第10話 持つべきものは、コミュ力の友

月曜日の夕方、茂手木もてぎ達人たつと先輩のもとを辞して帰宅すると、ちょうど仲真なかま友樹ともきからLINEのメッセージが入った。


「ホッシー、きょうの夕方、イケメン池田いけだ貴音たかねさんにこくったってよ。


結果は僕たちが予想した通り、彼が完膚なきまでに振られた。


彼はさっそくサッカー部の部員のひとりにボヤきを入れたんだが、そいつがそのまんま僕に教えてくれたって寸法さ」


すげー速報だ。


まだ5時になっていないことを考えると、ほとんどリアルタイムじゃねーか!


僕は興奮して、LINEの通話ボタンを押していた。


すぐに、仲真が出た。


「もしもし、仲真かい?


ホットニュース、ありがとよ。


今、通話して大丈夫かい?」


「ホッシーか。今、構わないよ。


池田のヤツ、玉砕っちまったな、見事に。


ひとの不幸を喜ぶのはあまり褒められた趣味じゃないから、ここはご愁傷様と言うしかないけど、これで貴音さんが特定の王子さまの告白を待っているんじゃないことが、ほぼ100パーセント証明されたわけじゃない?」


「ん、まー、そういうことになるんだろうな」


「となれば、しばらく待ってさえいれば、ホッシーにもワンチャンあるんじゃないかって気がするんだけどな。


どうだろ?」


やはり、仲真もそういう「夢よもう一度」的な考え方をしてくるよな。


少し前の僕だってそうだったくらいだから。


でも、僕は先ほど茂手木先輩との間できっちり取り決めをした以上、もはやそういう風に考えるわけにはいかないのだ。


僕は仲真にこう答えた。


「いや仲真、僕はもう、その線はまったく考えていないんだよ、せっかくの提案だけど」


「そうなのか?


