第5話 5、第四惑星人のマー
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その男はひょろ長い灌木林を通り抜け、背の低い高山植物帯を山の山頂に向かって続く山道をゆっくりと歩いていた。
高山植物とはいっても目ざす山の標高は1500m程度だった。
その男は登山靴を履き、小さなリュックサックを背中に背負い、腰には水筒を下げていた。顔は面長で、額からの眼窩が大きく凹み、鼻線が通った長い鼻が二つの聡明そうな眼窩を中央から分けていた。
口はホムスク人と同じだった。
背の高さは修一よりも低かったが立派な体躯を持っていた。
登山はその男にとっての趣味であり、頻繁にこの山に来ているのが行動から推測できた。
男は山頂の平原の端にまで行ってからリュックサックを開き、中から小さな簡易椅子を取り出して壊れないようにそっと座り、リュックを開いて小さな棒状の塊を取り出して口に入れた。
カップになっている水筒の蓋を外してからそこに赤い液体を注ぎ、眼下の町並みを眺めながら液体をゆっくり飲み込んだ。
後ろから足音が近づき、声が聞こえたような気がした。
「こんにちわ。町を見ているのですか。」
その声は耳からというより頭の中から聞こえた。
耳からの声は他の音も混ざっているので声を選択的に聴くためには脳の中で他の音を除かなければならない。
今聞いた声は脳がそんな選択をしなかったので頭の中で聞こえたように感じたのだ。
後ろを振り返ると男と同じような登山用の服装をした細身の背の高い男が立っていた。
「こんにちわ。登山にはいい天気ですね。今登って来たのですか。」
背の高いその男は微笑(ほほえ)んでから言った。
「ほんとに登山にはいい天気ですね。ようやく着きました。ここは私には初めての山なんです。少し話をしてもいいですか。」
「もちろん、いいですよ。」
「私は『しゅういち』と申します。変な名前なんですが、『シュー』って呼んで下さい。」
「私は『マー』と言います。眼下に見える町から来ました。」
「マーさんですか。呼び易い名前ですね。」
「シューさんはどこから来たのですか。下の町にはそんな名前の人はいないと記憶しておりますが。」
「遠い所から来ました。そこの科学技術はここより少し進んでおります。私にはこの星の言葉がわからないので通訳機を通してマーさんと会話しております。ま、言ってみれば宇宙人ですね。」
「宇宙人さんですか。驚きました。頭の中で声が聞こえるので変だなと思っていたのです。第五惑星人ですか。」
「いいえ、私はもっと遠くから来ました。マーさんは第五惑星に行ったことがないのですか。」
「もちろんです。第五惑星とは競合関係にあります。」
「私には『競合関係』と聞こえましたが戦争をしているという意味ですか。」
「そうではありません。お互いに相手の星を攻めるだけの手段がありません。同じような科学技術を持った星同士ですから競合関係になっているのです。」
「そうですか。緊張状態にあるのですね。」
「そうです。望遠鏡しかない時代からあの星には何かが住んでいることは分っていました。シューさんはどこから来られたのですか。それとその目的を聞いてもよろしいですか。」
「当然の質問です。逆の立場なら私もそのように質問します。私はここから100億光年よりもずっと遠い星から来ました。目的は宇宙地図の作成です。大宇宙にはどんな星があるのかを調べているんです。距離に関しては確証がありません。150億光年か200億光年になるのかわかりません。とにかくずっと遠くです。」
「想像できない距離ですね。本来なら秘密にしなければならない質問に答えていただきありがとうございます。シューさんが答えたと言うことは私は殺されるのでしょうか。」
「いいえ、大丈夫です。マーさんは明日もあさっても下の町でいつものようにお茶を飲めますよ。第四惑星はマーさんに感謝しなければならないですね。宇宙人を冷静に受入れました。たいしたものです。マーさんのお仕事は何ですか。」
「下の町の市長をしております。今日は休暇をとって慣れ親しんだ山に来たのです。」
「市長さんでしたか。それで下の町を眺めていたのですね。今後の行く末を考えながら。」
「そうです。」
「もう少しお話しをしてもいいですか。」
「いいですよ。どのみち調べれば分ることですから。」
「会話を続けたいのはこの星の言葉を覚えたいためです。今は対面して話しているので私のヘッドフォンは通訳することができます。でもこの星での放送は通訳できません。マーさんと会話をすることでこのヘッドフォンは言語を学ぶことができます。」
「帽子の下に付けているのが通訳機ですか。シューさんの頭の後ろに後光が出ております。神様みたいですね。」
「そうですか。この通訳機は私も数日前までは知りませんでした。私の星では言語は一つでしたし、大宇宙からとてつもなく離れておりますから異星人も来ませんでした。それで通訳の必要が全くなかったのです。この星に来て初めて気が付きました。間抜けですね。」
「今、『間抜け』って聞こえましたが、それは『間抜け』ってことですか。つまり自分は愚かだったってことですか。」
「そうです。通訳は正しく作動しているみたいですね。」
「シューさんはおもしろい方ですね。どうです。もし良ければ交互に同じ質問をすることにしませんか。」
