夏祭り当日


 夏祭り当日の朝。


「ふはぁ~……。」


 大きなあくびをした後、俺は目の前にある朝食のおかずに箸を伸ばす。


 今の俺は、もう一度告白することで頭がいっぱいだった。


 昨日の夜なんて不安を紛らわせるためにリビングのソファで寝たくらいだ。


 初めて告白をした時は夢中だったけど、改めて気持ちを伝えるとなると緊張するよな。


 ぼーっとしていた時、天音が声を掛けてきた。


「春彦?」

「え……、なに?」

「ぼーっとしてるから、どうしたのかなと思って」


 やっば。考えすぎて天音に心配を掛けてしまった。

 つい考え込んでしまうのは、俺の悪いクセだよな。


 だが、天音は予想外の事を言い出した。


「もしかして……、気づいちゃった?」

「……? なにを?」

「えっと……。寝ているときの……ほっぺの感触とか……」

「寝ている時? ほっぺ?」


 なんの話をしているんだ?

 寝ている時って、ソファで寝ていた時のことを言ってるんだよな?


 確かに昨日は眠れなかったから起きるのが遅れたけど、その間に何かしたって事か?


 ほっぺの感触……。

 つんつんしたとか? それとも落書き?


 でも天音はなんだか、嬉しそうに恥ずかしがっている目線でこっちを見ている。


 となると考えられることは、……寝ている時にキスをしたってこと!?


 事情を把握した俺が驚くと、天音がものすごい勢いで顔を真っ赤に染め上げる。


 ヤバい! 幸せすぎてヤバい!

 なんだよ、この最高すぎる朝食は!!

 もうこんなの、一生天音から離れられないじゃないか!!


 あっ! そうだ!

 肝心なことを言ってなかった!!


「あのさ、天音。今日の夕方、神社で開催される夏祭りに行かないか?」


 すると天音は目をぱちくりとさせた。


「あれ? 春彦も同じ事を考えてたの?」

「……じゃあ、天音も?」

「うん。一緒に行きたいなーって思ってたんだ」

「そうか。なんか俺達、シンクロしているよな」

「うん」


 こうして時間は経ち、夕方になった。


   ◆


 自宅を出た俺達は、夏祭りが行われている神社へ向かう。


 歩きながら、俺は滅多に見ない天音の姿にドキドキしていた。


「あ……天音の浴衣姿、かわいいな」

「ふふふ。ありがとう」


 なんか今日は俺の方がサプライズをされてばっかりだ。これじゃあ逆だよ。

 でも嬉しい。俺のためにわざわざ浴衣をきてくれるなんて、カレシ冥利に尽きるというものだ。


「あら、春彦君と天音さん?」


 もうすぐ神社に到着するタイミングで声をかけてきたのは、私服姿の月野さんだった。

 そして彼女の後ろには小さな男の子が二人隠れている。


 月野さんは俺達を見て、何かに気づいて耳打ちしてきた。


「もしかして、サプライズって夏祭りでするつもりだったの?」

「言ってなかったっけ?」

「初耳よ」


 そういえば言ってなかったかも。

 サプライズをすることは確かに相談したけど、夏祭りの単語は一度も言ってなかったっけ。


 もしかして月野さん、怒ってるのかな?


 そう思って彼女の方を見ると、なぜか俺と天音をマジマジと見ていた。


「ふぅん……。なんか様になってきたって感じね」

「なにが?」

「彼氏っぽくなってきたってこと。うんうん」


 満足気に頷いた月野さんは嬉しそうに笑った。


 月野さんって変なことをする時もあるけど、基本的には俺と天音の関係を応援してくれているんだよな。


 なんだか本当の意味で認めてもらえたみたいで嬉しい。


「じゃあ、私は弟たちの世話をしないといけないからここで。じゃあ、二人とも楽しんでね」


 月野さんはそう言うと、近くにいた小さな男の子二人と手を繋ぐ。


「姉貴ぃ~! 早く行こうぜー!」

「いこー! いこー!」


 月野さんに甘える弟さん達。

 なんか、かわいいな。


 月野さん達は三人で楽しく会話をしながら、そのまま縁日のある通りに消えて行った。


「月野さんって、弟の前だといつもと違うんだな」

「そうね」


 俺の率直な感想に、天音も頷く。

 天音は月野さんと一緒に遊んだりする仲だから素の顔を知っているだろうけど、それでも弟さん達と一緒にいる月野さんの様子は初めて見たようだ。


 ……と、ここでもう一人の女子がつぶやく。


「もっとも本性は、デカ乳バーサーカーですけどね」

「うわ! 日七瀬さん!?」

「こんばんはです」


 小動物系美少女が、さも当然のように俺の隣に立っていた。

 さらっと毒舌なところは相変わらずのようだ。


「今日は霧咲さんは一緒じゃないんだね」

「いますよ。あそこに……」


 日七瀬さんが指を刺した先には、壁の陰に隠れている霧咲さんがいた。

 顔を半分出しては引っ込めて、また顔を出しては引っ込めるという動作を繰り返している。


 いつもそうだけど、あの人はどうして普通に登場できないんだ……。


「えっと、日七瀬さん。……霧咲さんはなにしてるんだ?」

「この前自信満々に見せたあの手紙が、ただの仕事のメモだったことがわかったじゃないですか。よっぽど恥ずかしかったらしくて……」


 あぁ……、アレか……。

 霧咲さんは少し前、母親が残した手紙を見つけて、俺の父さんと恋仲だったと思い込んでいたんだ。


 でもそれは誤解で、あの手紙はゲームのシナリオの一文だったことがわかっている。


 もちろんすぐに教えてあげたけど、あんな勘違いをしていたら恥ずかしいと思ってしまうのも無理はないか……。


 日七瀬さんはやれやれと言わんばかりに首を振った。


「まぁ、お嬢様のへっぽこは今に始まったことではありませんので、気にしないでください。もうすぐ屋台で欲しいものを見つけて、関心はそっちに移りますから」


 日七瀬さんの扱いがまるでダダをこねる子供に対してのお母さんだ。

 メイドの方が立場が上のような関係になっている。


「では、私はここで。お二人とも、夏祭りを楽しんでくださいね」

「うん。ありがとう」


 こうして日七瀬さんも霧咲さんを連れて縁日がある通りへ消えて行った。


 さて、俺達は花火が見える会場へ向かうとするか。

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