第7話 7、第五惑星の女学生 

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 修一と千がネオンで明るい歩道を進んでいると前方で怒鳴り声が聞こえた。

「このあま、なんて目で人を見てるんだ。そんな目で人を見るとこうなるんだよ。覚えておけ。」

一人の男が若い娘の胸ぐらをつかみ頬に平手打ちを続けていた。

周囲の人は巻き添えを恐れて避けるように遠回りをして通り過ぎて行った。

「千、止めますよ。女性を平手で何度も殴るものではありません。」

修一は男に近づいて言った。

 「止めなさい。女性を殴るなんて野蛮です。」

「なにい。貴様はだれだ。引っ込んでろ。」

「そうはいかない。やめなさい。後悔しますよ。」

「なにい。後悔だと。貴様おれを知らんのか。」

「知りません。だれですか。」

「なにい、貴様。俺をなめているのか。病人だからって容赦はしないぞ。」

「本当に止めないと後悔しますよ。千、心臓の動きを数秒間止めて下さい。」

「了解。」

 男は急に胸をかきむしり道路に仰向けに倒れた。

「千、まだ生きていますか。」

「大丈夫です。心臓はまた動き出しております。」

「暫く見ていますか。お嬢さん、大丈夫ですか。」

「大丈夫です。助けていただいてありがとうございます。でも早く逃げて下さい。この男は恐ろしそうな男です。仲間もたくさん居そうです。」

「そうですか。良心が痛むことはないということですね。安心しました。」

 男は五分ほど経ってから目が覚め状況を知った。

「心臓が止まるって気持ち悪かったでしょう。もう一度止めてあげましょう。千、今度は二秒間です。」

「了解。」

男は再び胸をかきむしって道路に倒れた。

修一と千は男の近くで男の回復を待った。

男は二分ほど経ってから気が付いた。

そして周囲を見回し目の前に車椅子に座った修一を見つけた。

 「大丈夫ですか。貴方の心臓を三秒と二秒だけ止めました。私は経験がないのですがどんな気分でしたか。」

「なにい。貴様。」

「まだ元気そうですね。今度は心臓を十秒間止めますよ。そうすると貴方の脳は酸素不足で損傷を受け、良くても一生動くことが出来なくなります。それが終わったら今度は20秒間止めてあげます。必ず死にます。私は手を出しておりませんから罪にはなりません。貴方は心不全でポックリと死んだことで処理されます。死にたいですか。」

