第33話 33、修一の引退 

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 ケルト国執政官の住居は一ヶ月後に完成した。

国会議事堂の後ろの政府庁舎のその後ろに半径500mの円形の芝地があり、中央より庁舎側に近い位置にこぎれいな2階建ての家屋が建てられ、建物から真直ぐにタイル張りの道路が政府庁舎に通じていた。

芝地の周囲は高さ50㎝程の白のペンキが塗られた木の柵が廻らされていた。

低い柵ではあったが何物も入る事はできなかった。

 金属光沢をしたロボット十体が建物の周囲を常時巡回していた。

犬であろうが、子供であろうが、そして小鳥であろうが芝生に入った物は消された。

敷地の中央上空10mには暗黒の搭載艇が浮遊していた。

修一が住居に入ると首都の上空にあった宇宙船G13号は上空に消えた。

フライヤーは住居の中に収まっていた。

広大な敷地にしたのは狙撃を恐れた為であった。

500m以上の距離があればケルト国で使われている銃の射程距離では狙撃できない。

 修一は最初に世界の各地に語学学校を開かせ、多くの語学教師を好条件で派遣させた。

語学学校で優秀な成績を収めた者は首都に留学させた。

ケルト国の各都市には新たな国立大学を設立させた。

入学試験で成績が良い者には十分な奨学金を与えた。

義務教育の制度を作った。

小学校と中学校には全国統一卒業試験が行われた。

難しい試験ではなかったが通過できなかった者は留年した。

留年は恥ずべきことではなかった。

この年齢では誕生日の一年の違いは大きいのだ。

 産業は世界各地に分散させた。

生産効率は悪くなったが修一はそれでいいと思った。

修一は工業技術が一国の寡占状態になる事は好ましいとは思わなかった。

世界のどの地域においても農業から工業までの広い分野を持っていなければならないと思っていた。

ゾーア国には軍需産業が発展するように配慮した。

軍需産業は幅広い産業の最先端を必要とする。

そしてそれはズーに約束していたことでもあった。

 奴隷制度の廃止は五年ほど経ってから少しずつ行われた。

一律ではなく奴隷のいる地域での産業が確立してからその地の奴隷制度を廃止した。

急に奴隷から解放されてもまともな生活は成り立たない。

奴隷が工員なり農業従事者なりになることができる状態になると奴隷は解放され、土地と家と定まった賃金を確保するよう使用者に義務づけさせた。

反対する者は投獄された。

奴隷を使っていた大地主は奴隷解放を命じられ、奴隷のための農地と家を用意するよう命令された。

反対する者は投獄された。

 ある地方での奴隷解放のニュースが広がると奴隷制度は急速に無くなって行った。

執政官による強制的な奴隷廃止が一旦命じられたら大損することは明白であった。

逆らったら強制執行され何年も投獄される。

 農業に奴隷を使用していた者達は土地を分割して奴隷に与えてから奴隷を解放し、身の安全と自身の土地を確保した。

工業に奴隷を使用していた者達は奴隷に給与を支払うようにしてから奴隷を解放した。

そして身の安全と自身の商売を確保した。

 独立が認められている属国からのケルト国への貢ぎ物はそのまま継続された。

多額のお金は安全保障費と名前が変った。

修一はそれらの国が他国から攻撃された時には攻撃を排除すると約束した。

そして修一がいる限りはケルト国からは侵略しないと約束した。

それらのお金はゾーア国の軍需産業につぎ込まれた。

 属国では奴隷制度が続いていたが修一は『国籍法』なる国際法を作って従わせた。

「如何なる人も自国に戻る権利がある」というあいまいな法律であった。

修一は属国の首長に圧力をかけ、属国での奴隷制度を廃止させた。

属国は奴隷がその地に留まるように優遇措置をとった。

人は力なのだ。

 修一の治世は30年に及び修一も蓮も老人になった。

その間、執政官の治世に対する民衆の反対はほとんど起きなかった。

修一の治世がゾーア星の文明発展のために行われているということは早期に理解されていた。

 修一は人間的な支配欲がなく、自分が正しいと思うことを執務室から次々と命令していった。

役人の不正が見つかれば役人を罰金なしで罷免させ罪に見合う期間だけ投獄した。

どんなに地位が高い者でも罰金なしで罷免され罪に見合う期間だけ投獄された。

不正に罰金は無かった。

厳しい投獄だけであった。

高い地位の者の場合の投獄期間は人間の平均寿命を越える場合が多かった。

なぜか、修一には不正が見つかってしまうのだった。

 蓮は修一よりも若かったが修一より早く他界した。

蓮の遺体は家の横で火葬にされ、遺骨は砕かれ敷地にまかれた。

蓮が人生の半分以上を過ごした土地だった。

 修一は蓮が亡くなると執政官の職を止める事にした。

宇宙船G13号を南半球の熱帯雨林の中に隠し、ツタ植物が宇宙船を隠すまで数年待ってからケルト国の議会に辞任の意向を伝え、早急にゾーア国と平和条約を結ぶように命じた。

