弐 外地特論の日

第17話 1限 外地概論

 ポイント・マキノからの高速ボートの上で、わたしはモードを切り替えた。

 鬼姉様お二方は、ボートの前方で腕を組んで仁王立ちしておられる。何の鍛錬かは知らないが、さすがの立ち姿である。


 ボートを降りる時には、わたしはミカ校の制服姿となっていた。一時間ほどの後には講義が始まる。伊良部港から走ってミカ校に向かおうとしたわたしの方を結愛ゆあ鬼姉様ががっしりと掴んだ。

 今は必要ないと結愛ゆあ鬼姉様が首を振った。


 わたしをはエムデシリの公用車でミカ校に送迎いただいた。

 今日のミカ校での講義は、外地についてエムデシリの調査官様による報告が中心になるとのここ。


 つまりは、宮古島市と外地を隔てる湖が琵琶湖であり、外地は異なる歴史を辿っている本州であると、ミカ校生が正式に伝えられる日となる。



「起立ッ」 

 中等科1年B組日直の摘希つむぎの朗らかな声に共に、第三講義室に集った全員が立ち上がり、気をつけをする。

 眼前のホワイトボードにMIKAの学校ロゴがプロジェクトされる。教室の照明が落ちていく。既に窓のブラインドが降ろされているため、教室内に闇が訪れた。

 

 ホワイトボードに、司令室に着席している大柄な女性の上半身が映し出される。

 「敬礼っ」

 摘希つむぎの少し甲高い声に合わせ、皆、室内の敬礼をした。

 ミーシャ指導官の眼力のこもった答礼をする。答礼と共に少し揺れる、指導官のホワイトブロンドの髪は美しい。


「おはよう。予告の通り、本日の1限では、外地インテリジェンス活動の状況報告を行う。エムデシリの島結月しまゆづき調査官、始めてください」

 揺るがない指導官の声と共に、ミカ校の全校生徒に向けての島外状況報告が始まった。


 ✰

 

「はじめに、成層圏に常駐を開始した観測飛行船の映像を確認しておきます」

 結月ゆづき調査官の落ち着いた声と共に、上空から観測され合成された写真が次々と映し出されていく。

 

 はじめに映し出されたのは、琉球準州軍所属のライトニング級揚陸艦のぞみの甲板と、伊良部島と宮古島をつなぐ陸橋。甲板から浮揚したばかりの飛行船からの映像だ。飛行船の上昇と共に、映像はズームアウトされていき、両島の全容が目に入る。


 そして、対岸の外地が現れはじめる。両島を囲む湖と外地の湖岸の姿に、見覚えがある。会った。そう、先ほどわたしがボートで渡ったばかりの琵琶湖だ。


 そこから、コマ送りの合成写真としてズームアウトは続き、京都、若狭湾と伊勢湾、そして、大阪湾が映し出されていく。大阪湾の先の淡路島が半分ほど映し出されたところで、プロジェクターの映像は静止する。

 

「上空からの映像からも、私たちを囲む外地が、日本の近畿地方であることが確認できます」


 島のすぐ対岸に、突如として外地が現れてからすでに170日以上が経過している。わたしたちは、対岸の地が本州であるかもしれないとの仮説は知らされてはいた。

 

「滋賀県出身の者をはじめ、関西出身者には懐かしい写真ですかね。まぁ、島を取り囲んでいるのがバイカル湖とかカスピ海とかの類でないことはこのように確認できたのですが」

 結月ゆづき調査官はそこで言葉を区切った。

 

「しかし、外地は私たちが知る日本ではありません」

 そう、双眼鏡などから見える対岸には、わたしたちが知る現代日本の建造物は存在しない。鬱蒼とした湿原と深い緑の山並みが広がる姿を前に、見知らぬ異国の湖に島が飛ばされたのではないかと当初は推測されたりもした。