 「勘弁してくれ。殺さないでくれ。助けてくれ。」

「私は殺しません。貴方が自分で死ぬだけです。」

「勘弁してくれ。後生だ。まだ死にたくない。」

「でも貴方だったらそう言っている人を殺したこともあったでしょ。自分だけは助かりたいのですか。」

「勘弁してくれ。何でもする。」

 「分りました。今は助けてあげます。お金をくれませんか。私は文無しなんです。」

「分った。全部やる。それでいいんだな。」

「まだ根性が治っていないみたいですね。千、二秒間。」

「了解。」

男は再び胸をつかんで道路に仰向けに倒れた。

今度は十分後に男が気が付いた。

「心配しました。死んでしまったと思いました。気を失う前のことは覚えていますか。」

「助けて下さい。お礼に持ち金全てを差し上げます。どうぞそれで助けて下さい。」

「これからはそう言う言葉を使うようにするのですね。お金はありがたく頂戴します。千、もらって。」

千は男から札束を受け取り、車椅子のポケットに入れた。

 殴られていた娘は逃げることもせずにその場で修一を見ていた。

 「お嬢さん、ここはおそらく危険です。一緒に来ますか。」

「一緒にいさせてください。」

「分りました。車椅子の後ろからついて来て下さい。これから食事をしてからギャンブルをしてお金を増やそうと思います。この土地は初めてなので案内して下さいますか。」

「喜んで案内します。最初はレストランですね。」

「そうです。宜しくお願いします。それから千、あの男の心臓を止めておいて下さい。」

「了解しました。今止まりました。以後動くことはありません。」

 娘に案内されたレストランは小さなレストランで一般大衆食堂という感じだった。

三人は奥の四人がけのテーブルに行き、椅子をどかせて車椅子を代りに置いた。

「娘さん、私は都会での食事を知りません。あなたと同じものを注文してくれませんか。秘書の千の分は今は必要ありません。」

「分りました。私は蓮と言います。私のいつもの夕食メニューを注文します。」

「お願いします。私は修一と申します。車椅子を押しているのは千と言います。」

娘はテーブルに並んでいたボタンを押し数枚のコインをスロットに入れた

 「すみません。私は今は文無しなのです。先ほど寄付してもらったお金を半分だけ差し上げます。」

修一は車椅子のポケットから札束を取り出し、半分に分けて娘に差し出した。

「こんな大金はいただけません。」

「そんなに大金なのですか。コインの分は足りますね。どうぞ受け取って下さい。不当な殴打に対する慰謝料ですから遠慮することはありません。」

娘は黙って札束をハンドバックの中に入れた。

 「どうしてあの男に殴られたのですか。」

「分りません。別に顔を見たわけではないのですが。」

「そうですか。悪人だったのですね。」

暫くしてから、かわいい少女が皿に盛られた料理をワゴンに乗せて一生懸命運んで来た。

蓮はワゴンから料理をテーブルに移し、少女に「おりこうね、ありがとう」と言った。

修一は連が食べる方法をまねて食事を平らげた。

なかなかおいしかった。

 「あの、聞いてもいいですか。」

「何ですか。」

「修一さんの声は耳からではなく頭の中で聞こえるのですがどうしてなのでしょう。もちろん耳からも分らない音が聞こえるのですが。」

「それは私が神様だからです。神様は色々な所に行かなければなりません。色々な所では色々な言葉が使われています。全部の言葉を覚えるのは大変なんです。それでズルをして脳の中に言葉のイメージを伝えるのです。そうすると相手はかってにそのイメージと合った自分の言語を選んで言葉を組立てるのです。だから頭の中から聞こえるのです。神様はズルをしているのですよ。」

「ずいぶんと謙虚な神様なのですね。」

 「知らないでしょうが、神様族の中にも神様がいるのですよ。」

「それは分ります。神を何者も反抗を許さない圧倒的な力を持つものだとすればそんな者達を凌ぐ者達が必ずどこかに居るはずですから。」

「あの、失礼なことを聞いてもいいですか。貴方はどんな職業に就いているのですか。今の哲学的な受け答えに感心しました。」

「この都市にある大学の学生です。」

「学生でしたか。納得しました。」

 最後のスープを飲み終えてから修一は連に言った。

「我々はこれからギャンブル場、カジノに行って手元のお金を元手に増やす予定です。おそらくそこは危険でしょうから貴方は家にお帰りになった方が良いと思います。」

「お気遣いありがとうございます。でも、できれば同道できませんか。私もカジノに行きたいと思います。そんな目的で町に来ましたから。」

「おやおや。貴方(あなた)の冒険だったのですね。」

「そうです。」

「いいでしょう。カジノに案内して下さい。」

「ありがとうございます。ご迷惑でしょうがお願いします。カジノはここから遠くはありません。」

 連が案内したのは派手派手しいネオンに色どられた重厚な建物だった。

千は階段横のスロープを上がり入口を入った。

派手なタキシードを着た係の者が近づき三人にお辞儀をした。

「御用を承ります、お客様。」

千は車椅子のポケットから札の一枚を取り出し男に差し出した。

「修一様は博打をお望みです。どのようにしたら良いのか教えて下さい。」

「分りました。最初に奥のカウンターに行って現金をチップに交換して下さい。そのチップで店内の全ての場所で遊ぶことができます。終了しましたらチップをカウンターに出せば現金と交換できます。カウンターまでご案内致します。」

