第19話 雨降って地、固まった?

屋敷やしき母の悪ノ…コホン、独演会はなおも続く。


「それで相賀あいがさん、いえホッシー、湯女ゆなデビューを果たした美禰子みねこのあんばいはいかがでした?」


えー、ついにこのひと、僕のことニックネーム呼びになっちゃったよ。どうしよう。


「あんばいと、言いますと?」


「そりゃもう、まずはその身体からだの良し悪しでしょう。


美禰子は、ホッシー好みのナイスバディでしたでしょうか。


そして、もうひとつはそれを駆使しての『さ・あ・び・す』の良し悪しでしょう。


それぞれの点数は、10段階評価ではいかほどでしたでしょうか?」


食卓の向こうでは、屋敷が茹でだこみたいになっている。


今にも顔から、火が出そうだ。


正直、あの大浴場にいた時の僕は、気持ちがかなり動転していたので、屋敷の身体でしっかりと見えたのは彼女の背中ぐらいだった。


前のほうが見えたのは……とか、なに真剣に回想を始めているんだ、自分!


こんなヤバい質問、明らかにエロ方向に持っていくつもりの誘導尋問にマジレスしたらダメだろ!


バカ正直な感想を述べるのも、アウト。


とりあえず、無難なほめ言葉で切り抜けろ。


僕はそう思い直して、屋敷母には次のように答えた。


「それはもう、きれいなお肌でしたよ、美禰子さんは。


点数をつけるなんて失礼は、とても出来ません。


強いてつけろというならば、10点満点をおいてありません。


サービスのほうはですね……せっかく美禰子さんが頑張って初挑戦してくださったのに、ヘタレな僕のほうがつい及び腰になってしまって、十分にお受けすることが出来ませんでした。


ですから、こちらの評価はパスさせてください」


それを聞いて、屋敷母はちょっと残念そうな顔つきになった。


「そうですか……。


でも、いたしかたありませんわよね。


美禰子も初めて、ホッシーも初めて、となれば新婚初夜のようなもので、ふたりともどこをどうすれば、何を何に入れたらいいのかよく分からない、そんな感じですわよね、オホホ」


あくまでも強引に下ネタに持っていこうとする、屋敷母だった。


「では、少し話題を変えまして、ホッシーはどういうタイプの女性がお好みなのかしら。


聞かせていただきたいわぁ」


彼女がそう言って、一瞬舌舐めずりするのを、僕は見逃さなかった。


あまり話題が変わっているとも思えないが、さほど答えにくくもない、穏健な質問なのでまぁ助かる。


僕は少し考えてから、こう答えた。


「そうですね……顔立ちやプロポーションなどのルックスの好みは、僕もないわけではないですが、それってわりと変化していくものだと思うんですよ。


好きになった相手のルックスが、その時の自分の好みになるといいますか……。


逆にいいますと、どんなに恋焦がれた相手でも、自分をまるで受け入れてくれなかったら、その容姿もさほど魅力的に感じられなくなってしまうと思います。


だから、まずはその人を好きになるか、そして相手も自分のことを好きになってくれるかどうかが、一番の問題なんです。


そういう意味で僕が好みなのは、口数はあまり多くなくて、ちょっとミステリアスで、でも誘い上手で誘われ上手というか、適当にすきがあって相手の男性の押しを露骨に拒まずにふんわりと受け入れてくれる、そんな感じのひとですね」


明らかに屋敷自身のことを意識したこの回答を聞いて、母君はいたくご満悦の表情で娘に声をかけた。


「ですってよ、美禰子。


あなた、十分有望じゃない。


もっと頑張らなきゃ」


「そ、そうかな?」


屋敷はさっきからずっと紅潮していた顔を、極限まで赤らめた。


マゼンタ80から、100パーセントくらいになってる。


心の動揺、分かりやす過ぎるだろ。


「ときにホッシー、あなた親子丼は好き?」


そりゃまた急な話題転換だな。今しがたのそれの比じゃない。


「えっ、まぁ……嫌いではないですね。


親の方も、子の方もわりと好物ですし……」


なんの気なしにそう返事する僕の対面で、なぜか屋敷がしきりに両手でバッテンを作ってみせている。


唇をワナワナと震わせながら。


「それはダメよ!」と言わんばかりである。


それを見て、僕もハタと気づいた。


そしてあわてて、


「コホン、も、もちろん、それは料理の親子丼のことでして、鶏肉も卵も僕は大好物、だから好きなんだよなぁ〜」


不調法ながらも、なんとか前言を修正したのだった。


屋敷母はクスリと含み笑いをしながら、こう言った。


「お好きとのこと、承知しました。


では今回の献立にはございませんでしたが、次回お越しの節には、わたしと美禰子でとびきりスペシャルな親子丼をお作りいたしましょう」


お母様、それはもちろん料理のほう、ですよね??


