第14話 14、火星の山での会談 

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 月は第五惑星の破片に出会うこともなく虚空を進んでいた。

月の速度は搭載艇を飛ばせて離れた位置から銀河の星との関係を測ることや他の惑星との比較で決定できた。

計算上、月がこのまま太陽の引力を受けて次第に軌道を狭めて行くとすれば、安定した軌道になるのは丁度地球の軌道半径と同じになる辺りだ。

月の質量は地球と比べてずっと小さいのだが地球軌道を廻る周期はほぼ同じだ。

月が地球とどの程度になるかは計算できる。

それは計算上近傍であった。

 月が火星の軌道に入った時、修一は火星のマーさんに会って第五惑星の破壊を知らせてあげる必要があると感じた。

火星の市長ともう一度会って話しをしたいとも思った。

火星の将来のことだ。

 修一は船長に搭載艇で火星に行きたい旨を伝えた。

「火星に行きたいのか。まあ、今はここでは何もすることが無いからな。一人で行くのか。」

「蓮さんも連れて行きたいと思います。火星の市長には第五惑星の崩壊を話す予定です。その時には第五惑星の生き残りがいれば信頼されます。」

「火星訪問を許可する。だが早めに帰ってこいよ。搭載艇がなければ非常時に困る。」

「了解しました。」

船長は諍(いさか)い状態にある妙とよりを戻すことを計画していたらしい。

 修一は月を離れ、火星に近づいて行った。

「千、火星のマーさんには電話番号しか聞いてない。電話では話しが通じないことに当時は気が回らなかったんだ。火星語の通訳機を作ることができるかい。」

「放送のデーターがありますから容易にできます。蓮様がしている翻訳機と同じものを作って火星語の語彙を入力すればできると思います。もし火星語の文章構造が蓮様の地球語の文章構造と同じなら、ホムスク語を仲立ちにして三人で互いに話しをすることが出来ると思います。」

