第3話 3、第三惑星 

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 宇宙船G13号は最初に第三惑星に行き、惑星近傍の宇宙空間に太陽を背にして停止した。

地表に残しておいた三体のロボットとは連絡が取れ、正常に機能していることがわかった。

ロボットの目を通して周囲を観測すると、ロボットの近くには正中線にそって半切された巨大な恐竜が横たわっていることがわかった。

巨大な口を持っていた肉食恐竜は三体のロボットをちっぽけな餌と思って襲ったらしい。

 宇宙船G13号の全てのロボットの腕には分子分解銃が組み込まれている。

γ線を紫外線で変調させることでγ線が通過した部分の分子を原子まで分解させることができる。

この技術は大昔に発明されていた。

宇宙船の外壁と防御板の加工には欠かせない技術だった。

 「ロボットの方が恐竜よりも強かったようだな。大気はどうだった。」

「ホムスク星とほとんど同じです。炭酸ガスの濃度が少し大きいだけです。病原菌の調査はロボットでは出来ません。」

「そうだな。とりあえず何がいいかな。ウサギとカナリヤにしようか。どのみち完全には判らないのだし最終的には我々自信が生体実験しなくてはならないのだが。航宙士補、ウサギのつがいとカナリヤのつがいを冷凍冬眠から蘇生させ地表に降ろせ。」

「了解、船長。ロボット一体を地表に降ろしてよろしいでしょうか。それとも地表のロボットに取りに来てもらいましょうか。」

「もう一体を地表に降ろせ。三体のロボットのいる場所に降ろせ。そのロボットにはウサギとカナリヤの様子を観測させろ。」

「了解。」

 宇宙船G13号は続く一週間をロボット達がいる上空の宇宙空間の同じ位置に留まっていた。

うさぎもカナリヤも飼育箱の中で異常なく生きていた。

「さて、ここに居ても埒(らち)があかんな。修一、モルモットになってくれんか。搭載艇で地表に降りて地表を調査してくれ。第三級の基地をこの星に作る。どこでもいいから基地に適当な場所をさがしてくれ。」

「了解、船長。航宙士、修一は喜んでウサギではなくモルモットになって地表を探査致します。」

「なるべく外には出るな。外に出る時は防護服を着用しろ。」

「了解。」

「気をつけてね、修一。」

「妙、大丈夫さ。千がいるしね。」

 宇宙船G13号の搭載艇はそれ自身が立派な宇宙船であった。

大きさは小さかったが母船と同じ機能を持っていた。

遷移距離は一光日程度であったが加速の面から見れば母船よりも優れていた。

それにこの程度の遷移では肉体的な苦痛はほとんどない。

形状は直径50mの球状で外殻は暗黒の装甲板で全面が覆われていた。

 もともと装甲板の素材は完全な鏡面で、どんな物質も表面には付着できなかったので、その光沢は褪せることはなかった。

あらゆる光を完全に反射する。

そんな素材の装甲板ではあったが搭載艇の装甲板はさらに表面がナイフエッジ加工されていた。

直射日光の下でも重ねられたカッターの替え刃の刃側は暗黒になる。

装甲板に当った光はナイフエッジの谷に入って消えてゆく。

そのため外壁に触れるだけでほとんどの物は数ミリだけ切れる。

 搭載艇に入るには必ず扉の近くにあるボタンを押さねばならない。

マイクロ波もミリ波も完全に吸収されるので能動的レーダーで探知されることもなかった。

搭載艇を検知できるのは赤外線を感知できる受動的サーモ走査装置だった。

赤外線を見ることができる動物でも見ることができるだろう。

 修一は搭載艇の操縦席に座って搭載艇を宇宙空間に進めた。

搭載艇は一人で操縦できた。

操縦席は球形の操縦室の赤道面に張った透明な床の上に固定されていた。

周囲の壁や天井や床はあたかも全周が透明なガラスで出来たように搭載艇の外側を映し出すことができたが修一は宇宙では前面だけを映すようにしていた。

そうしないと自分が冷たい宇宙空間に浮かんでいるような気がするのだった。

操縦室ではロボットの千は常に修一の後ろにいる。

不測の事態が生じた時に修一を守るためだった。

 惑星の引力圏内では搭載艇は外宇宙を航行する時に使用するサイクロトロン粒子エンジンを使わない。

重力遮断パネルを巧みに使って自在に移動する。

多層の重力遮断パネルを使うことで大きな加速度を得ることができる。

燃料はほとんど必要としない。

この技術も数千万年前に開発されていた。

帝都大学の一人の女学生が発見したらしい。

 「千、第三惑星の地表に向かう。恐竜のいる世界ではレーダーにかかるような物は無いと思うけど搭載艇の周囲を見張っていて。」

「了解しました。修一様。」

修一は搭載艇で惑星表面を何回も廻り基地に適当な場所を捜した。

「千、見つからない基地を作るとしたらどこがいいと思う。平地の大深林の中だろうかそれとも高山だろうか。海の中は何かの異変があったら溺れてしまうので除外しよう。どう思う。」

「独立峰を持つ高山の中腹より少し上の土中が適当だと思います。平地の大深林は巨大恐竜や大小の動物の興味を引きます。大雨が降ったら沼になるかもしれません。それに大深林は多種の植生があり、人間に害をなす細菌類が存在するかもしれません。高山には動物の数は少ないと思います。巨大恐竜は高山の低温と希薄な大気を好まないと思います。植物の植生も少ないと思います。修一様はこの星の病原菌に徐々に慣れなければなりません。高山の頂上は目立ちますから中腹を選びました。独立峰を選んだのは場所が判り易いのと四方に観測トンネルを掘れば周囲を観測できるためです。」

