ぎて、素顔すら見ていませんし。


とてもひとりに絞り込めるわけがありません」


「そりゃ、そうだよな。


それでだ。


昨日ひとりの子と少しだけ親しい関係になってしまった以上は、バランスをとってもうひとりの子とも同じぐらいのところまで仲を深めておいた方がいいと、僕は思う」


「といいますと?」


「たとえば、呼び名だな。


女性は、われわれ男性よりもずっと呼び名にこだわる生き物だ。


相手をどう呼ぶかということも重要だが、それ以上に重要なのは、自分がどう相手から呼ばれるかだ。


昨日いろいろあった子には、どういう呼び方をするようになったのかな?」


さすが達人、勘が鋭いわ。


さっきの僕の発言も、的確にその意味をとらえていた。


「はぁ、それなんですけど、校内あるいはもうひとりの女子の前ではこれまで通り苗字にさん付けなんですが、彼女とふたりきりのときだけ、下の名前を呼び捨てにして欲しいということになりました」


「そうか、そういうことね。


そういうスタンスで、いいんじゃないかな。


女性にとって、彼氏とそれ以外の男性との大きな違いは、『失礼を許すか、どうか』の一点にあると言っていい。


他の男性だったら自分の髪や身体を触れることを絶対に許さないが、彼氏だと認めた男性にだけはそれを許すんだ。


呼び名また然り。


失礼な所業を多少なりとも許してくれるようになれば、攻略はかなり進んだと言っていい。


まずは、おめでとう」


「そう、なんですか?」


「ただし、このままひとりの子にばかり力を入れていては、もうひとりの子が置き去りになってしまう。


それでは、複数の女性からモテたいというきみの目標は達成出来ない。


やはり、天秤のバランスを取るように、もうひとりの方もしっかりケアしていかないとな。


きょうからの課題は、これだ。


昨日ひとりの子で進めたレベルと同等のところまで、もうひとりの子とも交流を深めることだ」


「分かりました。


とりあえずもうひとりの子も、下の名前で呼ぶぐらいの仲になってみせます」


「そうだね。最初はそういう風に少しずつ積み重ねていく感じがいい。


いきなりガチでステディな仲になろうとすると、きみのように本来真面目で一途なひとは、焦って失敗することがある。


ふたりが相手なら、なおのことだろう。


きみの場合のように、相手がともに少し暴走気味のときは、こちらは出来るだけクールになって、うまく相手をいなすことだ。


相手の挑発には乗らず、自分のペースで進めて相手をコントロールしていくべし。


じゃじゃ馬をならす、要領で。


気長に、じっくりと攻めていってほしい。


なにせ、向こうは十分『デレ』の兆候を見せているんだから、自信を持ってやりなさい」


「ありがとうございます。


とても励みになります。


それではお会いしてまだ20分も経っていないのですが、あまり放置してしまうとじゃじゃ馬たちが暴れ出すので、彼女たちのところに戻ります」


「ん? というと?」


「これを食べさせて上げないと、お腹が空いて暴れ出すんですよ、彼女たちは」


そう言って、僕は持って来ていた弁当の包みを、茂手木先輩にかかげて見せた。


昨日の経験からの反省をふまえてダブルサイズにした、いわゆるドカ弁を。


それを見て先輩も、こう言った。


「さすがモテ男。


行動も分刻みだね」


「めでたくLINEも交換出来ました。


これからは先輩にマメに報告・相談させていただきますので、よろしく」


そう言って一礼、僕は演劇部部室を辞し、早足で本校舎に向かったのだった。


校内放送で「2Bの相賀くん、至急お越しください」なんて嬉しくない呼び出しがかかる前に、屋上にたどり着かないと。(続く)

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