第20話 20、ホムスク砦 

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 二番目の訪問者は巨大な恐竜だった。

ホムスク砦の柵の外側の雪原の先の森の中から出現し、砦を見ていた。

恐竜出現は砦の見張り台にいたロボットが発見した。

警報を受けた修一はとりあえずフライヤーに乗って30m上空に待機した。

恐竜が柵に体当たりしたら何らかの損害が発生する。

恐竜は雪原を横切って砦に近寄るのを躊躇しているようだった。

恐竜だって深い雪原を進むのは辛いのだろう。

 「千、恐竜は迷っているようだね。」

「そのようです。恐竜は爬虫類に属すると言われておりますが恐竜の体温は下がらないようですね。雪原は辛いと思います。」

「近くに行って聞いてみようか、千。」

「会話は通じないと思いますが、それを試みることに問題はないと思います。」

修一はフライヤーを恐竜の方にゆっくりと進めた。

高度は地上10m。

恐竜の頭の高さ辺りだった。

修一は恐竜の20m前にフライヤーを浮遊させ、ドームを開けて様子を見た。

千は修一の後ろに立ち修一を守っていた。

恐竜が攻撃して来たら華奢な細指に組み込まれた分子分解銃で一瞬に恐竜を消す自信があった。

 修一はヘッドフォンを冠って大声で言った。

「そちはだれじゃ。」

恐竜は頭を左右に向けて周囲を見回した。

頭の中で音が聞こえたのであろう。

「おまえの前にいるワシが話している。そちはだれじゃ。」

恐竜は首を振ってからフライヤーの修一を睨(にら)んで少し後ずさりした。

「わしは神だ。頭(こうべ)を下げよ。」

恐竜は混乱している様子であった。

頭を振り、さらに後退した。

 修一はフライヤーを少し前進させ再び言った。

「わしは神だ。頭を下げよ。」

驚いたことに恐竜は頭をさげた。

「よし。わかったようだな。わかったら咆哮しろ。咆哮だ。」

恐竜は頭を下げたまま巨大な口を開けて咆哮した。

 恐竜にとって頭を下げたまま咆哮したのは初めての経験だったろう。

「よし。分ったようだな。頭を上げてわしを見よ。」

恐竜は頭を上げてフライヤーの修一を睨(にら)んだ。

「よし。わしは神じゃ。後ろの森に戻れ。」

恐竜はもう数歩下がってからゆっくりと方向を変えて森に入って行った。

 「修一様。驚きました。恐竜が修一様の命令を理解できました。」

「この通訳機がイメージを脳に送るからだよ。でも恐竜に言葉はないようだね。翼竜も同じだ。一方通行だよ。」

「そうでした。いろいろな音を発することができて言葉ができるのだと思います。恐竜や翼竜にはそれができないので言葉が無いのですね。」

「とにかくあの恐竜はもうここには近づかないだろう。一件落着だよ。」

 この様子を見ていた者がいた。

翼竜のクワーワーだった。

森の端の梢に隠れ、神が恐竜を従えさせたのを確認した。

 ホムスク星でもそうであったがホムスク砦でもロボットは力強い労働力であった。

船長は大木の柵の外側に柵よりも高い石塁を築かせた。

山で花崗岩の岩肌を見つけるとそこを石切り場にして方形の石を切り出した。

ロボットの持つ分子分解銃は楽々と石を切り裂き互いに凹凸を持つサイコロ型の石を造り出し、大石を頭上に掲げて浮遊して石塁に運んだ。

ロボットは柵の外側の土を消し、土台の長石を埋め込みその上に隙間の無い垂直な石壁を築いて行った。

 一つの山が消える頃、ホムスク砦の周囲は頑丈な大石の高い塀で囲まれていた。

相変わらず出入り口は作られなかった。

作ろうと思えばいつでもできた。

大木の柵はそのまま残された。

砦を通る道路は全て凹凸の無い石畳にされた。

石塀の内側には赤外線の発光板が埋め込まれ、砦の内側を照らした。

町の中央には空中高くに浮かぶ大きな傘が作られ、そこに埋め込まれた赤外線の発光板が町を照らした。

砦の外側は積雪で覆われていたが砦の中に雪は無く乾いていた。

気温は低かったが周囲の建物から発する放射熱で寒いとは感じられなかった。

船長はホムスク砦を常春の桃源郷に変えた。

 ホムスク砦の環境が整うと船長は十名の男女の乗組員を冷凍冬眠から目覚めさせた。

ホムスク星で育った男女は最初は当然戸惑ったが、もともとどこかの星に移住することを目的として宇宙船に乗り込んで来た者達だった。

宇宙船が既に大宇宙を飛行できないことを知り、周囲が雪で覆われている原因を知ると、この地で生涯を終えなければならないことに納得した。

