第15話 15、地球の新しい月 

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 月は計算通り地球の軌道の近くに入ってから安定した。

地球は月の軌道のすぐ先にあった。

もちろん両者に力が働かなければこの位置関係は替わらないがそうはいかない。

月と地球の両者は互いの引力で引き合い、太陽から見れば片方の速度は上がり片方は下がることになる。

うまくすれば互いの軌道は変化し、近接する二つの軌道を持つ惑星ができるかもしれなかった。

そうなったとしても次に会合した時にも何が起るか分らない。

 「修一、まだわからないのか。どうなるんだ。」

船長は苛立って若い航宙士を怒鳴りつけた。

「難しいんですよ、船長。パラメーターが多すぎます。第五惑星の多数の岩石も太陽の引力で加速をつけて今頃になって地球と月にぶっつかろうとしているんですよ。どれがぶっつかるのか予測はできませんよ。妙、妙は予測できるかい。」

 「できないわ。要は予測できたとしてもどうしようもなく予測できなくてもどうしようもないということです。結果は一つです。待っていれば分ります。宇宙船は月からずっと離れていますから安全だと思います。」

「妙は達観しているんだねえ。」

「私、最近、誰かさんと違って大人になったの。」

 宇宙を飛べなくなった宇宙船G13号は搭載艇に引かれて月からずっと離れた空間に既に避難していた。

そして宇宙船の操縦室のパネルの前ではこれから起る宇宙での一大スペクタクルを見逃すまいと五人の乗員が集まっていた。

「月の重力中心が離心しているのはどう影響するのだろう。妙、予測できるかい。」

「せめて月が自転していたら計算できるかもしれないけど。」

「150億光年を飛んで来た宇宙船でも手が出せんな。人間の力なんて小さいものだ。」

 「せんちょー、宇宙船が無事だったら簡単ですよ。宇宙船のばかでかい分子分解砲で月を消してしまえばいいのですから。それからこの星系を離れて別の星系に向かえばよかったのです。」

