第19話 19、新たな命 

<< 19、新たな命 >> 

 1年経って春になったが一面の雪は消えなかった。

ホムスク基地の人間4名と犬6匹は新たな危機を迎えた。

狩猟の獲物が捕れなくなったのだ。

初期の狩猟の楽しみも消え、狩猟が義務のように感じ出していた。

 「船長、ここから移動しませんか。」

修一は食事の後で話しを切り出した。

「獲物が捕れなくなったからか、修一。」

「それもあるのですが狩猟生活には限度があります。食べるために常に動いていなくてはなりませんから創造の余裕がありません。幸い、我々にはフライヤーやロボットがありますから作業自体は楽です。でもなんとなく発展はできないように思えました。」

「そうだな。ワシも暇になってしまった。移動の目的は何だ。」

「狩猟生活を止めて農耕生活になろうということです。ホムスク星でもそうでした。狩猟生活から農耕生活に入ってから人口は増え文明は進展しました。」

 「そうだったな。計画を聞かせてもらえんか。」

「温かな平地に移動します。温室ハウスを建て、穀物と野菜と果物を育てます。平地ならそれらを広げることができます。それと家畜を飼育します。今なら野豚でもウサギでも集めることができます。部落の中で必要な時に穀物と野菜と肉を食べることができるようになります。低温が続くあいだは太陽の恵みは少ないでしょうが我々には巨大なエネルギーがあります。原子電池一つで温室耕作は可能だと思います。」

 「そこまでは修一の提案に異論はないよ。危惧すべき点は何だと思う。」

「戦いの可能性があることです。平地の様子を我々はあまり詳しくは知っておりません。獲物がいなくなって腹をすかせた恐竜は手頃な餌が動かないでいる場所だと思うでしょう。賢い翼竜は空中から家畜を襲うかもしれません。それに何よりも土着の人類がいるかもしれないのです。この基地は大陸にある赤道近くの山の中腹にあります。地球は冷えて惑星の人間も含めた動物達は少しでも暖かい場所を求めて赤道付近に集まりつつあると思います。その中には我々がまだ出会ったことがない人類もいるかもしれません。」

「そういえば凍った地上のマンモスが猿のような人類に槍で攻撃されていた絵本を子供の頃に見たことがある。」

 「もちろん知識はまだ少ないのでしょうがヒトは知恵がありますから、相手が多人数で向かって来られたら我々は宇宙船に逃げなくてはならないかもしれません。」

「相手がその暇を与えるかどうかだがな。」

「蓋然性は低いかもしれませんが可能性はあります。」

「妙はどう思う。」

「船長、我々にはまだ十分な活力があります。どのみち宇宙船の乗組員が目覚め、人数が増えればこの狭い急峻な場所では生活できません。いずれ広い平地に移らなければなりません。今ならそれができます。私も最近は狩猟が辛くなって来ました。」

 「あれだけ好きだった狩猟が辛くなったのだって。妙、どうかしたのかい。病気かい。」

「私、子供ができたの、修一。」

「えーっ。誰の、いや、船長の子供かい。」

「ばっかみたい。当たり前じゃないの。」

「そうか、そうだったのか。いやーっ、おめでとう。妙。」

「ありがとう、修一。素直に受け取っておくわ。」

「船長、そうだったんですか。」

「うむ。そういうことだ。」

 「千は知っていたの。」

「知りませんでしたが気付いておりました、修一様。」

「分らなかったのは僕だけか。」

「修一様、私も知りませんでした。」

「そうか、蓮さん。ぼくだけじゃあなかったか。少し安心した。」

 「まあ、皆の思いは同じようだな。低地に移動しよう。ホムスク族は狩猟生活から農耕生活に移る。それでいいか。」

「異議無し。」

全員が答えた。

床の犬達も皆の興奮を感じたらしく、長い雄叫びをあげた。

 翌日から修一と妙は移住に適した低地を捜した。

平地でなだらかな傾斜を持ち川から水を引き込むのに適した土地を捜した。

候補地はすぐに見つかった。

その地は基地の独立峰に連なる低い山で囲まれた広大な平原で、山々からの水の通り道になっていた。

基地の滝の水もこの平原の川に流れ込んでいるのであろう。

低い山々は風を防ぎ、動物も植生も豊かになるはずだった。

「妙、この平原がとりあえず最適だな。」

「そうね、標高50mね。津波もここまでは来ないわね。」

 「千、どう思う。」

「町を作るには適していると思います。」

「町なんてそんな大きいものを目ざしているのじゃないよ。」

「修一様。町を目ざさなければなりません。できれば都を作る目標を持つべきです。これから人数が増えますから。」

「とりあえず四人、いや五人が食べて行けばいいさ。」

「それなら今の基地でも可能です。一人が1年食べる量は1俵の60㎏ですから12m四方の土地が必要です。大人四人なら24m方形の土地があれば十分です。その程度の広さの土地はどこでもあります。」

