第9話 モテ道とは「総受け」と見付けたり
友人の
経験値、いかにも高そう。
そのアドバイスは、十分期待が持てそうだ。
先輩は自己紹介を終えると、こう言った。
「仲真くんからざっと話を聞いてはいるけど、念のためことの経緯をきちんと確認しておきたいんだ。
話してもらえるかな?」
僕はうなずいて、先週末に仲真の話を聞いて思い立ち、けさ
僕の話が終わると、茂手木先輩は口を開いた。
「それは……本当に残念だったね。
僕も何度かそういう苦い失恋を味わってきただけに、きみの
でだ、きみはこの辛い経験を経て、今後はどうしたい、どうありたいと思っているんだね?」
そう言って、その鋭い視線で僕の瞳を覗き込んできた。
「そうですね、まずはこの辛さから逃れるために、早く次の恋をしたいんです。
それも、今回みたいに片思いじゃなくて、確実に自分に好意を持ってくれている相手と、恋をしたいんです。
つまり、こんどは追う側じゃなくて追われる側になりたいんですよ」
「そうか。要はモテたいということだね」
「はい」
僕はきっぱりと返事をした。
「では聞くけど、これまでの恋、貴音さんへの思いはどうするつもりなんだい?」
「それは……たしかに彼女には振られてしまいましたが、彼女、今はひとに言えない事情があって、すべての求愛を断っているんだとも言っていました。
つまり特定の男子からの告白を待っているのではないようなのです。
となれば、まだワンチャンあるんじゃないかと。
もしかしたら卒業の時には、本当の事情を明かしてくれるんじゃないか、そしてもう一度求愛するチャンスがあるんじゃないかという、ほのかな望みを抱いています」
僕の答えを聞くや茂手木先輩は表情を曇らせ、頭を抱えるようなポーズを取った。
そして、こう言った。
「つまり、貴音さんを第一本命、最終本命とする扱いを変えずに、卒業までの残る2年近くを過ごそうってことだろ。
それはよくないな。これからのきみにとって」
「なぜ、でしょうか?」
「まず、卒業時にもし貴音さんが本当の事情、そして意中の人を明らかにしてくれたとして、その男性がきみとなる確率はどれほどのものかということさ。
これまで彼女に求愛してきた男子生徒の数は、ざっとどのくらいだい?」
「そうですね…たぶん、2、30人は下らないと思います」
「となれば、その高い競争率を勝ち抜く自信がきみにない限り、そんな薄い望みを抱くのはやめたほうがいいな。
2年近く待っても、もう1回振られるのがオチだ。
青春の貴重な時間の、無駄遣いだ」
僕は思わず「うっ」と息を飲み込んだ。
この言葉には反論の余地がない、そう感じた。
「うーん、そう…ですね。
確かにその通りだという気がします」
「そして、付け加えて言えば、きみがこれから付き合うことになる別の女性にとっても、きみが実は他の女性への思いを断ち切れずにいると知ったら、たまったもんじゃないだろ。
女性は、われわれ男性が考えている以上に、他の女性に対する視線などで、自分の恋人の感情を敏感に察知する生き物なんだ。
どうせ分からないだろうとたかを
「そういうもの、なんですか?」
「ああ、そうだよ。こちとら経験済みなんでね」
経験者にそう断言されてしまうと、ぐうの音も出ない僕だった。
「だからまず、貴音さんへの思いは、いったんきれいに忘れなさい。
もう、貴音さんのことを完全に意識の外に置いてしまう、そんな感じだ。
どんなかたちであれ、きみは一度彼女から振られた男なんだ。
それを忘れちゃダメだ。
まだワンチャンあるんじゃないかと、妙に未練がましい行動をとったりしたら、それは世間で言うところのストーカーだぜ」
さすがに僕もストーカー呼ばわりされたくない。
ここは素直に
茂手木先輩は、笑顔を取り戻してこう言った。
「きみもこれでようやく、次の恋へ行く準備が出来たということだ。
では、モテるためには何をするべきかを、きみに教えていくことにしよう」