 「高山の中腹の少し上にしよう。千、凄いな。反論できなかった。千は考えることができるんだ。」

「修一様を危険からお守りしやすくするために考えました。」

「ありがとう、千。適当な独立峰ね。基地の標高は3000mにしようか。」

結局、修一は赤道付近の一つの単独峰を選択した。

今の所、その山には火山活動はなかった。

「千、この山でどうだろう。」

「よろしゅうございます。この山は幾つかの大陸プレートの圧迫で隆起した山だと思います。何かのきっかけがあればこの山を起点としてこの大陸が分裂するかもしれません。この惑星にとっては重要な地点だと思います。」

 「そうか。大学で教わった。プレートテクトロニクスだったね。ホムスク星では全てのプレートが北極に向かって進み北極に高山を形成したって教わった。今でもホムスク星では造山運動が続いているのだろうか。」

「分りません。でも何億年もかかる運動ですから。この惑星で100万年も過ごしてホムスク星にお帰りになればホムスク星の地図は変っているかもしれません。」

「そうだね。数字では分るんだけど想像もできない時間だ。」

「そう思います。人間は局在に生きるように作られております。失礼致しました。意見を述べてしまいました。お許し下さい。」

「いいよ。その通りだと思う。」

 山の中腹には張り出した巨大な岩があり、その岩の上部からは豊富な水が流れ落ち幅広い滝を作っていた場所があった。

修一は四体のロボットを呼び寄せ、岩の下に大きな穴を掘らした。

その穴は搭載艇が入って行けるだけの広さを持ち、自然に作られたように造られた。

穴の周囲は岩石を溶融させて補強した。

ロボットの持つ分子分解銃の変調波を赤外線にすれば奥深くまで届く熱線になる。

それは表面を熱線で焼くオーブンではなく内部を熱する電子レンジの暖め方と似ている。

 穴の末端は床が僅かに凹んだ大きなドームになっていた。

ドームの天井には直径100mほどの穴が開いており真上に数百m進んでから行き止まりになっていた。

巨大煙突の中間位置に大きな穴が煙突と直角に抉(えぐ)られてトンネルが造られていた。

トンネルの先は下のドームよりずっと大きなドームになっており、そこがこの星のホムスク基地であった。

 基地への出入りは搭載艇を使う。

浮遊できるロボットも自由に出入りできる。

飛ぶことができない動物は入ることができないが翼竜なら入ることができる。

修一はトンネルの途中に大きな吊り下げ式の装甲板の一枚扉を付けさせた。

吊り下げ式の方が一瞬で開くことができる。

閉める時には少し時間がかかるが、急いで閉める必要性が生ずるとは思えなかった。

 「さて、千。いよいよモルモットになることにする。このドームの空気は外の空気と同じだろうが気圧は地表のおよそ70%くらいだから細菌の濃度も少ないだろうと期待する。僕に何か異常が生じたら素早く医療ボックスに入れて。何とかなるさ。本来あるべき状態に戻す装置だから。」

「了解しました、修一様。そういう事態にならないことを希望します。」

「僕もそう願いたいね。」

 修一は防護服を着て千と共に気閘(エアロック)を通って搭載艇の外に出た。

そしておもむろに顔マスクを外し第三惑星の空気を肺に満たした。

数回呼吸してから再び顔マスクを着け搭載艇の底部の周囲を1周廻った。

気閘がある位置に戻ると再び顔マスクを外し、もう一回搭載艇の周囲を廻った。

 「今のところ異常は感じない。でも増殖するまでの潜伏期もあるからね。千、搭載艇からフライヤーを出してくれないかい。洞窟ではなく外の空気を吸ってみることにする。」

「分りました、修一様。暫くお待ち下さい。」

千は搭載艇の中に入らないで修一の正面に立ったままであったが、二分後にはフライヤーが気閘から浮遊して出て来た。

「千、どうやったんだい。フライヤーの固定具を外すのは手動だったはずなのだけど。こうなることを予想して外してあったのかい。」

 「いいえ、修一様。私はそんなに気が回るロボットではありません。フライヤーの保管場所は分っておりましたから固定具はテレキネシスで外しました。通路の幾つかの扉の開閉もテレキネシスです。フライヤーの操縦はノブだけですから簡単に制御できました。」

「テレキネシスって物体を精神で動かすものだろ。千にはそんなことができるの。他のロボットもできるのかい。」

「はい、見える物か位置が特定できる物体は動かすことができるようです。他のロボットにはこのような機構は付属していないと思います。私も今までこのような機構が備わっているとは知りませんでした。」

 「千は帝都大学で新しく開発されたロボットだって千をくれた帝都大学の千という女の人が言っていた。千と言う人からもらったので千に『千』と名前を付けたんだ。千にはもっと色々な機構が付いているかもしれないね。」

「私の生立ちをお話し下さってありがとうございます。私は修一様をお守りするようにとだけ命令されております。」

「千の別の能力はおいおい分るさ。外に出ようか。」

「了解しました、修一様。」

 修一はフライヤーに乗ってフライヤーのドームを閉じた。

千はフライヤーのもう一つの操縦席に座った。

フライヤーはトンネルを抜けて滝の水膜も突き抜けて第三惑星の空に浮かんだ。

修一はフライヤーのドームを全開し、第三惑星の大気を胸一杯に吸い込んだ。

少しばかり興奮し、病原体に対する心配はしなかった。

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