第19話 2限 シミュレーション演習

「起立ッ」 

 第三講義室に再び摘希つむぎの朗らかな声が響き、わたしたち全員が立ち上がり、気をつけをする。

 2限から先はシミュレーション演習だ。実習指導の仲宗根チューターが講義室に歩を進め、壇上に直立なされた。

 うふふん、今日の予定を聞いた時から楽しみにしていた憧れの仲宗根チューターのご講義である。


「敬礼っ」

 摘希つむぎの声に合わせ、皆、仲宗根チューターに室内の敬礼をした。

 

 ✰

 ブラインドが降り、ホワイトボードに再びMIKAロゴがプロジェクトされる。

 

「さて、今日の演習だが、せっかくなので、1限で皆に見てもらった、発光体をターゲットとして用意した」

 仲宗根チューターの声と共に、画面上に先程の光体が映し出される。

 

「専科でこの発光体を分析したのは、私たちのチームなのだ」


 ほうっ、と感心するいくつもの声が漏れた。

 中高一貫のミカ校での6年間と、その後の専科の2年とで、力学科目で最優秀だったという仲宗根先輩。最終年の専科2年に進学されたヒトハチ歳の時に、ミカ校の最年少チューターを兼務されておられる。チューターには、伍長の職位が与えられる。若くして幹部候補の道を歩みはじめたリケジョ自衛官の鏡のようなお方として、クラスメートの過半は仲宗根チューターを崇めている。

 (しかも、この見た目だもんね)

 

 ショートカットに切れ長の目、凛々しい顔つきの仲宗根チューターは、伍長の制服姿も相まって美少年的な雰囲気が満載だ。何を隠そう、わたくし、長田穂香おさだほのかも仲宗根チューターの御尊顔が大好物なのである。

 

 映し出された発行体を指揮棒で指しながら、その飛行特性を解説なさる、仲宗根チューター。その高貴な横顔をぼうっと眺めてしまう、わたし。

 

 もちろん、その貴公子な御声も聞いてはいる。50キロメートル先を時速300キロメートルで移動する4色の発光体が集合して白光体はくこうたいとなる前に、電磁加速砲レールガンで、いずれかの発光体を撃ち抜くためのコードを書くことが当シミュレーションの目的。風速などのシミュレーターの特性を貴公子の御声は解説なさるが、わたしの理解は目的以外はチンプンカンプンだ。

 わたしが、このリケジョの園のミカ校に入学してから、約1年。残念ながら、既に、わたしは仲宗根チューターとは真逆の道を歩み始めてしまっている。ミカ校中等科1年では、放物科学概論、シミュレーション・コード概論などのST℮M基礎科目が必修である。わたしのST℮M基礎科目の総合成績は、見事に学年最下位である。


 ミカ校の学生の本分は、正式名称はの自衛高等ミサイル科学校の名の通り、高等ミサイル射出技術を科学的に極めること。将来的にミサイル自衛隊に所属し、海自、陸自、及び友軍の協力の下、敵を射抜ける自衛官となることが期待されている(ちなみに、発足して間もないミサイル自衛隊の略称・略記は、実自隊みじたいね)。

 『今後の軍事を支えていく高度超音速ミサイルを扱うミサイル自衛隊。その運用の任に就くことを目指すミカ校の学生は、電磁気学、流体力学をはじめとした、高度な科学知識を実践的に学ぶことになっています』、とミカ校の入学案内パンフレットには書かれていた。

 まったくミカ校生の本分を果たせていないまま今や謎の別命に就くわたしだけれど、パンフのそのページの記載は丸ごと暗記している。なぜならば、そのページには、当時高校3年生だったという仲宗根先輩の凛々しい御顔が載っていて、受験の前からワクワクしなから何度も読んでいたから。

 

 麦畑が拡がる佐賀県の片田舎の小学5年生だった私は、同級生に連れられていった学校の掲示板の前に、釘付けとなった。『エムデシリ附属自衛高等ミサイル科学校 入学案内 MIKA』と書かれたポスターだった。そこには校門前で仲宗根先輩と当時は高1の友利先輩とが微笑んでおられる写真が輝いていた。ネット上でも「マジアイドル級」とか「マジ宝塚」とか言った風に話題となったという、お二人の御尊顔。はい、ミカ校が誇る宝塚スターに聖女様です。