「そうか、マーさんが火星語で話したとしたらスピーカーからはホムスク語が出て、そのホムスク語を蓮さんは地球語で聞くわけだ。いいね三種族会談だ。楽しくなるね。」

「私もそう思います。」

 修一は火星に着くと搭載艇を以前にマーさんと話した山の上空の成層圏上部に停泊させ千に電話の架線を頼んだ。

千は地上が暗くなると体表を暗黒にして町外れの森をめがけて落下し、地表に着いてから近くの公衆電話に細工を施してから搭載艇に戻って来た。

「準備OKです。電話は通じるはずです、修一様。」

まだ宵の口だったので修一は電話をすることにした。

電話番号は0098571111だった。

電話は二回なってから相手が出た。

女性の声であった

 「はい、市長室です。」

「私は以前マー市長とお会いしたことがあるシューと申します。マー市長はおいでですか。」

「少々、お待ち下さい。」

電話からは電話置きオルゴールの単調なメロディーが流れた。

「はい、マーです。」

「マーさん、私は以前、山の山頂で出会ったシューです。覚えていますか。今は頭の中ではなく耳の中におります。」

修一は電話が交換を通っているので慎重に言葉を選んだ。

 「もちろん覚えております。どうされました。」

「マーさんと話をしたいと思い電話しました。第五惑星の件です。以前お会いした山でまた会えますか。」

「もちろん会いに参ります。今日でしょうか、明日でしょうか。」

「今日はもう夜です。明日にしましょう。登山口で秘書を待機させておきます。登山口まで来ることができますか。」

「はい、登山口までは車で行けます。何時に伺ったらよろしいでしょうか。」

「マーさんがいつも登庁するのは何時ですか。」

「朝の九時でございます。」

「それでは朝の十時にしましょう。山は少し冷えております。山の服装がいいでしょう。それでは失礼致します。」

 電話を戻したマー市長は興奮で少し震えていた。

「どうされましたか、市長。震えております。」

「いや、何ともない。明日の予定は全てキャンセルしてくれ。大事な人と会う。明日は家まで迎えに来なくてもいい。休暇を取る。」

「わかりました。シュー様とお会いになるのですか。」

「そうだ。大事な人だ。この星にとってもな。とっても大事な人だ。」

 翌朝、マー市長は自家用車で山の登山口に向かった。

約束の時間には少し早過ぎるが自動車で待っていればいい。

その方が迎えの者の出現も観察できる。

登山口の駐車場に入ると、登り口の近くに一人の女性が佇(たたず)んでいた。

相手はもっと早くからいたのだ。

市長は駐車場奥の登山口近くまで車を移動させ駐車した。

女性は車に近づき、ドアの前に立ちドアが開かれるのを待った。

 女性は恐ろしい程の美人だった。

透き通るような子供のように肌理の細かいうすピンクがかった白い皮膚を持ち、胸まで伸びる先端がカールした光沢のある豊かな細い黒髪を持ち、白いブラウスの裾を黒いパンタロンに入れ、靴は華奢な黒エナメルのハイヒールを履いていた。

顔は左右対称で可愛いと言うより完璧な美形だった。

「マー市長でしょうか。私は修一の秘書の千と申します。市長を山上にお連れするよう言いつかっております。」

 声はシューの時と同じように頭の中で聞こえた。

市長は車から立ち上がり言った。

「市長のマーです。シューさんに会いに来ました。どのようにしたらいいのでしょうか。」

「そこに車椅子を用意しました。それにお掛け下さい。浮遊型の車椅子ですから山登りは容易です。私は後ろから車椅子を押して参ります。」

「貴方のような華奢な女性に重い私を押してもらうことは恥ずべきことです。貴方が車椅子に乗って下さい。私が押します。」

「お気遣いありがとうございます。別に私が押すわけではありません。貴方を驚かせないためにそう言っただけでございます。あの車椅子は車輪を付けてありますが偽装です。あの椅子は数千mの高さまで自在に飛ぶことができます。でも初めての方は高所を恐ろしく感じると思いましたから今回は山道に沿ってゆっくり登ろうと思いました。」

「お気遣いありがとうございます。車椅子に乗せてもらいます。お願いします。」

 市長は車椅子に腰掛け、千は後ろから車椅子を押した。

車椅子は地上50㎝に浮遊し、ぐんぐんと山道を登って行った。

千は車椅子の取っ手をとって共に移動した。

「凄い車椅子ですね。浮かんで山道を登っている。」

後ろを振り返って市長はさらに驚いた。

「あの、貴方も浮いておりますが。」

「はい、私も浮遊しております。お気になさらず。車椅子と同じ原理です。こんな楽な登山は今後めったにないと思いますのでお楽しみ下さい。」

「そうします。」

 車椅子が頂上の平原に着くと、この前にシューと話した場所に簡素なテーブルと椅子があり、シューが立っていた。

シューの隣には別の女性も立っていた。

「修一様、マー市長をお連れしました。」

「ありがとう、千。マーさんお久しぶり。こちらに来て椅子に掛けて下さい。飲み物を出します。」

「お久しぶりです、シューさん。今日はシューさんが本当に異星の方であることを確信しました。」

「確かに。あの車椅子は山登りには最高ですね。ゆっくり山道を堪能できます。」

 「今日はどうされました。」

「マーさんは第五惑星が破壊されたことを知っていますか。」

「知っております。大分前にニュースになりました。」

「第五惑星とその衛星とが衝突して衛星が勝って惑星は岩石群になりました。衛星は最初は第五惑星の惑星軌道を進んでおりましたが太陽の引力と衛星の遠心力の関係でしょうが次第に軌道を狭め、今はこの惑星の軌道に入っております。今後は軌道を外れさらに狭い軌道になるはずですからこの星に影響はないと思います。」

「ケプラーの法則ですね。」

 「そうだ、マーさん、このヘッドフォンを着けてくれませんか。通訳機です。隣にいる女性は第五惑星の唯一の生き残りです。彼女は私のホムスク語もこの星の言葉も分りません。私の言葉はマーさんが聞いているように頭の中で聞こえるのですがマーさんの言葉は聞くことが出来ません。これを着ければ私のホムスク語を仲立ちにして言葉の違う三人が同時に会話できるようになります。」