「それはいいですね。一方的に聞くことに申し訳けなくて躊躇していたのです。では最初の質問。私の星の人工は約1億人です。この国の人口はいくらですか。」
「この国の人口は約五千万人です。質問です。この国には小さな海があります。シューさんの星には海がありますか。」
「星の表面の半分以上が大洋です。質問。私の星では人工衛星を重力遮断装置で軌道に乗せます。この星の人工衛星は何で軌道に乗せましたか。」
「化学ロケットで打ち上げました。質問。・・・」
二人の質問の交換はマーさんが帰らなければならない時まで長い間行われた。
二人は友達になったように見えた。
「夕刻が近づきました。私は町に帰らなければなりません。貴重な情報をありがとうございます。この星系以外にもヒト型の宇宙人がいることを確信しました。そして何よりもシューさんがこの星系を侵略する目的ではないことを聞いて安心しました。またお会いできるといいですね。」
「私も楽しい時を過ごしました。想像していたよりもずっと容易な接触でした。マーさんに連絡するにはどうすればいいですか。」
「電話がいいと思います。電話番号は0098571111です。」
「分りました。電話の架線の方法は船に帰ってから考えます。その頃には放送の言葉も分るようになって言葉による通訳機が出来ていると思います。」
マーさんは簡易椅子をリュックに入れ、右腕を挙げながらシューの方を見ないで山を下りた。
マーさんが後ろから狙撃されることを覚悟して下山しているのは明らかだった。
修一はマーが見えなくなるまで山頂に留まり、木立の中に置いてあったフライヤーに乗って搭載艇に帰った。
「千、上手く行ったよ。第四惑星人と会話ができた。」
修一は搭載艇の操縦席に座ってクルコルを飲みながら千に言った。」
「それは良うございました。修一様、ヘッドフォンを暫くお貸し願えませんか。ヘッドフォンの記録装置に入っている会話内容を搭載艇の電脳にコピーしたいと思います。相手の発した音声とその意味の関係がわかれば言語の基本構造がわかると思います。言語の基本構造が分れば搭載艇の電脳はこの星の放送を翻訳できるようになると思います。」
「それはいいね。放送内容が分れば居ながらにしてこの星の内情がわかるわけだ。」
それから一ヶ月間は放送を聞いてホムスク語に置き換える作業が続いた。
その間、第四惑星の各地に秘密裏に行って、地勢を調べたり文化の程度を知ったりした。
今の第四惑星は国ではなく独立した都市で成り立っているようだった。
第四惑星の周囲には人工衛星が廻っているのだが、どの町にも人工衛星を打ち上げることができる工業力があるようには見えなかった。
昔は活気があったのだろう。
「それにしてもマーさんは賢い人間だったなあ。」
「そうでしたね。文明の程度は違っても賢い人間と愚かな人間はどこにでもいるものです。」
「そうだね。マーさんならホムスク星に来ても市長になれるだろうな。」
「そう思います。」
「宇宙を自在に飛び回れるといっても別に偉いわけではない。その星の生活程度が低いからといって相手を馬鹿にしてはいけない。でも宇宙船に乗っている人の中には文化程度の低い住民を馬鹿にしたり威張ったりする人もいるんだろうね。」
「人間の多様性の一つだと思います。」
修一は搭載艇で母船に戻った。
「修一、お帰り。」
妙は修一が出て来るはずの格納庫の扉の前で修一を出迎えていた。
「妙、ただいま。出迎えてくれたんだ。久しぶりだね。会いたかったよ。相変わらず妙は可愛いね。」
「修一はお世辞を言うようになったのね。第四惑星のせいかしら。第四惑星はどうだった。ここからでは放送は聞こえるのだけど何を言っているのか全くわからなかったの。」
「僕も最初はそうだった。でも第四惑星の町の市長さんに出会って世間話をしてから少しは分るようになったよ。」
「第四惑星人てどんなだった。まさか恐竜ではないわよね。」
「僕が会ったのは男だったがホムスク人と外形もほとんど同じだった。少し目が引っ込んでいて鼻が長かったかな。」
「女の人には会ったの。」
「いや、会わなかった。でも戻る頃には千が昔ホムスク星にもあったテレビを作ってくれたんだ。それからは第四惑星のテレビを見ることが出来るようになり、そこで女の人も見たよ。」
「どうだった。」
「そりゃあ、若い女の子は美人に見えたし子供はかわいいさ。不思議だね。」
「修一は若ければ美人に見えるの。」
「そりゃあそうだよ。僕は若いんだから。」
「そうね、修一は若いのよね。」
妙は何か言い出そうとしたが黙っていた。
二人は司令室に入って行き、修一はキャップテンシートに座っていた船長の前に踵を閉じて立った。
「ただいま航宙士はモルモットと忍者の役割を終えて帰艦しました。詳細な報告書は後ほどお渡しいたします。概要を申せば大気中には危険な病原菌はありませんでした。当該惑星の支配生物はホムスク人と同じ外形を持つ人間で、文明の程度は観測から判るように自由な惑星間飛行にはまだ至らない程度でありました。以上です。」
「ご苦労だった、航宙士。ゆっくり休め。数日後には本船は第五惑星に向かう。」
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