待てば海路の日和ありって気がするけどな」


「実は僕も茂手木先輩と会うまでは、そういう考え方だった。


でも、彼の話を聞いて、大きく考え方が変わったんだ。


確かに卒業まで2年足らずの日々を待ち続ければ、もう1回だけチャンスがあるのかもしれない。


だが、再び振られる可能性も、極めて大きい。


そんなごくわずかな望みのために、貴重な時間を浪費するのはもうやめにしたよ。


これからの僕は告白する側でなく、もっぱら求愛される側になるつもりなんだ」


一瞬、息を飲み込んだかのような間があった。


そして再び、いつも通りの明るい口調で仲真が話し出した。


「おぉ、茂手木先輩の教えを得て、ついにコペルニクス的転回に至ったんだ、ホッシー」


「あぁ、先輩の存在や考え方は結構なカルチャー・ショックだったよ。


目からうろことはこういうことなんだなと思った。


実にいい人を紹介してくれたな、仲真。


恩に着るぜ」


「いやいや、礼にはまだ早いぜ、ホッシー。


きみが新しい彼女をゲットして、失恋の痛手から立ち直る日が来るまでは、お預けでいい」


「それもそうだな、ハハッ」


「フフフ」


僕たちは軽く笑い合った。


「そこでだ、仲真。きみの力を貸してほしいんだが、いいだろうか?」


「なんなりと言ってくれ。


僕に出来ることなら、何でもするさ」


「ありがと。きみにやってほしいのは、僕の情報のPR活動なんだ」


「ふむ、具体的に言うと?」


「僕がきょう貴音さんへの告白に失敗したこと、これはきみ以外には教えていない。


きみも、その事実を、茂手木先輩以外のひとには話していない、そうだろ?」


「もちろんだ。きみの許可なく言いふらしたりなどしていない」


「ありがと。でも、それをあえて、全方位的に情報解禁してしまうのだ。


それも、僕が貴音さんに完全に振られたことだけでなく、今後僕は貴音さんに一切手を出すつもりがなく、意識においても完全にフリーの身となったことも含めてだ。


この情報は回り回って、そのうち貴音さん本人のもとにも伝わるだろうが、それでも構わないと思っている。


その方が、彼女への未練を完全に断ち切ることにもつながるしな。


そして、僕が今後はオープンに恋人を募集するという情報も、学内にあまねくひろめてほしいんだ」


「つまり、校内放送の役目をしてくれということだね」


「その通りだ」


「そんなことなら、放送委員の僕にはお手の物さ。


安心して、任せてくれたまえ」


「ありがとう。よろしく頼むぜ」


「らじゃー。


となれば、善は急げでさっそくPR活動に取りかかりたいと思うけど、きょう出来るのはLINEのアカウントを交換している連中にメッセを出すくらいだな。


数としては、30人前後。


大半が男子だ。


そこからさらに情報が伝播していくだろうから、トータルではその数倍、100人前後ってところか。


その数になれば、女子も1、2割は含まれて来るはずだ。


そこでようやく、恋人募集の意義も出てくる。


連絡チャンネルのない人には、一対一で話しているときに言うしかないから、ちょっとばかし時間がかかる」


「それは、もちろん構わない」


「一応、軽重けいちょうの差をつけて、優先順位の高い女子から始めることにするわ。


野郎にはこの話をしても、ホッシーのモテには直接つながるとは思えないしな」


「だな」


明日はとりあえず、クラスの女子でふだん話をする子から声をかけてみる」


「そうか。時間はいくらかかってもいいから、よろしく頼むわ。


じゃ、また明日」


「おう」


僕はそこでLINEを切った。


これで準備は整った。


本当に、持つべきものは友だちだな。そう思った。


よく「友だちはいらない」とかほざくライトノベルの主人公がいるが、断じてそうじゃないと思う。


「友だちはひとりでもいいから、いた方がいい。


コミュりょくのある友だちならば」


なのだ。


      ⌘ ⌘ ⌘


明けて火曜日、僕がいつものように予鈴時間ギリギリに登校して2Bの教室に入ると、それまでけっこうにぎやかに雑談に興じていたクラスメートたちが、すっと静かになってしまった。


そして、周囲の生徒たちの僕を見る目が、なんとなくいつもとは違うような気がする。


もしかしたら、僕の自意識過剰ってヤツかもしれないが、それだけでもなさそうだ。


やはり、仲真の昨晩のPR活動により、僕の失恋情報はかなりの速度でクラスの連中に浸透しているようだ。


とはいえ、噂話のもう一方の本人、貴音がいる前でそんな話を堂々とするって、どうなのよ?


そう思って、振り返って貴音の席をみると、ご当人がいない。


どうやら、昨日一日でふたりの男子を振ってしまったことから来る心労で、お休みしてしまったみたいだ。


無理もない。振られる側が辛いのはもちろんだが、振る側だってけっこうメンタルに来るものなのだ。


ましてや、それが一日二件ともなれば。


噂の一方の本人が不在、そしてもう一方の僕がギリギリの時間に登校したことが、噂話に拍車をかけたともいえそうだ。


彼ら彼女らのゴシップ大好きパワーたるや、ハンパじゃないからな。



だがいいさ、これこそ僕の望むところだ。


このままどんどん、情報が広がってくれたほうが好都合。


僕は後方を向いて、仲真の席に目線を送った。


仲真は、ウインクを持って応えてくれた。


僕も指でOKサインを作って、彼の労苦をねぎらったのだった。



仲真はふだんだったら僕とつるんでおしゃべりに興じているのだが、その日を通して僕のところには来ず、意図的に別の人(もっぱら女子)と一緒に席を外して、別の場所で話をしているようだった。


3時間目が終わった後には、仲真とわりあい席の近い女子と一緒に、教室外へ出ていくのを見かけた。


後ろ姿を確認する。


三つ編みの長い髪をしている女子。


あれ、あの子、誰だったっけ?


あんな子、クラスにいたっけ?


そこで僕は思い至った。


これまで貴音華子はなこのことばかり意識していたせいで、同じクラスの女子の名前なんて、ほとんど覚えていなかったことに。


顔と名前がきちんと結びついている子なんて、貴音と、僕の右隣りに座っている屋敷やしき美禰子みねこ、そのふたりぐらいしかいなかった。


もっとも屋敷とはほとんど会話をしたことがない。


どんだけ視野狭窄だったんだよ、自分!!


そうののしりたくなった。


こんなことじゃ、ダメだろ。


新しい彼女を見つけようとしている人間が、身近な女性の名前もろくに覚えていないなんて。


とりあえず、その三つ編み女子の名前、後で仲真に聞いておかないとな。


……が、結局、仲真とその女子が戻って来たのは授業開始間際で、すぐに仲真に聞くことは出来なかった。


その後も、昼休みに入ると仲真はすぐに放送委員の仕事で放送室に行ってしまった。


なんだかだで仲真と話をするタイミングを見つけられず、そのうち僕は名前を尋ねること自体を忘れてしまったのだった。


これがまた、後々の展開に悪い影響を与えることになるのだが、その時点の僕には知るよしもなかったのである。(続く)

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