第14話 ジゴロ保志雄、屋敷邸にいざなわれる

国貞くにさだ淑子としこ屋敷やしき美禰子みねこの、「スピーチという名の告白」タイムが終わった。


宮澤みやざわ部長は、こう言った。


しごく当然のことのように。


(いや、実際当然ではあるのだが……)


「次は、相賀あいがくん、きみだな」


お願いして順番を遅らせてもらったところで、しょせんわずかな時間稼ぎに過ぎない。


どのみち話さないわけにはいかない。


僕は覚悟を決めて、そのまま指名を受けることにした。


とはいえ、誰を想定して告白すりゃいいんだろ。


今のところ僕は国貞にも、屋敷にも、特に思い入れがあるわけじゃない。


どちらにせよ、告白相手として想定することはとうてい無理だ。


かといって、先日振られたばかりの相手、貴音たかね華子はなこを想定するなんて、それ以上に無理だ。


あの悲劇がフラッシュバックしちまう。


辛すぎる。


結局、誰かれを想定することはやめにした。


顔がスミアミで塗り潰されて誰だかはよく分からない、未来の彼女に向かって告白することにしよう。


そう決めた。


「分かりました。では始めます」


僕はそう部長に答えて、立ち上がって皆の前に出た。


そして、国貞や屋敷を見つめるようにして、「スピーチ」を始めた。


「ありがとう、ここに来てくれて。


とても嬉しいよ。


ずっと前から、きみの僕への視線には気付いていたよ。


とても、熱い視線を。


きみが僕のこと、好きなんじゃないかって気付いてた。


でも正直言うと、最初のうちは僕はそれを気にもとめていなかった。


だって、そういう視線、きみ以外の子からもときどき感じていたから。


きみの視線も、そのうちのひとつだった。


でも、あるときから、きみのことがとても気になるようになった。


そう、きみが僕の手を握ったり、身体をすり寄せるようにしてきたあの日から。


そして、きみのことを見るようにしているうちに、次第に好きになっていった。


ひとって、好きになられると、その気持ちがうつるってよくいわれるけど、本当なんだね。


いまの僕は、きみのことが一番好きになっている。


本当だ。


その気持ちが変わらないうちに、僕の気持ちのトス、受け止めてくれないか。


僕の一番の彼女に、なってくれないか?」


一礼して、僕はスピーチを終えた。


終わると、拍手が起きた。


国貞や屋敷のとき以上の大きな拍手が。


それはもちろん、国貞や屋敷が懸命に手を叩いているからだった。


見ると、ふたりとも顔を紅潮させている。


国貞は目元もウルウルとなっているし、屋敷は目こそ見えないものの、唇をワナワナと震わせている。


スピーチの効果絶大、のようだ。


拍手をしながら、部長が興奮ぎみにこう言った。


「相賀くん、実によかったよ、今のスピーチ。


これまでのきみとはまったく違う、新機軸じゃないか。


『男子、三日会わざれば刮目かつもくして見よ』ということわざがあるけど、まさにそれだな。


いったい何が、きみをそこまで変えたのかな。


恋、かね?」


「いやあ、先輩、ご冗談を。


別に変わってなんかいませんよ。


僕は、僕のままです」


そう返事をしたが、僕自身、今回のスピーチにはちょっとした手応えを感じていた。


これまでの僕だったら、愛の告白といえば、ただただ「好きです」という感情を吐き出す、そういうことしか出来なかった。


「追う恋愛」だから、それしか出来ない。


だが、今後は「追う恋愛」ではなく「追われる恋愛」を目指す以上、ときには相手を「上から目線」で翻弄するようなテクニックが不可欠になってくる。


その糸口をつかんだような気がしたのである。


ジゴロの端くれになった、そんな気分の僕だった。


その後もスピーチは続き、残る部員の苑田そのたくん(♂・2年)、そして宮澤部長が自作を披露した。


まぁ、彼らの出来は正直どうでもいい。


僕にとっては、いったん国貞・屋敷のマジリアル告白2連弾でギリギリまで削り取られたHPを、ジゴロチックな告白スピーチで逆襲、見事に原状回復したことのほうが重要だった。