 外地の現れと共に、あらゆるアンテナは島外からの電波が傍受できなくなった。このことを根拠に、琉球準州海軍宮古寄港地、及び、日本国陸上自衛隊宮古島駐屯地は、共同で非常事態を宣言した。加えて、琉球準州と日本が共同管轄する統合行政法人次世代ミサイル防衛線整備研究機構(長いよね...繰り返すと、英語名はさらに長くて、Missile Defense System Research Institute, Integrated Administrative Agency)、すなわち、統合行政法人エムデシリに、非常事態対策本部が置かれた。

 エムデシリの附属校である自衛高等ミサイル科学校、すなわち、わたしたちのミカ校も対策本部配下となり、それから約半年を過ごしてきた。




「まるで、ザリフ・ピリトゥンだな」

 サハリン準州生まれのミカ校ミーシャ指導官が、南洋とは明らかに異なる植生を持つ外地を双眼鏡で初見した際に放ったその一言が拡がり、当初のわたしたちは、ソビエト連邦奥地の見知らぬ湖に島が送り込まれたのかもしれないと強く疑ったのだった。

 今なお超能力を研究対象としているというソビエト科学アカデミーの噂が、わたしたちの疑心を補強した。もちろん、基本リケジョであるミカ校生の大多数は、島を転移させる超能力なんてものを信じることはできなかったのだけれども。


「ここからは、外地の諜報を行ったドローンからの映像を確認していきましょう」

湖上らしき映像が映し出される。少しずつ対岸が近づいてくる。


「これは、私たちの知る日本でいう、琵琶湖の沖島です」

と、結月ゆづき調査官。

 映像は拡大していき、樹木の間から小さな屋根が映る。さらに屋根は拡大すると、その建物の全体像が確認できる

 「ほこらのようなものですね。少なくとも沖島には人が立ち入っていることがわかります」

 和風というか東洋風のその建造物は、この外地も日本なのだという証のようだった。

 映像が切り替り湖岸の湿原が映し出される。

 「ここは私たちの地図上は、滋賀県野洲市ということになりますね。上陸してしばらくはこのように家屋は見当たりません。が、ここから竜王町の方に向かったところ...」

 

 数十の木造家屋の集まりの映像が映し出された。次いで、その周りにある、複雑な形をしているが水田の姿が映し出されていく。

 「私たちの現在地より、ゴーマル・キロメートル南方の地に、この集落の存在が確認されました。彼らは、私たちが現在最も必要としているもののひとつを持っていそうですね」

 

 それは、米だ。わたしたちを含め、宮古島市には、7万人ほどの人々がいる。

 元々、外からの船便に食料の多くの頼っていたことから、既に食料は不足しつつあった。元来が稲作には適していない島であることから、米の備蓄は残り1月分ほど、と寮の食堂の三食がパンに切り替わった時に、わたしたちは聞いていた・・・和希かずき先輩が日々運河を切り開くために土木爆裂をドカンドカンして、わたしがその和希かずき先輩とテントを共にすることで、その副作用を克服するよう煌めく身体を晒しているのも、この問題の人道的解決のためだ。・・・先輩、もう細かいことはいいから早くに副作用は克服してくださいね。。。

 

 映像が切り替わる。今度はさらに多数の家屋が映し出されていく。

「こちらは、現在地点より南南東にナナマル・キロメートル。私たちの地図では三重県亀山市にあたります。私たちの日本では伊勢亀山城があったあたりに、この中世風の建造物が確認されました。」

 

 周囲の建物とは明らかに異なる大きな建造物。記憶にあるお城とは異なる姿のようだけれども、城址といって良いのだろう。

 

 「皆さんのうち、何人かに協力してもらい、エムデシリでは既に外地の彼らとコンタクトを進めています。」

 少し教室がざわついた。

 

 「私たちが知る日本語および古語とは若干異なりますが、言葉によるコミュニケーションは比較的容易です。外地のうち、琵琶湖から東岸の地はまとまった国家を成しているとのことです。国名は、日輪国にちりんこく。委細はまだ不明ですが、太陽神を信仰する日輪教という宗教が統治機構に関わっているようです。古来から鎮守社である伊勢神宮が現存することなどから、日輪教は私たちのの知る神道と関連があるものと推測しています」

