第9話 9、登山口の駐車場 

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 蓮からのビーコンは次の週の土曜日に鳴った。

修一は電話を一回だけ鳴らして切った。

確認の合図のつもりだった。

千は上空から黒い塊となって山に降下し、キャンピングカーの横に停めてあった四輪駆動車で町に行き、大学の正門に近い駐車場に車を停(と)め、連のマンションを訪れた。

 連は千の訪問を予期していたようだった。

千がインターフォンのボタンを押すと「千さん、どうぞお入り下さい」と応答があった。

千は中に入り、玄関で言った。

「連絡を受けました。どのようなことでしょうか。」

「修一様にお会いしたいのです。どこかでお話できませんか。」

「できると思います。本日の夜か明日の日中が適当だと思います。夜なら修一様はこの近くに来ることができます。蓮様の部屋か近くの公園かフライヤーの中で会話できると思います。ご存知のように修一様の言葉はこの星の言葉ではありませんから喫茶店の様な他人がいる場所は好ましくありません。明日であればアッチラ山でお会いするのが適当だと思われます。他人はおりません。どちらがよろしいですか。」

 「山でお話しできれば素敵だと思います。」

「分りました。蓮様は自動車を運転することができますか。」

「運転はあまり上手ではありませんが一応免許は持っております。」

「そうですか。それなら乗って来た自動車を残しておきます。このマンションを出て右側2ブロック先の駐車場に四輪駆動車を停めてあります。先ほど前金を払って年間契約をして来ました。アッチラ山の登山者用駐車場にはキャンピングカーが停まっております。自動車を運転してアッチラ山の登山用駐車場に来て下さい。修一様はキャンピングカーの内か自動車周辺にいるはずです。もしよろしければこれからその場所にご案内致します。その方が間違いがないと思います。今日は土曜日ですから他の車も停まっていますから。」

「分りました。三分間待って下さい。出かける用意をします。」

 千は蓮を駐車場の四輪駆動車に案内し、アッチラ山の駐車場に向かった。

「凄い車ですね。それに千さんは運転が上手だと思います。」

「ありがとうございます。でもこの車をお貸しするのは今回だけです。この自動車は目立ちすぎます。蓮様をお宅に連れ帰った後に中古の小型の乗用車を購入するに十分なお金を差し上げます。連様は中古車を購入して下さい。私が購入するより目立ちません。中古のの車の方が目立たなくて安全です。車があれば容易にアッチラ山の駐車場に来ることができます。」

「何から何までありがとうございます。」

「どういたしまして。修一様も蓮様にお会いするのを楽しみにしております。」

「ほんとうですか。修一様が私と会いたいって。」

「本当ですよ。」

 千はアッチラ山の駐車場のキャンピングカーの横に車をつけた。

「このキャンピングカーがこの星の唯一の第五惑星第四級基地です。中の調度は整えてあります。この駐車場は広いですからテーブルを出して会話するのに適しております。今日の夜には修一様はここに移動して来ると思います。」

「素敵なキャンピングカーですね。それにこの駐車場はそれほど整備されていないので辺りには花も咲いております。素敵な場所だと思います。明日が楽しみです。」

 千は蓮を連れて町に戻った。

駐車場に車を停めお金を差し出して言った。

「このお金で中古車を購入して下さい。次からはその車で来ることができます。」

「ありがとうございます。でも中古車は今日購入しようと思います。当日から乗ることができる中古車も売っております。千さんもつき合って下さいませんか。」

「そうですね。帰るのも楽ですからそうしましょうか。少し待って下さい。」

 千は座席に座ったまま形体を変えた。

美しい黒髪は野球帽に変わり、顔は少し髭が生えた男の顔になり白のブラウスはチェックのシャツに変わり、タイトスカートと黒のストッキングは少し汚れたスボンに変わり、黒エナメルのハイヒールはスニーカーに変った。