「わかった。千の言う通りだ。町を目ざし、町に適した土地はここだ。」

二人は土地の写真を撮り、地図を作って基地に帰った。

 基地では構想が入り乱れていたが次第に収束し一つの町の構想が確定した。

ホムスク部族の新しい町は方形で町全体が出入り口のない高い柵で周囲が囲まれ、川の水は暗渠を通して町に導かれ、全ての田畑は柵の内側にあるという配置になっていた。

方形の柵の角の上部は半円形の出っ張りがあり、トーチカのような見張り台のようにも見えた。

肝要なことは誰も柵を乗り越えようとは思わせないことだった。

 多数のロボットを動員して砦を作った。

最初に広大な方形の仮の柵を作った。

次に道路を作り、上水道と下水道を作り、水路も作った。

柵の内側には広大な水田用地を作り砦の中心に行くにつれて畑地用地を作っていった。

最後に川の上流まで暗渠を掘り、下流まで暗渠を掘った。

一見しても分らないように川の水を暗渠に導き、下流と繋げた。

各自の家は各自が作ることにした。

もっとも今の所、たった三軒だったが。

 それからの基地は再び活力に満ちた。

創造は常に心に熱を与える。

妙は次代を担う子供を考え、主導権を持って家を設計した。

修一の家は千が考えた。

蓮の家は蓮が自分で考えた。

修一と蓮が深い仲になっているのはだれもが知っていたが、修一はそれを公式には皆に知らせてはいなかった。

 新しい町の最初の訪問者は翼竜であった。

「修一様、上を見ないで下さい。翼竜が偵察しております。かなり上空で点にしかみえません。あの高さでは空気も薄いし翼竜もつらいでしょうね。」

 「挨拶して来ようか、千。僕をフライヤーに運んでくれないかい。ここの住民は空を飛べることを見せてやろう。」

「修一様、楽しそうですね。」

「フライヤーに乗ったら翼竜の頭の上に止めて逃げたら後を追いかける。」

「了解。修一様を最初にフライヤーに乗せその後で私が乗り込みます。」

「OK。やって。」

 修一は千のテレキネシスで十m上空のフライヤーに置いてもらった。

修一は千が乗り込むとドームを閉じ、急上昇して直ぐさま翼竜の頭上後ろの位置で止まった。

戦闘機の攻撃位置だ。

 翼竜はフライヤーを振り返って睨(にら)み、翼を閉じて急降下した。

修一は翼竜の後を辿(たど)り、時々追い越したりもした。

翼竜は驚いて反転し、反対側に滑空したが、地表はすぐそこであった。

翼竜は精一杯に翼を羽ばたき、高度を得ようとしたがその速度は当然遅い。

修一は翼竜の上空で止まって待っていた。

翼竜は上昇を止め、反転して滑空した。

修一は今度は追い越さず翼竜の真後ろを保持した。

 15分ほどの空中のチェイスで翼竜は疲れはて、とうとう地上に降りた。

修一は翼竜の頭上2mでフライヤーを止め、ヘッドフォンを頭に着けて言った。

「下にいる者はだれじゃ。声が聞こえるなら答えよ。」

「翼竜は頭をフライヤーの方に向けて「クワーワー」と叫んだ。

修一には「クワーワー」と聞こえた。

 「『クワーワー』と申すのか。分ったら頭を二度下げよ。」

驚いたことに翼竜は二度頭を下げた。

「クワーワーよ、この地は神の地だ。近づいてはならぬ。わかったら片方の翼を一度上げよ。」

翼竜は右の翼を一度上げた。

「クワーワー、わかったようだな。今日は許してやる。仲間に今のことを伝えよ。行け。」

翼竜は疲れていたのかもしれないが必死に羽ばたいて最も近い山を目ざして飛んで行った。

 「修一様、素晴らしいことをなされました。まさか通訳機が通じるとは思っておりませんでした。」

「千が以前に翼竜の心の色が見えたって言ったので通じると思ったんだ。クワーワーってけっこう素直な翼竜だったね。」

「翼竜は修一様を今後、神様だと思うと思います。」

「それはそれで名誉なことだ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る