いよいよ、本題に突入である。
僕は思わず、茂手木先輩の端正な顔を注視した。
「まず最初に言っておきたいことだけど、『モテる』という言葉の持つ意味についてだ。
『モテる』という言葉は、『持つことが出来る』という意味の可能動詞から来ているのは、ご存知かな?」
「はい、国語の授業で聞いたことがあります」
「そうか。で、そういう言葉の成り立ちもあってか、『モテる』イコール何らかの能力、アビリティの問題であると多くの人々は考えがちなんだが、そこに大きな落とし穴があると僕は思う。
何か特別なテクニックを使えば、ピンポイントで意中の人にだけ好かれる、みたいな、自分にとってえらく都合のいいことが『モテる』状態なのだと多くの人が勘違いをしているようなのだ。
もしかして、きみもそうじゃないかい?」
「え、ええ、思い当たる節はあります。
ラブコメ漫画とか、たいていそういう風に描かれているから、ついそう思い込んでいますね」
「だが、『モテる』というのは、本来的には『受け身』のものなんだと僕は考えている。
特に作為もなく、異性を引きつけてしまうことを『モテる』と呼ぶのだ。
女性で言えば、貴音さんを例にすれば、よく分かるだろ。
自分と同世代の異性だけじゃない、年下年上を問わず、さらには犬猫のたぐいまで引き寄せてしまう力、それが『モテ』なのだよ。
だから、おおよそ自分のタイプとは言えない異性が『好きです』と言い寄ってくることもある。
そういう、望みもしない求愛も含めての『モテ』なのだ。
『それでも構わない、モテたいんです』と、きみは言えるのかな?」
そう言って、茂手木先輩は僕に返答を促すのだった。
たしかに、『モテる』ということはそういうことなのだろう。
相手を選ぶものではないのだ。
誰に好かれるかは、分からない。
ひょっとすると、まるでタイプでない子かもしれない。
でも……。
僕はもう、追いかける側にいるのは、イヤになってしまった。
振られる辛さは、二度と味わいたくない。
だから、僕は迷わずにこう答えた。
「ええ、それでも構いません。僕はモテたいんです」
茂手木先輩は、指でOKサインを作りながら、微笑んでこう言った。
「よーし、分かった。話を進めよう。
先ほどの話の流れだと、『モテ』は無作為の、天性のものであって、その素質のない者には無縁の世界だと思ったかもしれない。
だが、実際にはそうであるとは限らない。
ことに、現代の情報化社会においてはね。
モテるため、異性を呼び込むために一番大切なのは、「自分はいま、完全にフリーですよ。空き家ですよ。恋人募集中ですよ」というPRをいかに効率的にするかということだ。
もう、それだけだと言ってもいい。
そのPRをまったくしなかったために、『あの人、恋人がいそう』というイメージを勝手に持たれてしまい、求愛の対象から外されてしまうことさえある。
恐るべき『機会損失』だろ、これって。
その方法としては、手っ取り早くきみ自身がPRをやるという手も、ないわけではない。
クラスメートが揃っている場でおちゃらけて『昨日、彼女に告ったら見事振られちゃってね〜」とか自虐ネタをかました上で「新しい恋、したいなー」とか言えば、それはそれで空き家宣言にはなる。
だがそれを聞いて『自分から失恋を公言するような口が軽くてチャラい感じの男じゃ、いくらフリーでもゴメンだわ』と思う女子が大半のはずだから、PR方法としてはおよそ賢明とは言えないだろう。
ここはやはり、きみをよく知る者で、周囲からも一定の信頼を得ているような人物に、うまくPRをやってもらうのが一番無難だと言える。
となると、きみにもだいたい取るべき手、お願いするべき相手は分かって来ただろう?」
そう茂手木先輩に問われて、僕の頭に浮かんだ人物はただひとり。
僕が唯一親しくしている友人、仲真友樹だった。
「はい。仲真なら信頼がおけるので、それを頼めると思います」
先輩は深くうなずいた。
「その通り。僕も、彼ならと思っていたよ。