 望遠映像が拡大されていき、神宮と鳥居が映し出される。

 

 「最後にドローンの飛行経路を示します」

と、結月ゆづき調査官が言うと、ホワイトボードには、伊良部大橋から野洲、竜王を経て亀山・伊勢に至る飛行ルートが表示される。



「調査官、ありがとう」

という、ミーシャ指導官の声が入った。

「調査官の解説で、外地の状況の一端が掴めたことと思う。外地にいるのが、エイリアンどもばかりではないことに安心して眠くなってしまった者もいるかもしれない。最後に、陸自の方からいただいた、目が覚めるだろう映像を見せておいてやろう」


 再び、映像が切り替わった。今度は上空から夜の映像だ。赤くうごめく物体があった。

 「わかるな? こいつらは、例の不明体アンノウンだ。外地の夜は見事に真っ暗闇だからな。陸自のドローンは、赤外線投光をしつつ撮影している」


 映像が拡大された。不明体アンノウンと呼称され、トロールとあだ名されている、その巨体があかくはっきりと確認できた。赤外線が届いている範囲に、3体の不明体アンノウン

 「ヒトゴー・メートル級の不明体アンノウンだな。陸自のドローンのうちいくつかは、このデカブツが我々の島以外に、どこに向かっているかを調べている。特に、ゴーマル南方の集落が確認されてから後は、湖南の方を重点的に、な」

ドローンが一定の距離を保って、不明体アンノウンを追尾する様が早回しされ映し出される。


 「まもなく、先程の映像にもあった希望が丘に至る峠だ」

 3体の不明体アンノウンが列をなして峠道のようなところを歩んでいく。

 

 ミーシャ指導官が低い声で「ここからだ」と押仰おっしゃった。

 

 不明体アンノウンの胸のあたりに向かう、多数の赤い光の帯が映し出された。

 数秒の後、3体の不明体アンノウンが順に膝をついた。次いで、前のめりに倒れていく。

 「陸自が飛ばしていたもう一機のドローンからの映像も見せておこう」

 

 何も映し出されていないような映像を私たちは凝視した。すると、映像の上端の方にカラフルな光体が現れた。赤、青、水色、黄色、の4種が3つずつ。合わせて、12。次いで、それらの光体が動き出し、中央に集まっていく。それぞれの光体が4つずつに集まる。3つになった光体は輝きを増し、白くなった。

 そして、3つの光体が順に弾け、多数の白い光の帯となった。次いで、その光がジュンっという音と共に、再び集まった。おそらく向かう先は不明体アンノウンなのだろう。


 教室に、闇が再び訪れた。

 

 映像が、司令室のミーシャ指導官に切り替わった。暗闇に目が慣れてしまったためか、ホワイトブロンドの髪が少し眩しく感じる。

 「本日の映像は以上だ。映像で確認してもらった通り、日輪国の集落は、あのデカブツどもに対抗する手段を持っている。映像を専科の方で分析したところ、赤外領域から可視光領域に至る発光体の移動速度は、時速フタマルマルほど。4つが集まり白光体はくこうたいとなって弾けた後は平均速度マッハ・ヒトテンゴーで、デカブツにぶつかっていった。すなわち、あの近世日本風の集落は、超音速を操る力を保持している」


 教室内がざわめいた。

 そのざわめきがマイクを通じ司令室に届いたのか、ミーシャ指導官はニヤリと笑う。そして、

 「我々がデカブツを倒す時の電磁加速砲レールガンの弾速には及ばないがな」

 と押仰おっしゃった。


 「いずれにせよ、外地の日輪国に期待されるのは、棚田の米だけではないということだ。結月ゆづき調査官が話してくれた通り、我々は日輪国とコンタクトを進めている。近日中に交流を拡大する計画を立てている。そちらについては、始業式で新校長が話されることとなっている」

 

 巫女姫様になるとかならないとかいうわたしも全く知らない知識をお披露目いただいた概論の終礼が行われ、1限の授業は終了した。

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