「そうだったな。すまん。」

「次の星系はどこだったのですか。」

「ここに来る前は4光年離れた恒星だったが、ここが終わったら12光年離れたG型恒星に行く予定だった。」

「そこにも惑星はあるのでしょうか。」

「この星系に着いた時に次の恒星の予備調査をしておいた。惑星は4つ以上あるようだ。」

「この星系くらいきれいなのでしょうかね。」

「この星系は特別のような気がする。これまでこんな星系はなかったろ。」

「そうでしたね。」

 最初に地球と月に第五惑星の破片が降り注いだ。

大部分が小さな岩石破片だったが、大きな岩も少しはあった。

空気の無い月は無数の小さなクレーターができ、大気の濃密な地球は多数の流星が観測された。

太陽の反対側から飛んで来た岩は夜の側に降り注ぐと地表上空を明るい線で満たした。

中には地表に届く岩塊もあり、地表を覆っている白い雲を吹き出物のように盛り上げた。

地表では大地震や大津波が起っているのであろう。

これまで恐れを知らなかった恐竜達は初めて湧いた恐怖の感情に戸惑ったことであろう。

 「安全な所から見ると奇麗だけどあそこには居たくないね。」

「そうね。」

「蓮さん、蓮さんの第五惑星は地球の土になったよ。」

「そうですね。この先、地球で暮すことになるなら第五惑星が入った土を大切にしようと思います、修一様。」

「月は溶岩が固まった平らな表面だったけど、あばた面になったね。」

「修一、変だと思わない。岩石は一方向から来ているのに月の全面があばたになっているわ。」

「そうか、月は岩石が当って自転しているんだ。」

「そうとは限らないわ、修一。一面にあばたよ。自転なら極部分は平(たいら)のままのはずよ。ランダムに動いているのだわ。」

「まあ、これで月の動きが分り易くなったわけだ。」

 月と地球の距離が縮まっているのかどうかは見た目にはわからなかった。近いと言っても人間から見ればとてつもない距離なのだ。

モニター画面一杯に拡大された月の像と、隣のモニターに映る地球の像と、両者が見える像を見ながら起っていることを想像するしかできなかった。

予測と計算なんて出来るわけが無い。

 月の表面画像は動きを見せて第五惑星の核を含んだ面を地球側に向けてその動きを止めた。

地球は雲で良く分からなかったが雲の動きから自転を続けているようだった。

数時間経っても、数日経っても月と地球はその距離を保っていた。

月は重い方の面を地球に向けたままで地球は地球でそれまでの自転を続けていた。

地球は自転の回転力を保ったままであったし、月は回転していない状態を保って地球と対面した。

数日の精密な測定で地球はこれまでの軌道から僅かに変わり、月は地球の衛星となったことがわかった。

月は地球に第五惑星の核を含んだ面をむけ続ける衛星となった。

 「助かった。助かったよ。妙。月も地球も壊れなかった。」

詳細な確認の観測を終えた後で修一は宇宙船の操縦室で言った。

「ほんと。奇跡ね、修一。」

「衛星が出来るのを初めて見た。他の衛星も同じようにできたのだろうか。」

「これは特殊ケースよ、おそらく。だって異常に大きな衛星が重い重しを表面に付けて、それまでの自転エネルギーを衛星表面の溶融に変えることで自転を止め、溶融表面が月を球形にし、宇宙を飛んでその衛星が持つエネルギーで定まった軌道が偶然にも別の惑星の軌道で、さらに互いの引力で衝突しないで二連星のように静かに廻りあうなんて望んだって出来っこないわ。」

「そう言えばそうかもしれないけど自転しない衛星なんてたくさんあるよ。」

「でもその衛星は別の惑星の衛星だったわけではないでしょ、修一。」

 「そうだね。月と地球はラッキーだったんだ。

「信じ難い程の幸運よ。」

「蓮さん、地球の表面が収まれば地面に立つことができることになるよ。重力加速度は1Gだ。第五惑星ともホムスク星とも同じだ。」

「そうなれば良いと思います、修一様。」

「地球の恐竜はとんだ災難だったな。彼らは知性が高かった。これまで恐れは持ったこともなかったろうに。」

「可哀想にね。」

「そうだな。船長、搭載艇で地球を見に行ってもいいですか。」

「今はだめだ。搭載艇は宇宙船を動かすために必要だ。それに今知る必要もないさ。」

「そういえばそうですね。それに惨状を見れば可哀想に思うし。」

 船上時間の1週間が経って、宇宙船は搭載艇に引かれて地球に近づいた。

岩石が飛んで来た方向の反対側から地球に近づき、成層圏上部に停泊した。

ここまで来れば地球の有効な重力圏に入るので宇宙船は自由に動くことが出来るようになる。

「とうとう来ましたね。後は岩の飛んで来そうな場所から離れていさえすればいいですよね、船長。」

「そうだな、修一。」

 修一は搭載艇で眼下の地球表面を偵察してくるよう命じられた。

特に以前構築した第三級基地の様子を見て来るように言われた。

「航宙士、修一は偵察員兼モルモットになって第三級基地の様子を偵察して参ります。」

「修一、もうモルモットにならなくてもいいのではないかな。」

「そうは思いません。多くの岩石が地表に衝突し、多量の微粉末が空気中に漂っております。中には危険な病原菌があるかもしれません。これは航宙士としては決死の偵察であります。」

「わかった、わかった。決死の偵察をしてこい。死に水は取ってやる。」

「了解しました。千、いくぞ。」

「了解しました。修一様。」

「妙、蓮さんの面倒を見ていてくれ。」

「任せておいて。」

「蓮さん、行って来る。待っててくれ。」

「お気をつけて、修一様。」

 第三級基地の位置はわかっていた。

成層圏まで舞い上がった塵の層を慎重に通り抜けると粉塵層の下は澄み切った大気に満たされていた。

赤熱した多くの岩石が海洋に落下し水蒸気を吹き上げ、それらの水蒸気は雨となって空中の粉塵を洗い流したらしい。

雲の上は濃密な粉塵層、雲の下は清涼な大気層という状況であった。

第三級基地は幸いにも無事であった。

一つの岩石もその独立峰には当らなかったようだ。

洞窟前の滝の水量は増していた。

大雨が降ったからだろう。

 「千、基地に入る。翼竜が隠れていたら殺すか追い出せ。小動物も同じだ。動物の病原菌はヒトには危険だ。殺すときは熱線を使え。」

「了解しました。」

洞窟の中には見ただけでは動物はいなかった。

修一は慎重に搭載艇をドームに乗り入れ天井の入口を登って遮蔽扉の前まで進んだ。

「動くかな。」

シグナルを送ると遮蔽扉は下に落ちるように吸い込まれ、先のトンネル内は明るくなった。

 搭載艇を進めると光に満たされた巨大なドーム型の基地の中に入った。

「千、後はフライヤーで調査する。フライヤーを格納庫から出して気閘の前に浮かせて。フライヤーを出すときは外から生物が入らないように気をつけて。」

「了解。修一様、映画を見ましたね。」

「そうなんだ。不用意に開けた入口から侵入した怪物に宇宙船の全員が殺された。」

「注意してフライヤーを出します。」

修一の心配は杞憂だった。

フライヤーでの基地内調査は「問題無し」と結論された。

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