先ほど依頼された時も、仲真くんは真剣にきみのことを心配していることがよく分かった。
今回、告白の失敗の半ばは自分に責任があるとも言っていた。
彼なら、面白半分とか茶化しでなく、きみのよきPR代理人になってくれると思うよ」
「おっしゃる通りだと思います」
「では、仲真くんにお願いして広めてもらうべきことをおさらいしておこう。
まず、今回告白に失敗したことにより、今後貴音さんをきみの彼女候補から完全に外すということ。
貴音さんのほうから再度アプローチがあれば別だろうが、たぶんそういうことはないと考えるべきで、きみからは一切の再アプローチをしないということだ。
そして、きょうからきみは意識においても完全にフリーとなり、恋人をオープンに募集する。
以上だ。いいね」
僕は、無言でうなずいた。
茂手木先輩は、さらにこう付け加えた。
「これは別に仲真くんに広めてもらう必要のないことだけれど、新しい彼女と付き合うにあたってきみに心がけてほしいことがある」
「なんでしょうか、それは?」
「どんな女性であったとしても、アプローチがあれば入口で拒否したりせず、全部受け入れるようにしてほしい」
「つまり、とりあえず選り好みはするな、そういうことですね」
「分かってるじゃないか。正解だよ。
『馬には乗ってみよ人には添うてみよ』のことわざじゃないけど、異性と交際するに当たって一次試験で大半の候補者を落とすようなやり方をとってしまうと、本当に付き合うべき相手も切り落としてしまう可能性が高いと僕は思う。
とりあえず「付き合う」とかはっきり言わずに実質的、暫定的に付き合ってしまったほうがいい。
そして、付き合うにあたって気に留めておいて欲しいことがある。
人は見た目が九割とか言うけどさ、その見た目にあっさりと
人は見かけによらぬもの。
見たまま、イメージ通りの人だと思ってしまうと、相手の思うツボかも知れないよ。心してくれ。
相手の本当の人間性なんて、付き合ってみなければ分からないんだから」
「そうなのかもしれませんね」
僕は茂手木先輩の持論にさほど共感は出来ず、生返事をしていた。
実際、どんな女性が僕の懐に飛び込んで来るかは、まったくの未知数だったからだ。
とんでもない「お断りしたいベストワンガール」が来てしまうかもしれない。
あるいは、全然非モテの状況が変わらないのかもしれない。
とはいえ、最初の「ご縁」から逃げ腰になっていては、始まるものも始まらない。
「ものは試し」のことわざに従って、来る者はそのまま受け入れよう、そういう気分にはなっていた僕だった。
「そういえばですね」
僕は最後に先刻から気になっていたことを確かめようと、自分から切り出した。
「こうやって相談に乗っていただいたので、お返しとして、何か僕に出来ることはありませんか?」
お礼の件である。
「えっ、僕のためにってことかい?
いやいや、僕はこれを半ば趣味でやっているようなものだし、きみにそんなに気を遣ってもらう必要はないけど……」
茂手木先輩はひと呼吸置いてから、再び口を開いた。
「じゃあ、こういうことでどうだい。
きょうの僕のアドバイスに従ってきみがやったことの成果を、必ずまた報告しに来てほしいんだ。
いい結果、悪い結果も含めて、すべて正直に教えてほしい。
その貴重なデータを、僕の研究に使わせていただく。
それがなによりの報酬だな」
「分かりました。必ず、またお伝えしにきます」
「ありがとう。僕からのアドバイスも、きょう話した分じゃほんの一部でしかないからね。
毎回、小出しにしてアドバイスさせていただくよ」
そこで僕は茂手木先輩に一礼して、演劇部部室を後にした。
こうして、僕はモテ道への第一歩を踏み出したのだった。
この時点では、2日後の出来事の予感は、まるでなかったけどね。(続く)
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