第52話 部屋に行く前の二人の様子
『今日の夜……さ。春彦の部屋に行ってもいい?』
天音にそう言われてから、俺の頭の中は思春期の妄想でいっぱいだった。
風呂に浸かって、俺はずっとそのことを考えている。
普段なら数分浸かればすぐに出ているのに、今日に限ってはいくら入ってものぼせることはなかった。
そのくらい、これから起きることでいっぱいなのだろう。
だけど冷静に考えれば、俺の考えすぎかもしれない。
たとえば、部屋に来て一緒にボードゲームをするだけとか。
他にも家庭や友人関係の相談とか……。
うん、あり得る!
だったら、これ以上考える必要はないな!
……って、んなわけあるかぁぁぁぁぁ!!
あの状況であんなことを言われて、何もない方がおかしいだろ!
うおぉぉぉぉぉぉぉ!!
どうなっちまうんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!
その時、風呂ドアのすりガラスの向こうに天音の姿が見えた。
「春彦。いつまでお風呂に入ってるの? 大丈夫?」
「あ、……ああ! だ、大丈夫だよ!」
「そう? ならいいんだけど……」
風呂場に備え付けてある時計を見ると、もう三十分以上も経っていた。
普段こんなに入ることはないから、心配になって様子を見に来たのだろう。
それにしても天音のやつ、あんな大胆な発言をしたのにいつも通りなんだな。
こういうことに関しては、天音の方が大人ってことか。
むぅ……。なんか悔しい……。
とはいえ、さすがにこれ以上はのぼせるだろう。
こうして俺は風呂を出ることにした。
体をタオルで拭いて部屋着に着替え、髪をドライヤーで乾かす。
そして鏡の前で、変な所がないかチェック。……うん、よし。大丈夫だな。
こうして浴室を後にした俺は、天音が待っているリビングへ向かった。
「お風呂、あがった……よ?」
ドアを開いて声を掛けようとした俺が見たものは!!
「ふぉわぁぁぁぁぁぁぁ!! どぉぉぉしよぉぉぉ!! 勢いに任せて部屋に行っていいなんて言ったけど、全然覚悟が決まんないよぉー!!」
それは……ぬいぐるみを顔に押し付けた天音が、カーペットの上で悶絶する姿だった……。
どうやら俺が風呂から上がったことに気づいていないようだ。
さっきまで普通の態度だったから、てっきり気にしていないと思っていたけど、天音もかなりテンパっているんだな。
とりあえず、この現場は見なかったことにしておこう。
俺はもう一度風呂場に戻り、今度はワザと音が鳴るように歩いたり、ドアを開け閉めしてリビングへ戻る。
そしてさっきと同じセリフで……。
「お風呂、あがったよ」
すると天音はカーペットの上でスマホをいじりながら、何食わぬ顔でこちらを向いた。
「あら、春彦。お風呂から上がったのね」
さっきの現場を見てからクールモードの天音をみると、いろいろな感情が沸き起こってる。
でも最終的には『俺のカノジョは可愛い』の一言に尽きるので、良しとしよう。
「のぼせたんじゃないかって心配したのよ?」
「はは……。ちょっと考え事をしていて……」
「もしかして、夜に部屋へ行くって言ったから、興奮させちゃったとか? ふふふ、かっわい~」
「……」
さも余裕があるように振る舞う天音。
一方で、俺は『夜に部屋へ行く』という言葉を聞いて、再び妄想が爆発し、何を話していいかわからなくなった。
沈黙……。
沈黙、沈黙。……沈黙。
数秒間、沈黙が続いた時、天音が顔を真っ赤にして立ち上がった。
「ちょ、ちょっと! 何か言ってよ! 気まずいじゃん!」
「あ、えっと……、ごめん。すぐに言葉が出てこなくて!!」
俺達両方とも心の中ではテンパってるから、何気ない会話がメチャクチャぎこちなくなってる。
あぁ! こんな調子で大丈夫なのかよ!!
その時、……コトン。と、天音がスマホを落とした。
スマホの画面には『男子をその気にさせる部屋着の選び方』というタイトルのサイトが表示されている。
天音は黙った……。
沈黙した……。
そして再び流れる、気まずい空気……。
「……見た?」
「……み、見てない」
「そ、そう。えっとさ……。友達から相談されて、なんとなく調べていただけで、私がこういうのを調べていたわけじゃないからね」
「わ、わかってる。友達からの相談なんだよね」
「うん、そう……です」
うわぁぁあぁぁぁっ!!
気まずくて、窓からダイブしたい気分だよ!!
ギクシャクした状態が最高潮に達していたが、とにかく話を進めよう。
それでなんとかなるはずだ。
「じゃあ……、そ、そろそろ……部屋に行こうか?」
「そ、そうね。私、ちょっとだけ着替えてからいくね」
「えっ!? それって、つまり!」
「あー! 違う違う! 今のなし! このままで大丈夫!!」
もう、メチャクチャだ。
俺達の会話、メチャクチャだよ。
ドラマだと、もっとスムーズでロマンチックなのに、俺と天音の会話はちぐはぐだった。
ムードなんて完全に吹き飛んでしまっている。
ようやく気持ちが落ち着いた時、天音はふと何かを思い出したようだ。
「そうだ。その前に……」
「どうしたんだ?」
「テレビのコンセントを抜いて、ヤカンを棚の奥に片付けて、スマホはマナーモードに……っと。よし!」
「なんでそんなことを念入りに……」
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
「面白かった」「続きが気になる」「悶絶する天音ちゃんが可愛い!!」と思って頂けたら、
【☆☆☆評価】【フォロー】をして頂けると嬉しいです。
皆様の応援がモチベーションに繋がります。
よろしくお願いします。
投稿は、毎朝7時15分頃です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます