第18話 18、冷えて行く地球
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地球には四季があった。
修一達が地上の生活を始めたのは春であり、地上に達する太陽の日照照度が低くなったとしても地上の草々木々は例年通りに旺盛な活力を示していた。
例え日照照度が低くなっても日照時間は変らなかったのかもしれない。
涼しい夏が終わり、秋になると2500mの標高にある基地は寒くなって来た。
そこは低地よりも15℃ほど下がるようだ。
低地が秋の15℃になれば基地は0℃になる。
「寒くなったわねえ、修一。今日も低地に行くの。」
宇宙船のフライヤー格納庫で妙は修一に言った。
外が寒いのでフライヤーは空中ではなく宇宙船の格納庫に置いてあった。
「もちろんそうするさ。暖かいからね。」
「最近、獲物の数が少なくなったと思わない。修一。」
「まだそれほど感じないよ。恐竜は冬をどうして過ごすんだろうね。両生類は冬眠するが爬虫類は冬眠するのだろうか。」
「分らないわ。修一がここに初めて来て基地を作った時の季節は何だったの。」
「気には留めなかった。春かもしれない。千はわかるかい。」
「春でございました、修一様。」
「その時、基地は寒くはなかった。春だったら寒くてもいいはずなのに寒くなかったのだから低地は暑かったのだろうね。」
「そうなるわね。やはり地球は冷えて来ているんだ。」
「冬にはここも雪で覆われるんだろうな。」
「確実ね。蓮さんはどうするんだろう。ハウスはどうなるんだろう。蓮さんに聞いた、修一。」
「冷凍野菜があるって言っていた。とにかく豊富なエネルギーがあるんだから熱は心配ないんだが日光が少なくなるね。」
「修一、何を言っているの。電力があれば電灯を点ければいいんじゃない。原子電池一個で何でも出来るわ。」
「そうだった。宇宙船があるものね。この基地全体を真夏の温度に千年ずっと保ってもびくともしない。ホムスク部落は常春(とこはる)の桃源郷だな。恐竜はうらやましがるだろうな。」
「でも、修一。私たちは幸せなのよ。地球と言う広い世界がある。そしてひょっとすると冒険もあるし危険もある。安全付きでね。どんなに安全でも宇宙空間での宇宙船の中での生活はもう耐えきれないわ。一旦ここの生活を知ったらね。」
「そうだね。僕もそう思う。ここの生活を経験したら動かない宇宙船の中で仕事も無く過ごすことにはきっと耐えきれない。」
「さっ、仕事仕事。修一、行くわよ。」
「了解。気をつけてな、妙。千、行くぞ。」
「了解。」
冬になり、基地の入口の滝は凍り付いた。
雪は雪庇(せっぴ)となり滝の上部を覆った。
低地も雪で覆われた。
狩猟の成果はむしろ上がった。
雪に着いた足跡を追えばいいのだ。
恐竜の発見は容易だったが狩の獲物は哺乳類に変っていった。
草木が生え茂っていた時には見つからなかった哺乳類は足跡を明瞭に残す雪の季節になると巣の位置が容易に分るようになり、獲物の主役となった。
小型哺乳類動物にとってヒトは天敵であった。
ヒトには足跡を辿(たど)る知能があった。
それまで哺乳類の小型動物は雪の冬も安全であった。
恐竜や他の大型動物は新雪に残る小型動物の足跡には強い興味を持たなかった。
ヒトは哺乳類小型動物に狩の目標を定めた。
哺乳類動物の肉は恐竜の肉よりずっとおいしかったのだ。
「修一、獲物は捕れたの。」
宇宙船の格納庫で妙は修一に言った。
「ウサギ3体と野豚1体だ。」
「大成果じゃない。」
「楽だった。フライヤーがあるから簡単に足跡を追うことができた。フライヤーが無かったらきっと大変だった。雪がけっこう深いだろ。犬も歩けなかった。歩いて足跡を追うなんてできないよ。沢にはまるかもしれないし。」
「そうよね。フライヤーがなければ谷から獲物を引き上げるのも不可能だわね。」
「フライヤー様々だよ。妙の成果は。」
「今日はウサギ1体だけよ。仕事をサボって景色を見ていたの。」
「雪景色ってほんとにきれいだね。」
「きれい過ぎるわ。今日は大分遠くに出かけたの南に向かって進んで南極に着いて、そのまま北極まで行って戻って来たの。どこも雪と氷よ。海まで凍っているの。」
「でも、この前来た時にも両極では海が凍っていたよ。」
「それが半端でないのよ。広がっているようだわ。」
「地球は確実に冷えて来ているってことだ。」
「みんな塵のせいだし、塵は第五惑星のせいだし、それは星の成因のせいね。」
「そうなんだけどなぜ地球は冷えるんだ。」
「それは太陽の光が届かないからでしょ。」
「僕が呟(つぶや)いたのは『なぜ』だよ。『どのようにして』ではないよ。」
「じゃあ、なぜ冷えると思う、修一。」
「妙は地球にとって動植物がある世界と氷の世界とどちらがいいと思う。」
「そりゃあ地球が生きていたら動植物の世界でしょうね。」
「そうだとしたら、地球は上空の塵を取り去らなければならないだろ。地球はどうしたらいい。」
「難しい質問ね。そうね。おそらく冷えたらいいのかもしれない。理屈はよく分らないけど、冷えたら成層圏の塵は下がって来るような気がする。」
「そうだろ。それで『なぜ』地球は冷えるのかなって考えたんだ。」
「修一は地球が生きていて、望まない状況が出来るのを何とか早くなくすようにしていると考えているのね。」
「そうなんだけど、千に言わせれば、千、何て言ったっけ。」
「『心の防衛機制か合理化』でしょうか、修一様。」
「そう、『心の防衛機制か合理化』なんだって。それでは心は完全には晴れないのだって。」
「千さんは難しい言葉を知っているのね。驚いた。でも確かに心は完全には晴れないわね。どう理屈を付けても寒いんだから。」
「そんな風に、どうしても心理学の方に入って行ってしまうんだけど、僕は『地球は生きている』って言いたかったんだ。観点の次元が違うんだよ。だいたいだね、妙は『生きている』ってどういう風に定義しているんだ。」
「それは難解。『動いて、変化して、続く』かしら。それに『合目的性を持って』の副詞が入るわね。」
「『合目的性を持って動き変化し続く』だろ。時間スケールを大きく採れば地球は生きていることになる。」
「そう言えばそうね。千さん、早く料理の哲学を実践しに行きましょ。」
「修一様、妙様を手伝ってよろしいでしょうか。」
「手伝ってやって。哲学料理を作るみたいだから。」
「御意。」
夕食は豪華だった。
ジャガイモとタマネギと人参とウサギ肉の炒め物が葉野菜が敷かれた大皿の上に乗っている。
陶器の茶碗には湯気の出ている白いご飯が盛られている。
お椀には賽の目に切られた豆腐の味噌汁が入っていた。
色々な食材が使われていたが水産物はなかった。
犬達は既に食事を終えて寛(くつろ)いでいる。
蓮は農作に驚異的な才能を示していた。
多くの食材を次々に育てることに成功している。
2体のロボットを駆使して温室を次々に作っていた。
山に行って大木を切り倒し、その場で製材して基地に戻り、入口奥のドームで材木を乾燥させた。
ドームには干された製材の独特の匂いが漂う。
出来上がった製材で色々な小屋を作った。
海岸まで出かけて多量の砂を木桶に詰めて小屋の横に小山を作った。
山で切り落とした枝や廃材を小屋の近くで燃やし多量の灰を小屋に保管した。
山で石灰岩を見つけ切断して小屋に運ばせた。
蓮は温室に使うためのガラスの製作を試みていた。
時間は十分にあった。
知識も宇宙船の電脳には十二分にあった。
そして、ガラス作りに必要な電力は原子電池一つで十分だった。
電気炉に使う電熱線だけは宇宙船の材料室からタングステン線をもらって来た。
残念ながら製品のできはまだまだ使い物にならず、板ガラスは宇宙船の資材室から持ち出した。
皆は地球にある資源から何でも造り出そうとする蓮の努力を暖かく見守った。
宇宙船はガラスなど簡単に作ることができる。
しかしながら、いずれ地球にホムスク族が生まれたら、生活に必要な物は全て地球から調達しなければならないからだった。
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