第8話 恋愛の達人に、謁見
憧れのクラスメート、
顔面蒼白、気もそぞろ。
愛はもとより、夢も希望もない、ゾンビ状態だった。
当然、授業内容なんてまるで頭に入ってきやしない。
こんな寄るべない時はそう、ほぼ唯一の友人にすがるしかない。
おすがりするしかない。
僕は授業中ながらこっそりLINEのメッセンジャーで
「我始業前にミッションを実行するも、あえなく玉と砕け散りぬ。
あー、死にたい死にたい死にたい!」
えらく素っ気ない返事が来た。
「生㌔。死ぬにはまだ早い」
僕は再びメッセージを打った。必死で。
「じゃあ、お願いだ、仲真。
僕に救いの手を差し伸べてくれ。
何かこの苦しみから
今回きみから情報を得たことで、彼女への告白を決意したんだから、きみにも責任の一端はあるんじゃないのか?」
「たしかにそれは感じるよ。
ホッシーに告白を急がせたのは、僕だからね。
さしあたってLINEじゃ詳しい話はしにくいし、休み時間の話題にも不適切だから、昼休みに話をしよう」
「仲真、きょうもお昼は放送委員の仕事なんじゃないのか?」
「それはそうだけど、相方に頼めば10分かそこいらは中抜けを許可してくれるさ。
12時10分ごろ、放送室に来てくれ」
「了解したよ。ありがとう」
よかった。これで気持ちが多少なりとも落ち着いた。
無限に落下し続ける負のループからようやく脱出し、僕はゾンビから人間への復活を果たしたのだった。
⌘ ⌘ ⌘
昼休み、仲真に言われた通りの時間に、僕は放送室のドアをノックした。
部屋のDJブースの中には、仲真ともうひとり、前髪娘(と僕が密かに呼んでいる)
ふたりはBGMの曲をかけている間に、あらかじめあらかたの話をしていたようだった。
「ネコ、そういうことで今からちょっと席を外させてもらいたいんだけど」
「いいわよ、他ならぬトモトモのお願いなら。
行ってらっしゃい」
「ごめんね、この埋め合わせはきっとするから」
そう屋敷に礼を言って、仲真は僕と一緒に屋上まで上がったのだった。
僕は仲真に先ほどの放送室での発言について、話題を振ってみた。
「屋敷さんのことネコって呼ぶのな、仲真。
彼女と仲いいの?」
「ミネコだから略称ネコさ。分かりやすいだろ。
彼女のほうからそう呼んでくれって言われたから、ネコって呼んでるだけで、特に親しくしているわけでもないよ。
で、そのお返しというかなんというか、僕はトモトモと呼ばれている。
ネコとは同じ放送委員としての業務連絡的な話とか、かけている曲の話が多いけど、クラスの連中の噂話も少し話すことはあるな。
もちろん、世間話の域は出ないし、放送室以外にはネコとの接点はないに等しい。そんなところさ」
「ふーん、仲真って女子生徒とニュートラルっていうか自然に話すのがうまいよなー。
僕なんかとても無理だ。異性って意識すると、どうもしゃべりがぎこちなくなっちまうな」
「そうかね。慣れの問題だと思うけどねぇ」
仲真はいつもそういうのだが、コミュニケーション能力って人によって生まれつきだいぶん違うんじゃないか、僕はそう思ってしまう。
前置きはそのくらいにして、僕は本題に入った。
「LINEで伝えたように、貴音さんへの告白は失敗に終わった。
もう、完敗さ。
でも、ひとつだけ収穫があるとすれば、彼女は特定の男子からの告白を待って、他のすべての男子の求愛を拒んでいるのではない、というのが分かったことかな。
もちろん、彼女のその言葉に、嘘偽りがないってのが大前提だが。
彼女いわく、今はひとに言えない事情があって、すべての求愛を断っているのだそうだ」
「ということは、これからイケメン
「その通りだ。いずれその結果は僕たちの知るところとなるから、彼女の言っていたことが本当かどうかも分かるわけだ」
「告白失敗は残念だったが、ある意味救いのある失敗だったな」
「ああ」
僕はうなずいた。そして、続けた。
「で、仲真にお願いだ。
なんとかこの失恋地獄から脱出する方法を教えて欲しいんだ。
マジでだ。頼む!」
僕は仲真ににじり寄り、その手を取って懇願した。
仲真は僕の攻勢にタジタジとなりながら、かろうじてこう言った。
「おいおい、そんなに激しく迫らないでくれよ。
ホッシーならそのつもりは無いって知っているけど、僕らはまるでBLカップルみたいに見えてると思うぜ、周囲の連中には」
そう言われで周囲を見回すと、四方にいる何組かのカップルが、興味津々といった風情で僕たちを見つめているのだった。
僕はあわてて、仲真から離れた。
ふぅ、危ない危ない。言っとくけど、僕はノンケだからね?