船長は気に入らなければもう一度冷凍睡眠に入ってもいいと言ったが、それを望む乗組員はいなかった。

 新しい男女の住民の加入はホムスク砦に変化をもたらした。

人間はそれぞれの希望がある。農作業を好まない者もあれば娯楽を好む者もいる。

狩猟を好まない者もいれば探険を好まない者もいる。

異性を求める者もいれば宇宙船での読書を好む者もいる。

要するに旧住人とは異なる意見を持つ者もいるということだった。

彼らが宇宙船の中で目覚めたのなら彼らは宇宙船の規則に素直に従ったであろう。

しかしながら、彼らは環境の厳しい異星の地で目覚めさせられ、以後はここで生涯を過ごさなければならないのだ。

 「修一、十人も目覚めさせたのは多すぎたかな。」

船長は修一の家を訪れてクルコルを飲みながら愚痴た。

「分りません。経験がありませんから。少なくとも千人を起こすよりはいいでしょう。」

「彼らの気持ちも分るから強く言えんのだ。」

「それに彼らは私とか妙と違って船長を知りませんしね。」

「うむ。わしも何だか他人と話しているような気がするんだ。どうしたらいいのかのう。意見を聞かせてくれんか。」

「仕事があればいいんですがね。生きるための仕事があればね。今は何もしなくても衣食住が足りていますからね。」

「どうしたらいいのかのう。」

 「千、どうしたらいいと思う。」

「最初にするのはロボットの支配権の確立です。ロボットは現在この砦の最強の兵士です。今のロボットは乗組員全員の命令に従います。これまでは命令者が三人でしたし、遷移のために個人用のロボットが各自に割り当てられておりましたから問題はありませんでした。宇宙船には1000体のロボットはありません。乗組員が勝手にロボットに命じることができる現在の状況は好ましくありません。矛盾する命令が生ずる蓋然性は高いと思われます。ロボットに命令できる者を特定するべきです。私は船長と妙様と蓮様の個人用ロボットを除く全てのロボットの命令権者を船長にまとめることがよろしいと思います。もちろん私は修一様の個人用ロボットですが。」

 「そうだね。その通りだ。各自がロボットを使えないようになれば自分で動かなければならなくなる。それにロボットは警察のような役割をすることもできる。圧倒的な力を持っているから。」

「それはいいかもしれんな。もともと船長はそうなっていたからな。乗員に命令できたから。だが今はそれが怪しい。」

 「それともう一つの急務がございます。」

「何だい。」

「乗組員の宇宙船への出入りを制限することです。乗組員は宇宙船を制御できます。宇宙船には宇宙を飛ぶことが出来る搭載艇が格納されております。搭載艇を奪って別の星を目ざす者がいないとも限りません。フライヤーについてもです。この砦を出ていきたい者がいないとは限りません。フライヤーにはこの砦を簡単に消し去ることができる分子分解砲が着いております。異端者が使えば危険です。」

 「千さん、話しを聞いて心配になってきた。明日にでも宇宙船への出入りは禁止しよう。」

「それはいけません。するなら今です。時間はありません。船長がそのようなお気持ちになったのなら新しい乗組員も同じ気持ちになっております。今から行動なさるのをお薦めします。」

「船長、千がこう言っているのならそうしましょう。今から宇宙船に行きましょう。」

「そうだな。宇宙船の司令室で話しの続きをしよう。」

三人はフライヤーで宇宙船に入り、司令室に入った。

 宇宙船をチェックすると搭載艇と残りのフライヤーはまだ残っていた。

「千、次は何をしたらいい。」

「宇宙船に動いている者が居るかをチェックして下さい。」

「OK。誰もいない。今日はまだ早いから図書室にも誰もいないようだ。」

「次は宇宙船の扉を閉じて下さい。」

「OK。閉じてロックした。」

「そうしたら相談をお続け下さい。私はクルコルを淹れて参ります。」

 結局、ロボットの半分を船長の命令下におき、半数を修一の命令下に置いた。

修一のロボットは警察と軍隊の役割を持つことにした。

宇宙船への出入り口はロックされ、フライヤーは船長と修一と妙が一隻ずつ制御できるようにした。

残りのフライヤーは宇宙船に戻した。

宇宙船はホムスク砦の数百m上空に浮遊している。

ロボットかフライヤーなくしてだれも近づくことができなくなった。

砦に階層が生じた。

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