 

 小5になりながらも、小3女子平均くらいの身長127センチメートルしかなかった、当時のわたしの憧れは何を隠そう、スラッっと背が伸びた宝塚歌劇団のタカラジェンヌの皆様。普段は地味な市役所職員である母が宝塚ファンなのだった。佐賀空港から関空へと飛んだ、はじめての関西。母に手を引かれ宝塚市へと向かうと、そこは夢の祭典『タカラズカスペシャル』の舞台なのだった。

 その日から、私はタカラジェンヌになりたい、と強く願うこととなった。けれども主に身長的な意味で、その願いは叶いそうになかった。

(ぁ、改めてちょっとだけ自慢させてもらうと、わたしの顔はけっこうボーイッシュだからね。タカラジェンナ級とはいかないけれども。中1女子にして、身長146センチメートルのわたしの見た目は、ちょっとイケメン、な小学生ね・・・未だに小学生時代の麦わら帽子が似合ったりもするし。)

・・・これからは、ナノマシン取り込みで何か別種の存在へと進化していきそうだけれども。


 寮でわたしを可愛がってくださる先輩方は、ショタコン認定されるようになることもあるらしい。

 と、わたしが仲宗根チューターの御尊顔を眺めながら、寮での正太郎君ショタコン・エピソードを思い出しているうちに、仲宗根チューターによる本日の演習の趣旨を解説し終えたらしい。その凛々しい御顔で皆を見渡すと、仲宗根チューターは一言「ゴーッ」と号令をかけられる。あぁ、この一瞬はわたしたち、ナカコン女子の至福の時(ナカコンは、仲宗根先輩大好物コンプレックスの略、ね)。

 

 号令と共に、クラスメートたちは、右前から順に一列ずつ立ち上がり、教室の前へと歩を進める。先頭のうた(ナカコン女子の一人)が、仲宗根チューターに向かい「参ります」を言うと、司令室へと続くサイクロイドの滑り台に飛び込んだ。3秒の後、ホワイトボードに滑り降りるうたの姿がサッと映し出される。そして、次の生徒がサイクロイドの滑り台に飛び込む。

 以下、繰り返し・・・摩擦抵抗のない条件での最速降下曲線となるよう造られているというサイクロイドの滑り台を通じ、24名のクラスメートを1分半以内に下階のシミュレーション演習室に降り立つ。実物の電磁加速砲レールガンが設置されている専科校舎の屋上にもあるサイクロイドの滑り台。


 電磁加速砲レールガンは、射出時に強い電磁波が周囲に出される。まともに浴びると不妊になってしまう怖れすらあるという電磁波から逃れるため、屋上で任にあたる先輩方はサイクロイドの滑り台によって司令室を降りている。そのため、ミカ校生は入学当初から、整然と列をなし滑り台を降りる訓練を繰り返すこととなっている。


 当然、わたしも滑り方をマスター済だ。

 けれども、前の方に座るクラスメートたちは

「ほのか、じゃぁね。エルフ美少年の紹介よろしくね」 

「ミクロ、じゃあな。キラキラ別命頑張れよ」

と言った声を私にかけて去っていく(ミクロは、入学直後からのわたしの渾名あだな、ね。不本意ながら。)。


 本日は後ろにお立ちのエムデシリ心春こはる鬼隊員様の存在が示しているとおり、みんながシミュレーション演習を行っている間、わたしは別命に当たることとなっているのだ。


「それでは、穂香ほのかさん、別命へと行ってらっしゃい。私も期待しているわ」

凛々しい御顔でわたしに向かってそう押仰おっしゃると、仲宗根チューターはサイクロイドの滑り台へとサッと飛び降りた。3秒後に映し出されるそのお姿を確認して、わたしは講義室を出る。


・・・あぁ、なんて素敵なお姿・・・


 向かう先は保健室。保健室で香織かおりさんに身体測定をしてもらい、そこで新たな別命を果たすことになる。

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