この時、ケルト国の首相はケンになっていた。

首相も議会も修一の意向を受け入れ、ゾーア国との平和条約を修一の執務室で結んだ。

これで30年以上にも亘る長い占領状況はなくなった。

 「修一様、長い間ありがとうございました。ゾーア星は発展を続けております。修一様の公正な統治にケルト国民は感謝しております。大きな争いもありませんでした。修一様は本当の神様でした。私は修一様にお会いできて幸いでした。」

「あまり人と交わる事がなかったからさ。」

「修一様はこれからどうするおつもりでしょうか。困った時にはご相談に伺いたいと思っております。」

「人と会わないところで死ぬまで過ごすつもりです。ケンさんが来ることが出来ない所ですよ。」

「宇宙でしょうか。」

 「秘密です。それからケンさんには私の個人的秘密を教えておきましょう。私には尻尾がないのです。着けているのは偽物です。蓮は骨が入った本物の尻尾を持っていました。」

「知っておりました。修一様の尻尾は感情を表わしておりませんでしたから。」

「いつ頃からわかったのですか。」

「修一様と最初にフライヤーに乗ったときからでございます。」

「それなら最初からじゃないか。そうだったのか。」

「あの、お美しさが変らない千様は尻尾が感情を表しておりました。千様とはどういう方なのでしょうか。」

「そうなの。尻尾が感情をね。千の尻尾は表皮の延長だ。骨がはいっていないのに。根元でも動かしたのかな。千は新しい人間さ。僕の相棒だ。」

 修一と千とロボットはケン首相やゾーア国の大使や庁舎の職員が見送るなかで搭載艇で上空に消えて行った。

ケルト国執政官の建物は30年間の歴史としてそのまま残り、周囲の敷地には木の苗木が植えられた。

苗木が大樹になったら公園として解放する事も決まった。

その地はケルト国に発展をもたらした神の住んだ地だと国民は畏敬の念を持って見ていた。

 修一は植物に覆われた宇宙船G13号の近くに搭載艇を降ろし、搭載艇を宇宙船に格納した。

宇宙船の蔭に小さな快適な家を作り、毎日周囲を探険して過ごした。

自分の身に老いを感じた時、修一は千に言った。

「千、今日老いを感じた。僕が死んだら千はどうするつもりだい。」

「私は最初は修一様を修一様のお望み通りに遺体を処理し、最終的には動きを止めると思います。」

「そうか、僕の遺体は残っている冷凍睡眠のカプセルに入れてほしい。本当はしっかり生きている時に入った方がいいのだが踏ん切りが付かないんだ。気を失って、もうダメだと思ったらカプセルにいれてほしい。ずっと宇宙船にいたい。」

「了解しました。おまかせ下さい。」

 「千が動きを止めるってどう言うことだい。」

「はい、修一様。以前ホムスク星への報告の方法が議論された時、私のメモリーバンクの中に超空間通信機の設計図が入っていると申した事がございます。」

「そうだったね。確か、船長と妙と議論していた時だ。」

「左様でございます、修一様。その後、超空間通信機が出来るかどうかを検討しましたが一つだけ不足の部品がありました。7次元に常時存在している部品です。その部品はこの世界でも地球でも一つしかありませんでした。それは私の頭蓋の中枢に一つだけ入っております。私が他のロボットと違って超能力が使えるのも人間のように自我を持つ事ができるのもその7次元物質が入っている部品があるからでした。その部品を取り外せば私は動きを止めざるを得ず、修一様をお護りする事が出来なくなりますから超空間通信機を作る事が出来ませんでした。修一様が冷凍冬眠カプセルにお入りになったら私は超空間通信機を作って宇宙船G13号のこれまでの顛末をホムスク星に詳細に報告するつもりです。報告を受けたホムスク星はこの星に調査者を送ると思います。まだ冷凍冬眠カプセルに入っている数百人のホムスク人と修一様をお救いするためです。私の作成者がまだ存在していたらそうすると思います。既にホムスク星はG13号が出発してから何百万年も経っております。今では若返りの技術が出来ているはずですから修一様は若返ることができるかもしれません。」

「そうだったのか。でもどうするかは千自身が決めていい。宇宙船の義務に縛られる必要はない。千は自我を持っている。人間と同じだ。不死の神様になってもいい。不死の千なら搭載艇でどこにでも行ける。地球に戻って神になることもできる。」

「ありがとうございます、修一様。千は修一様の相棒です。」

 修一は老衰前の意識喪失になってから冷凍冬眠カプセルに入れられた。

千はそれまでに作ってあった報告書に修一の冷凍冬眠入りを加えた。

報告書には宇宙船G13号に眠る修一と乗務員を救出するための調査隊を派遣してほしいとの要請も含めた。

千は自分の頭蓋から7次元物質を取り出して超空間通信機に組み込むための自動装置を作り、ロボットに通信機の発信ボタンを自分に代って押すように命令した。

千は自動装置に半身を入れてから修一との人生は楽しかったと懐かしんで扉を閉めた。

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