第25話 25、宇宙の迷子 

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 「自動遷移が悪かったのかなあ。」

修一は千が淹れてくれたクルコルを飲み呟(つぶや)いた。

「そうだったかもしれません。おそらく自動遷移では全員が冬眠していることを前提にして、最大遷移距離の1万光年に設定されていたのかも知れません。」

「そうだった。自動遷移は50億光年を渡るために作られていたのだった。まあ苦痛を我慢すれば太陽系に帰れるだろう。」

「船体チェックを致します。」

「病み上がりの体に無理をさせたからね。。」

 「粒子エンジン点火。異常なし。エンジン停止。」

「よかった。エンジンが無事なら遷移もできる。」

「他には。」

「修一様、傷口がまた開いたようです。船内の与圧が低下しています。場所は。宇宙船上部と宇宙船前部です。傷は大きいようです与圧が急速に下がっております。」

 「全ての部屋の扉を閉鎖。非常扉を閉鎖。司令室と周囲の部屋を優先的に与圧する。冷凍冬眠室は与圧不要。その後各部所を点検。気密が保たれるならそのまま。気閘(エアロック)周辺と搭載艇とフライヤー格納庫を与圧。そこまでの通路も与圧。司令室から搭載艇まで通路を確保する。とりあえずそれでいい。」

「了解。」

「一段落したら残っている防御板を展開する。防御板のある方が進行方向になるよう船体を回転する。」

「了解。」

 宇宙船の傷は深かった。

水耕農園は凍りついて乾燥した。

「まあ、搭載艇が無事だったから良かったよ。フライヤーも無事だったし。それでここはどこだい、千。」

「まだわかりません、修一様。」

「渦状碗か。この辺りの地図はまだ出来ていないからね。別の宇宙船が調査する予定だったんだが連絡はつかないな。何年も何十年もかかる。気休めにビーコンシグナルを定期的に発信するようにセットしておいて。」

「了解。」

 「千、それからさっき言った防御板の展開と宇宙船の回転は行った。」

「いえ、まだ行ってはおりません。」

「よかった。しばらくそのままにしておいて。」

「なぜでしょうか、修一様。」

 「このまま正確に反転して1万光年戻ることができたら太陽系だろ。戻るべき方向は知っておきたい。実際にはこの位置でエンジンを吹かせて停止してそのまま加速すればいいわけだが、船体がもたない。でも真後ろを観測して、帰る道を知っておけば安心と言うものさ。」

「了解しました。真後ろの画像の中心クロスの位置が太陽系です。パターンを記録しました。防御板を張り、宇宙船を回転させます。」

「了解。」

 暫くして宇宙船の電脳が描いた天の川を中心とした星の配置図が出来上がった。

それをモニターに映る天の川にマージさせるとかなりの部分が合致していた。

「位置は決まったわけだ。これまで太陽系がある渦状腕を調べて来たのが役に立った。宇宙地図様々だ。配置図にない星はこの渦状腕の星のはずだからG型恒星を片っ端から調べよう。今は光速の1%くらいの速度だから恒星までの距離も分る。近い恒星で惑星がある星を捜す。その間に亀裂を塞(ふさ)ぐ。もともと応急処理だったしね。」

「亀裂を塞ぐ材料として防御板を使っていいですか。」

「それはダメだ。この速度では防御板なしでは危険過ぎる。丈夫な材料ねえ。蓮さん、何か材料になるものがないだろうか。」

 「私には思いつきません。でも亀裂ができたと言うのは外壁が膨らんだためです。外壁を縮めることは出来ないのですか。」

「縮めるか。蓮さんは凄いことを言うね。確かに、縮めれば材料はいらないわけだ。粒子エンジンは亀裂のない下部にあるし、大きさは直径の半分ほどだ。縮めるとしたら上部と前部になる。上部は展望室で前部は水耕栽培施設で重要な物はない。冷凍睡眠は後部だし、

格納庫と居住区は横にある。分子分解砲はエンジンの下だ。そうね、前部と上部の施設をつぶせば亀裂は塞げる。でも大工事だよ。千はどう思う。」

 「亀裂があれば安全な遷移は出来ません。宇宙船内には適切な材料は見つかりません。第五惑星で生じた亀裂の修理も応急修理でした。宇宙船全体が変形しているのです。今後、適当な恒星が見つかったとしてもそこに行くには遷移が必要です。搭載艇では数光年を飛ぶことは困難です。以上を考慮すれば時間がかかっても宇宙船を修理しなければならないと思います。」