 千はカウンターで現金の半分をチップに換えた。

最初に行った場所はルーレットであった。

ホムスク星と同じような仕組みとルールになっていた。

修一は赤黒の賭けを暫く続けた。

五回勝って一回だけ負けた。

もちろん、千の介入があったのだろう。

毎回賭ける額は同じだったのでチップの数はそれほどは増えなかった。

 暫くしてから修一は賭ける額を十倍にした。

それでもやはり五回勝って一回負けた。

そんな状態が続くと、周囲の客は修一の選んだ色に賭けるようになった。

修一をまねた客は大儲けをした。

 数時間カジノで過ごした後、修一はチップを現金に換え、外に出た。

予想通り、前からも後ろからも数人の男達が歩道を進む三人に近づいて来た。

「千、怪しい連中を止めて下さい。」

「殺しますか。」

「気絶させるだけでいいでしょう。」

「了解しました。」

 前方の男達は道路に仰向けに転がり手足を痙攣させていたがやがて四肢を投げ出して動きを止めた。

後ろを振り返ると全員が道路に寝ていた。

修一の乗る車椅子は倒れている人を避けるように通り過ぎネオンの町に消えた。

 「さて、我々は帰らなければなりません。蓮さんは一人で帰ることができますか。それとも自宅までお送りしましょうか。」

「良ければ送っていただけませんでしょうか。」

「いいですよ。どの辺りですか。」

「大学の近くですからここからは大分離れております。電車に乗らなくてはなりません。」

「そうですか。大学は寂しいところですか。」

「そうです。」

「それなら神様が大学までお送りしましょう。それでいいですか。」

「ありがたいと思います。」

「分りました。これから起ることは口外しないようにして下さい。いいですか。」

「口外しません。」

「千、フライヤーを上空に移動させて下さい。フライヤーが来たら蓮さんを抱いてフライヤーに乗り込み大学に向かいます。」

「了解しました、修一様。」

 フライヤーは十秒ほどで上空に到着した。

修一は車椅子を上昇させフライヤーに乗り込み、千は蓮を後ろから抱いて上昇してフライヤーに乗り込んだ。

蓮は怖がっているようには見えなかった。

修一を信頼しきっている。

 「これはフライヤーと言う神様の乗物です。自宅の自転車みたいなものです。大学の方向はどちらですか。」

蓮はドーム越しに下方の街を見回し大学の方向を指し示した。

その方向に暫く進むと大学らしいキャンパスが見えた。

 「あれが蓮さんの大学ですか。大きいですね。」

「そうです。私は正門の向いに住んでおります。修一さんとはもう会えないのですか。」

「数ヶ月、いや、一ヶ月が何日か分りませんでした。私は100日ほどこの星に留まると思います。蓮さんが私に会いたくなったら連絡して下さい。私もこの星の美女と話をしたいと思います。この後、私は比較的に暇ですから。千、どうやって連絡すればいいだろう。」

「そうですね。ビーコン発信器を差し上げたらどうでしょうか。あれなら何の電波か分りません。蓮様が修一様にお会いになりたい時にはビーコンのボタンを押すのです。そうしたら私が迎えに行くのはどうでしょうか。」

 「第四惑星のように電話に架線はできないのかい。」

「それでもいいとは思いますが蓮様はご迷惑ではないでしょうか。」

「そうか。若い娘さんだからね。蓮さん、蓮さんは自宅の固定電話か携帯電話を持っていますか。電話番号を教えて下さいませんか。」

「自宅の固定電話だけです。電話番号は0987654321です。」

「分り易い番号ですね。分りました。蓮さんが私に会いたくなったら差し上げる卵形の小さな装置のボタンを押して下さい。そうしたら私の方から一時間以内に自宅に電話します。それでどうですか。」

「嬉しく思います。修一さん。」

 大学正門の辺りは人が絶えることがなかったので修一はフライヤーをキャンパスの木立の上に移動させ、フライヤーのドームを開いた。

千は蓮を抱いて大学の森の中の大木の横に降りた。

そして連を自宅前まで送ってから大学の森に戻り、辺りを見回してから樹上のフライヤーに向けて上昇した。

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