      ⌘ ⌘ ⌘


約一時間後、なんとかその日のスピーチ部の活動が終わった。


さて、これから下校するわけだが……。


当然、国貞、屋敷、ふたりの女子が僕のもとを離れるわけがなかった。


あたり前のように、一緒に帰ろうとついてくる。


例によって、僕の右半身には屋敷、左半身には国貞がすがりついている。


べったりと。


しかたないといえばしかたないが、どうにも鬱陶うっとうしい。


校門のあたりで国貞が、ひとこと言った。


「そういえば相賀くん、昨日言ったわよね。


わたしたちが相賀くんの言う通り駅まで行くだけにしたら、お礼としてわたしたちにそれぞれ、週に一回ずつ自宅まで送ってあげるって」


屋敷も続いて言う。


「言った言った。


だからわたしたち、その通りにしたじゃない。


約束、守ってよね」


うへっ、そういうことって実によく覚えているんだな、女子たちって。


もう、一字一句覚えていたりする。


こうなると、さすがにシラを切るわけにはいかない。


約束を破ったら、オトコがすたるってもんだ。


「分かった。


たしかに僕は昨日そう言った。


約束は守るさ。


じゃ、きょうはきみたちのどちらがその権利を使うんだ?」


僕が尋ねると、ふたりは僕をガッチリホールドの体勢をしばらく解き、ゴニョゴニョと話し合いを始めた。


そして、突然。


「さぁいしょはグー。


ジャンケンポン!!」


大きな身振りでやらかした。


お前ら小学生か!


やることがベタ過ぎない?


ともあれ、チョキ対パーで本日の勝者は屋敷に決定。


つまり、国貞は戦線脱落となったのであった。


「じゃあねバイバイ、クニクニ〜」


憮然ぶぜんとした表情の国貞がバス通りの方へトボトボと去って行くのを尻目に、屋敷美禰子は再び僕の右腕にすがりついてきたのであった。


屋敷の自宅は、高校から歩いて4、5分と至近距離にあるという。


歩いていれば、そのうちすぐに着いてしまうだろう。


なぁに、ちょっとの辛抱ですぐ解放されるさ。


そう、気楽に構えていた。


が、敵もさる者、なかなか前に進んでくれない。


道端で、きょうの昼間に食べた弁当、というか屋敷が僕に食べさせた彼女の弁当の話なんぞを始め出して、歩もうとしない。


おお、これが国会でも時おり使われるという「牛歩ぎゅうほ戦術」か!


とか感心している場合じゃない。


「どれが美味しかったの〜?」とか聞かれるが、正直あの緊迫した状況下、味なんてろくに覚えていませんって。


それでも、牛歩戦術にも限界はありまして結局、4、5分かかる距離を15分ほどかけて屋敷邸に到着。


「いや、きみの家って名前の通り、けっこうなお屋敷なんだなぁ」


そう僕が感嘆したように、屋敷の家は典型的な日本家屋で、しかも長ーい木造の塀を持つ豪邸だった。


その門構えからして、お寺さん並みに壮大で豪華だ。


「じゃ、僕はここで……」


と言いかけて、僕は腕を強く引っ張られ、門の中に引きずり込まれた。


「お疲れさま、ホッシー。


せっかくだから、家に上がってお茶でも飲んでいってよ」


いつもとは違う、鼻にかかったような甘ったるい声で屋敷は僕にささやいた。


「えっ……」


一瞬、どうしようか、断って逃げ帰ろうかという考えが頭の中をよぎった。


が、次の瞬間、月曜日に茂手木もてぎ先輩から聞いた言葉がよみがえった。 


「どんな女性であったとしても、アプローチがあれば入口で拒否したりせず、全部受け入れるようにしてほしい」


要するに無体むたいな要求でない限り、相手のリクエストはすべて受けろということだ。


ならば、断るというのは得策でない。


まぁ、お茶ぐらいならいいよなと僕は自分に言い聞かせ、屋敷邸に上がらせていただくことにした。


「分かった。お茶ぐらいなら、構わないよ。


むしろ、僕のような者がお邪魔してもいいのかい?」


「全然問題ないよ、ホッシー。


むしろ、1日も早く来て欲しかったぐらいで」


そういうものなんだろうか。


ともあれ、僕は彼女にいざなわれ、庭園の長い小径こみちを抜けて巨大な母家おもやに辿り着いたのだった。


ほんのお茶、では済まない何時間かが待ち受けているとは予想すらしないで。(続く)

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