第8話 8、第五惑星の第四級基地
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この日から修一の仕事はほとんどなくなった。
この星の言葉についての情報は十分に得られた。
これで放送を聞くことができるようになる。
後は搭載艇の電脳が自動的に放送を傍受し語彙を増やしてくれる。
この星が単一の言語で構成されているとは限らないが一つの国の言語が分りさえすれば、この星の文化水準からすれば他の言語もわかるだろう。
それは第四惑星でも同じだ。
とは言え、最も重要なことは言語を知ることではなく星の状況を把握することである。
数日経って、蓮に渡したビーコンのシグナルが入った。
「蓮さんからのシグナルが入ったね。連絡を取らなければならない。電話の架線は簡単にできるのかい、千。」
「一昨日の深夜に架線を済ませておきました。最初に降りた公園の公衆電話に細工しました。もちろん犯罪です。搭載艇にも同じような電話を作っておきました。搭載艇から話すことが出来ます。その方が感じが出ると思いました。」
「ありがとう、千。でも何を話したらいいんだろう。ホムスク星の大学にも女子学生はいたけどほとんど話さなかったから。」
「大丈夫です、修一様。蓮様の心の色は別れるときははじけるピンクでした。あの時点では蓮様は修一様に好意を持っておりました。今はわかりませんが。」
修一は搭載艇の操縦席の後ろにあるソファーに座って前のテーブルにある電話機のダイヤルを心持ち興奮して回した。
ベルは三回鳴った。
ベルが鳴る間隔はホムスク星と同じように感じた。
強制力がある長さで、休憩の時間がある。
「もしもし、修一です。蓮さんのお宅ですか。」
「・・・・・」
「蓮さん、もう一度かけ直します。」
「・・・・・」
修一は相手が話している最中だったが電話機を戻した。
「千、失敗した。電話では脳にシグナルが送れない。全然理解できなかった。」
「そうでした。申し訳ありません。迂闊(うかつ)でした。音声の自動通訳はまだ完成しておりません。今は語彙を集めている状況です。」
「でも蓮さんに約束したのは『一時間以内に電話をする』ってことだから電話したことにはなるね。通じなかったけれど。」
「修一様、それは代償行為か言い訳です。心の防衛機制か合理化です。心の不満は残ります。」
「千は難しいことを言うんだね。どうすればいいだろう。」
「蓮様のお宅に伺えばいいと思います。対面しなければ通じないという合理的理由がありますから。」
「そうだね。暇だから行こうか。」
「それがよろしゅうございます。」
はたと修一は困った。
日中にフライヤーで大学構内に降りる訳にはいかなかった。
「弱ったね。行く手段がないよ。」
「そうですね。夜なら簡単なのですが。とりあえず私が行って蓮様に事情を説明してまいりましょうか。」
「それしかないよね。それと第四級の基地を作ろう。千。」
「第四級の基地の定義はありません、修一様。」
「第四級基地とは数日宿泊できる基地と言うことにしよう。それが地上にあれば搭載艇と地表を行き来しなくても済むだろ。」
「了解しました。大金がありますから何とかなると思います。」
千は体表を暗黒にして成層圏上部に泊まっていた搭載艇からダイブした。
重力に任せて真直ぐ大学向かって落下し、地上寸前で停止してから建物の蔭に移動し秘書の姿に戻った。
千は大学構内を横切り、数日前に蓮を送って行った正門前のマンションに入って行った。
小さなマンションに管理人は居なかったので千は入口近くの郵便受けの前に行った。
郵便受けは十個あり、もちろん住民の名前は記されていなかった。
千は片端から郵便受けに入っていた郵便物を投入口まで持ち上げ名前を確認して行き、蓮の部屋を確認した。
蓮の名前の文字は蓮のポーチに付いていたイニシャルから推測した。
二階だった。
千がインターフォンのボタンを押すと応答があった。
「どなたでしょうか。」
「数日前に出会った修一の秘書の千でございます。よろしゅうございますか。」
「今開けます。お待ち下さい。」
ドアは外開きで連がノブを掴んで開いてくれた。
「ありがとうございます。入ってよろしいですか。」
「どうぞお上がり下さい。」
千は黒のハイヒールを揃えてから入口からの廊下にかかったレースの暖簾(のれん)をくぐって廊下と一体になった居間に入った。
清潔でこぎれいな居間だった。
台所はカウンターで隔てられて居間に隣接しており、カウンターには食卓が接していた。
相手が言葉を発する前に千は言った。
「今日は少し行動が必要となりましたので先に話すことをお許し下さい。蓮様からのビーコン信号を受け修一様は蓮様に電話しましたが言葉が通じませんでした。迂闊(うかつ)なことに対面でしか会話できないと言うことを失念しておりました。申し訳ありません。日中は人目があるので修一様は地表には来られません。そんな訳で私が釈明しに伺いました。もう少し経てば言葉による通訳機はできますが今ではありません。修一様はこの惑星に第四級の基地を作るよう指示されました。具体的にはキャンピングカーを基地にしようと私は思っております。私はこれからキャンピングカーを購入しに出かける予定です。」