「そうだね。宇宙船の電脳に展望室と水耕栽培施設の放棄を含めた宇宙船の形体変更の可能性を聞いてみて。遷移ができるようになるための変更だ。」

「了解しました、修一様。」

 それから一ヶ月、宇宙船G13号のロボット達は大工事を行った。

宇宙船の電脳が出した変形案は修一達が考えたものより大胆なものであった。

宇宙船の前部と上部は球形から平面になった。

外壁の内側には導電性の金属ネットが張られた。

遷移の時に宇宙船を一体の物とみなすためだと電脳は答えた。

遷移は外壁の不均衡を嫌うのだとも言った。

 修理の一ヶ月の間に最初の目標の星系も定まった。

五光年先のG型恒星で、惑星もある。

太陽系に戻ることは考えなかった。

1万光年の遷移にこの宇宙船が耐えることが出来るとは思えなかった。

人間にあれほどの苦痛を与えるのだ。

宇宙船にも大きな負担をかけているはずだ。

 「修一様、遷移準備できました。加速してよろしいでしょうか。」

「OK。どのみちやらなければ行けない。目を閉じてジャンプだ。加速。光速の90%で遷移する。」

「了解。加速開始。」

光速の90%に達すると修一は再び赤い遷移ボタンを押した。

「神様の神頼みだな。」

 五光年程度では苦痛はほとんどなかった。

宇宙船G13号は問題なく遷移を敢行し当該星系に入った。

「遷移完了。粒子エンジンはそのまま。速度を星系内巡航速度までに落とします。」

「エンジン停止。防御板を張ります。船体を回転します。完了。」

「船体の損傷は発見できません。」

「うまくいった。観測開始。」

 観測の結果、その恒星系は14個の惑星で恒星されていた。

人間が住めそうな惑星は第四惑星だけだった。

その惑星に衛星はなく、大きな海と植物が生い茂った幾つかの大陸があった。

「第四惑星は住めそうだ。でも一応、その他の惑星を調べておくべきだな。急ぐ旅でもないからね、千。」

「そうですね、修一様。」

 「蓮さんも一緒にこの星系を探険しよう。おもしろいかもしれない。搭載艇でね。」

「お供致します。修一様。」

「搭載艇の方がずっと安心だし、小回りがきくんだ。千、宇宙船はこのままで大丈夫かい。」

「大丈夫だと思います。この速度なら惑星に近づくのは一ヶ月後ですから。」

 探険はさしておもしろい物ではなかった。

第四惑星以外は小さすぎたり大きすぎたり寒すぎたり熱すぎたりであった。

修一は搭載艇で第四惑星を調べることにした。

人工衛星は無かったから安心して大気圏上部に侵入し、地表を観測した。

「さて、最初は大気チェックを行う。ロボット二体を地表の森に降ろし、大気を簡易調査する。調査後、ロボットは搭載艇に戻す。以後の調査は搭載艇で行う。」

「了解。」

 第四惑星の大気は地球とほとんど同じ組成であった。

自転軸は傾いており、惑星には四季があった。

気温分布も地球と似ていた。

そして人が住んでいた。

海岸沿いには人家も建っていた。

しっかりした家で庭もあった。

 内陸に入って行くと幾つかの石組みの高い建物が建っている都市があった。

鉄道もあったが、線路には蒸気機関車のような煙を出している物が走っていた。

都市には自動車も走っていたが馬車も広い道路を走っていた。

修一と千と蓮は都市の住民を見て同じ言葉を発した。

「尻尾(しっぽ)がある。」

この惑星の支配住民は地球の第五惑星と同じように尻尾を持っていた。

 「蓮さん、尻尾があるよ。蓮さんの地球と同じだ。立派な尻尾を持っている。男達は全員ズボンから尻尾をだしている。そこが第五惑星とは違う。第五惑星の男は尻尾を出している者と隠している者がいた。生活レベルは第五惑星より遅れている。第五惑星では馬車は走っていなかった。蓮さん。感想を聞かせて。」

 「はい、修一様。私は神が下さった僥倖に感謝しております。第五惑星以外に尻尾がある人々が住む星がこんな近くの宇宙にあるとは思っておりませんでした。」

「一万光年はそんなに近くではないけどね。でも、ぼくも僥倖を感じるよ。最初の惑星でまさか人間に出会うとは思っていなかった。千、楽しくなりそうだね。これでこの大気の免疫さえできれば地表に行ける。」

「さようでございます。」

「地球の神様でいるより、この星の市民になる方がずっと楽しそうだ。何故だろう。」

「修一様には人間の支配欲がないからでございます。」

「子供の時から一人でいたからね。」

 千は不思議そうに修一に言った。

「修一様のご両親は子供の時にお亡くなりになられたのですか。」

「僕には両親の記憶はないんだ。物心がついた時には施設に入っていた。他の子供がいないんだ。施設の人に両親のことを尋ねると口を濁してはっきり言わなかった。きっと捨て子だったんだね。」

「でも当時のホムスク人の世界は豊かでしたから生活苦が理由の捨て子は無かったはずです。ご両親は何かの事故で亡くなられたのかもしれません。」

 「でも、事故だったらそう言うだろ。」

「そうですね。事故だったら伝えてもいいし、捨て子ならそう伝えてもいいわけですね。」

「変だろ。僕の両親は重犯罪人で僕は刑務所で生まれたとか、既に死刑になっているとかだろうか。」

「でもそうなら他の子供といっしょに育てるはずです。」

 「僕が成人になったら僕は施設を追い出されてね。航宙士の仕事に着くようになってしばらく経ってから施設に行ったら施設は無くなっていたよ。」

「修一様だけの施設と言うことですね。推測ですが、施設の方はご両親のことを修一様に話す事を禁じられていたのかもしれません。それ以外は修一様が立派な成人になって施設を出る時にも話さない理由は見当たりません。」

「だれかが禁止したねえ。禁止できるってことは権力を持っているってことだ。僕はやんごとなき人の御落胤(ごらくいん)かもしれないね。」

「その理由は修一様に一番似合っております。」

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