「もう少し品のいい男に変りましょうか。」

「驚きました。数秒で男性に変りました。凄いですね。いえ、それでけっこうです。あの、私にも修一様にも変わることができるのですか。」

「出来ますが、しません。人間は自我を持っております。自分と瓜二つの存在は好みません。」

「そうですね。安心しました。」

 二人は暫く歩いて中古車販売店で当日から使用できる中古車を購入した。

その販売店は最初に千が訪れた中古車販売店であったが協力してくれた販売員は既にそこにはいなかった。

大金が入ったので新しい人生を目ざしたのかもしれなかった。

千と蓮は購入した中古自動車に乗って四輪駆動車を置いてあった駐車場に行き、蓮は四輪駆動車の隣に新たな駐車場を一年間借りて中古車を置いた。

 「これで明日はこの車でアッチラ山駐車場に行くことができます。何から何までありがとうございました。」

「どういたしまして。修一様を喜ばすのが私の仕事の一つです。」

ラフな格好の若者はおとなしい中古車から派手派手しい四輪駆動車に乗り換えて駐車場を出て行った。

蓮は車の中からそれを見送り家に向かった。

 翌日の朝、蓮は山歩きができる服装に着替えてアッチラ山駐車場に向かった。

駐車場には既に多くの車が駐車してあったが不便な奥の方のキャンピングカーの近くは空いていた。

蓮がキャンピングカーに近づくと四輪駆動車とキャンピングカーの間にテーブルが置かれ修一が椅子に腰掛けてクルコルを飲んでいた。

千は修一の後ろに控えていた。

蓮は四輪駆動車から一つ開けて駐車した。

 「連さん、いらっしゃい。ここに掛けてクルコルでも飲みませんか。」

「ありがとうございます。本日は無理なお願いをして申し訳ありませんでした。」

「そんなことはありません。私も蓮さんと会いたいと思っておりました。」

「何をお飲みになっているのですか。コーヒーですか。」

「『コーヒー』。通訳機は『コーヒー』と通訳しました。私は『クルコル』と言いました。蓮さんは『クルコル』と聞こえましたか。」

「はい、『クルコル』と聞こえました。」

「そうですか。ぜひとも『クルコル』を飲んでみて下さい。違いが分ると思います。」

「そうさせていただきます。」

 連は三脚の椅子の一つに腰掛け、千が白磁のカップに注いだクルコルを一口啜り、飲み込んだ。

「これはコーヒーです。おいしい。香りもコーヒーです。間違いありません。」

「そうでしたか。通訳機は固有名詞はそのまま使うようですね。情報が得られました。ホムスク星のクルコルは銀河渦状腕太陽系第五惑星ではコーヒーと呼ばれる。」

「修一様の星はホムスク星と言うのですか。」

「そうです。ここからおそらく100億光年か200億光年先の星です。長い間冬眠してこの星系に着きました。」

「目的は星の征服なのでしょうか。」

「違います。大宇宙の地図を作るのが主な仕事です。それにこの星のように文明が発達している星には我々の存在を知らせてはなりません。あらぬ不安を引き起こしますから。」

「そうでしたか。安心しました。」

 「でもこの星には驚きました。大きな衛星が惑星に接近して廻っております。通常は惑星の大きさに対してずっと小さい星が衛星になるのですがね。」

「そうですね。隣の木星の衛星のガニメデはこの星の月よりも大きいのですが惑星の木星はずっと大きいので相対的には大きくありません。」

「この星系の名前を教えてくれませんか。一番内側から順に。」

「水星、金星、白星、火星、地球、木星、土星、天王星、海王星と言います。恒星の名前は太陽と言います。」

「ありがとう。文明が発展しているのは火星とこの星の地球ですね。白星は大型恐竜の世界でした。恐竜に睨まれると怖いですよ。」

 「そうですか。火星は文明が発展しているのですか。そうではないかと思っておりました。町のような様子が観測されております。白星はいつも雲がかかっていてよく観測されておりません。大型恐竜の世界ですか。」

「白星はまだ若いのです。ようやく大洋が出来て進化の進行が始まっているのです。火星は小さいので早く冷え文明が生じたのだと思います。この星は太陽が遠くてずっと早く冷却しなければならないのに実際には星は熱を持っており、暖かいのです。これは月の影響かもしれません。どうでしょう。この星では地震が多いのではないですか。」

「その通りです。地震は頻繁に起ります。その度に大きな津波被害が生じます。」

「大丈夫でしょうが、この星の地殻が心配ですね。」

「科学者もそう話しております。」

 会話は夕方になって冷えて来るまで続いた。

「蓮さん、今日は楽しい時間を過ごしました。また来て下さい。蓮さんがビーコンのボタンを押したら私は電話のベルを一回鳴らします。そうしたら翌日ここで会いましょう。それでいいですか。」

「来週の土曜日にもまた押すと思います。」

「お待ちしております。」

 次の土曜日にもビーコンのシグナルが入り、日曜日には二人は一日中話しをした。

キャンピングカーや野外で食事を作り、コーヒーを飲んだ。

次の土曜日にもその次の土曜日にもビーコンは鳴った。

天候は二人には関係がなかった。

雨の日にはキャンピングカーで過ごし、気持ちのよい日には登山もした。

 夏が近づいた日、二人は結ばれた。

山歩きを終えてから蓮はキャンピングカーでシャワーを取った。

そして服を着ないでバスタオルを巻き付けた姿で修一の前に立った。

真剣な眼差しで修一を見つめバスタオルを外し、床に落とした。

修一は連に近づき両手で蓮の肢体を抱きしめた。

その日、修一は童貞を失い、蓮は処女を失った。

千は外の片付けをしてから情事が終わるまで四輪駆動車で待っていた。

 蓮の肢体は白く、しっかりと引き締まっていた。

・・・。

・・・。

・・・。

蓮の尻尾は細い毛が生えていて柔らかくて触れると気持ちが良かった。

・・・。

その日、蓮は帰りの挨拶もせずに黙って帰った。

 千がキャンピングカーの中に入って来ると修一は少し恥ずかしそうに言った。

「千、僕は童貞を失ったし蓮は処女を失ったよ。性交は気持ちが良かった。」

「それはよろしゅうございました。蓮様も喜んでいるようでした。」

「心は喜んでいる色だったかい。」

「このパターンはあまり見たことがありませんのでよく判断できません。喜びと悔悟が入り乱れておりました。」

「妙には絶対秘密だよ。」

「心得ております。修一様。」

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