「千さん、ご丁寧な説明をありがとうございます。もう一度修一さんに会いたくてボタンを押しました。電話が通じなかった理由も分りました。気になさらないようにお伝え下さい。」
「そう伝えます。それでは失礼致します。」
「あの、質問があるのですが。」
「何でしょうか、蓮様。」
「千さんがここに来れたのに修一様はどうして来れないのでしょうか。」
「修一様はこの上空1000㎞の成層圏の上部におります。空気がありませんのでフライヤー以外では降りることはできません。私はロボットですから簡単に行き来できます。」
「あの、千さんはロボットなのですか。」
「そう申しました。蓮様。」
「修一様と同じ人間だと思っておりました。あまりにもお美しいし。」
「私の体表は任意に変えることができます。この姿は私を作ったお方の姿だと思われます。」
「そうでしたか。お美しい方だったのですね。」
「修一様はその方にお会いになりましたが私は記憶にありません。」
「これからキャンピンカーを買いに行くのですか。」
「その予定です。」
「今日は日曜日です。私も行っていいですか。」
「あまりお薦めできません。数日前の暴漢は死んでおります。警察は周囲の目撃者に事情を問うはずです。カジノでは必ず防犯カメラがあったはずです。両件には蓮様が関わっております。今は捜索の最中です。そんな最中に大金を出して特殊な車を買うのです。どうしても目につきます。車の購入に蓮様は関わらない方が安全です。」
「分りました。修一様には第四級基地でお会いできたら幸せですとお伝え下さい。」
「お伝えします。それでは失礼いたします。」
千が帰った後、蓮は幸せな気分を味わった。
とても容貌ではかなわない千はロボットだったのだ。
千は近くの中古車展示場に行き、係員に納得するに十分なお金を渡しキャンピングカーの購入に協力を求めた。
若い係員は美女の要請に快く応じ、店に急用を理由に休暇を申し出てから少し離れたキャンピングカーのディーラーに千を車で連れて行った。
千はそこに展示してあった一番立派なキャンピングカーを購入し、定価の倍のお金を現金で支払った。
車のナンバーとか所有権とかの雑用は全て係員とディーラーに任せた。
キャンピングカーはその係員の名義上の所有となり、ディーラーと係員はキャンピングカーの半額という望外の臨時収入を得た。
千はキャンピングカーに燃料を満タンにしてから直ちに郊外の大きな駐車場に持って行くようディーラーに指示し、予備のキーを受け取った。
次に千は中古車展示場の係員に山道用の四輪駆動車を展示しているディーラーへの同行を依頼し、そこで小型だが強力な四輪駆動車を購入した。
そこでも千は定価の倍のお金を出し、全ての雑用を免れた。
四輪駆動車の燃料を満タンにさせ、中古車展示場の係員にお礼を述べてから4駆自動車に乗って走り去った。
全てお金のなす技であった。
中古車展示場の係員はズボンのポケットに入りきらない大金を得て、とてつもない美女の乗った四輪駆動車を感謝を込めて見送った。
千は第四級基地の場所を決めてあった。
町の片方には千mほどの山並み迫っており、山の登り口には広大な駐車場があった。
登山をするには数百mほど車で山に登り、山の中腹の駐車場に車を駐車してから山登りをする。
単独峰ではないので何日も車を泊める登山者もいる。
商店はなく、小さな無人の屋根だけの休憩小屋と水道の縦栓蛇口が小屋の外にあるだけであった。
トイレはなかったのでその駐車場に長く留まることが出来るのはキャンピングカーだけであった。
千は四輪駆動車で駐車場に行き、駐車場の奥の方に駐車した。
夜まで待っても良かったが千は下山する車の一つに頼んで町まで乗せてもらった。
登山用の姿ではない千を訝(いぶか)しくは思ったが相手は見た事も無い美人だ。
若い男性の登山者は喜んで千を町まで乗せてくれた。
千は男性との楽しい会話に努めた。
町でタクシーを拾い、キャンピングカーが駐車している駐車場に行き、キャンピングカーを山の駐車場に移動させた。
キャンピングカーを検分した後、千は四輪駆動車で町に行き、キャンピングカーに必要な諸々の物品を購入して自動車に詰め込んだ。
山の駐車場に戻ってキャンピングカーを購入した物品で整えた。
これで一応、第五惑星の第四級基地ができたことになる。
後は修一に検分してもらってから原子電池をキャンピンクカーのバッテリーに繋げばいい。
そうすれば車のエンジンを時々かけなくてもバッテリーは何万年も持つ。
フライヤーの予備の座席を車体に固定させてもいい。
フライヤーの座席は数トンの物を持ち上げることができる。
そうすればキャンピングカーは多少変形するが空を飛ぶこともできるはずだ。
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