仲真は頭をかきながら、こう言った。
「恋愛に縁のない僕にいい知恵は浮かびそうもないけど、そうだなぁ、いい知恵を出してくれそうな人なら、知らないでもないんだけど……。
それでもいいかな?」
「仲真の知り合いに、そんなヤツいたのか?
ぜひぜひ、その人を紹介してくれ。お願いだ!」
仲真は、スマホを取り出しながら、笑顔でこう答えた。
「オッケー。さっそく連絡をとってみるよ」
「ありがとう。恩に着るよ。
で、その人はいったいどこにいるんだ?」
「この校内さ。
要するに、1年上の先輩。
かつて放送委員会の委員長だった人で、名前を
僕の知る一番の、恋愛の
そして、スマホを差し出して、その人の顔写真を僕に見せてくれた。
茶髪で、彫りの深い整った顔立ち。
ちょっと苦味走った笑顔を浮かべたイケメン。
苗字はモテギかぁ。
いかにも名は体をあらわすって感じだ。
ちょっとだけ、期待が持てる気がしてきた。
「今から茂手木先輩に連絡して、うまくいけばきょうの放課後に時間を作ってくれると思うけど、ホッシーのほうは都合つくかい?」
「もちろん、空いてるさ。ノープロブレム。
たとえ部活の予定が入っていたとしても、きょうはブッチしてその人と会う!」
「おぅ、いつもの元気がようやく戻って来たようじゃないか。
お役に立てたようで、よかったぜ」
僕と仲真は、笑顔でたがいの
あとは茂手木先輩に会うだけ。
そう思っていたが、僕はある一点がふと気になった。
そこで、それを仲真に確認することにした。
「ところで、相談ごとをするからには、それなりの御礼を用意しなくちゃいけないんじゃないか?」
「先輩への御礼ってこと?
学内だから、金品のやり取りはさすがに求めないと思うけどな。
そんながめつい人だったら、僕もとっくの昔に縁を切っているさ。
でも、相談内容の難易度によっては、知恵を授ける対価として何かしらの情報を提供してくれってことはあるかもしれないな。
まぁ、なんとかなるだろうよ」
そう言って、僕は仲真にポンと肩を叩かれた。
そして、彼は再び持ち場の放送室へと戻っていったのだった。
⌘ ⌘ ⌘
午後の授業中に、仲真からのLINEメッセージが来た。
「きょうの放課後、会ってくれるそうだ、先輩。
時間は3時半。場所は、現在活動休止中の演劇部部室。
鍵は彼の特別コネクションで、手に入れてあるそうだ。
ドアをノックして、向こうが『なんのご用で』と聞いたら、『破れたハートを売りに来ました』と言ってくれ」
「ラジャー。いろいろすまん」
「どういたしまして」
僕は、その先輩の洒落っ気に、授業中にもかかわらず思わず微笑んでしまったのだった。
さて、放課後。僕は演劇部部室のある、通称「旧校舎」と呼ばれる古い木造校舎へと足を運んでいた。
3階の一番奥まった場所にあるその部室のドアを叩くと、少し低めでハスキーな声が返って来た。
「なんのご用で」
僕は、はっきりとした発音でこう言った。
「破れたハートを売りに来ました、博多から」
すぐにドアが開いた。
すでに写真で見た通りの、シブめの色男が顔を出した。
一応学生服着てるけど、この人ホントに高校生?
10回くらい留年していたりして、ってのが第一印象。
そのくらい、シブかった。(一応、褒め言葉)
「それはどうも遠方からご苦労さん。
…ていうか、その合言葉のネタ元を知っている後輩なんて、きみが初めてだよ!
よく知ってたね、約40年前の甲斐バンドの曲とか」
「母が昔からファンでしたから」
「あっ、そう」
ちょっとテンションが下がった茂手木先輩だった。
「さて、きみの話をお聞きしようじゃないか。
まずは、この椅子に座ってくれたまえ」
と言って彼に指し示されたのが、かなり年代もので布張りの、ひとり掛け用ソファだった。
先輩はそのソファと対になった、もうひとつのソファに足を組んで座る。
「すでにきみのクラスメート、仲真くんから聞いていることと思うが、僕は3年生の茂手木というものだ。
下の名前は
で、仲真くんいわく僕のことを「恋愛の達人」と呼んでくれているんだが、僕自身そう名乗っているわけじゃないからね。誤解なきよう。
僕は
過度の期待は、しないようにね」
そう言ってニヤッと笑った。
もう、その笑いひとつで「この人、ただ者じゃないな」と感じとった僕であった。(続く)
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