「それはどうも、恐れ入ります」


さすがに「楽しみにしてます」とは言えない僕であった。


こうして母君と会話をしていると、たしかに時間はあっという間に過ぎていく。


もし、屋敷とふたりだけの席だったら、こうはいかないだろう。


黙々と食事→ちょっと会話、でもネタにつまりすぐに中断→再び黙々と食事、以下繰り返しってなパターンになってしまった可能性が高い。


かなりエロくて危険度は高いものの、母君の座持ちのうまさ、これは評価していいと思った僕だった。


会話にかまけて肝心の箸のほうがなかなか進まず、ふと気がつくと、晩餐会は軽く1時間を超えていた。


「本音を申し上げますと」


と、屋敷母がふいに言い出す。


「せっかくの宴席、お酒も差し上げて、さらにおたがい胸襟きょうきんを開いたお話をしたいところなのですが、あいにく美禰子もホッシーも未成年なので、飲ませるわけにはいきません。


わたしも我慢して素面しらふでお相手しております。


そのかわりにといってはなんですが、これでお目を楽しませればと……」


屋敷母はそう言って手を胸元にやり、浴衣の襟をいきなり開いた。


下着は着けておらず、真っ白な胸の谷間があらわになる。うわ!


神々しいまでにまばゆい双丘に、両目がつぶれそうだ!


僕は思わず視線をそむけたものの、一瞬その豊かなもの﹅﹅の全容を捉えてしまった。ヤバい。


素面なのにナチュラルハイ、文字通り胸襟、開いちゃったよ、このひと!


さすがにこの事態には堪忍袋の緒が切れたのだろう、食卓の向こう側から屋敷が飛び出て来た。


「お母さん、いくらなんでもそれはダメ。レッドカードよ!


退場、退場!!」


そう言って母親の背中にしがみつき、あふれ出るその胸部を自らの両手で押さえ込んだのだった。



その後胸元を直した屋敷母は、急にテンションが低くなり、あきらめたような口ぶりでこう言った。


「はいはい、分かりました。


わたしはこのへんで消えることにしましょう。


美禰子、あなたの恋路の邪魔をするつもりはありませんしね。


でも、あなたがあまりになにも出来ず不甲斐ない状態だと、こうして母がホッシーを横取りしちゃう可能性もあるってことよ。気をつけなさい。


しっかり、ホッシーをつかまえておきなさいよー」


そう言って、投げキッスを僕めがけて送りながら、屋敷母は部屋を退出したのだった。


残された僕と屋敷は、思わず顔を合わせた。


屋敷は唇をワナワナと震わせている。


い、いかん、相当気まずい。


「ご、ごめんね、ホッシー。


母があんなおかしなひとで」


頭を下げてくる屋敷を制するように、僕はこう言った。


「べ、別に気にしてないよ、僕は。


お母様は、そういっても屋敷さんのことをとても心配しているんだと思う。


だから、ちょっと過激なやり方できみに発破をかけたんだろう」


「かもしれないね、たしかに」


屋敷も、僕の意見にうなずいた。


そして、屋敷はもうひとこと言いたげにモジモジしている。


「どした?」


「あ、あのね、ホッシー。


お願いがあるんだ」


「なんだい?」


「きょう、ここまでわたしのうちの恥ずかしい部分を見せてしまったから、もうこれまでと同じ、屋敷さんって呼ばれかたをされるのは、わたしとっても悲しい。


この気持ち、分かってもらえる?」


彼女の言わんとすることは、僕も十分理解できた。


ここまで盛大に自分とその家庭の恥部をさらしてしまったからには、これまでと同様の、他人行儀な関係のままでいられてはたまらない。


たまらなく、恥ずかしい。


もう2度と会わないか、そういった諸々の事情をすべて飲み込んだ上で新たな関係を再構築するか、その2択しかない。


そういうことなのだ。


少しの沈黙ののち、僕は気持ちを固めた。


僕は、彼女がきょうここまでの間に決めた「覚悟」の重さを、しかと受け止めることにしたのだ。


「分かっているさ。


僕はすでに、きみとお母様の奥深い部分まで関わり、知ってしまった。


もとに戻ることは、出来ない。


これからは、こう呼ばせてもらうよ、美禰子」


それを聞くと、それまで強張こわばっていた屋敷の表情が大きく崩れた。


まるで雪崩なだれのように。


長い前髪の下、いく筋かの涙が流れ落ちるのを、僕は目撃した。


「ありがとう、ホッシー。


わたし、うれしい」


そこで僕は指先で「チッチッ」の仕草をしながら、こう答えた。


「もちろん、これはふたりだけのとき限定だ。


国貞くにさださんにも、内緒だぜ」


「うん、分かった」


屋敷も、それに深くうなずいた。


僕は優しく屋敷の頭を撫で、「おつかれ」と告げた。


屋敷の頬は、再びくれないに染まった。



こうして、予想時間を大幅に上回る屋敷邸訪問は、ようやく終わりのときを迎えた。


僕は充実感なのか、虚脱感なのか、どちらともつかぬ大きな疲れをかかえて、長い家路をたどるのだった。


あ、妹に渡すワイロの品、何にするか帰り道で決めなきゃ。(続く)

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