マーは通訳機を着けた。

修一は光輪が輝くヘッドフォンを外して言った。

「マーさん、私の言葉がわかりますか。」

「分ります。今度は耳から聞こえて来ます。」

「蓮さんはマーさんの言葉がわかりましたか。」

「はい、修一様。分ります。」

 「これで三人が同時に会話できるようになりました。さてケプラーの法則の所でしたね。そうだと思います。今日、マーさんに会いに来たのは近くに来たからです。現在、私は漂流している第五惑星の衛星に乗って移動しております。衛星がこの星に衝突することはありません。でも脱出速度を越えた第五惑星の破片が火星に迫っております。あっ、『火星』と言うのはこの星のことです。第五惑星で使われていた名前です。個々の破片の動きは計算しておりませんが、数ヶ月後に火星に到達すると思われます。防ぐのは難しいのですが脱出速度を超えた岩石は大きくはないと思われます。第五惑星は崩壊したのであり爆発したのではないからです。でも注意すべきです。ただでさえも薄い大気が飛ばされるかもしれませから。」

 「ありがとうございます。それを知らせに会いに来られたのですね。」

「そうです。それと、私の杞憂を言うためです。」

「どのようなことでしょうか。」

「この星の将来です。マーさんはこの星の重力が小さいので大気を地表に繋ぎ置けないことを知っております。いずれ人が住めない星になることを知っております。でも重力が小さいことには有利な点もあります。この星の重力は第三惑星の重力の四割以下ですから脱出速度はそれだけ小さくなります。人工衛星を飛ばす技術があるなら他の星への移住も考えるべきです。現在、第三惑星は巨大恐竜の世界ですが、ここより濃密な大気があり人類が生きて行くのに十分な環境があります。遠い先の話でしょうが移住の準備を進めておくことをお薦めします。」

 「ありがとうございます。この星の将来を心配していただきました。確かに人口の増加率は低く人口は減少傾向になっております。昔はかなり勢いと希望が有ったのですが生活が充足するようになると怠惰が蔓延(まんえん)し、人々は内に籠ります。人工衛星も昔に打ち上げたものです。」

「よくあるパターンです。打開するには強い指導力が必要かもしれません。蓮さん、第五惑星はどうでした。けっこう活気があるように感じたけど。」

「私はそんな観点で心配したことはありませんでした。学生でしたから。でも町の中は結構危険でした。もちろん良い人もおりましたが悪い人もたくさんいました。」

「そうだった。僕がカジノで正当に儲けたお金を奪おうとした。」

「でもあの勝ち方は絶対にインチキがあったはずです。千さんが居ましたから。」

「千、そうだったのかい。」

「蓮様の推測が正しいと思います。」

 四人の会話は昼過ぎまで続いた。

修一はクルコルを、蓮はコーヒーを、マーは初めての飲料を飲んだ。

同じ液体だった。

昼になると四人はフライヤーに乗って火星を三回りした。

少し窮屈だった。

マーを駐車場で降ろした時、マーは修一に多くの国や部族で構成されている現在の火星を一つにまとめ移住の準備をしたいと言った。

 千は頭蓋の電脳に入っていた情報の中にマーの容貌に似た物体があることを見つけた。

それはこれまで何千万年も生き続けているホムスク星の為政者の父の生まれた星に関する情報で、時系列的には一億年以上も過去の情報のはずだった。

その星の太平洋と呼ばれる海にある絶海の孤島には海に向かって立っているモアイと呼ばれる巨大な顔の石像がいくつか立っている。

その一つの顔がマーとそっくりだった。

 千は帰り道、マーの顔のことを修一に話した。

「でもねえ、千。何千万年も生きているホムスク星の為政者の父上の星のことだろう。時系列がおかしいよ。もの凄い過去の記録がこの星系の未来になるかもしれないってどうしてだい。」

「私にもわかりません。でもお父上様の星系の惑星は水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星と呼ばれていたと記録されております。お父上様は地球出身です。」

「僕にはわからないよ。」

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